リリアナ=ダラーレスは死亡遊戯に飽いている。

ことつか

リリアナ=ダラーレスは死亡遊戯に飽いている。 序




 チェス。将棋。囲碁。トランプ。麻雀。その他にもエトセトラ、エトセトラ。


 古今東西全てのゲームは、どれもプレイヤーの頭脳が試される。頭脳戦とは、相手の心を読むのではなく、相手をいかに自分の策略に飲み込むかで全てが決まると私は考えている。


 そこら辺は、身体を動かすスポーツも一緒ね。

 勝負事は自分の領域に引きずり込んだ方が勝つ。

 どんな遊戯も、高めれば高めるほど奥の深さに気づき、のめり込む。そしてまた、勝つために練習することができる。


 ただ悲しいかな。

 私には室内遊戯も室外遊戯にもズバ抜けた才能があった。


 私は注目の的になったし、私は注目されるように立ち回った。私に挑む人は、日に日に増えていった。


 ゲームで金や命が賭けられていれば、それはもうゲームではなく別種の決闘になる。要するに、殺し合いだ。


 だから私は、そうなるように難易度も緊張感もあげた。もちろん私自ら。

 それでも勝ち続ける私はやはり──。


「チェックメイト。帰ろ」

「詰み。帰る」

「早く投了しなさいよ。今日は良いお茶を仕入れているの」

「フルハウス。オールインしたからあなたの手持ちは無し。帰るわね」

「ツモ。純正九蓮宝燈」


 賭け事に飽きているのだと、心から思う。



 今日も勝ち、この世に2つとない宝石を手に入れた私は睡眠前の準備をしていた。睡眠前の勝負事の振り返りは重要なのよね。私の場合、それは明日に持ち越されないけれど。まだ私がか弱かった頃のクセなのよね。治そうと思わないのは、リズムを崩したくないから。リズムを崩さないのは、次のゲームに向けて雑念を入れない重要なことでもあるわ。


「それにしても、どうしたらいいのかしらね、この現状。最近は私の実力も広まってきたのか挑んでくる相手もいなくなってしまったし……」


 ドレッサーの前に座り、片頬を手で包み、肘をついて悩む。日に日に増えてきた挑戦者は、私の強さが広まるにつれて少なくなっていった。強敵に挑む喜びを忘れた雑魚の相手を私はしない。それは曲げない。だが、相手がいないというのは生き急ぐ私にとって実に悩ましい問題なのだ。


 鏡の中の自分に、現状の解決策を問いかけようと目を移す。

 すると、とんでもない美しさを誇る女神がそこにいた。


 ただでさえ大きい瞳は、持ち前の平行二重によってさらに大きく強調されている。

 瞳の中の蒼い虹彩には、金粉のような黄金色の色彩が散りばめられていて宝石のよう。


 鼻は、鼻筋がしっかり通っていて小鼻は大きすぎず、目幅と同じ程度。鼻根から鼻背にかけてなだらかにカーブを描き、鼻の先は我ながら高い。


 唇は発色こそ薄いものの、程よい厚さになっていて、指先でなぞると強すぎない弾力がある。


「うん。やっぱり私の顔の造形は最高ね」


 ここまでは、いい。

 パーツ自体は、非常に整っている。

 私の髪色も、個人的には気に入っている。


 ただ、この家の風習、私のある体質の扱いが気に食わない。


 ドレッサーの鏡にヴェールを掛け、これ以上自分の容姿を見ないようにする。鏡の中の私は美しいだけ。私の求める闘争は鏡の中にはない。

 

 寝る前に、なにをしたらいいか考えたかった。それだけ。何も浮かばないならそれで良い。だから後は、ベッドに横になって寝て、1日を終えようと思う。


 ベッドに潜り込んだ時、私の部屋のドアを規則的に3回ノックした音が鳴る。


「リリアナ様、お時間よろしいですか?」


 私が寝るのはおおよそ22時。

 その10分前に用があるというのは、相当急用なのだと私は感じた。


 均整の取れた私の身体が透けるような、薄い素材で作られたパジャマをはためかせながら、急いで扉を開ける。どうせこの家に男はいない。肝心なところだけ隠せていれば、パジャマなんてなんでもいいのだ。


「夜分遅く申し訳ありません。リリアナ様」


 私の部屋の前には、私の予想通りの人物が立っていた。薄褐色の肌にラピスラズリのような蒼い瞳を持つ、私だけの従者。アリエル=ロプラト。

 そんなアリエルが、私の眠る時間をわかっていないわけがない。つまりこの訪問は、なにか急ぎの内容だということね。


「アリエル、謝ることはないわ。貴女がこの時間に来たということは相当重要なのでしょう。中に入ってお茶でも飲む?」


「いえ、非常に嬉しいお誘いなのですが、リリアナ様がこちらの手紙について考えなさったほうがよろしいかと」


 アリエルはそういうと、どこかの爵位しゃくい持ちの封蝋ふうろうが押された手紙を差し出してきた。

 アリエルが仕事で悩みがあるから尋ねてきたのかと心配してしまった気持ちを一旦消して、誰の封蝋なのか見る。


「……なるほど、わかったわ。アリエル、明日も朝が早いのだから貴女は寝なさい。私はこの招待状をじっくり読むことにするわ」


「かしこまりました、リリアナ様。では、お邪魔にならないように失礼させていただきます」


 アリエルが暗い廊下を転ばないか、背中が見えなくなるまで見送ったあと、音が鳴らないように自室の扉を閉める。

 月明かりが差し込む窓のカーテンを閉めて、誰かに見られることが万が一にでも無いように注意する。

 改めて手紙を見ると、辺境伯の封蝋がしてあった。この国で辺境伯といえば1人しかいない。

 ペーパーナイフを使って、封蝋を丁寧に外す。中には、こんなことが書いてあった。


【招待状 リリアナ=ダラーレス様

リリアナ様を私の考案したゲームに招待させていただきたく、この招待状をお送りします。

 今回私が考案したゲームでは、死のリスクを負います。しかしながら、ゲームの勝利者は純金の延べ棒を10キログラムを山分けとなります。また、特殊な条件を満たすことでさらに報酬が追加されます。

