④ 玉川東署署長室にて


 二人は、署長室の前まで歩いていくと、ドアをノックして部屋へと入っていった。部屋に入ると、窓辺にデンと大きな署長机があり、神楽署長が腹を付き出して座っていた。

「やぁ、やぁ奥田管理官と平滝係長会議に出られなくてすまなかった。一寸した訳があってね。まぁとにかく二人ともそこへ座ってくれ」と、応接ソファを進められた。応接テーブルの一人掛けに署長が座り、二人はその両側にテーブルに向かい合うように座った。

「この事件は、ひょっとするととんでもない事件になりそうだよ。本庁の鑑識課作田係長が、皆に内緒にして私のところに持ってきたものがこれだ❗ 流石にこれは皆に知らせるわけには行かない、警察庁の刑事局には報告したがね。この事は絶対に秘密事項だみんなに箝口令かんこうれいをしかないと、もしマスコミなどに漏れたら、大変なことになる」署長が思わせ振りに言うので、管理官もイライラして、いったい何があったのですか? と署長に問い質した。

「実は、作田君が私に持ってきたのは、これなんだがね」と、A四サイズの白い用紙にパソコンで打った物をテーブルの上に置いた。

「これは、殺人現場の床の間に張られていた犯人の声明文だ」そこには中央に大きな文字で『天罰をくわえる!』と書かれ、その横に小さく『日本民族独立義勇軍 別動 赤報せきほう隊 一同』と、書かれていた。

「な、何だって❗ その団体は『警察庁広域重要指定番号 広域重要指定116号事件』のテロ事件のことではないか!」

「そーなんだよ、頭がいたいよ、よりによってこんなところでテロ集団が出現するなんて」署長は白髪頭を両手で抱えた。

「管理官、それはなんですか?」と平滝係長が尋ねた。

「この広域重要指定116号とは、1987年5月3日夜に発生した事件で、朝日新聞の記者が殺害され、もう一人の記者が重傷を負った。現場にいたもう1人の記者に対しては、犯人が発砲しなかったため無事だった。幸いにもね。朝日新聞は同じ頃霊感商法を追及していた。『朝日ジャーナル』(1985年4月5日号)が発売されると朝日新聞東京本社に嫌がらせ電話が殺到し、国家秘密法や霊感商法を批判していた神奈川新聞などにも脅迫や嫌がらせの電話が集中した。朝日新聞だけではなくその他のマスコミにも脅迫状が届いたらしい。まだ未解決事件で、勿論警察も何人かの容疑者を特定していたのだが、国会議員の圧力によりその後犯人を追えなかったそうだ。左翼のテロ組織だな」

「何だか最近似たようなことが起こりませんでしたか? 例の安倍元総理が銃撃されましたよね。あの事件にも霊感商法による旧統一教会がニュースを賑やかしていましたね。更に政治家との癒着。旧統一教会と政治家とは昔からの接点があったのですね」と、平滝係長が呟いた。

「私は犯人が捜査を混乱させようというフェイクではないかとも思えますが、そうでないと、赤報隊ですか。そのテロ集団と被害者にどんな関わりがあると言うのでしょう被害者は単なる一企業の役職員ですよ。それにそう言う事情なら、公安局のマターではないですか?」署長が苦虫を噛んだような顔をして言った。

「そこなんだが、実はほんの先程なのだが、東京地検特捜部からも電話があって、被害者の佐伯泰三さんは、地検特捜部からもある議員絡みでマークされていた人物らしい。贈収賄の立件をするのに大変重要人物としてマークされていたのが、蜥蜴の尻尾切りみたいな結果的になったらしい」

「特捜部ですか? 確かにタイミングとしては良すぎるな」

「しかし、管理官。我々と検察では違う組織ですから、我々はあくまでも殺人事件の犯人捜査に全力を挙げればいいのではありませんか?」

「確かに、係長のいう通りだ。しかし、検察庁はなにか難題な協力を望んでくるのではないかな。第一、警察庁も何も黙っているとは思えないのだが」

「しかし、私としては部下たちに危険な目には遭わせたく有りません」

「そこだな、何か工夫が必要だろうな」

「そりゃ、うちの所轄署の署員にも言えることですよ」署長が嘆いた。

「どうする。平滝係長。」

「まだ、警察庁からも、検察庁からも何も相談を受けていないので、何ともし難いですね。しかし、何か危険な香りがします。考えなくては」

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