リリアナ=ダラーレスは死亡遊戯に飽いている。 急


 私は心臓の鼓動が脈打つこの身体をゆっくり起こすと大きく伸びをする。

 私が嫌いなこと。

 予定調和。首尾上々。好都合。


 逆境でなきゃ燃えない性分というのはこれだから、と自戒しそうになるのをやめてゆっくり部屋を出る。


 予想通り……お爺様の部屋から赤い液体が染み出していた。私はお爺様の持つ武器全てが狼の獣人種に使われているのを確かめた。そして、喉笛を包丁で切り裂かれたお爺様の目をそっと閉じる。


「仇は取りますよ、お爺様」


 もう既に結果の見え透いたゲームに用はない。お爺様が死んでしまったのは悔やまれるが、お爺様は『軍人』という役職の情報を。そこで狼の中では私とお爺様が『軍人』だと読み、より真に近い私が残されて、お爺様を狙ったと考えるのが自然だろう。


 しかし、私はお爺様の仇を取れる。

 だからこそ、私はここで折れたりしない。自分のペースを崩さない。


 私は最後の朝食となるフレンチトーストを作りに厨房へ行くと、朝から重たくならないような味付けにした。

 アリスが嫌いだった時のために、パンの耳は味見兼私の小腹を満たす菓子だ。


 アリスの部屋をノックすると、目蓋を擦りながらアリスが出てくる。アリスが血の匂いを嗅がないように素早く部屋に入ると朝食をアリスに渡し、部屋の中で食べているように指示する。


「お爺様が優先して狙われたのは、立ち回りのせいね。私のことを庇っていたのが餓狼陣営には、真の『軍人』に映ったのでしょうね。そして、それを確かめるために既に餓狼陣営だと割れている狼の獣人種があてがわれた。おそらく、正体を看破したお爺様への復讐心を煽られたのでしょうね」


 今日、郵便は届かなかった。

 狼が既に殺人を犯しているのに関わらず、郵便が届かなかったということは『呪術師』が能力を使ったに違いない。


 どちらの『呪術師』が能力を使ったのかは定かではないけれど、重要なのは今最も聖教陣営に打撃を与えるように能力を使った点だ。


 やはり、私の予測は正しい。


 アリスには、私が指示してから食堂に来るように伝えてある。アリスが責められるような議論の場にわざわざ出させるのは可哀想だからだ。

 アリスの表情からアリスの本当の役職がバレるのも、この後の展開次第では非常に困る。したがって、アリスは待機だ。


 そして私は、最後の会議に足を運んだ。



 私1人の登場に、湧き立った人物がいた。


「ほら言ったニャ! あの少女はここまで生きているのが不自然なんだニャ!」


 パンパンと手を叩く猫。

 いや、『妖狐信仰者』。


「寡黙は『敵』……。うーん、あなたの予想が当たりましたね。裏切り者さん?」


「当然だろ、わざわざこれを警戒して『奇術師』である僕が勝ち目のあるこっちの陣営についたんだからな」


 妖狐陣営の話し合いの時に不自然に喋らなかった教父であり『妖狐』。

 なぜか最初から『呪術師』の情報を明かさず、静観を決め込んでいたのに急に『呪術師』を明かした不自然な行動した学生くんであり『奇術師』。


「やはりあなたの部屋だけが開かなかったのは役職の持つ特殊効果ですか……『妖狐』!」


 そして、今まで散々人を殺してきた『血に飢えた狼』であり、餓狼陣営最後の1人でリーダー、シスター。


「さて、最後の議題は『少女は何者なりや?』かしらね、雑魚ども」


 この最後の議論は、私がアリスを独占し続けた行動すべてが集約された正真正銘の騙し合いだ。


「さて、今困ってるのは貴方が囲っている少女がどこの陣営に属しているのか、ということです」


「関係あるの? 妖狐陣営は餓狼陣営であるシスターに投票して終わりでしょう?」


「うんー、それがそうもいかないんですよ。うんー。『誰も追放しない』という選択がある以上、決選投票でも決まらなければそちらに傾くとお達しがあったわけです。うんー、これは主催者からの進言なので間違いなし」