 ゲーム名は『汝は何者なりや?』となります。ゲーム開始は5月23日正午とさせていただきます。それまでに会場に集まらなかった場合、棄権とします。集合場所は同封した地図に示してある古城となります。リリアナ様のご参加を心から期待しております。


 アルドヴァル辺境伯より】


 知らないゲームへの誘い。

 単なる招待状以上の価値を私は見出した。

 私は手紙を、いえ、素晴らしい招待状をもらって、これ以上ないほど興奮しているわ!

 それほどまでに、アルドヴァル辺境伯のお誘いは私にとって魅力的だったの。


「うふふっ、くふ、あはっ! あーはっはっはっ!」


 思わず大声で笑ってしまった。

 私は待っていたのだ。こんな、狂った招待を。

 デスゲーム、死亡遊戯、命懸けの戦い。

 賭けるは命、対価は不朽の黄金。

 チャンスが、ついに私にも巡ってきた。

 私のこれまでの実力を見込んだ人間が、ようやく現れた。


「今までは、たかが小娘と馬鹿にされてきた。でもこの招待状は違う。私を実力者と見て招待したのよ!」


 心臓がドクドクと鳴っている。

 私は、こういうゲームがしたかったのだ。

 チェスやらオセロやら麻雀やら、くだらない。格下だと思われて、舐められていた感覚が消えないような、勝利なのにあんな苦味を経験するのはうんざりだった。

 だから、今までの遊戯は全部忘れることにする。

 この破格の条件を提示されて、受け入れない雑魚がいたら私の靴でも舐めてればいい。


「何せ純金! 10キロともなれば貴族どもの土地を奪えるほどの圧倒的な価値ね!」


 私は興奮が抑えられず、座っていられなかった。部屋中を歩きながら、どんなゲームなのか、純金の使い道はどうしようかなどを考える。死ぬリスクは、今更怖くない。私は今までの賭け事に飽きていたのだ。やはりゲームは、対戦相手も命がかかっているものに限る。


 ここで私は、自分のワクワクが収まらないことに、危機感を覚えた。こんな浮ついた調子では、勝てるものも勝てない。私の持つ才能とでも言おうか。私はすぐに自分を客観視できた。


 浮つくのはわかるけれど、待ち望んでいたからしょうがないけれど、今の私は品がない。


「落ち着きなさい、私。とにかく今どんな内容のゲームかを考えるかとか純金を何に使おうかという意味のない計算はやめるのよ。とにかく、私は23日までにベストコンディションに持っていく」


 そうと決まれば、睡眠だ。

 睡眠の質が落ちれば私の実力も落ちる。

 私はひとまず、ジャスミンティーを淹れ、ゆっくり飲む。

 ジャスミン特有の少し苦味のある後味と、鼻を通り抜ける花の香りに集中した。

 しばらくして、心はようやく落ち着いた。

 私は今度こそベッドに横たわると、ゆっくりと目蓋を閉じる。頭の中で、「あー」と声を鳴らす。すると自然と眠れるものなのだ。どんどん目蓋が重たくなっていくのを感じる。私は、ハチミツの様な甘い眠りにずっぷりと落ちていった。



 深い眠りに落ちていったかと思えば、私はすぐに朝を迎えることになった。一瞬しか眠れてないように感じるが、この体全体のダルさは相当長く寝た証拠でもあるわね。


「朝、ね……」


 スイッチが切れた様に眠った後、スイッチが入ったかのように目を覚ます私。

 やはりジャスミンティーは気を落ち着かせる効果があって、その分眠りが深かったのでしょう。だから睡眠から起きるまでが一瞬に感じる。

 私は机の上の招待状を見て、やはり昨日の招待状は夢ではなかったのだと確認して安堵する。

 5月23日まで、1ヶ月後。

 

「賢いやつなら、この招待状に関して誰にも話さない。参加者だと自分から言いふらすのは情報戦で負けることを意味するから」


 私が言いたいのは、前もって素性を調べられたら非常に不利になるということだ。大金がかかっているのに、やれることをやらないのはバカのやることだろう。だから、素性を調べ上げるくらい強者なら当然やる。そして大金をかけている以上辺境伯は強者以外招待しない。尻尾を出せば、その強者は私まで辿り着く。その尻尾は出さない。


 私はパジャマを脱いでタイトなワンピース型のドレスを着る。今日の色は水色にした。朝日に映え、私の心を落ち着かせる。うん、いつも通りの私ね。


 いつも通りの私だったので、日課である庭園の植物の手入れを行う。

 柑橘類の植物が多く植えられている私の庭園は、管理が非常に難しい。少し水や肥料をあげなければ満足に花を咲かすことすらできない。

 そんな、弱いけど生命力を感じる植物を可愛がるのが趣味なのよね。


 そのときどきで葉色をみたり、どれが花を咲かしやすいかを丁寧に観察していく。


 私の大好きな日課だ。


 今期は特にレモンが素晴らしい。

 おそらく来月下旬には花が咲くだろう。


「さて、と……」


 私はこの1ヶ月、何もしないことに決めた。厳密にいえば、何もしない攻撃をしたというべきだろう。


「大金がかかった勝負。対戦相手を調べようとした奴が逆に素性を知られるなんてことが容易にやられることね」


 私は一貫して自分の情報出さないことに決めた。


 そしてこの1ヶ月。私は何も情報を得ることも渡すことも無く過ぎた。正確にいうなら、1ヶ月沈黙に徹した。

 あぁいや、勝負服は買いに行ったわね。



 来たる5月23日。

 私はワクワクもドキドキもしない。

 あるのはただ、ゲームへの好奇心だけ。

 支配的な勝利を私は目指す。


 私は新聞を読みつつ、祁門紅茶きもんこうちゃを飲む。


 勝負前なので、質のいいものを飲んでいる。

 どれくらい質がいいのかというと、誰が飲んでも後悔しないお茶といえば誰にでも伝わるかしら。

 そもそもこの世で300グラムしかない茶葉なのだ。茶葉は選抜され、丁寧な処理を何回もこなすことでこの味は出来上がる。試作品を受け取って、生産者に投資したので私はこの茶を飲めている。最高の贅沢よね。


