chocolate
テーブルの中央に置かれている、コンパクトな金属の箱。大きさはだいたい10センチ四方。錆びているのか、少し赤みがかっている。朝日が少し前に、小さな冷蔵庫の中の、さらに小さな冷凍庫から取り出してきたものだ。
蓋を持ち上げて開けた中には、箱と同じ色をした、親指の長さほどの金属がいくつも入っていた。パッと見た感じ鉛筆のキャップみたいだけど、それは薬莢だ。
武器。人の命を奪うもの。でも、まるで光沢のある紙で包まれたチョコレートみたいにも見える。
本当にチョコレートだったら、私はそれを朝日に分けてなんてあげない。一つも残さず食べてやる。朝日が困ったって知るもんか。
朝日は薬莢を一つずつ手のひらに乗せて、じっくりと眺め、時々重さを測るような仕草をする。それに何の意味があるのかは、もちろんだけど、私にはわからない。
ただ、作業中の朝日の目は、いつもと同じ穏やかさの奥に、アパートの裏庭の日陰にできた霜柱のような、冷たさと鋭さが潜んでいた。
『ヒット・マン』の目だ。
そんな時でも、椅子じゃなくて、取り急いで借りてきた壊れかけの脚立のほうに、朝日は腰を据えていた。
その律儀さは朝日らしくてほっとする。一方で、同居する危険なにおいに、ハッと遠い距離を感じるのだった。
「……こんな早くから行くの?」
私は、ベランダへ続く窓ガラスに背中をつけて座り込んでいた。ふて腐れた幼児のように、両足を投げ出して。カーテン越しに冬の空気が伝わって、背中から腰がひんやりとする。
顎を上げて、壁掛け時計を見た。まだ夕方って呼べる時間で、外はまだうっすらと明るい。俗に言う裏社会の人間が動き出すにしては、少し早すぎる時刻のように思えた。
でも、私の知識なんてほとんどが映画からのもの。本物の殺し屋に取材したわけじゃないんだろうし、映画の中の殺し屋のセオリーは、きっと作り上げられたものばかりなんだろう。
朝日は、こちらに目線もくれずに答えた。
「実行するのは夜中だよ。その前に、調べたいこととか、準備がいろいろあるんだ。環境も見ておきたいし」
「ふうん……」
遠足の下見に行くみたいな言い方だなって思った。子供がわくわくしながらではなくて、引率する先生が、あらかじめ危険な箇所がないかチェックしに行くような感じ。
朝日にとっては、そのくらいの気持ちなんだろう。そのくらい慣れ親しんだ行動で、私だけじゃなく多くの一般人が、朝起きて顔を洗って、髪を整えるのと同じくらい、当たり前の感覚なのだ。
習慣と感情とは、やっぱり別物らしい。
リラクシング・チェアの前に、黒い楽器ケースが持ち出されてきていた。その傍らには、スナイパー・ライフルが無防備に置かれている。
その名前も、その銃を専門に扱う人のことを「スナイパー」と呼ぶことも、朝日が教えてくれた。朝日が持つライフルの正式な名称も教えてくれたけど、耳慣れない言葉は私が嫌いな数式のようで、ちっとも頭に入らなかった。
朝日は楽器ケースの片方にギターを、もう片方にライフルを仕込んで移動しているらしい。サイズ的にもちょうどいいし、うまい目くらましだなって感心する。同じケースを二つ背負っているのは、確かに珍しくはあるけど、朝日が歌う姿を見れば、ほとんどの人は、どちらもギターが入っていると信じて疑わないはずだ。
「なんか機嫌悪い?」
朝日が訊いてきた。
私はそっぽを向く。わかっているくせに、鈍いふりなんかするのは卑怯だ。
朝日は結局、今回もいつも通り、仕事に行くことを決めた。
一度請け負った仕事をキャンセルすることは、朝日の信用問題にかかわるのかもしれないし、もう前金として報酬を貰ってしまっているのかもしれない。簡単に投げ出せない事情は、私が思う以上にいろいろあるんだろう。でも、今回は別だ。
だって、警察に捕まってしまうかもしれないのだから。
「僕は、人を撃つことでしか生きられない。それに嫌気がさしている自分も確かにいる。でも、だからってもうやめられない」
朝日はそう言って頑なに拒んだけど、今はそういうことを言っているんじゃない。今回だけお休みして、様子を見てほしいって言っているのだ。
警察がまったくの別件を捜査しているのだったり、疑われているのだとしても、息を潜めてうまく捜査の目をかいくぐることができたりすれば、次の仕事からはまた普段通りに続けられる。本音は嫌だけど。そのまま辞めてほしいけれど、その話はとりあえず今は置いておいていい。
でも、捕まってしまったら、それで終わりだ。もう次はないのだ。
私がこれほどまでに心配して、懸命に説得しても、朝日は言う事を聞いてくれなかった。
パパもそうだ。
私がどんなに痛がって、やめてって叫んでも、絶対にやめてくれない。
私の声は、いつだって誰にも届かない。
朝日だけは、パパとは違うって信じていたのに。
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