リリアナ=ダラーレスは死亡遊戯に飽いている。 破


 翌日、何の問題もない自分の上半身を確認してからムクリと起き上がる。下半身だけ取れているなんてスプラッタなこともなく、全身に異常がない。


「さて、ゲームに本格参加してる奴はいるのかしらね」


 『郵便屋』は死んでいないらしい。

 封蝋のついた手紙が届いている。

 少し期待を込めて部屋のドアを開ける。


 開けた瞬間から臭う、血生臭い香り。

 鉄分を詰め込んだような空気が辺りを漂っている。


 私は期待通りの結果に満足した。

 ゲームスタート、楽しい死亡遊戯の開幕だ。

 私はゆっくりとアリスの部屋に行き、ノックする。防音だが、ノックなら伝わるだろうと判断したからだ。


 アリスがドアを開けるのと同時に、素早くアリスの目を手で覆う。


「アリス、匂いでわかるわよね?」


「えっ、えっ?」


「狼か妖狐による殺人よ。今回は1人。部屋の位置からしてモノクルをかけていた奴ね」


 アリスに着替えてくるように促すと、私はすぐさま検死に入る。まだ誰も起きていない時間帯。だからこその検死。


「巨大な狼に喰われたような包丁の刺し方ね」


 めった刺しと言う言葉が1番ふさわしいだろう。分かったことはいくつかある。


「まずこのデスゲームに乗った人物がいること、賢い狼か狐がいること、そしてドアを施錠しても意味はないこと」


 今問題なのは、この殺人を狼と狐どちらがやったかだ。それによって配役の内容も変わってくる。


 だからまず私が今日やるべきことは、『どの配役が誰に適用されているのか』の一点に尽きる。


 そこまで思考を巡らせていると、半開きのドア越しにアリスから声がかかる。


「リリアナお姉さん! 私、どうしたら……」


「今そっちに行くから、待っていなさいアリス」


 私は素早くアリスの部屋に行くと、すぐに扉を閉めて施錠する。まずは、アリスの占星術の結果を知らなければならない。


「アリス、占いの結果は?」


「リリアナお姉さんがモノクルの方の死を予想していたので、避けました。なので、一番ひ弱そうで狙われそうなお爺ちゃんの役職を占ったんです。杖をついているお爺様の役職は『軍人』でした。だけど、役職の詳細までは……」


 難しいことになった。

 占星術では役職の詳細までは知れない。

 『軍人』がどの陣営に当たるのかがわからない。


 ただ、推測はできる。


「昨夜仕込み杖のお爺さんは『郵便屋』に媚を売るようなことはしていなかった。ということは誰かに頼る必要のない強い役職であることが推察できる。信用がものを言うこの死亡遊戯で強気な行動に出れるわけは、考えがつきそうね」


 軍人。銃火器を扱える。戦闘訓練を積んでいる。それが一般常識。それなら──。


「自分を襲ってきた人物を返り討ちにすることができるっていうのが1番可能性が高い、わね」


 思考終了。

 あの爺さんは、使える。


「行くわよ、アリス。契約部屋に用事ができたわ」


「え、えぇっ!? 何をしに行くんですか?」


「取引よ。そのお爺さんなら私たちの味方になるかも知れない」


 私は、相変わらずアリスに手で目隠しをし、なるべく口で息をするように指示してエントランスホールへ行く。

 おそらく今の参加者の心理状態は、全員食堂に集まって会議をしたいはずだ。だが、何も答えが出ることのない会議なんて意味がない。


「アリス、目立ちたくなかったとはいえ、初日の会議を手早く終わらせてしまったのは良いものと悪いものを浮かび上がらせたわね」


「えぇと、狼や妖狐の議論が未消化に終わったことですか?」


「そう。それが悪いこと。郵便屋と私、そしてアリスが聖教陣営だと確定していて、おそらく聖教陣営のお爺さんがいる。残りはモノクルを除いた8人。この中で郵便屋に媚を売るようなことをしていたのは猫の獣人種と本を持った学生以外全員よね?」


