第3話 闇属性の魔法を使ってみよう

 時が経つのはなんだかんだ早い。


 気がつけば転生から一年の歳月が経過していた。7歳になった俺は、目標である闇属性の魔法のマスターに着実と近付いていた。


【生命略奪】


 俺がそう唱えると花壇に生えていた雑草達がみるみるうちに枯れていく。それをみた庭師達がおおと声を上げた。


「流石です。こんなお若いというのに魔法を使えるなんて」


「いえいえ、自分はまだまだです。簡単な魔法しか修めておりませんので」


「それでもですよ。平民である我々には魔法が使えない」

「そうですそうです。おぼっちゃまは手をかざして魔法を使うだけで雑草の処理ができる。ですが我々は地道に手で抜いていくしかない」


「それに私は好きですよ。もう一つの魔法。ぜひ見せてくれませんか?」


 そう言われたので、俺は花壇に手をかざす。そして魔法の名前を口にする。


【生命分与】


 魔法を使うとまだ苗だった花が急速に成長を始め、立派で綺麗な花を咲かす。それでまた庭師達から歓声が上がる。


 【生命略奪】と【生命分与】は闇属性の魔法だ。略奪で命を奪い、分与で奪った命を与える。

 ゲーム内では略奪が確定ダメージ+魔力の吸収、分与がHP回復と魔力回復を備えた魔法だ。


 恐らくその性質は変わっていない。使い方によっては応用が効き、発展系の魔法が強力でかつ必要になるというものでこれを取得した。


 今はこうして雑草や害虫の処理に使って、庭師の手伝いをしながら魔法の練度を上げている。魔法が使えない庭師達にとって、俺の魔法はかなり便利な代物らしく、使って手伝うだけでかなり助かるとのこと。


 人助けにも見えなくないが、これはあくまで俺のためにやっていることだ。これを通して俺は魔法の練度を上げている。自己のためと思えば解釈違いなど起こりようもない。


 この一年過ごしてみて分かったことがいくつかある。まず、魔法は誰にでも使えるようなものではないということ。


 魔法は貴族が使えることが多く、平民で使えるのはごく僅かだ。優れた魔法使いほど、この世界では地位が高くなるという仕組みだ。

 実際、俺たちが住み、ゲームの舞台となるグリモワール王国では魔法絶対主義がある。


 ブラッディギアス家は伯爵家。けど、ブルーノが次期当主になれば侯爵、もしかすると公爵に成り上がれるかもしれないと言われている。悔しいけど、あいつはマジもんの天才だ。


 こんな雑草を枯らして、花を咲かせるようなチンケな魔法じゃなくて、もっとド派手なザ・魔法という魔法を使う。

 今は宮廷魔導士に呼び出されて、宮廷魔導士の下で修行しているとか。優れた才能を持つ人間が、優れた才能を持つ師の下で育っていく。当たり前だけど、この循環が魔法絶対主義を増長させているのだろう。