 ふむふむ。やはり『妖狐』を殺すのは『血に飢えた狼』では不可能だったらしい。誰かを能動的に襲って殺すことのできない『妖狐』が死ぬのは1つしかない。


「つまり、聖教陣営の効果対象になれば『妖狐』は死亡、というわけね」


「厳密に言えば、特殊効果によって役職が割れれば死亡ニャー。勝ちやすい陣営だからこそ、リスクは大きいニャ!」


 ここまでは私の予想通り。

 あとはこの拮抗状態をどうやって壊すか、だ。

 聖教陣営が私とアリスで2名。

 餓狼陣営がシスターで1名。

 妖狐陣営が教父と猫の獣人種と学生で3名。


 決選投票で決まらなければ『追放者無し』という結果になる。


 ここでアリスの真役職を話せば、妖狐陣営のパワープレイによりアリスは追放される。

 もしパワープレイが起きなくても、狼であるシスターの殺人が止まらない。

 一見すれば、詰んでいるだろう。

 私がアリスの役職で嘘をついても、真偽は求められる。確信できなければ、パワープレイでアリスは追放。そして餓狼陣営と聖教陣営が同数で餓狼陣営が勝利となり、その時点で『妖狐』生存のために最終的には妖狐陣営の勝利となる。


 私は、このパワープレイに凶悪な力があると意識させるために昨日あの発言したのだ。そうして、役職が炙り出された。わざわざ『妖狐』の死亡条件を話す雑魚ネコも出てきた。

 

「良いわ、話してあげる。アリスはね、『聖教陣営』の『村人』よ」


「証拠は?」


「これよ」


 私は、お爺様が私に託した契約書を突き出す。

 その契約書には、確かにお爺様は『軍人』であり『聖教陣営』で、私の字ではあるが確かにアリスは『村人』で『聖教陣営』と教え合う契約書面だった。


「うんー。これは確かに。偽造の跡もないねー。うんー。僕らの勝ちだねー」


「やったニャ! ここまで生き残って本当に良かったニャ!」


「やはり勝ち馬は妖狐陣営だったか。このゲームも今夜で終わりだな。シスターを追放すれば誰も死なない」


 シスターに追放の矛先を向かわせてしまえば、あとはどうとでもなる。


「シスターさん、私とあの子は『誰も追放しない』に票を入れるわ。それで、一矢報いましょう」


「あっはっはっ! 無駄ニャ! そうする前に『呪術師』が強制的にシスターを追放する手筈だニャ!」


 学生は髪をかきあげるとニヤリと笑う。


「俺はそもそも勝ち負けに興味がない。リリアナ=ダラーレスに頭脳戦で勝てれば、それで良かったんだよ」


 乱暴な口調に変わった学生くんと怒りで顔が真っ赤になっているシスターはなかなか見ものだった。


「リリアナさん、私は勝ちを諦めません。あの学生のブラフの可能性もあります。だからどうか少女と共に『誰も追放しない』に一票を」


「えぇ、わかっているわ。あの子にもそう伝えておく」


 投票の打ち合わせが終わると、シスターは早々に去っていった。まぁ、あのシスターは勝つために私かアリスを殺す必要があるから、悟られたくなかったの方が正しいかしらね。

 