「あっ、その中に聖教陣営以外が集まっていると言うことですか?」


「その可能性が高いわ。あの時点で既にデスゲームに乗っていた奴がいたのよ。それがあの8名」


 私の説明を聞いて、アリスは難しそうな顔をしている。おそらく、8名が人外陣営だと言うことが考え辛かったのだろう。だが、聖教陣営ならば媚を売る必要がないのだ。契約部屋を使って、聖教陣営であることを誓えばいいのだから。人外陣営にはそれができない。


 私たちは、人外陣営を野放しにしておくことで『郵便屋』というリーダーの目を曇らせてしまった可能性がある。人は誰しも、自分に好意を寄せる人間を好きになるものだ。それがたとえ、偽りであったとしても。

 『郵便屋』に媚を売る一幕は、確かに人外を炙り出せはしたが、聖教陣営の団結を崩した。


「聖教陣営が一致団結するためにも、お互いの役職の相互理解が肝心よ。だから私は、確実性が多少低くてもお爺さんの信頼を勝ち取る」



 私とアリスは階段でお爺さんを待った。すると、お爺さんはすぐにきた。


「おはようございます、お爺様。死体を見ても驚かれないのですか?」


「んん? あんなんで驚く奴がいんのかぁ? かっかっかっ」


 なるほど、ほんの少し手強そうだ。

 しかし、ここは契約部屋のすぐ近く。

 私はすぐに本題を切り出した。


「私とこの子はあなたの役職を知っています。内密な話がしたいので、契約部屋へ行きませんか?」


「かっかっかっ! なんじゃあ、おどれら。なかなか肝が据わってるじゃあねえか。ええぞ、話だけは聞いてやる」


 私とアリス、そして『軍人』のお爺さんは契約部屋へと入った。


「純白の姉ちゃん、そりゃあ生まれつきか?」


 私の容姿を注意深く観察していた『軍人』の爺さんが、見た目に興味を持ったようだ。私は嫌でも人目を引くから、やり慣れた会話だ。


「えぇ、アルビノ体質という先天性の病気のようなものです」


「なんるほどなぁ。ずいぶん珍しいもんが見れたと思っとった。ここへ来た甲斐があったもんだなぁ」


 私は『軍人』のお爺さんの椅子を引き、座るように促す。「すまねぇなあ」といいながら、老人は椅子に座った。私は対面に座り、膝の上にアリスを乗せた。


「さて、お爺様。私はお互いの役職を教え合うという契約を結びたいのです」


「なんら、まずは俺の役職のことを教えてもらわんとなぁ」


「『軍人』。どうでしょう、合っていますか?」


「かっかっかっ、合ってんなぁ。でも嬢ちゃんの顔見る限り、確実に言えるのは名称しかねぇんだろ? だから嬢ちゃんたちは陣営の確認もしたい、違うか?」


 手強い爺さんだと思った。

 自分の役職名『だけが』知られていると見抜くとは、只者ではない。それに加えて、おそらく私の狙いも看破されている。


「その通りです。私たちも聖教陣営。お互いの役職と陣営を教え合うのもいかがかと」


「かっかっ、んなもん決まってんだろぉ。俺は、軍人でお互いに聖教陣営だ。ほんれ、契約書に書いてやったぞ」


 そこには、確かにお爺さんが『聖教陣営』である旨が書かれている。

 『軍人が味方であって欲しい』という私の狙いを看破したからあっさり書いたのだろうか。

 それにしたって、私とアリスの役職や陣営は知りたくないのだろうか。


「まだ会議するには早い時間だ。だがな、俺たちがこうして不信を買うには充分な時間だぞぉ?」


「もう全員が食堂に集まっていると?」


「んだ。こんな契約書なんてほぼほぼ意味がねえ。死体を見て今頃会議中よ。石橋叩いて渡っとったら、足元すくわれんぞ?」


 私は契約書に『聖教陣営である』とだけ書いて、部屋を出ようとドアノブに手をかける。その背中に、お爺さんから声がかかる。


「純白の嬢ちゃん、役職は」


「『聖女』です」


「かっかっかっ、お似合いじゃあねえか。ほんれ、早いとこ食堂へいきな」


 私とアリスはすぐに食堂へ向かった。

 そこにはすでに、定例時刻ではないのにお爺さん以外の全員が集まっていた。

