第2話 魔法を覚えよう

 俺が転生したと気がついてから数日。俺はブラッディギアス家の書庫にこもっていた。


 【カルマティック・ファンタジー】、略すとカルファン。カルファンはシュミレーションRPGの類で、ストーリーやキャラクターはもちろん、バトルシステム、育成システムも作り込まれている。


 カルファンの育成システムはスキルツリータイプ。スキルツリーを開放していくことで魔法や技を覚えていく。そのスキルツリーはキャラ固有の物から、汎用的な物まで無数に存在している。(DLCや大型アプデで増えてたし……やり込んだとはいえ全部覚えている自信はない)


 ラインハルトは一部イベント、ルート以外では味方にならない敵キャラ。シュミレーションRPG特有の敵キャラ専用のぶっ壊れスキルツリーを持っていた。のだけど……。


「ない……! この世界にはスキルツリーもステータスの概念もない!!」


 あるだろ普通!!


 いやないのが普通なのか!? 転生前に読んでた異世界転生もののラノベだとあったぞ!!


 まあでもないものねだりをしても仕方ない。切り替えろクールになるんだラインハルト。


 見方によってはスキルツリーやステータスという概念がないのはいいことだ。何故ならシステムに囚われることなく、自由に自分の能力を伸ばせるから。


「つまりラインハルトは原作以上に強くなる可能性も、同時に強くなれない可能性も秘めている」


 だからこそ俺は書庫に閉じこもっている。魔法書を読み漁るためだ。

 カルファンにも魔法書というアイテムはあった。カルファンだと魔法書を使うと対応するスキルツリーを新たに得ることができる。


 この世界の魔法書は魔法の説明書マニュアルだ。どのようにすれば魔法を発動できるのか、魔法の発動条件、必要とされる能力などなど、魔法に関するありとあらゆることが事細かに書かれている。


「一番基本的な魔法書でも六歩全書並。そこから発展した魔法書なんてジャンル分けされているのに、とてつもない巻数だ……!!」


 魔法の基礎を覚えるために六法全書並の本を読破しなくてはならない。

 そこから発展した魔法となると、六法全書並の本が長期連載の漫画みたいな巻数で並んでいる。


 俺が必要としている闇属性の魔法書。それだけでも巻数は二桁後半を優に超える。


 これを四年以内に読破して、闇属性の魔法をマスターしなくてはならない。と、とてもじゃないけど……。


「一人で出来る気がしねえ……」


 無理だろこんなん! つーか、転生前でも六法全書とか読んだことねえわ!!


 魔法の取得を甘くみていた……! 経験値とスキルポイントを消費すれば簡単に魔法が使える訳じゃない! 地味な努力が必要なパターンだ。

 

 いや、この勉強こそがゲームで言うところの経験値やスキルポイントを貯める行為なのか……? そう思えば頑張れる気がしてきた。


 仲間……教師になってくれるような人がいたら話は別なんだろうけど……あいにくとラインハルトには。


「おやおや、珍しく書庫にこもってると思ったら、まさか無能で不出来なお前が魔法を覚えるつもりなのかい? 無駄無駄。お前には出来っこないさ」


「……兄上」


 入ってきたのはまさしく貴族のぼんぼんと言った具合の子供。金髪赤目に新品の服、俺を見下している口調と瞳。


 ラインハルトの兄、ブルーノ・ブラッディギアスが嫌味を言いながら書庫に入ってくる。自分の母親を引き連れて。


「……っぷ! おいおい見ろよお母様! こいつ、わざわざ基本魔法なんてもの勉強してるぜ! 笑えるよなあ!?」


「全く不出来な子ねお前というやつは。それくらい、わざわざ勉強せずとも使えるでしょうに。ブルーノはそれくらいすぐに出来ましたよ」


 ラインハルトはブラッディギアス家で迫害されていたという過去を持つ。

 理由は二つ。

 一つ目、ラインハルトは父が側室との間に産んだ子供だからだ。

 二つ目はラインハルトが不出来な子供だったから。


 これは本編では語られない設定資料集で明らかになったことだ。ラインハルトはある事件まで魔法の才能も武術の才能にも恵まれなかった。それゆえに天才で正室との子供であるブルーノと比較されて迫害されていたのだ。


 ……まあ確かに何も知らずに家族から迫害を受け続けたらそりゃあ精神も歪む。こいつ本編では世界の全てに絶望しきって、大量虐殺とか平気にしてたし。ラスボスの生贄にされるルートでも笑って進んで生贄になってたし……。


「……至らない身で申し訳ありません。兄上、母上。精一杯努力と研鑽を積んでまいります」


「お前は努力なんかしなくていいんだよ。万が一にでも何かの才能で、俺を追い抜かしてみろ。俺が惨めになってしまうじゃないか!!」


 ブルーノは叫びながら机を蹴る。俺よりも4歳年上とはいえ、10歳の膂力。倒れたり壊れたりすることはないが、積み上げていた魔法書やペン、インクなどは机の上でぐちゃぐちゃになってしまう。


「弟のお前が! 兄である俺を追い抜かすことなんざあってはならないんだよ! そんなことになってみろ、俺が惨めで惨めで、みんなから笑われてしまうじゃないか!!」


 ブルーノはインクが入った瓶を俺へと投げつける。それを防いだり、間違っても弾いたりしてはいけない。癇癪がもっとひどくなるからだ。


 顔と髪の毛にインクがぶちまけられる。それでも耐える。転生前、読んでた追放ざまあとかやり直し復讐系とかならやり返してたかもしれないけど、今の俺にはこいつに勝てる目が万に一つもないのだ。


 腐ってもこいつは天才。10歳で二属性の魔法を使える上、剣技も同年代にしては飛び抜けている。


 今のラインハルトのスペックじゃ到底無理だ。魔法一つまだ操れないこの身では……!!


「分かったら無駄な努力は諦めて、使用人の仕事でも覚えることだな」


「全く、インクをぶちまけられても眉ひとつ動かさないとは、死んだお前の母によく似ていますね。憎たらしいくらいに」


 ブルーノとその母はそう吐き捨てて書庫から出ていく。


 この家に俺の味方なんて一人もいない。もうこの時点で俺の母は死んでいるのだから。


 実際ラインハルトの身になって経験してみると、胸の奥でドス黒い何かが出てきそうになる。それは俺にこう囁くのだ。


『オレハ……オレタチハ、コレデオワラナイ。

 イツカ、イツカ……』


 それはきっとラインハルトの本能。もしくはもとあった自我。

 転生したことで本来のラインハルトの自我はこうして、ラインハルトに囁いてくる。


 ああ、そうだ。任せろ。


 破滅も回避する。その上でこの身で受けたもの全て、しかるべき場所に叩き返してやる。


「キヒ……キャハ!」


 俺はドス黒い感情に突き動かされるがまま、己の目的のために魔法を勉強する。さっきので火がついた。やりきれないとか言ってる場合じゃねえ。


 俺は絶対に闇属性の魔法を極めて……そして、4年後に力を得る。それで俺を迫害した奴らを見返してやる!


 その怒りともいえる激情がただ俺を突き動かしていた。

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