「あっはっはっー。このゲームは勝てる陣営を選ぶゲームだニャ。それを見抜けなかったお前の負けだニャ、リリアナ」


「うんー、辺境伯お墨付きのリリアナに遂に敗北を与えることができたとは、感慨深いですねー」


「あばよリリアナ、お前の負けは一生語り継いでやる」


 妖狐陣営は言いたいことを言いたいだけ言って、去っていった。

 かくいう私は無表情。

 凡人。平凡。凡夫。

 それらが詰めこまれた陣営の言うことなど、興味を引かない。



 16:00にはアリスを含めた全員食堂に集まり、何か言葉が行き交うわけでもなく、顔合わせだけして全員去っていった。


 私を『軍人』だと信じきり、アリスを『村人』だと信じ切る雑魚ども。終わりだ、お前ら全員すべて。


「アリス、特殊効果で占うのはあの胡散臭い教父で確定よ。バカ猫がわざわざ死亡条件を喋ってくれたから」


 アリスの部屋に入り、扉をしっかり閉めた後にそう伝える。アリスは私の出現に嬉しそうな顔をしたが、それも崩れた。


「『妖狐』をやっつけたところで、狼さんが気まぐれで私たちのうちどちらかを殺してしまうかもしれませんね……」


「大丈夫よ、アリス。今日の夜に全てが終わる」


 アリスと喋っているうちに、追放投票の時間になった。アリスは教父に特殊効果を使ったことを報告してきた。私は、追放投票は『誰も追放しない』にし、遂に特殊効果を使うことにした。


 ── 【役職名:聖女 陣営:聖教陣営

 特殊効果①:『裁定投票』。聖女は悪しき者に天罰を下すことができる。

 特殊効果①詳細:追放投票とは別に、聖女は『裁定投票』の権利を持つ。裁定投票で選ばれた人間が殺人犯だった場合、その罪を償うために『パニッシュメント』が下され、強制的に追放される。殺人犯的中時、聖女の獲得する純金の量は山分け後、さらに3倍される。】


 裁定投票。

 それは殺人犯を裁く為の雷。


 お爺様は、狼の獣人種に全弾使っていた。

 人の何十倍もの筋力がある獣人種を殺すには銃火器で何発も撃つしかない。

 それでやっと殺せた。


 しかし、それでもお爺様は死んでいた。

 これは、最後に残っていたシスターによって殺されたとしか考えられない。


 加えて、モノクルが死んだ時の包丁という手段も、狼の獣人種が考えるような殺し方だとは考え辛い。


 餓狼陣営のリーダーを示すために、シスターが真っ先に殺人を起こしたと言うのが私の考えだ。加えて、餓狼陣営の発言を操っていたのもリーダーである彼女だろう。


「じゃあね、殺人犯」


 裁きを与える対象は決まった。

 私は、投票部屋を後にした。


 部屋に戻り、私がどういうカラクリで勝ち切ったのかを今後のために書き起こす。



「まず私のみが知っている情報として、アリスは文字が書けないし読めないという前提があった

「お爺様はそれを見越していたのかもしれなわね、今考えると。

「とにかく私は、お爺様だけが契約書にサインしている一風変わった道具を手に入れた

「ここからは会議の逆算。餓狼陣営は妖狐陣営を潰したいのが見え見えの発言をしていた。私を疑ったのも、その一貫でしょうね

「その過程で、シスターと狼の獣人種は繋がっているような会話をした。私はあの2人を餓狼陣営だと読んだ

「なによりお爺様が、狼の獣人種を餓狼陣営だと暴いた。なら、それと繋がってる素振りを見せたシスターは限りなく黒に近い

「そして、私やシスター主導の妖狐探し中にずっと黙っていた者たちを私は頭に叩き込んだ

「学生が『呪術師』を明かしたタイミングは、遅すぎた。妖狐は基本どの陣営でも潰したい。それなのに学生は『まるで今知ったか』のようなタイミングで開示した。そこで学生が妖狐陣営に成ったのだと考えた

「そして私は、犬の獣人種1人が契約部屋に入ったのを見て、『妖狐』が洗脳に手を出したのだと思った

「1人で入ったのなら、中に誰かいると思うのが当然よね。だから私は、アリスに猫の獣人種か教父を占うように指示した

「当然、アリスは猫の獣人種を占ったみたいね、以前私がした、馴れ合わない奴は強いという理論でいくと強い役職だから。結果はそうじゃなかったけれど

「そして全陣営の人間が姿を現した大詰め、私はあらかじめ細工した契約書を提示した

「お爺様はおそらくあえて託した。お爺様の契約相手が誰でもいいようになる契約書を。きっと彼はそれが自分の死後に最も有効になることを理解して。

「契約書の有効期限は『ゲーム終了以前』。大半はこの古城内でのみ有効だと考えるけれど……。死亡や脱落でも『ゲーム終了』よね?