 その視線は、不審なものを見るかのようだった。

 その視線は、主に私に注がれていた。

 視線が止まない。その理由は。


「私は役職『占い師』よ。リリアナ=ダラーレスは、狼と出たわ」



 この、スカーフェイスのせいだった。

 動きがあるとは思っていたが、なぜ私なのか。


 いや。

 いやいやいやいやいや。

 私に勝負をここで挑むのか。

 愚者。愚図。愚鈍。


 今は、なぜとかどうしてとかなんでとか、そんな疑問符は置いておこうじゃない。


「──あなたは、その宣言が殺人現場の混乱に乗じた良い一手だと思っているようだけれど」


 私に勝負を挑んできた哀れな人外は、ここで消す。


「ただの自殺行為だってこと、あなたに思い知らせてあげるわ」


 私とスカーフェイスの答弁が始まる。

 お互いに何の証拠も持ってないが故に成立する、信用勝負が。


「あなたは自分を『占い師』の役職だといっているようね。これの証明は不可能なので、諦めるわよ」


 私は開幕から、スカーフェイスが占い師かどうかの討論を辞めた。


「はぁ!? あんた、私が占い師だと認めたら、負け確定じゃない!」


「認めるなんて言ってないでしょう? まず初めに、あなたは説明しなければならないのよ。なぜ私を占ったのかということを」


 スカーフェイスが占い師であると証明するのは不可能だ。この古城では自分の好き勝手に役職が決められ、役職カードの枚数も配役も明言されていない。

 つまり、何人『占い師』がいてもおかしくないのだ。だから、そこの勝負で時間を使うのはなし。


「さて、聞かせてくれるかしら。あなたが私を占った、その理由を」


 スカーフェイスは待ってましたとばかりに声を大きくして、理由を述べる。


「あなたは昨晩の会議でほとんど発言していなかったし、『郵便屋』の出現にも大して喜んでいなかったからよ」


 なるほど、少しは練ってきているようだ。

 狼か狐のリーダー格の入れ知恵だろう。

 しかしながら人外の思考は、視野が広くないので意味がないが。


「そんな人間、他にもいたでしょう?」


「だからその中から──」


「無作為に選んで、それが狼だった、と。そんなわけないでしょう? 少し考えればわかることだけれど、聖教陣営は『郵便屋』がいずれ使い捨てになることをわかっていたのよ。狼か狐かはわからないけれど、『郵便屋』はいずれ殺される。聖教陣営を混乱に陥れるために、ね。だから聖教陣営は『郵便屋』の台頭を安易に喜べない。そして、殺し利用し惑わすのが人外陣営の思いつく会議の指揮をとるリーダーの扱い方。合ってるわよね、『郵便屋』さん?」


「まぁ、そうだ、な……」


 『郵便屋』はいまいち状況が掴めずにいるのでしょうね。短い日数で済ませたい『郵便屋』は、せっかく出てきた狼の情報が潰されているのだから無理はないわ。


「つまりね、あそこで喜ぶのは人外陣営だということなのよ。あなたも入っている人外陣営、ね?」


「それでも! 私が占い師だという事実は確かめる価値があるんじゃないの!?」


「では誰か、追放後の役職を知れる人間はいる?」


 誰からも手が上がらない。

 この死亡遊戯には、追放した人間の白黒がわかる人間がいないのだ。


「いるわけないわよね。もしいたらもっとリーダーを決めた後の流れについて、より詳しく話し合っていただろうから。その人間は、『郵便屋』の次は、自分がリーダーにならざるを得ないもの」


「くっ……でも、あなたは狼よ!」


 私は、スカーフェイスのことを無視した。

 ここであえて無視をすることで、スカーフェイスの発言を私の発言で無価値にする。


「だからこそ、あなたが占い師かどうかなんて関係がない。あなたはただの嘘つきかもしれないし、本当なのかも知れないけれど……。論理的に考えて、《重要な役職を持つ私》と《真偽のつかない占い師》、どっちを追放した方がいいのかは明確よね? これはそういう勝負よ、女。そうよね、お爺様」