「魔法なんてくだらない……。原理が未知のまま大きな暴力を全人類が持っていたなんてゾッとするわね。蒸気機関も完成間近。そろそろ私も領地を持ちたいわね」


 船で新天地を探し、赴いては虐殺して金品を奪う時代にも、いい加減飽きがきたのか。

 私の国はあらたな動力源の開発に着手している。現時点で最も有力候補なのは熱機関。石炭を使って熱エネルギーを産み、それを動力源として技術革命を起こす。


 生き急いでいるこの国では、数年も経たないうちにその技術は確立されるだろう。そして、全世界に戦争を挑みに行く。


「超常の人間がいた時代も、もはや過去ね。魔法に必要なエネルギー自体が無くなりつつあるから、当然と言えば当然ね」


 『魔法完全衰退! 科学の時代へ』と題された新聞の小見出しを見て、率直な感想を述べた。


 私は、ダラーレス家から『リリアナ』の名前を宛てがわれた4代目の人間である。初代リリアナの文献はあまり残っておらず、謎。

 だが時たま、私のようにアルビノ体質の人間が生まれることがあるらしい。初代がアルビノ体質だったからこそ、神秘的な意味合いを持って、ダラーレス家に生まれるアルビノ体質は全員『リリアナ』と名付けられる。


「チッ。キモいわね、血族とはいえ知らない女の名前を付けられるなんて」


 魔法衰退を起こしたのは、初代リリアナである。現在私が住む国の発足にも関わっている。だから私はこの体質が嫌いなのだ。常に初代と比較されているようでイライラする。


「私が何をしても『流石リリアナ様』だの『リリアナの系譜は継がれている』だのくだらない言葉を並べ立てるゴミども。私はリリアナの象徴になった覚えはねぇんだよ」


 思わず手に力が入り、お気に入りのカップにヒビが入りそうになる。

 私は初代が嫌いだ。

 なぜ赤の他人のために戦ったのか。


 人が自分の生涯に満足して死ぬためには、蹴落としてきた人間で作ったベッドで死ぬ必要がある。


 それが高ければ高いほど、天国に近づく。

 私は、そう信じている。


「いずれ国家間で覇を競い合う時代が来る。そのためには、私の領土が必要なのよ」


 だから私は金を稼ぐ。

 そしてすぐにそれを宝石や黄金に変えて、不変のものにする。

 紙幣や貨幣は、いずれくる混乱の時代では当てにならない。


 この国の科学技術は、間違いなく世界最高水準。だがそんなことは、更なるエネルギー革命によって塗り替えられていくだろう。

 必要なのは先見だ。

 私は私が選んだ人材と一緒に、最も有利な国で生き抜く。


「さて、そろそろ行かなくてはね」


 祁門紅茶きもんこうちゃを飲み終えてから、辺境伯から貰った招待状を手に、私は席を立つ。

 その辺境伯は、莫大な富を賭けた特殊な遊戯を行うことで有名なのよね。

 私がこの招待を受けたのは、報酬が純金という点を特に気に入ったから。


「アリエル、私はそろそろ行くわ」


 私のお付きのメイドに向かって話しかける。

 アリエルは私のドレスの袖を引くと、心配そうに私を見る。


「リリアナ様、私はやはり反対です。アルドヴァル辺境伯は『罪業伯爵』とも呼ばれるお方です。いくらリリアナ様といえど、今回ばかりは死ぬ可能性があります」


「死んだらそこまでじゃない? 実力不足を受け入れて死ぬわよ。アリエル、あなたは、上物の茶を淹れる準備をしておけばいいの。そうね、今回は大紅袍だいこうほうで頼むわ」


 どうせ、私が死ぬはずもない。

 私はアリエルの頭を優しく撫でると、その麗しい瞳に溜まっていた涙を指先で拭う。


「リリアナ様……」


「行ってくるわ、アリエル。留守の間、植物たちの世話を頼むわよ」


 私はドアノブを回して、扉を開ける。

 無駄に花瓶やら画やら飾られている廊下を抜けて、大広間への階段を降りる。

 母上お抱えのデザイナーが作った階段だそうだが、広いだけで実用性のかけらもない。

 私の部屋以外価値の無い家を出るために、大きな扉を開ける。


 庭園には、私が植えたレモンの木が鮮やかに花を咲かしている。春肥をしっかり与えた甲斐があって、今年はやはり花付きがが非常に良い。

 水やりと肥料、そして気候にさえ気を配っていればレモンの栽培は難しく無い。

 

 私の髪色と同じ白色の花弁。そして、青々しさを振り撒く濃い緑色の葉。そこから漂うフローラルな花の香りは、これから実らせる果実の力強い爽やかな香りとは真逆の優しさを持つ。


