第11話 初めてのパーティー

 クラウディアとの刺客達と戦ってから数日。


 俺はついに生まれて初めて貴族達の交流会……もといパーティーに来ていた。

 この日のために用意してくれた新品の正装を着て、いざパーティーへ。


「緊張しているか? お前はこういうのは初めてだろう」


「はい。少しは。けどそれ以上に楽しみでもあります。何せ、俺と同年代の人達と関わるのは初めてのことですから」


「はっはっはっ! 頼もしいことだな! さすがは我が息子だ!!」


 豪快に笑うヴラドを横目に見つつ、俺達はアイテール家が保有するパーティー会場へと足を踏み入れた。


 俺もラインハルトも貴族のパーティーはあまりよく知らない。本編のラインハルトは表向き貴族ではあったがパーティーへの誘いは殆ど断っていた。


 俺も知識としてでしかパーティーを知らない。ここ数日はマナーと礼儀作法の練習に時間を費やしていたから、なんとか乗り切れるとは思うが……。


 そんな甘い考えは会場に足を踏み入れてから、わずか数秒で打ち砕かれた。


「うちの子は魔法学園の成績で〜〜」

「あら、それは素晴らしいことですわね。しかし、つい先日お聞きしましたが、まさかそんなことはないと思われますが、生徒に暴力行為を振るったとかなんとか……」

「あら? そんなこと聞き及んでおりません。それよりもそちらは最近成績が芳しくないようですね」


「おい聞いたぞ。お前の親父、戦地で重傷を負ったんだってな」

「それを言うならお前んとこは浮気だろ? それも下町の娼婦相手に」


『なんというか……人間とは実に醜いものね』

「同感だ。けれど、気を引き締めないとな」


 華やかなパーティー。一見するとそうだが、よく会話を聞いてみれば貴族同士の蹴落とし合いだ。


 一部では魔法や流行の話に花を咲かせているが、本質は同じ。マウントの取り合い。

 より流行を知っている、流行にはあえてのらずいいブランドを知っている、あんな魔法を覚えた、こんな冒険者と出会った……そんな自分を大きく見せるために他者の評価に泥を投げつけ、自分を少しでも綺麗に見せようとしている。


 クラウディアが公爵令嬢でありながら、誰よりもその立場に嫌気を差していた理由がわかるというもの。こんなのと同じにされるのは俺だって勘弁願いたい。


「おや、ブラッディギアス伯爵。今日は長男ではなく、見慣れない子を連れているようですね。養子に迎え入れたので?」


「いえいえ。ラインハルトは歴とした私の息子です。ラインハルト自己紹介を」


 俺が周囲を見渡しているとだ。いかにも嫌味たらしい貴族の男性とその息子であろう二人組が近寄ってきた。少なくとも俺の記憶にこんな奴らはいない。モブキャラだろう。


「初めまして。私の名前はラインハルト・ブラッディギアス。どうかよろしくお願いします」


「意外にも礼儀は出来るようだな。ただ、あまりパッとしない顔立ちだな。なあ、モブエーよ」

「はいお父様。どうやら容姿ではとても比べるに及びませんっ! 君もそう思うだろう?」


 どうでもいい。つか、こいつラインハルトの容姿を馬鹿にしたか? 殺すぞ?


 いかんいかん。推しを馬鹿にされるとキレる悪い癖が出てしまうところだった。しかし、心底興味が湧かないのか、名前すら覚えられない。明日にはこいつがいたという存在すら忘れているだろう。


「ふふん、どうやら声も出ないようだね。なら君はどんな魔法が使える? 魔法の話題であれば多少は花を咲かせられると思うのだが……」


「あら、こちらにいらしたのですねラインハルト様」


 海を割った聖人のように、貴族達が割れて彼女の道を作る。


 腹黒い貴族達にそんなことをさせるのは限られている。それこそ王族やそれに連なるもの、もしくはこのパーティーの主催者の娘とか……。


 ドレスを纏ったクラウディアは油断すれば見惚れてしまうほどに美しかった。翠のワンピースドレスから伸びる雪のように白い四肢、派手に飾らずとも日々の努力もしくは生まれ持っての気品さが、人々を魅了する。


「くくくクラウディア公爵令嬢!? なんでここに!?」

「アイテール家主催のパーティーですよ。私がいるのは当たり前。そして、私が気になる殿方の元に向かうのもまた必然。ごきげんようブラッディギアス伯爵。少し彼をお借りしても?」


『凄いな。あの女。殆ど表情や仕草に変わりないのに、お前様を見る時とあやつを見た時、まるで目が違った』


 闇神が感心するのもわかる。


 クラウディア、モブエーと話す時は笑顔を張り付けながら目は全く笑っていなかった。それどころか、しゃしゃり出るなと言わんばかりの圧力をかけて、彼らだけではなく、周囲を黙らせた。


 その様子が分からないほどヴラドは衰えていない。


「ええ、我が息子であれば是非。気がゆくまで連れ回してください」


「ふふふ、ではお言葉に甘えて独り占めさせていただきますね。行きましょうかラインハルト様」


 笑顔で差し伸べられた手。それは天使の誘いのようにも、同時に悪魔の誘いのようにも見えた。無論、そんなどう転んでも面白そうな展開しか見えない局面、彼女の手を取るに決まっているだろう。


「本来は逆だと思いますが、こう言った場は初めてです。貴女にお願いしても?」


「ええ、承知の上ですわ。元よりその気で来ましたもの」


 クラウディアにエスコートされる形で、俺たちは会場のど真ん中を突っ切って、一旦はパーティーが行われている部屋を出る。


 廊下に出て少ししてからクラウディアはこう聞いてきた。


「どうですか? 貴方の率直な感想が聞きたいです。貴族達の交流というのは」


「……ハッキリ言うとどうでもいい。ただ人の上に立つ人種があれだけ醜ければ、国は腐り落ちていくのだろうな」


「ええ、その通りです。やはり私と貴方は気が合いますね」


 グリモワール王国はどうしようもなく腐っている。


 要因は様々だが、一つ大きな理由があるとするならそれは行き過ぎた魔法至上主義のせいだろう。

 ちなみに貴族が貴族としての役割を辛うじて果たしている今は、まだマシな部類だ。


 本編が始まる数年後には、ほとんどの貴族は自分の地位を守るために貴族としての役割を放棄しつつある。


 それが追放されたはずのラインハルトが帰還するきっかけとなり、魔法学園を火種にして王国を巻き込む大事件が起きるきっかけとなったりするのだが、今はあまり関係ない。


「して、あんなに派手に連れ出したんだ。何が目的だ?」

「目的だなんて、私はただ貴方とお話がしたいのですよ。先日は上手くやられてしまいましたから」


 クラウディアは微笑みながらそう言うと、手に握っていたものを床へと落としていく。


 それは人の指だ。わずかに形が異なる成人男性の指、その合計二十本。


「私は許そうとしたのですがお父様が厳しくてですね。私は泣く泣くこれを言い渡すことしか……」


「心にもないことを言って。どうせ嬉々としてやったくせに」


「ふふふ、バレちゃいましたか」


 本編でもそうだったがクラウディアはこう……ヤンデレというかサイコパス的な一面がある。まさかこの頃からその兆候があったとは。


「俺に刺客まで仕向けて、何のようだ。よほど学園での出来事が良かったのか?」


「ええ。それはそれは私にとってはとても。私はもっと貴方のことが知りたい。貴方はあんなつまらない人達とはどこか違って見えますから」


 グイッと身体を近寄らせながら、クラウディアはそう口にした。

 

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