 そして私は、私が生き残るための最後のピースを持っている『軍人』のお爺様に全て託した。

 お爺様が『リリアナ=ダラーレスは聖教陣営である』と証言すれば形成逆転だ。


「かっかっ、やっとるやっとる。こうなると思って、少し休んでから食堂に来たんじゃ」


 お爺様は昨日と同じ定位置に座ると、私とした契約について話し出す。


「このリリアナという子の役職は、『軍人』じゃ。1日ごとに扱える武器が増える。昨日はリボルバーだったようじゃな。それで、狼か狐を仕留められる」


「そんなの嘘よ! どうせ外から聞いてただけだわ!」


「はて? この館は全室防音だったはずじゃが」


 まさか、このお爺様!

 『聖女』である私を重要人物だと断定してかばった……!?

 いやそれだけじゃない、この筋書きならさっき書いた中途半端な契約書もあえて私に託しているわ!


「決まりだな。民意は完全に『軍人』の美女のいうことを信じている。確かに、この段階で占うべきはもっと他にいた。『占い師』という役職の存在を証明できない以上、この女傭兵の言ってることは嘘の可能性が濃く出てきた。みんな、投票先は言わなくてもわかるな?」


 『郵便屋』の言いたいことは、誰しもが理解していた。しくじった女傭兵……スカーフェイス以外はゾロゾロと食堂へ出て行く。残ったのは、アリスと私、そしてスカーフェイスだけだ。


「リリ……アナ!」


 スカーフェイスは椅子を思い切り私とアリスに向かって投げつけてくる。私はアリスを庇いながら、その椅子をかわす。

 椅子が粉々に砕け散り、破片が私たちの服にかかる。私はそれを軽く払い、アリスの分も破片を取ってあげた。


「なに? あなた私に個人的な恨みがあったの?」


「ダラーレス家はいつもそうだ! 自分だけが悪くないような振る舞いを行う!」


 私じゃなくて、ダラーレスの家系全体に言ってるのね。まぁそれはどうでもいいんだけど、敵の心は砕ける時に砕かないと損よね。


 私はゆっくりとスカーフェイスの所へ歩いて行く。スカーフェイスはどんどん近づいてくる私に殴りかかるが、その全てを紙一重で避ける。

 そして私は、スカーフェイスの両頬を片手でガッチリと掴んだ。スカーフェイスの瞳に私の顔が映るくらい、顔を近づけた。


「私でも家でもいいけど、あなたは恨みがあって、私に挑んだ。でもその挑戦は無謀で、返り討ちにあった。こんなところにでしゃばってきて、生涯を楽に暮らそうとした罰。引っ込んでろ、雑魚が」


 軽やかに踵を返す私と、呆然と立ち尽くすスカーフェイス。

 私はスカーフェイスに言いたいことだけいうと、アリスと共に食堂を出る。

 エントランスホールは閑散としていて、どうやらそれぞれの役職が未だわかっていない状況のようだ。私はそれを見て満足すると、一階探索の時に見つけた厨房へ向かった。もちろんアリスも連れてね。

 

 私とアリスは簡単だが腹の膨れる早めのランチを作ると、これからの方針を私の部屋で話す。

 …ちなみに、モノクルの死体は綺麗さっぱり無くなっていた。血の跡も何もかもだ。


「リリアナお姉さん、そのー、えっと。色々と大変でしたね」


「このくらい日常茶飯事よ。それより、私は大分このゲームを掴んできたわよ」


 私はトマトソースと茹でたエビが入ったパスタを口に運ぶ。アリスはエビが入ってることが嬉しいのかエビを頬張るとしばらく黙る。食事に集中しているのでしょうね。可愛い子だわ、アリス。