 それらを存分に堪能しつつ、私は馬車への道を行く。

 レモンの花の香りも、これから私が作る勝利も、この道から生まれる。

 だから私は、征く時も凱旋する時も必ず通る庭園を自らデザインした。


「さぁ、今日は死亡遊戯と洒落込みましょうか」


 金の刺繍で花のマークが入った黒い旗袍チーパオ──東洋にあるジパングではチャイナドレスと呼ぶらしいが、それは謎だ──が風に揺れる。

 私の足の長さに合わせて、長く入れたスリットが私の真白い太腿を大胆に日光に晒す。

 今回、髪はツーサイドアップに纏めた。今日はそっちの方がよく似合ってたからっていうのが理由ね。


 私はこれから身にのしかかる死のリスクに怯えず、優雅に馬車に乗る。すると、馬が声高く鳴く。

 

 そうしてゆっくりと動き出した馬車は、『罪業伯爵』の領地へと向かっていった。



 馬車に揺られること3時間ほどでしょうね。

 窓から見える陽の傾き具合からそう推測する。

 その間私はすっかり眠ってしまった。

 私が気づいていないだけで、デスゲームへの心理的負担は大きいのかもしれないと、全く思ってないことを暇つぶしに考えつつ、馬車を降りる。


 御者にお礼を言い、給料を渡すと馬車はゆっくりと反対側へ動き出した。


「行きは良かったのだけれど、帰りは辺境伯に馬車を借りるしかないわね」


 私は思考を口に出して、その後に古城の外観を見る。


 ガラス越しに木の板が窓を封じているのがわかり、外壁にはツタが何本も絡まっている。加えると、門も錆びている。

 本当にこんな寂れた場所でゲームが行われるのか疑問であった。


「外見で気分が落ち込むのは、マイナスポイントね」


 私は開いている門を通って、敷地内部に入る。ジメジメとした空気が肌にまとわりついて、寒気を呼び起こした。

 とりあえず中に入ろうと、木製の扉を城の内部へと押す。


「誰もいないじゃない」


 エントランスホールには誰もいなかった。今私の視界の中で目を引くのは、支柱の長いダイニングテーブルに積まれた手紙だわ。


「ちょっと怖いわね。外に比べて中身はかなり手入れされているし、外目から見ても大きめの城だということがわかったし……。幽霊が出たら、怖いわ」


 私は足早にテーブルへいき、そこに書かれている張り紙を見る。


【指示があるまで開封厳禁。破った場合失格とみなす】


 公平性を保つための措置だろう。

 手紙は全部で12通ある。

 その全て封蝋がしてあり、誰宛のものかは書いていない。


 私は1枚だけ取ることにした。


「例えばここでセオリーを無視して12枚隠したとして、指示役の人間が探すといえば探してから開封という流れになるわね。そしてなにより──」


 映水晶と呼ばれるこの国の特産品が、死角の無いように様々な箇所に設置されている。これはまだ魔法が活発に使われていた頃に使用されていた、水晶に映る景色をそのまま外部の映水晶に繋げるものなのよね。


「映水晶の主な用途は監視。監視しなければならないということは、何らかのジャッジを下す必要があるということね」


 それは多分……いえ、死のリスクがあると明言されてた以上おそらく殺人の監視。ただ私は、今までミステリーに必要な技術は調べ上げてきたし、実際に殺人事件の捜査を手伝ったこともある。

 この出来事は有名になったので、辺境伯がそれを見逃しているとは考えづらい。殺人事件の解決では無さそうだ。

 加えて、魔法は完全に衰退している。人間は自ら魔法を生み出すことができないのだ。

 だから、今回は魔法を使った殺人を愉しむようなゲームでもない。


「ミステリーを解決するような催しではない? とにかく、この城の全容を把握しておく必要があるかもしれないわね」


 私は改めてエントランスホールを見渡す。

 まず最初に目につくのは大きな階段。大人5人が横並びになっても余裕で上がりきれるほど大きな階段だった。金のフリンジが付いた赤いカーペットが敷かれている。

 豪華なシャンデリアに、高級な木材が使われた扉とテーブル。扉の横にある小さなテーブルの上には花瓶が飾られており、中には一本ずつ薔薇が入れられている。そして、その色は部屋によって違っていた。


「黒い薔薇バラ。いいじゃない」


 私は気に入ったその部屋を開けようと思ったが、もしこれがこの古城からの脱出の場合罠が仕掛けられている可能性を考えてやめた。

 同様の理由で、全てのフロアが探索できなくなった。


「もどかしいわね。全員揃わないとゲームが始まらないなんて」


 私が少しイラ立ち始めていると、ようやく入り口の扉が開いた。

 扉からはゾロゾロと4人も参加者が入ってきた。

 思わず、「嘘でしょ」と、呟いてしまった。


 人数が多すぎる。

 多ければ多いほどゲームは複雑になっていくのがセオリーだ。人それぞれの考え方を理解し、その人が考える最も良い戦略を読み切る必要がある。


 私は辺境伯からの招待状に特に返事をしていない。

 だから最初の12枚の手紙はある意味不自然だった。そう、まるで──12人が確実に乗ってくるゲームに仕上げたかのように。


 くたびれた帽子を被る旅人、リボンをつけた10歳ほどの少女、胡散臭い白髪の教父、杖をつく老人。


 少女以外の誰も彼もが、ギラギラとした目つきをしていた。


 案の定私の読み通り、時間が経つにつれて参加者と思われる人物が増えてきた。普通の人間が私含めて9名、そして獣人種が3名。


 どうやら最初に入ってきた4人の間には特に関係はなかったようで、私より少しだけ遅くきただけのようだ。


 全員が手紙受け取った後、ザザザッという音が広間天井中央に付いた映水晶から聞こえる。


『皆様、今回は私が考案したゲームへの参加、誠にありがとうございます』


 この音声を流しているのはおそらくアルドヴァル辺境伯だろう。

 ふぅん。やはり12人が集まるのは予定調和だったようね。ここから推理できるあれやこれやがありそうだわ。


『ただいまより、中央に配置してありました手紙の開封を許可します。そして、ありとあらゆる場所の探索をも許可します。手紙に、本ゲームのルールが記されております。手紙に記載してある第1フェーズを全員が終えた後、再度このホールへお集まりください。それでは、皆様のご健勝をお祈りいたします』


