第10話 シカク×ゲイゲキ×メッセンジャー

『見られているわね最近』

【見られているな。敵意は感じられないが】


 闇神とラインハルトの本能が同時に告げる。


 屋敷を出た途端に感じた多くの視線。それは俺も感じていた。ここ最近、正確な時期は初等魔法学園の見学後からだ。


 屋敷の外に出ると視線を感じることが多くなった。誰かの差し金だとしたら思い当たるのは三つ。


(一つ目は王国、二つ目は魔法学園、そして三つ目が……)


 彼女の顔が脳裏にちらつく。

 三つ目はアイテール家。クラウディアの差し金。可能性が一番高いとしたらここだ。


 なにせ、この状況はクラウディアが本編にて主人公にとった行動とほぼ同じだからだ。彼女は興味を示した相手は何がなんでも手に入れようとする。


 先ずはこうして監視の目を敷き、俺の行動パターンを探るのだろう。そして次は俺の実力を見ようとしてくるはずだ。


(少し付き合ってやってもいいか)


 ちょうど試したい魔法がいくつかある。闇神の器になったおかげで手に入った力もあることだし、それらを試すにはいい機会だ。

 

『やる気なの? 随分と積極的ね』

「ここは付き合っても破滅には関わらない。勘だけど。むしろ、付き合った方が向こうの出方を見られる。付き合ってやるさ」


 俺は闇神と会話しながら路地裏へと入り込んでいく。路地裏に入っても視線が消えることはない。これで誰かに見られているのは確定。


「出てきてもいいぞ。俺の何を知りたいのか知らないが、見ているんだろう?」


 俺は何もない空間に向かってそう問いかける。一秒……二秒、三秒の沈黙。その後、俺の前と後ろに全身黒ずくめの男が二人現れた。


「ご主人様に何を命令されている? 俺の行動を観察しろと言われているだけか、それとも……」


 ここで一旦言葉を区切る。その後、身体の中にある闇属性の魔力を僅かに解き放つ。


 俺にとっては僅かだけど、一般的な魔法使いにとっては戦闘時に解き放つ量と同等。それで二人の男と遠巻きに俺を観察している人達は一気に警戒態勢に入った。


「俺の実力を見て来いとでも命令されたか? いいぞ遊んでやる。俺を退屈させるなよ?」


 言葉と共に男二人が動き出す。


 全身黒ずくめでかつ魔力で強化した高速移動。闇に乗じて敵を倒す暗殺者の動き……!


 しかし闇というなら、そこはお前達の領域ではなく、むしろ闇神の器である俺達の領域だ。


「【闇の手】」


 暗闇から現れる無数の手。それは二人の男を捕まえようと追いかける。


 二人の男は短刀でそれを斬り落としていくが、路地裏の暗闇は深い。すぐに無数の手が生えて二人を追いかけてくる。


「【火球】」


 男の一人が魔法を発動する。火属性の初歩魔法火球。それは木箱に当たると木箱を燃やして、路地裏を照らす。


 闇が弱まったことで闇の手の勢いが落ちていく。斬られても再生することはなく、闇の手は消滅してしまう。


 闇属性は暗闇であるほど、闇が深いほどその効果を増していく。そのからくりにいち早く気がついたからこその先の一手。俺ではなく燃えやすい木箱を狙ったのはそのためだ。


 男達の短刀が俺に襲いかかる。数秒もすればその刃は俺を斬り裂くだろう。身体能力のスペックも測りたい。ちょうどいいな。


「【肉体改造】」


 魔力で肉体を戦闘に特化した状態へと改造する。姿形はそのままにだ。流石に化け物みたいな様相になるのは俺も好まない。


 先ずは正面の男に対しては顎に蹴りを入れ、首に手刀を叩き込む。


 背後の男に振り向きながら肘でこめかみを打ち、よろめきながら後退しようとするタイミングで鳩尾へ拳を一発。


 数秒にわたる攻防。うん、最初武術も魔法の才能もないと言ったけれど、闇神の器になってからはどうやら全然違うみたいだ。


「さて仕上げだ。【闇夜の帷】」


 闇属性の魔力が解き放たれ、路地裏と外界を隔離する。いわゆる結界だ。


 狭い空間であれば外界との魔力の繋がりさえも断つことができる。視線もなくなったということはこの中は遠巻きに見ることすらできない。


 俺は気絶している男に近寄り、頭を掴み上げながらさらに魔法を発動する。


「【記憶閲覧】」


 男の記憶を見る魔法。闇属性が得意とすることの一つに、肉体や精神への干渉というのがある。先の肉体改造も闇属性の性質を活かした魔法だ。


 無駄な記憶を省き、必要だと思う記憶だけを覗き見る。


『見事な手つきね。何か見られたかしら?』

「ああ、後ろにいる奴が確定した」


 彼らの背後にいるのはやはりアイテール家。クラウディアだ。ただし彼女らしいのが、記憶の至る所に爆弾みたいなものが仕掛けられている。


 今は、魔力が絶たれているため起動しないが、これは万が一の保険というやつか。何かあればクラウディアの魔法で記憶を消去できるようになっている。


 もっとも今回は俺の方が一枚上手だったようだ。さて、後始末だが……。


「【傀儡化】」


 男達二人に魔法をかけてから、闇夜の帷を解除する。立ち上がった男達は何も言わずに俺から撤退していく。わずかな恐怖の気配を張りつかせて。


 やがて、視線が次々と消えていく。どうやら撤退してくれたみたいだ。


『傀儡化で何を指示したのかしら? お前様』

「メッセンジャーだ。近いうちに意味がわかるだろう」


『……? お前様が言うならまあ期待して待つわ』


 意味深なことを口にして俺は身体を伸ばす。闇神の器になってからあまり時間は経っていないけど、闇属性の力が増大してるのが分かる。


 ……と、いつまでもこんなところにいては怪しまれてしまう。俺も早いうちに撤退しなくては……。


「今度の貴族交流会、初参加だが楽しみが出来たな」


 俺はそう呟く。学園で父上に頼んでからすぐに、父上はある交流会もといパーティーの誘いを持ってきた。


 それもアイテール家が主催するパーティーだ。先程のあれはその日のために下準備に過ぎない。

 そこでクラウディアがどんな反応を見せるのか、はたまた俺との関わりを断つのか、どんな結末になろうとも楽しみだ。


「キヒヒヒ……アハハ……キャハハハハハハハハ!!!!」


 俺は交流会への想いを胸に抱きつつ、上機嫌な足取りで屋敷へと戻るのであった。

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