「ゴクン。それで、えぇと、リリアナお姉さんは何を掴んだのですか?」


「今回仕掛けてきた自称『占い師』の陣営と、狼と狐どちらが殺人を犯しているのか、そして今聖教陣営がとてつもなく有利な状況にいるということかしらね」


 私はお腹が空いていたので、早く食べ終えてしまった。思考をするのにはやはりカロリーを使う。


「はっきり言うわ。今の段階で餓狼陣営は最も弱い。契約部屋が有効な限り、しらみつぶしに『聖教陣営』であると書かせればいいだけなのよ」


「なるほど! 私たちがお爺さんにやったことをやれば良いわけですね!」


 そう話は単純じゃないのだけれどね。

 ただ、『私がそういう行動に出る』のに意味があるのは確かだ。


「でも、何かうまく言いくるめられたらどうするのですか? 例えば『あなたが聖教陣営だという確証が持てない』、とか」


「その時はその時……というか人外陣営は全員そういうでしょうね。でも、だからこそ食堂での討論が効いてくるのよ」


「えっと、どういうことですか?」


「聖教陣営だと確かめる行為自体が『襲ってきた人物を撃退できる役職を持つリリアナ』、つまり私が『軍人』だというアピールになるのよね。役職を確かめるなんて強気な行動は強い役職しか取れないからね。私は何日か安全を保証されるでしょうね。良い抑止力になる。流石だわ、あのお爺さん」


 私はこめかみをトントンと叩く。

 理由は単純。

 「そんなに上手くいくか?」と、そういう疑念だった。


「偽『占い師』の陣営は、確証に近いレベルで妖狐陣営ね。本人は気づいてなかったけれど、あの一連の流れが予定調和で、それをわかっていた『妖狐』に捨て駒にされた、と」


「何で『妖狐』がそんなことするのですか? 全然わからなくてごめんなさい」


「良いのよアリス。あなたはそれで良い。理由を述べるなら、『占い師』という役職の説明があったのに餓狼陣営から『占い師』が出てこなかったことね。餓狼陣営はおそらく『狂人』なんていう雑魚役より『血に飢えた狼』系統の役職で固めただろうという予測が混じるけれど……それが1番合理的だから信頼性は高い。だから『占い師』は1人だけ出てきた。そして、そんな使い捨てみたいなことをさせるのは重要な役職で固めた餓狼陣営がするわけないから妖狐陣営ね。そこから逆算して、妖狐陣営は自陣営の人数を減らしても構わないという魂胆が透ける。だからこそ、積極的に人を殺さないことがわかる。そもそも、妖狐陣営も殺人ができるなら初夜で2人死んでいるでしょうからね」


「うー、頭が沸騰しそうです!」


「要するに、餓狼陣営は使い捨てできない役職で、妖狐陣営は使い捨てできる役職がいる。そして、そんな風な使い捨てができる陣営は殺人というリスクを背負わない……っていう読みね」


 さて、そろそろ時間だ。14時から16時までは、全員が強制参加の会議をしなくてはならない。

 アリスに細かいところを説明したり、『怯えているフリ』をしてそうな人外陣営のせいで私の考えた聖教陣営かどうか明言させる計画が台無しになったりしたが、問題は無い。


 食堂へ入ってまず気がついたのは、スカーフェイスがいないこと。私との信用勝負に負けた彼女は、このまま脱落するつもりだろう。


 はてさて、厄介だ。

 このまま奴が出てこないとなると議題は決まっている。


「グルル、傭兵の女が『占い師』の真偽は結局のところわからなかった。ならここは『軍人かもしれない』そこの女を追放するのが筋なのではないか? 傭兵の女は強制的に脱落となり、我々にはまだ追放権が残っているからな!」