 私は即手紙を開いた。


【ゲーム名『汝は何者なりや?』


 本ゲームは、役職を自分で決めた上で自分の陣営が勝つように議論していくゲームです。役職には多様な効果を持つものがあります。それらを駆使して、自分を守りつつ陣営を勝利に導いて下さい。


 皆様が役職を決め、お集まりになった段階から第1フェーズとなります。


 第1フェーズでは、この古城内の至る所に隠された『役職カード』を探していただきます。役職カードは複数枚所持することができますが、自分に宿せる役職は1つのみです。役職には様々な種類がありますが、陣営は3種類しか存在しません。】


 ガゴンと、外へと繋がる扉が施錠される音がした。


 その瞬間、手紙を全て読まないまま、私は階段を走って登りだした。


 今までの情報を考えるなら、殺人を行う【役職】が存在する可能性が高い。加えていうのなら、【役職】を独占することが最も賢い。どの人間にどの配役を当てはめるか、その選択が出来るのは強い。だから走った。最も行くのに時間がかかる1番上の階層へと。


 それに気づいたのは、12名の内、私を含めて5名。

 そこからさらに最上階を目指そうとした賢い奴が私を含めて3名。

 だけれど、私は、そんな私たちを見つめ、エントランスホールに置いてかれている少女のことが気になった。


 しかし私は走るのをやめない。今私以外の参加者に主導権を握られてはたまらない。いち早く飛び出していた私は、誰よりも早く最上階へと辿り着く。外観を見た時から予測していたことだが、最上階は入り組んでいる。そんな広い最上階で、真っ先に探すべきは天井裏だ。

 適当な部屋に入ると、修繕用に用意されたハシゴを見つける。天井を見上げると、予想通り老朽化していた。私はハシゴを登って天井に穴を開け、そこから天井裏はよじ登って、その中を這うように進む。全くホコリが積もっておらず、明らかに掃除した跡が見られる。階下同様掃除されているということはつまり、ここに何かある。


「あった! 『役職カード』……!」


 ここまで登ってきた甲斐があったというものだ。埃はついていないが、一応汚れていたら品位に関わるため旗袍チャイナドレスを手で払う素振りをする。


 『役職カード』を手に入れたことで、心に余裕が生まれた。随分天井裏を探してしまった。時間経過を考えると最上階は既に荒らされている可能性が高いので、私はあえて一階のエントランスホールへ戻ることにした。


 私の読みはこうだ。


 この古城はゲーム会場としてはかなり広い。一階から五階まで存在し、既にそこかしこで『役職カード』を探す人間が出てきている。


「多くの人間は、最上層を諦めて下の階から探そうとする。でも心理的に一階に重要なものが隠されているとは考えない。何せ私が最上階まで行ってるのを直に見ているから」


 おそらく一階に重要なものがほとんどないというのは、読みとして当たっているだろう。あくまで、『ほとんど』なわけだが。

 ただ、今現在最上階で見つけられた『役職カード』を持つ私はわけが違ってくる。


「一階にあるのはおそらくチュートリアル的な『役職カード』。だからこそ、各陣営がどんなものなのかわかる手がかりになる」


 私は、それを独占する。

 そして、全員の探索が終わった後を狙う。

 私は、どんな役職があるのかを他参加者に売るつもりだった。


 私は階段を降りながら、最初に配られた手紙の内容を入念にチェックする。中にはおそらくこの会場に用意された自室を開けるための鍵が入っていた。落とさなくて良かったと、軽く思った。


【第2フェーズでは、各々が選んだ役職の能力を駆使して自陣営を勝利に導いていただきます。この際重要になるのが、【役職部屋】と【契約部屋】です。】


「役職部屋では各参加者が決められた時間に役職の能力を使用できる。そして、契約部屋では個々人の契約を行うことができる。ただし、ここで交わした契約はゲーム終了まで有効……裏を返せば、ゲーム終了後──当人脱落かゲーム会場を出たその瞬間──から有効じゃなくなるということかしらね。だから『古城を出た後に報酬を渡す』なんていうのだと価値のない契約になるってことね」


 2つの部屋の役割を声に出して言うことで、頭に刻みつけるようにアウトプットする。


【また第2フェーズでは、基本的に自由行動です。しかし例外的に14:00〜16:00までの間は生存者全員参加の会議を開くこととなります。話し合いの内容は自由です。ルールとして、会議を完全に欠席した者は即脱落となります】


 このルールがあることで意図的なリタイアが可能になるわね。良いルールだとは思うけれど、果たして何人がこれを理解して、更にこれを使うかどうか、ってとこがネックね。


【第3フェーズが行われるのは、夜です。皆様には20:00〜21:00の間、この古城から追放したい人間か、その日は誰も追放しないことを選んでいただきます。また、役職の持つ特殊効果もこの時間帯で使用していただきます。一人一人の持ち時間は5分です。なお、追放された人物は、純金を受け取ることができません。あくまで勝利した陣営の生き残りが純金を得られます。

 原則、すべての参加者は21:00以降部屋の外から出ることを許可されません。そして、21:00〜23:00までの間に、役職の能力の結果が、それぞれの部屋へ手紙という形で通達されます。】


