第4話 最初の試練
時間が過ぎるのはあっという間だ。
気がついた時にはもう最初の試練である10歳が来ていた。
破滅を回避できるかどうか。全てはここを乗り越えられるかにかかっている。
転生してから4年間。必死になって闇属性の魔法をマスターしようと努力した。そして、その努力の結果が出るのが今日この日。
俺はただ地下室でその時がやってくるのを待つ。
ブラッディギアス家の地下には魔法や儀式で使うためのものが多く保管されている。俺は数日前からこの地下室で保管されていたのだ。
闇神騒動。後の世、カルファン本編でそう呼ばれる大きな事件が今日、このブラッディギアス邸で起こる。
それを知っているのはこの世界で俺だけ。俺以外に転生者がいないという前提での話だけど……。
「やあやあ無能な弟! ついに来たね! この日が!! 無能なお前がようやく家のために役に立てる日が!!」
「ああ本当に長かったですわ。でもようやくこれでお前の顔を見なくてもよくなりますのね」
軽やかな足取りと共に地下室に降りてきたのは、ブルーノとマーガレットそして……。
「今日でお前の顔を見なくなると思うとせいぜいするな。不出来な子よ」
「……父上」
偉丈夫。その単語が似合う人物が鉄扉の小窓から顔をのぞかせていた。
赤紫の髪に、射抜くような鋭い金の瞳。190を超えるだろう身長に、鉄板でも仕込んでるんじゃないかと思う分厚い肉体。
ヴラド・ブラッディギアス。先代まで子爵家だったブラッディギアス家を伯爵家まで引き上げた功労者だ。
ブルーノの天才っぷりはこの人の血を濃く受け継いだから。逆にラインハルトはこの人の血をそこまで濃く受け継いでいないから、不出来な息子として扱われていた。
「ここ数年こそこそと何かをしていたようだが、それでお前の評価が覆るわけではない。お前は今日、闇神に捧げる生贄として生を終えろ」
「残念だったねえ! でも仕方のないことなんだ……ブラッディギアス家が成り上がるには神の加護が必要なんだから!
むしろ光栄だと思って感謝して欲しいな。無能で不出来な弟の最初にして最後の晴れ舞台なんだから!! キヒヒヒアハハハハハ!!!!」
「早く初めてくださらないかしら? もう、こいつと一緒の空気を吸いたくないのよ」
父とブルーノは家の繁栄を。マーガレットは純粋な悪意だけを含みながらそう口にする。
どの道こいつらには悪意しかない。
「それもそうだな。準備は整っている。中庭へ早く来い。ここの鍵は開けておいてやろう」
父はそう言い放つと、鉄扉の鍵を開けて地下を出て行く。マーガレット、ブルーノとその背に続き、途中でブルーノは何かを思い出したかのように振り向く。
「そうだそうだ。ちゃんと自分の意思でくることをおすすめするよ。まあ、お前も無理矢理は嫌だろうからね。これはせめてものの慈悲というやつさ!!」
あいつらが俺を無理矢理連れていかないのには意味がある。あいつらは俺が自発的にくることに意味を見出しているのだ。
闇神への生贄。ラインハルトは10歳の時、家族から闇神に生贄に捧げられる。
ブラッディギアス家は更なる地位の向上と家の繁栄のため、神の加護を戴こうと画策していた。
不出来だがブラッディギアスの血を受け継ぐラインハルトを生贄にし、闇神からの加護を戴く。これが闇神騒動のきっかけ。
だがブラッディギアス家の計画、これは失敗する。その結果、ブルーノとマーガレットは死亡、辛うじて生き残ったヴラドも騒動の責任を取らされ、ブラッディギアス家は没落する。
まあ本編の前で起きた闇神騒動はこんな感じらしい。この辺は設定資料集でしか語られていないんだよなあ……。
話がズレてしまった。なぜ、あいつらが自発的に来させたがっているか。それは俺が進んで、闇神の生贄になったという名目が欲しいのだ。
実の子を無理矢理闇神の生贄に捧げたとなれば、いくら力を手に入れたとしても、周囲の反感で地位は手に入らない。