 馬鹿が、単純な餌にかかった。

 これは単なるゲームではない、命のかかったゲームだ。それをわからずに安直な追放宣言はマヌケのやることだ。


「かっかっかっ、その道理は通らんじゃろ。『軍人』は狼を1人減らせるんじゃぞ? その人間をむざむざ減らすことを提案するのは、とても聖教陣営とは思えんなぁ」


「グルッ! それは……」


「ようやく尻尾を出したのぉ、餓狼陣営。聖教陣営を舐めすぎじゃなぁ」


 私が何をいうまでもなく、本物の『軍人』が自分の役職の特殊効果に沿って話を進めた。頼りになる聖教陣営がいるということは、良いことだ。


「『郵便屋』の兄ちゃん、『軍人』は狼たちが安易に手を出せない存在じゃ。それをわざわざ追放するのは餓狼陣営の視点だからこその発言だと思うのじゃが、どうじゃ?」


「そうだな、なら今回の追放投票は──」


 『郵便屋』がリーダーとして投票先を決めようとしたその瞬間、シスター然とした女が横槍を入れた。


「そもそも『軍人』という役職があるのは本当なのですか? まずそこを契約部屋で調印してきて、確かめてみても良いのでは?」


 私とお爺さんの視線が交差する。

 どちらがこの確認に付き合うかという確認だ。


「あぁ、お二人とも、そんなアイコンタクトは必要ないですよ。私はリリアナ様に『軍人』かどうかを聞きたいので」


 やはり、私にきたか。

 狼や妖狐にとって私は頭の回る厄介な存在、つまりここで消しておきたいというのが透けて見える。


 ここは、何としても回避する。


「『軍人』という役職を持っているのは、私だけではないのよ」

 

「ではあなたが私の申し出を断る理由もありませんよね?」


「いいえ、あるわね。まずはあなたが聖教陣営であると証明する必要がある。わざわざ人外陣営に私の役職を明かす必要がないからっていうのは、いうまでもないわよね?」


 「なるほど、そうきましたか」と、シスターが呟くのを、私は見逃さなかった。しかしここで追求しては無意味な時間を消費するだけ。お爺さんがくれた『軍人』ブラフの猶予がいつまで続くかわからない以上、狼の獣人種は潰しておく必要がある。


「さて、問題はそこの狼の獣人種ね。彼の発言は明らかに聖教陣営目線のものではない」


「ではこうしましょうか。今日の追放投票は狼の獣人種さんで決定です。そして、私は妖狐について話がしたい」


 狼の獣人種は何も言わなかった。正確には、言えなかったのほうが正しいだろう。自分が今どんな発言をしても、追放されることがわかっているのだ。


「『妖狐』はとにかく生き残ることが勝利条件です。『妖狐』を処理する方法が私は知りたい。誰か、手がかりはありませんか?」


 私は、すぐに意見を出すことにした。


「『妖狐』の死亡を肩代わりする役職が存在するわ。それは『妖狐信仰者』よ。実際に死ぬのかどうかまではわからないけれど、『妖狐』にとっては有難い存在かもしれないわね」


 実際のところは意味がないと私は感じている。古城の外部では契約が意味を為さない以上、本物の妖狐信仰者でなければ死ぬことを選ばない。ただ、『妖狐信仰者』のことを『妖狐』が完全に洗脳できたなら話は変わってくる。しかし、今の各人の様子を見ている限りではそんなことは起きてなさそうだ。


「まだあるよ、僕が見つけたのだと『呪術師』ってのが妖狐陣営だったよ」


 会議に興味のなさそうだった学生が、本を閉じて報告をする。肝心の『妖狐』らしき人物はその素振りすら見せなかった。


「その『呪術師』というのはどんな特殊効果をお持ちなのですか?」


「【ゲームから退場する代わりに、好きな人間を退場させられる】。ジパングの自己犠牲精神みたいなものだね」


 これ以上は妖狐陣営の情報は出てこなかった。

 私は、運だと感じていた。このゲームは、ゲーム性のためにランダム性が組み込まれている。

 狼からは狙われないが、狐どもからは狙われる。それが『軍人』という役職だ。私には今そのレッテルが貼られている。

 それはお爺さんも同じ。


 アリスは子供なのでまずデスゲームでは狙われない。子供を殺すのは大変な重圧を伴うからだ。そして、そんなアリスだからこそ重要な役職を私は任せた。賭けでもなんでもない、セオリーだ。