「同じく、誰かが殺される時間帯も21時から23時に限定されます……ね」


 添えられた文章を読んで、「まぁそんなものか」と、納得する。大前提として、このゲームは腹の探り合いだ。いかに相手の役職を見抜けるかという勝負になるだろう。


【第2フェーズと第3フェーズを繰り返し、各陣営は勝利を目指します。全ての人外陣営がいなくなれば聖教陣営の勝ち、『妖狐』を残さずに、生存している『血に飢えた狼』等の餓狼陣営の数が全体の人数以上となれば餓狼陣営の勝利、『妖狐』を残した状態でどこかの陣営が勝利すれば妖狐陣営の勝利です。】


 全てを読み終えた私は、どの役職にも存在する下っ端の役職が置いてあるであろう一階の探索に入ることにした。

 しかしそれは、リボンをつけた少女のせいで阻まれた。彼女は私の服を掴み、探索を阻止した。


「ぉ、お姉さん! 綺麗なお姉さん! 私まだ文字が読めなくって……。ど、どうしたらいいの?」



 あり得ないと、心底思った。

 確かに私は少女の動向を気にしていた。何せこんな手の込んだゲームの招待状を贈られる人間だ。天才とかギフテッドとか、そういう類だと思っていた。だが違った。彼女は文字も読めない、か弱い少女だった。


 このゲームで彼女を抱えるのはメリットとデメリットが存在している。


 メリットその1は、自陣営に仲間が増え、他陣営に仲間が増えないこと。未だどんな役職があるのかわかっていないけれど、どの役職にもリーダーとなる存在がいるでしょうね。そのリーダーどもを出し抜いて少女を味方につけられる。


 メリットその2は……そんなもの無い。ここで終わりだ。


 デメリットならいくつか思い浮かぶ。

 私の急所になること、私の役職をバラす可能性があること、私と同じ陣営であることがわかること、そしてなにより、パートナーになるこの少女が死ぬのはいくら私でも精神面に来ること。


 メリットよりデメリットの方が多い。

 だからここで、か弱い彼女を見捨てるのは非常に合理的だ。

 

 だが、弱者を切り捨てたり、私に勝負を挑んできていない人間を排する選択は。


 ──このリリアナ=ダラーレスの前ではあり得ない。


「あなた、名前は?」


「アリスです! アリス=ハートネス!」


「わかったわ、アリス。今からあなたは私と一緒に行動するのよ」


 アリスは私の返事が嬉しかったのか私の腕に抱きついてくる。まるで演劇に出てくる子役のような愛らしさだ。未成熟の体ながらあどけない表情を演出する顔の造形は全て整っている可愛らしいアリス。そんな子が純粋な視線を私に向けてくる。


 髪は長く艶やか。

 将来有望な美少女ね。


 アリスは私の腰くらいしか身長がない。

 この状況下では、私の役職カードをのぞき見ることはできないだろうと思い、まずは先に自身の役職と陣営を確認することにした。


【役職名:聖女 陣営:聖教陣営

 特殊効果①:『裁定投票』。聖女は悪しき者に天罰を下すことができる。

 特殊効果①詳細:追放投票とは別に、聖女は『裁定投票』の権利を持つ。裁定投票で選ばれた人間が殺人犯だった場合、その罪を償うために『パニッシュメント』が下され、強制的に追放される。殺人犯的中時、聖女の獲得する純金の量は山分け後、さらに3倍される。

 特殊効果②:『裁定失敗』。聖女は正しく裁きを与えなければならない。

 特殊効果②詳細:聖女が間違った人物を殺人犯であるとし、『裁定投票』を使用した場合、無実の民を糾弾したとして聖女の持つ特殊能力を全て失う】


 リスクもあるし、リターンも大きい役職……。投票権は追放権と裁定権を持ち、実質的には2倍ということではあるけれど、私は『血に飢えた狼』や『妖狐』等味方以外を当てなければならない。難易度の高い役職ね。


 だけど、だからこそこれは唯一の役職であるということがわかる。


 追放投票と裁定投票は別の扱いになっている。そして、裁定投票が成功した場合の『パニッシュメント』は内容が明かされていないが、文脈を読み取るのなら文字通り『天罰』。加えていくら聖女がミス1つで効力を失うとはいえ、裁定投票という使い得な能力を持つ役職が2人以上いればゲームバランスが崩れる。


 結論だけを述べるならば、『聖女』という役職は強すぎるのだ。


「決めた、私はこの役職にするわ。コレが一番稼ぎやすいもの」


「あのー、お姉さん。役職って……?」


 事情を理解していないアリスにこの催し物がどんなものかを説明する。アリスは死人が出るという説明の時点で大変怯えており、いつのまにか私の手を握っていた。可愛い子だ。


「本当にそんなことが行われるんですか!? お母さんはただのパーティだって言っていたのに!」


「やっぱり騙されていたのね、アリス。あなたは明らかに、このデスゲームに呼ばれなさそうな年齢だもの。でも大丈夫よ、あなたは私が守るから」


 私は自分の毛先を指に絡める。アリスを抱える以上戦略には修正が必要だった。アリスでも理解できるような役職を探さなければならない。私は1階の探索をアリエルと一緒に始めることにした。


「お姉さんの名前は、なんていうの?」


「私? 私はリリアナ。リリアナ=ダラーレスよ」


「わぁ! 御伽話に出てくる人だ!」


「まぁ、そういう解釈でいいわよ」


 そう言って私はアリスの頭を撫でる。

 アリスは嬉しそうに私を見上げる。

 そして私の腕を掴むと、寄り添うようにして歩く。


 そうやって探索を進めていると、4枚の役職カードが見つかる。


「大当たりが1枚、ハズレが3枚。問題はどうやって人目のつかない場所でアリスに説明するかよね」


 まずはハズレの役職から改めて見ていこう。

 

