全て先輩の思い通り
白月綱文
プロローグ
「───私と、付き合ってくれないか」
今日は4月10日。高校の入学式を終えて、帰宅途中に忘れ物をした事に気が付いた僕は教室まで取りに戻っていた。
そして今まさに帰ろうと校門を出る寸前にその声を聞いた。
まるで運命を告げるように響いた甘酸っぱく切ない程の声色。それになぜだか胸が締め付けられて、不思議と感じる引力に引き寄せられるままに後ろへと振りむいた。
学校の外から一気に視界が声の主の方へと切り替わる。灰色だった世界が桜色へと塗り変わって、花びらが舞う景色の中心にたった1人佇む彼女を見つける。
視線が重なる。そんな一瞬の行為だけで心が釘付けにされる。その瞳は、目が眩むほど輝いてまるで天の川のように綺麗だった。
見つめあい始めて時が経っていく。僕にはもう行動の自由なんかなくて、満天の星空に吸い込まれることしか出来なかった。
不意に心臓が鳴る。鼓動がトクン、なんて体全体を叩くようにしっかりと強く響く。
僕はとっくのとうに息を吸うのを忘れて、心拍数がどんどん跳ね上がるのにも気づけないまま彼女に魅入ってしまっていた。
こんな感覚は知らない。こんな衝撃は今まで1度だって体験したことがない。目を離してしまうのが惜しい、もっと見ていたい色んな彼女を知ってみたい。そんな、まるで心が縫い付けられてしまったような。
───僕の人生で初めてで、1番の衝撃だった。
遥か遠くまで澄んだ雲ひとつもない夜空みたいな長髪が風に吹かれる。太陽の光を浴びて反射された明かりはまるで月のよう。
伸ばされた右手が空を掴むように動く、それがなぜか僕の心まで掴んでいるように感じて。
淡い黒のセーラー服を纏った彼女が舞い落ちる桜に包まれている様子は、切り取られた映画のワンシーンのようで。
「あっ…。」
僕はようやく、その声で現実に戻ることが出来た。
相変わらず全身が脈打ったまま呼吸の仕方を思い出して、固まった体が意識を取り戻していく。
熱くなっていた身体とは対照的に思考は冷静になっていって、この一連の流れを少しづつ思い出していった。
彼女を目にして頭から抜け落ちていたけど、そうだ。僕は今まさに告白されたんだ。
なら、僕は返事をしないといけない。
力強く空気を吸い込んで彼女を見据える。もちろん、言う事は決まっていた。
「ごめんなさい、貴方とは付き合えません。」
言い切って、頭を下げる。返ってくる声はなかった。それが少し心に重く響いて、そして嫌な後味を残していく。
ただ僕は彼女を待たずに後ろを向いて再び帰路に着いた。反応すら見ようとしなかったのはやっぱり罪悪感がある、でも好きじゃないから僕はこうするしかない。
まさか、初対面で急に告白されるなんて思いもしなかった。何かしらの間違いがあったのだろうか、もしくは本当の告白だったのか。
全く分からないけどとりあえず、ここまでキッパリと振ればたとえ本気だったとしてもこれ以上関係があることも無いはずだ。
小さく息を吐いて歩みを進める。本当にこれでいいのだろうかなんて後ろ髪を引かれながら。
ただ、僕はこの時勘違いをしていた。これで彼女との関係が終わりで、もう二度と関わることもないのだと思っていた。
そう考えていたからむしろここから彼女が一気に詰め寄って来るなんて考えもしなかった。
今振り返ればきっと、初めて僕ら2人が出会った瞬間から僕は彼女の、いや
───全て先輩の思い通り、だったのかもしれない。
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