だから、家族の反対を押し切って俺が進んで闇神の生贄になったというカバーストーリーがあいつらは欲している。
「まあ進んで生贄になるのは俺たちが求めるところだ」
奇しくも進んで生贄になるという点は俺もあいつらも同じく望んでいることだ。
闇神の生贄に捧げられた後、それが破滅を回避する最初の分岐点。
俺は重い鉄扉を開けて、地上へと向かう。数日ぶりに見る太陽は少しだけ眩しく思えた。
中庭にいたのはブルーノ、マーガレット、父、そして数名の王宮魔導士たち。
「ほ、本当に生贄になるのかい!? もう一度よく考え直さないか!? 僕たち家族じゃないか!!」
などと、ブルーノがわざとらしい演技でそう言う。俺にはこう言った出来事があったとは分かるけど、実際にその場でどんなやり取りが行われていたのか知る由もない。
俺は周りを見渡す。嘘泣きをするマーガレット、上手く隠してるつもりだろうけど口元がニヤけてるぞ。父は背を向けたままで俺と目線を合わそうとはしない。まあ大方、泣く姿を子供には見せない強い父を演じてるつもりなのだろう。
茶番だ。俺の心は完全に冷め切っていた。こんな奴らのこんなくだらない茶番に付き合わされていたんだなラインハルト。
本編のラインハルトが誰も信じられなくて、洗脳と支配で従えた部下しか側に置かなかった理由がなんとなくわかった。
この茶番を完全に終わらせてやろう。
「ブラッディギアス家の次男ラインハルト。
お主は闇神召喚及び加護のための生贄となるで構わないか?」
「ええ。これは俺が望んだことです」
その言葉にニヤリと表情を歪ませたのは、あいつら三人と何人かの使用人、宮廷魔導士だった。
俺はゲーム内と設定資料集、外伝など……公式からの供給で得られた知識しかない。あいつら三人が笑う理由はわかる。けれど、使用人、宮廷魔導士が笑った理由は憶測しか立てられない。
恐らく、何か俺が知らない裏で何かのやり取りがされているのだろう。手を引いているのは誰か……ブルーノ? マーガレット? それともヴラド?
この試練を乗り越えた時、破滅の可能性及び二つ目以降の試練の邪魔になる要素は極力排除したい。これが終わったら何人かには話してもらうとしよう。
「では儀式を始めます。宮廷魔導士、ヴラド様、ブルーノ様、ご準備を」
こうして闇神召喚の儀式が始まる。
雲ひとつない綺麗な昼だったというのに、儀式が始まると黒い雲がどこからともなく現れ、空を覆い隠す。世界が闇に包まれたと思うくらい、光が消えていく。
転生からの4年間。これで蓄えた魔法の知識のおかげで何が起きているのか把握できる。
ブラッディギアス邸は今、闇神のいる領域に入りつつあるのだ。
儀式の進行と共にブラッディギアス邸は少しずつ、世界と隔離されていく。闇神のいる、光のない世界へと少しずつ近づき、そして気がつけば誰もいなくなる。
【構エロ。何カ、来ル】
ラインハルトの本能が警鐘を鳴らしていた。万全の準備を整えてきたはずなのに鳥肌が止まらない。今にも逃げ出したくなる気持ちを抑え込んで、俺は前を見る。
そこにそれはいた。
暗闇で光る赤い眼光。闇の中にうっすらとある巨大なモヤのような輪郭。
それは声など出さない。発声器官がないからだ。その代わりに俺の脳へこう告げる。
『贄か。我に何を求める……いや、何だその魂の形は。混ざっている?』
神となれば見抜くか。俺とラインハルトのことを。けどそうか、俺たちは魂で混ざっていたのか。ここまで見抜けるやつは他にいなかったし、自分でも知らなかったからいい情報だ。有効活用させてもらおう。
さて、ここからが勝負。最初の分岐点。
闇神騒動。俺は今日この日、本来のラインハルトと違う結果を歩む。破滅回避のために。
「取引をしよう闇神。互いにとって利のある話だ」
さあ、ここを確実に乗り越える!!
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