 【村人】特殊効果無し。聖教陣営。

 【狂人】特殊効果無し。餓狼陣営。

 【妖狐信仰者】妖狐死亡の身代わりとなり、追放される。妖狐陣営。


 うん。全部ゴミ。

 私は意味のないものを適当な場所に放り投げた。

 アリスは投げ捨てられたカードを一瞬見て、そのあと私の手元の1枚をじっくり見た。


「これはリリアナお姉さんからみて捨てなくていいものなんですか?」


 アリスは私の手に残った最後の1つのカードを指差す。


「そうなのよ。だけれど、誰にも聞かれずにあなたに口頭で説明するとなると……あそこしかないわね」


 私はアリスの手を引いて、とある一室に向かう。現状2人きりで話せるのは、あそこだけだと思ったからだ。


 そして着いたのは、『契約部屋』だった。

 

「ここならおそらく会話を聞かれることはないわ。契約内容を他人が知ってしまったらこの部屋の意味がない。つまり、音が確実に漏れない部屋だと思うのよ、ここは」


 念の為にアリスに先に行かせ、部屋の内部で大声で叫ばせる。部屋から出た時に、喉を痛がる素振りを見せるアリスだったが、私はアリスの叫び声が全く聞こえなかった。防音仕様なのが確認できてから、アリスの手を引く。


 そうして、アリスと一緒に『契約部屋』へ入り、鍵を閉める。そして、アリスに役職の説明を行う。


【役職名:占星術師 陣営:聖教陣営

 特殊効果:『占星術』。占星術師は、星占いにより人物の全てを知る。

 特殊効果説明:毎夜1人だけ占うことができる。占った人物の役職を知ることができる】


「いい? アリス。占星術師は『血に飢えた狼』に狙われやすい役職ではあるけれど、聖教陣営においてもっとも重要な役職と言っていいわ。もし自信がないなら他の人間に頼めるけれど、狙われやすい故にやりたがらない人間が絶対いるのは確か。さっき2階から見たエントランスホールにはもう8人が集まっていたわ。8人は既に役職を決めたということね」


 役職を決めていない人間は私とアリスを外して、残り2人。アリスが何を選んでも私はサポートすることに決めていた。

 アリスに決断を迫った時、私は確かにアリスの目に決意の炎が宿ったのを見た。私がまだ、勝負の勝ち負けで一喜一憂していたころを思い出す印象的な目だ。


「リリアナお姉さんは、聖教陣営なのですよね?」


「えぇ、そうよ」


「なら私は、『占星術師』をやります。だって、この役職が絶対に必要になるゲームだから。そうじゃなければ、1階に配置しないはずです」


 鋭い読みだ。

 私は将来この子が死亡遊戯ゲーマーとして有名になるとなんとなく思った。この子は不思議なほどに理解力がずば抜けている。文字が読めないというのは少し嘘くさくなるほどに。


「アリス、あなたは私を信じるということね?」


 アリスに問う。この賢い少女は、もうこのゲームを理解しつつある。勝てる陣営を選ぶというセオリーが、この死亡遊戯の本質だ。

 だからこそ、私を信じて着いてこられるのか尋ねた。


「はい! 私は、私を守ると言ったお姉さんを信じます!」


 私はアリスを抱きしめた。


 この少女は、命に賭けても私が守る。

 そういう返事だ。


 私とアリスは順番に役職部屋に行き、私は迷わず『聖女』の役職を手に入れた。

 そしてアリスは、『占星術師』の役職を。


 よし。

 私たち2人は準備を整え、覚悟を決めた。


 私とアリスはエントランスホールへと戻った。


 残りの2名は入念に吟味したのだろう。時間がだいぶ経ってからエントランスホールへ向かってきた。


 ジジジというノイズと共に、映水晶からアルドヴァル辺境伯の声が響き渡る。


『今回の陣営は3陣営あります。そして、ここにいる全ての人間に特殊効果のある役職が備わっております。聖教陣営の勝利条件は、全人外の排除。狼陣営の勝利条件は生存している狼の数と、その他の生存者の数が同じになること。ただし、『妖狐』が残っていれば敗北となります。妖狐陣営はどちらかの陣営が勝利条件を満たしたとき、『妖狐』が残っている場合勝利となります』


 思わず「チッ」、と舌打ちしてしまった。明らかに『妖狐』が優遇されているからだ。それにルールもくどい。


 私は誰にも聞こえないくらいの声量で呟いた。


「要は『議論を通して邪魔なやつを追放や殺人で消す』というゲームよね」


 辺境伯はその一言がなぜ言えないのかしら。


 さて、ここからは相手の発言のボロを拾って、どんな役職があるかを把握していく作業だ。まずはどんな役職が存在するのかを確かめる必要がある。それが、おそらくアリス以外の共通認識。


『少々遅くなりましたが、初日の全体会議を始めたいと思います。黒い薔薇が置いてある食堂へと全員お越しください。これからも食堂にて会議を行います。なお、食堂に限らず古城内は全室防音なのでご安心を』


 皆、ゾロゾロと食堂へ向かっていく。

 私とアリスも、その流れに沿って食堂へと歩いて行った。


 全員が席に着いたところで、いよいよ会議スタートというわけだが、どういうことか誰1人言葉を発しない。それは、そうだ。このゲームは目立てば目立つほど、特殊効果を持つ役職に狙われやすい。

 この均衡を破ったのは、くたびれた帽子を被る旅人然とした男だった。


「提案なんだがな、1人リーダーを決めないか?」


 リーダー決め。それは実質その人間に支配されることだと、誰もが思う。だが私には、違う意図が透けて見えた。おそらく、リーダーにふさわしい役職をこのくたびれ帽子は持っているのだ。


「なんでリーダーを決める必要があるんだニャ? 各々話したい議題を時間いっぱいまで話せばいいだけじゃないかニャ?」


「いえ、それでは狼も狐も見つからないでしょう。僕はリーダーを決めるのに賛成ですよ」


 猫の獣人種に、モノクルをかけた奴が反論する。あっちは猫と呼ぶことにして、こっちはモノクルでいいわね。

 モノクルはすでにこのゲームを理解していると見たほうがいいでしょうね。

 このゲーム、狼側も妖狐側も聖教陣営のフリをするのが当たり前の戦略。


 頭の中で思考を進める。

 まず第一の疑問は、狼側は誰が狼なのかこの時点で把握しているのか? である。

 第二の疑問は、誰がどんな役職を持っているか?

