第一章【先輩と僕とドタバタ】その1

次の日の朝、登校した僕は自分の席に着いた。

一文字目が五十音の序盤とも中盤とも言えない須永という苗字は、中央よりやや廊下側の席に出席番号順だとなる。

ただ例年よりも少し廊下に近いから、序盤の苗字が少ないのかもしれない。

時刻は8時20分を回った頃で教室内は半分ぐらい人がおり、ある程度グループのようなものが出来てるみたいだった。

そうやって中学校から高校に場所が変わった違和感にまだ慣れきれないまま、全員が自分なりの居場所を探している。

僕もこの場のみんなと同じように今までの制服をしまい込んで、まだ着慣れない新しい制服に袖を通した。

そうやって、これからの3年間の歩みを始めようとしている。

誰もが同じように期待と不安に包まれた、この先の学校生活のことを考えている。

日差しが当たってそれが妙に眩しい、中学校とデザインの違う机と椅子を使うのはなんだか落ち着かない。知らない声に囲まれて、それが少し心細い。

「樹、おはよう。」

そんな中、聞きなれた音が僕の耳へと向かって響いた。僕のものより低い、落ち着いた声。

振り向くと、栗色の短髪と尖ったつり目が視界に写り込む。爽やかな笑顔を携えた、幼稚園から友人の加藤聡太郎が居た。

「おはよう、聡太郎。」

挨拶を交わして聡太郎は一旦自分の席へと向かう、その後リュックだけを預けてはもう一度こっちに。

僕らは仲は言いけれど趣味自体は全くと言っていいほど合わない。だから、お互い好きな話題を出してどちらかがそれに相づちを打って会話をする。

僕は良く本を読むから本の展開だったり好きなシリーズの新巻だったりそういう系の話題が多い。

それに対して聡太郎はゲームが好きだ。家に行く時に僕と遊ぶようなパーティーゲームもやるし、人気のFPSだったりカードゲームなんてものも好きみたいだ。

互いに趣味は合わなくても、気が合うから共通の話題がなくても充分話は弾む。

話し込んでいると、教室の引き戸が開いた。中に入ってきたのは1人の女子生徒。

肩で揃えられた深く吸い込まれるような黒髪、少し幼さが残る可愛らしい顔立ち、まるで黒曜石のように深く光を反射した瞳。なんだかその全てに既視感を感じるような彼女。

既視感がどこから発生したものなのか、そんなことを考えながら見る。それに対して彼女は教室に入ってすぐに視線をさまよわせ、僕の方を見た。

なんだか考え込んでいたような表情から一変、眉が下がって唇が歪む。言い換えるなら、怒り始めた。

彼女の足が進む。僕の方へと着実に荒々しい足音をたてながら。

勘違いであって欲しい、欲しいけれどしっかり目が合うからそんなことは無い。ああ、

昨日と立て続けにもう変なことが起こってしまった。

そう思ったところで、僕は彼女から感じる既視感が何なのかようやく理解した。そしてそれと同時に彼女が口を開いていく。

「なんでお姉ちゃんを振った!!!!!」

正しく怒号だった。それも、思わずビクついてしまうほどの。

そして、既視感の正体が僕の考えているものと一致している事が確定する。彼女はどうやら、昨日振った人の妹さんらしい。

どこで僕のことを知ったか分からないけれど、僕の顔を知ってるところを見るに昨日の告白された時に見える所に居たみたいだ。

すごい気迫で睨まれて、僕が椅子に座ってるから見下される形だから更に圧力を感じる。

しかも、昨日振ったという事もあり後ろめたさもあった。

その上、彼女が叫んだから周りの視線がこっちに向かって気まずい。

「と、とりあえず落ち着いて…。」

「落ち着ける訳ないでしょ!とりあえず理由!早く!!!」

あ、圧がすごい…。すぐに殴り掛かると言うより、あくまで口論の範囲での怒りだけどそれでも怖い。

怯えながらも僕は1呼吸おいて正直に理由を話す。

「·····好きじゃなかったから、だよ。それに初対面だったし…。」

「初対面…?」

彼女は宙に視線をさまよわせて、なんだか考え始める。驚いているところ見るに僕が告白された理由を妹の彼女も思い当たらないみたいだ。

じゃあやっぱり、何かの手違いなんだろうか?

ふと、袖を引っ張られる。引っ張ったのは今まで蚊帳の外にされていた聡太郎だった。

「後で軽くでいいから話を聞かせろ。」

頷いて返すと、それだけ聞きたかったのか自分の席へと帰っていく。まだ彼女と話すことになりそうだからだろう。

視線を戻すと、彼女はまだ悩んだような表情のままに話しかけてきた。

「とりあえず、あんたの言い分はわかった。私、姫野恵。」

姫野恵、という事は昨日告白してきた彼女の苗字は姫野。姉みたいだから学年は上なんだろう。つまり、先輩ってことになる。

というか、考え事ばかりで名乗るのを忘れてしまった。姫野さんの視線が少し痛い…。

「す、須永樹です…。」

「そう、よろしく。言っとくけど、あんたがお姉ちゃんを振ったの許さないから私。」

「う、うん…。」

わざわざそんなことを言わなくても良いんじゃないだろうか。随分とお姉さんを慕ってる見たいだから相当怒ってるんだろうけど。

これ以上は何もする気はないようで彼女は自分の席へと戻る。

それとほとんど同時に担任の坂本先生が入ってきてチャイムが鳴った。

まだ高校生活が始まって2日目だと言うのに、僕はこれからこのクラスでやって行けるのか不安になってきていた。

ほんと、これからどうなるんだろうか…。

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