第12話 3千石へのこだわり
武蔵は、佐々木小次郎に打ち勝ち、名声を得た。
となると、我欲も強くなる。
武蔵はおのれの名声にふさわしい地位がほしくなった。
だが、仕官がなっても兵法者の俸禄は低い。
将軍指南役の小野次郎右衛門忠明ですら、6百石なのである。
武蔵は3千石をのぞんだ。
かつて武田信玄に仕えた軍師の山本勘助は1千石を得た。
自分は勘助よりも天下に名を馳せている。
しかも、軍学もたしなみ、侍大将程度の能力はあると自負していた。
となると、3千石くらいは当然ではないかと考えたのである。
しかしながら、武蔵に大名家から提示される俸禄は、せいぜい3百石から6百石どまりであった。当然ながら、武蔵の気持ちは腐った。
折しもこの当時、大坂城の豊臣秀頼が諸国の浪人を集めていた。
徳川政権に対抗するためである。
もし、大坂城に入って手柄を立て、豊臣家が勝てば、大名になるのも夢ではない。
武蔵は雲井に寝物語をした。
「大坂城に入ろうと思う。功名をあげ、一国一城のあるじに出世するのじゃ」
「主さま。遊女のわっちでさえ、花魁にまで昇りつめたい気持ちがござんす。まして、男の人が出世をのぞむのは当然。うんとお気張りやす」
「うむ。なれど、わしが出世すれば、そなたは花魁になれぬぞ」
「はて、何故に?」
「わしが、そなたをここから落籍し、妻に迎えるからよ」
「うれしい!」
雲井は武蔵の首根っこにしがみついた。
ひと月後、武蔵は紅鹿子の陣羽織をまとって大坂城に入った。
その陣羽織は、雲井が自分の小袖を仕立て直したものであった。
しかし、浪人徴募の担当は、秀頼の側近である大野治長であった。
治長は、元の身分や前歴でその人の処遇を決めた。
兵法者の武蔵は、一軍の将としては扱われなかった。
真田幸村、毛利勝永、長曾我部元親、後藤又兵衛ら錚々たる武将の陰に隠れ、武蔵の名は埋没した。
結局、武蔵は関ヶ原の合戦と同様、軽輩として大坂城の城内でうろちょろしただけで終わった。しかも、落城という惨憺たる結果であった。
天下は徳川の世に定まった。
この後も時折、武蔵には諸大名から仕官の誘いがあった。
だが、それは武蔵の野望を満たすものではなかった。
武蔵は、
「われに存念あり」
という一言で、仕官の誘いをことごとく断った。
晩年になっても、3千石の夢を諦めきれなかったのである。
見果てぬ野心を胸に抱えて、鬱々とした日々を送る武蔵に、人生最後のチャンスが訪れた。
九州島原の乱が勃発したのだ。
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