 第三の疑問は、果たして私が発言力を持って吉と出るのか?


 目下問題なのは第一の疑問でしょうね。

 狼がお互いを把握しているのなら強力な発言力を持った集団になるはず。

 だがそれをやるのは2日目以降だろう。

 まだこのゲームに懐疑的な人間が多い中で、発言力を持とうとは思わない……はず。


 まだ12人の内部情報を理解していない私が何をしても無駄でしょうね。私はとにかく参加者の挙動を見ることに徹するつもりよ。


「リーダーを決めるのに賛成じゃない奴は手を挙げてくれ」


 くたびれ帽子がそう聞くと、誰からも手が上がらなかった。まだまだ議論は進まないわね。


「よし、これ以上誰かがリーダー決めについてとやかくいうのは無しだ。俺は『郵便屋』の役職を持っている。聖教陣営だ。俺の特殊能力は郵便物が生きている間それぞれの部屋に届くっていう弱いものだ。だが、リーダーをするのに適しているから俺はこの役職を選んだ。なんせ、嘘のつきようがないからな」


「うんー、それはどうですかねー。郵便物の細工はいくらでも利きそうですしー。うんー、信用に足るかと言われれば微妙ですねー」


 教父然とした男が『郵便屋』のネックな点を指摘する。


「安心しろ、俺が生きている間は郵便屋に封蝋がしてある。もちろんアルドヴァル辺境伯のな」


 なるほどね、上手いやり方だわ。

 あえで全部を説明しないことで、誰もが持つような疑問を自ら解決した。くたびれ帽子はこの一件で狼や妖狐から目立ってしまったけれど『郵便屋』の役職は今殺しても特にメリットがない。


 くたびれ帽子はその間に狼と妖狐を潰すつもりね。おそらくうまく行かないだろうけど。


「では、今日は誰にも投票しないことで良いワン?」


「そうだ。『誰も追放しない』にみんな1票入れてくれ」


「他に話したいことがある奴はいるか?」と、くたびれ帽子が聞いたが、誰も何も言わなかったわ。

 犬の獣人種とくたびれ帽子の会話で会議終了。

 予想していたよりずっと早く会議が終わったわね。



 会議が終了したので、全員別行動を取り始めた。そうなのだ。この古城において会議はそこまで重要ではない。他の参加者との交流が最も重要である。


 私は、アリスと話すことにした。


「アリス、仮に全員がこの遊戯に乗るとして、今日誰が人外に食べられるかわかる?」


「えーっと、多分郵便屋さんじゃないですか?」

 

「よく考えて、アリス。郵便屋さんは確定で聖教陣営なのよ? 狼としても妖狐としてもここは媚を売りたいのが定石なのよ。ほら、見てごらんなさい」


 くたびれ帽子の周りには程度こそあったが、たくさんの人間が議論をうまく進めたことに感謝していた。その数およそ6名。


 犬の獣人種。

 狼の獣人種。

 モノクルをかけた青年。

 教父然とした男。

 シスター然とした女。

 傭兵のような傷を持つ女。この女はスカーフェイスと呼ぼう。


 狼の獣人種と、シスター然とした女と、スカーフェイスは最後まで悩んでいた3人だから要警戒ね。


「もし『郵便屋』を味方につければ、自分が白であるという後ろ盾ができる。『郵便屋』は確定で白だからね」


「あのぅ、なんで『郵便屋』さんが確定で白なんですか?」


「自分が『郵便屋』であると嘘をつくメリットが、他の陣営に無いからよ」


 アリスはここでようやく合点がいったようね。目を見開いて、いかにも「なるほど!」という顔をしている。


「なら、なぜモノクルの方が死んでしまうのです?」


「そうねぇ、本当にどうなるかは明日にならないとわからないけれど、聖教陣営が有利になる発言を唯一していたから、かしらねぇ」


 リーダーを決めることに目立って賛成するのは悪手。他の人間がリーダー決めに同調してるならまだしも、あの段階では声を大にしてリーダー決めに参加する必要はなかった。

 私はそう考察をして、アリスと一緒に割り当てられた部屋へ行くことに決めた。


 2階まで行き、私はおそらく3日以上は過ごすであろう部屋の内装を見る。ほとんどの家具は付いており、まぁまぁと言ったところだった。唯一の美点はシャワーがあることだが、一定時間ごとに冷水と温水が出てくるのは心臓に悪かった。そして流石我が国とでも言おうかしら。シャンプーがあったのは非常に好感触よね。


 私はゆっくりと髪を香油で整えると、この古城での部屋着を見る。

 バスローブが何着もあるだけだった。

 そして、その下には衣服の注文票があった。

 私はダラーレス家にある旗袍チャイナドレスとパジャマを要求して外にかけておいた。


 夕食は部屋に備え付けられていた固形食で済ませた。わざわざ外に出て料理を作る気にならなかったからだ。加えてというか、まずはというか、毒を持ち込む輩がいると考え、可能性は潰しておく。


 今夜私は何もしない。

 何かをするにあたる材料が足らない。

 はてさて、今回の死亡遊戯に乗る奴が出てくるかどうか。


「アリスは1人で大丈夫かしらね。意外と見所のある子だから、何も問題ないと思うけれど」


 うーん、ゲームが始まったけれど、早くも美味しい紅茶が恋しいわね。

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