第16話 新しい目的
クラウディアの決意に満ちた眼差し。その奥に宿る昏い感情。
神教を潰す。一つの大きな組織を倒すとなると、ことはそう簡単ではない。少なくとも神の器であってもゴリ押しできない程度には。
「先ずは情報収集だ。第三王子。こいつに枝を付ける」
「枝……? ああ、精神汚染系の魔法でしょうか? 私、その手の魔法は少し詳しいですよ。使いますか?」
クラウディアがニコリと微笑みを浮かべながらそう口にする。彼女は魔法の天才、それくらいなら扱えて当然だろう。
でもまあ、俺たちこの時点じゃまだ十歳なんだよな。この歳でそれを取得しているのは普通に怖い。まあそれは俺も同じことか。
「いや、万が一がある。クラウディアにリスクがつくのは極力避けたい。クラウディアは夢だけを見ていろ。俺が魔法をかけてやる」
「まあお姫様待遇だななんて。心がキュンとしましたわ」
目をキラキラとさせながら俺を見つめるクラウディア。普通の美少女からこんな視線を向けられたら踊りだすけど、クラウディアの中身を知っていると複雑な気分だ。
第三王子。その背にいる神教を倒すのはリスク管理は徹底しないといけない。
なにせこちらは二人。向こうは信徒を含めたら数千人規模。クラウディアが公爵令嬢で、第三王子の婚約者候補でなければ倒すのは不可能だ。
「【悪夢の種】」
手のひらに魔法で小さな種を生み出す。赤と黒が渦巻く奇妙な紋様の種だ。俺はそれを第三王子に飲ませる。
「これは……?」
「闇神の魔法の一つだ。これは飲み込んだ者の精神と魔力に根を張り、行動や思考を俺に送ってくる」
悪夢の種は精神汚染系の魔法だ。俺はこれを通して第三王子の行動や思考をリアルタイムで確認することができる。
「ではその種。私にも一ついただけませんか?」
「…………なに?」
ついつい俺は聞き返してしまう。
あまりにも自然な流れで精神汚染系の魔法を欲していないか? 本当に本当にいかれているんじゃないのか!?
「これは私の意志をラインハルト、貴方に示すためですわ。私が貴方を裏切らないように」
「そのために行動と思考が筒抜けになってもいいと? とんでもない精神構造だな」
「ふふふふふ。これくらい、私の目的を達成するためならば幾らでも差し出せますわ」
本当にどうかしていると思う。自分の意志を示すために、行動と思考が筒抜けになってもいいなんて普通は言えない。
けど彼女は瞳に薄暗いものを宿しながらそう口にする。それだけの覚悟が彼女にはあるということだ。
俺は手のひらに種を生み出しながらそれをクラウディアの口の中に入れる。クラウディアは頬を紅く染めながら味わうように飲み込んだ。
「私が少しでも貴方を裏切ろうと考えた場合は、何をしてもかまいませんわ。どうせ、そのような力がこの魔法にはあるのでしょう?」
「……察しがいいな。そこまで分かっていて、なお飲み込んだのか」
クラウディアの言う通り、悪夢の種にはもう一つ効果がある。それは対象を暴走させる能力だ。これについては俺もいまいちよくわかっていないが、闇神曰く……。
『暴走させたら死ぬよりも辛い現実にぶちあたるでしょうに。それをわかっていて飲み込んだとなれば、人間の考えることはますます分からないわね』
闇神は俺の中で感心するような、あるいは理解できないものを見たかのような口ぶりでそう話す。クラウディアにとってどんな効果が悪夢の種に秘められているかあまり関係ないだろう。
彼女は裏切るつもりはない。その覚悟を示すための行動であって、今もなお強い意思が悪夢の種を通じて俺の中に流れ込んでくる。
「……話がズレた。第三王子をしばらく泳がせる。神教の誰と繋がっているかや行動パターン、言動をより深く確認するためにな」
「分かりましたわ。では私は表向きは第三王子とつかずはなれず、今までの関係を維持しますね」
「話が早くて助かる。さて……と、ここからはどうするか」