「戦況は圧倒的に妖狐有利ですね……」


 段々と各陣営のやるべきことが見えてきた。

 聖教陣営は人外陣営を追放すること、そのために多弁になる必要がある。

 そして、多弁となって役職が浮き彫りになったところを餓狼陣営が刈り取る。

 妖狐陣営は、『妖狐』自身が動く必要がある。餓狼陣営が刈り取らなかった人間を契約部屋で妖狐陣営だと確認し、洗脳していくのだ。


 だが現状、どの陣営もその『やるべきこと』をやっていない。だから、妖狐陣営の勝手を許している。


 したがって私は、罠を張ることにした。


「このままでは、妖狐陣営が圧勝ね。人数に物を言わせて投票すれば良いんだもの」


 反応したのが2人。学生と猫の獣人種が細かい身体のサインを出すのが見えた。


 これはパワープレイ、つまり人数差によって生まれる投票数を利用した力押しの提案。その知恵を彼らに授けたのは、ちゃんと意味がある。


 もう16:00になろうかという頃に、突然食堂のドアが開いた。


「あなた、なぜ──?」



「決まっているでしょうリリアナ。あんたの読みを少しでもズラすためよ」


 そこにいたのは女傭兵のスカーフェイス。

 これで、この女は会議に出席したことになる。


「……そうか契約部屋!」


 シスターは何も自分が契約部屋に行くとは言っていなかった。おそらくもし契約部屋に誰も来なかった場合、議論終了前にスカーフェイスが来るようにあのシスターは手引きしていたのね。


 逆算してわかるのはシスターはおそらく餓狼陣営。これは、妖狐を探すような発言と狼の獣人種との微妙な繋がりの示唆から推測できる。狼の獣人種を庇ったり、突き放したりしていたのは狼らしいといえば狼らしい。


「今夜の投票は、傭兵の姉ちゃんで決まりだな。場が混乱しちまったが、今夜はそれで行くぞ」


 まずい。まずい。まずい!

 急に登場した、いるはずのない人間のせいで全員の頭が混乱している。

 このままでは狙われる役職は決まっている!


 私が議論を続けようとしたのと、時計の針が16時を指したのはほとんど同時であった。振り子時計のボーンボーンという音が鳴り響く。


 みな今日は疲れているのか、ゾロゾロと食堂を出ていく。それを私は、歯痒くもただ見守るだけだった。


 アリスを含めて全員出ていくのを見届けた後、私は思い切り机を叩いた。


「今日死ぬのが誰かわからないの……!」


 私は悔しさを隠さなかった。

 軍人という格段に強い役職。

 妖狐は関係ないが、餓狼には関係がある。

 つまり、勝つためなら1人を犠牲にしてでも狼は軍人を殺しにくる。筆頭候補は私。しかし、議論の内容を加味すればより狼たちの狙いが読めてくる。


 握りしめた拳から、少しだけ出血する。

 これは戒めだ。

 スカーフェイスの心を完全に折らなかった、自分への。


 私は気持ちを切り替える。ここで溜め込んでも、フラストレーションで明日の議論がおぼつかない。私は深く、より深く呼吸をすると、アリスの元へと向かった。


 アリスは、私を出迎えるように食堂の扉の前近辺にいた。


「お姉さん!」


「アリス、誰かから声はかけられなかった?」


「え? はい! 特に誰からも声はかけられなかったです」


「そう、やっぱりそうなのね」


 今日やるべきは、『現状勝ちの確定した妖狐陣営』の調査だが、その前にアリスが目をつけられてしまっては仕方がない。


「部屋に行きましょうアリス、もうすぐ終わるこのゲームの、役職の振り分けの説明をしてあげる」


「え? もうそんなとこまでつかんだのですか?」


「誰がしゃべっているか、いないかだけでこのゲームは掴めてくるものなのよ。さ、部屋に行きましょう」


 私は部屋を上がっていくと、ちょうど契約部屋に犬の獣人種が入っていくのが見えた。そこと推測は既に終えている。だから私は、無視してアリスを自室へ連れて行った。


「さて、夕食時までに話をつけておきましょうか。この2日間で私がつかんだ役職の振り分けを」


「は、はい!」


 私は備え付けのメモ用紙にサラサラと配役を書いていく。アリスに1個1個丁寧に解説し、物分かりの良いこの子に全て託す。


 全参加者の役職の振り分け予想が済んだ後、私はアリスと一緒に私特製のカレーを作ってそれを食べた。

 遅い時間になる前にアリスと別れ、このゲームの後も会うことを約束した。


 何かひとつ変われば私を飽きさせなかったかもしれないこのゲームも、明日で終わりだ。


 もう大勢は決した。

 あとはもう結末の予想できるこのゲームを、アリスと共に勝つだけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る