 そしてもうひとつ、この一年で分かったこと。魔法社会の仕組みよりも大切なラインハルト自身のこと。それは……。


「あら汚らしい。本当に汚らしいわ。これがあの方の子供と思うと本当に不憫だわ。何をしているのかしら? こんなところでそんなチンケな魔法を使って」


「……母上。庭師の手伝いを」


「誰が話していいと許可を出したのかしら!?」


 理不尽めいた暴言と共に、俺に蹴りを入れる女性。マーガレット・ブラッディギアス。正室であり、一応だけど俺の母。


 マーガレットとブルーノのいびりはまだ続いている。というかこれだけは一年や二年でどうにかなるような話じゃない。


 ブラッディギアス家の支配者には誰にも逆らえない。7歳の子供が踏みつけられている様を誰も止められないのだ。


 地面にかざした手で生命略奪を使い、地面から命を奪って、自分に生命分与でその生命を与えれば傷は回復していく。大した問題ではない。むしろそれよりも……。


『殺セ……、贄ヲ、血ヲ!』


 この俺にとって大切なこと。


 それは本来のラインハルトの自我だ。こいつは普段大人しくしているが、今みたいに暴力や嘲笑みたいな悪意に晒されると出てくる。


 こいつが出てくるとどうなるか。俺の自我までもラインハルトの物に引っ張られる。時々、ラインハルトの自我が俺の身体を動かすこともあった。


 そして、これが最大の変化。

 こいつ、闇属性の取得に比例して理性みたいな何かを獲得している。


 昔は『コロセ』とか『オワラナイ』みたいな片言だけだったのに、闇属性を取得していくと何かを求めるようになり、片言も少しずつなくなっているのだ。


(不気味だし奇妙とは思うけど……でも)


 不思議と悪くない感覚だ。

 それにこいつは魔法の勉強をするときに俺にコツみたいなものを教えてくれる。この本能のおかげで魔法取得はかなり捗っている。


 今も俺は痛みに耐えて、ラインハルトの本能が魔法を制御している。ただこいつはかなり本能的だから、そのまま魔法で攻撃してこようとするが、それは俺の理性で食い止める。


『ナゼ、ナゼ、邪魔スル!?』

(……まだだ。まだ耐えろ。こいつらにはまだ役割がある。こいつらを殺すのは俺が許さん!)


 マーガレット……というかブラッディギアス家か。

 こいつらにはまだ役割がある。ここで下手に殺せば未来の破滅が確定する上、目標である一つ目の試練が起こらなくなってしまう。


 善人として振る舞えば、ブラッディギアス家とは縁を切って魔法を使って慈善事業でもやればいいが、それは俺もラインハルトの本能も許さない。


 善人として振る舞う? 解釈違いまっぴらごめん。

 こいつらから逃げる? 俺たちのプライドが許さん。


 俺は更なる力を得た上で、破滅を回避する。そのためには使えるもの全て使うし、最大限効果的なタイミング、絞り尽くせるものは全て絞り尽くす。


『…………俺ニ従ウ。時ヲ待ツ』


 俺の意図や目的を理解してくれた本能はそう言い残すと大人しく、魔法の制御だけを行なう。

 

 一方で満足したのか、俺を踏みつけるをやめるマーガレット。


「ふん、今日はこれくらいにしてあげますわ。ああ、嫌だ嫌だ。こいつを後3年、家に置いておかないといけないなんて」


 マーガレットはそう吐き捨てて屋敷の中へと戻っていく。マーガレットが庭園を抜けたところで、庭師達が駆け寄ってきた。


「だ、大丈夫ですか? すぐに救急箱を用意します」

「すみませんおぼっちゃま。何か言うべきなのでしょうが、意見をすれば我々の身が……」

「こんな、酷い……! 傷だらけで……!」


 ファインプレーだラインハルト。生命略奪のおかげでそんなに深い傷はできていない。けど、見えやすいところに傷や血を残してくれたおかげで、一見すると酷い虐待を受けたように見せかけてくれている。


 周囲から同情を引くためだろう。これで俺は可哀想な被害者。この立場を十分に使ってやる……!


「いえ大丈夫です……。皆さんに迷惑かけるといけないので退散しますね」


 それだけ言って俺は隠れながらマーガレットの後を追う。マーガレットはどうやら中庭で午後のティータイムを楽しむつもりらしい。全く、子供踏みつけた後にティータイムとかどんな精神構造してるのやら。


「少しだけだ。やってもいいぞ」

『……待ッテイタ!!』


 ラインハルトの本能が俺の身体を動かす。庭園ご自慢の草で出来た壁に手をかざし、生命分与の魔法を使う。中でまだ成体になっていなかったムカデが、通常よりもビックサイズで勢いよく走り出す。


「キャアアアアアアア!! 何よ! 早く追っ払って……!!」


 中庭は突然現れたムカデに阿鼻叫喚だ。


 今はこれくらいのしょぼいやり返ししか出来ないけど……いつかは必ず全てを叩き返してやる。


 そう誓って俺はその場を後にする。しばらくの間、マーガレットの悲鳴が屋敷中に響いていた。

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