神教革命を阻止するために今打てる手段は打ったと思う。
神教と近付くのは避けたいところだ。創造神や光神、聖神と言った善や秩序をもたらす神々を崇めている神教は、破壊神や闇神、邪神みたいな悪と混沌を招く神々を毛嫌いしている。
そんなところに自ら近付きたいとは思わない。闇神の器であることは隠しているが、万が一気取られるリスクは避けたい。
「私から一つ提案してもよろしいでしょうか? ラインハルト」
「話してみろ」
「ありがとうございます。では簡潔に。これからどうするべきか悩んでいられるのなら、魔法学園への入学なさっては?」
魔法学園の入学……。まだ時期尚早と思って先延ばしにしていた選択肢だ。
「あそこは貴族社会の縮図とも言えるような場所。魔法至上主義。あそこでは魔法こそが全て。そして、あそこには幾つものの勢力が、貴族社会同様存在しています」
それは原作をやり込んだ俺だからよく知っている。魔法至上主義を謳う魔法学園。そこでは魔法に優れた者こそ絶対的な価値観があり、優れた魔法使いは極論何をしても許される。
魔法で劣っている者たちは優れた魔法使いに媚を売り、勢力に入れてもらうことで学園での地位を獲得している。貴族社会のように。
「ラインハルト……貴方が何を見通しているのか私にも分かりかねるところはあります。けれど、魔法学園で自分の勢力を作り出し、地位を獲得する。魔法を研鑽し、自分の力をつける。
その経験は貴方を裏切らないのでは?」
悪くない選択肢だ。
神教革命が起こるまでの三年間。それ以降も見通して、魔法学園での地位を築き、破滅の未来に備える。魔法学園で得たものを使い、俺は俺の悪の道を極める。
「気に入った。もう少し、魔法学園に入るのは後にしようとしていたがそうする理由もない。神教を叩き潰すのに、俺の協力者は増やしてもいいしな」
「ええその通りですラインハルト。貴方ならそう答えてくれると思いました。貴方への協力、支援。全力で致しましょう。私の願いを叶えてくれる……私だけの王子様」
傀儡化しているとはいえ、第三王子の前で恍惚とした表情でそう口にするクラウディア。神教革命までの三年間。俺は更なる力をつけ、全力で神教革命を叩き潰してやろう。
そのために、俺は混沌のるつぼ。数多の思惑が交錯する物語の舞台、魔法学園へと足を踏み入れる。
【さて、よく動け人形ども。俺のために。否俺たちのために】
ラインハルトの本能が傀儡化している会場の貴族達に向けてそう告げる。瞬間、会場は元通りみたいな喧騒を取り戻す。
「お、俺は何を……。そうだクラウディア! 今日はお前のためにいいものを持ってきたんだ。きっと気にいるはずだ!!」
第三王子はハッと我に帰った後、クラウディアへそう話しかける。クラウディアとアイコンタクトをした後、俺はその場から立ち去る。
「そういえば……俺は何か重大なことを忘れているような……?」
「あら素敵ですわフール様。こちらのネックレスなんて特に! どうかされましたか? キョロキョロと周りを見渡して」
「いいやなんでもないぞクラウディア! そうかそうだろう!! このネックレスは貴重な宝石を使っていてだな……」
第三王子とこの会場にいた人たちは気が付かない。自分たちの意思や行動、その決定権が全て俺と闇神の手の中ということを。
自分達が俺たちの傀儡であることを彼らは知ることはない。
俺は立ち止まってふと、第三王子とクラウディアの方を見る。クラウディアは年相応の少女のような笑顔を見せて、第三王子と話している。それを見て俺は……。
「人形遊びにあそこまでできるなんてほんと怖い女だ」
『同感ね。本当に見ていて退屈しないわ。お前様と、あいつは』
クラウディアが心底怖い女だと、俺と闇神はそう思うのであった。
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