「つまりあの時、妖狐陣営は『ゲーム終了』を履き違え、契約期間が終了している契約書を見て真偽を判断した

「お爺様と私に、いっぱい食わされたってわけね」


 書き終えた私は、「ふぅ……」とため息をついた。これで、私の推理は終わりだ。最後をあのお爺様に頼る形となった。感謝しても、しきれないと言うのが私の想いだ。


 私はシャワーを浴びて、ダラーレス家のパジャマを着て眠りについた。

 夕飯が固形食だったのは気に食わないが、それも今日までだ。


 翌日、私は血の匂いのしない廊下を歩いた。

 代わりに物凄く焦げ臭かったのは、シスターの部屋が燃えきった後だったからかしらね。


 アリスの部屋に行き、ノックをする。

 なんの動きもないので、私は部屋の扉を開けた。

 ふむ、どうやらアリスは先にエントランスホールへと行ったらしい。

 私も向かうとしよう。


 エントランスホールにはアリスが1人で階段に座っていた。私の姿を見ると表情を明るくして胸へ飛び込んできたアリス。ヨシヨシと頭を撫でると嬉しそうに髪の毛を擦り付けてくる。


「犬なの? あなたは」


 少し苦笑しながら、アリスに尋ねる。

 アリスはそれを聞いて、耳を真っ赤にさせながら答える。


「嬉しいんです。私を見捨てずに、勝ち残ったリリアナお姉さんがいるということが」


 どうやら、アリスの存在もこのゲームに組み込まれていた大事な要素のようだ。


「答え合わせです。リリアナお姉さん。私の役職は?」


「そのまま【アリス】ってところかしらね。文字が読めず、書けないあなたがどう投票するのかって話だもの。【ゲームマスター】は辺境伯でしょうし」


「ふふふっ、流石リリアナお姉さん。正解ですっ!」


 アリスは私から離れると、貴族の一礼をする。そして【アリス】がどういう役割を持っているのかを説明し始めた。


「あなたは【アリス】というか弱き存在を最後まで見捨てず、死なせることもなく勝利へと導きました。アルドヴァル辺境伯はこの結果にさぞお喜びのことでしょう。あなたはこの死亡遊戯において、偉業を成し遂げたのです。さぁ、こちらへ。あなたの偉業の対価として褒賞を与えましょう」


 アリスは私の手を引いて、ゲーム中散々会議をした食堂へと連れて行く。そこにあるのは、持ち運ぶのに馬車一台を要するかというほどの純金。

 食堂の扉を開けたアリスは、目を瞑っている。けれど、私は、これだけじゃ飽き足らない。


「辺境伯、お願いがあるのですが」


 ザザザという音がすると、エントランスホールの映水晶から辺境伯の声がする。


『どうかなさいましたか? リリアナ=ダラーレス様。馬車でしたら、既にご用意しておりますが』


「いえ、辺境伯。もしよろしければ、こちらのアリスをダラーレス家に持ち帰っても? 純金ならこちらからお支払いますので。私は、私と共に行く優秀な人材が欲しい。臆せず、死亡遊戯に参加して、更に裏から操るような、そんな人材が」


 辺境伯は、しばらく返事をしなかった。

 アリスは驚いた目で私を見つめている。


『……私の娘を頼めますか?』


「ふふっ、当然です。私は4代目リリアナ=ダラーレス、世界を変えた『リリアナ』を継ぐ者なのですから!」


 私は、私ひとりで戦うことの弱さを知った。

 きっとおそらく多分、でも絶対に初代もそう感じたのだ。


「命を賭けること以外のオールインってあるのかしら? 私は、一生をオールインしてやるわよ」


 私は死亡遊戯をこなしていく。

 これからは、相棒と一緒に。


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