第11話 頭脳で小次郎に勝つ

 書くと長くなるので仔細は省くが、武蔵は紆余曲折の末、佐々木小次郎と対決することになった。


 例によって武蔵は慎重である。

 対戦相手である小次郎のことを徹底的に調べた。

 身の丈は自分とほぼ同じで六尺近くあるという。その長大な体躯を生かして、物干竿という長剣を操るらしい。

 流儀は独自に編み出した巌流。越前の出身で富田勢源以来の中条流を学んだというから、「太刀ゆきの速さ」を極意とする。燕返しなる秘剣の遣い手であることからして、太刀の速さを旨としていることは明らかであった。


 武蔵はさらに小次郎の太刀の長さを調べた。

 愛刀の物干竿なる長剣は、刀身三尺一寸二分という。一方、武蔵の愛刀たる伯耆ほうき安綱は三尺八分である。小次郎の太刀より、やや短い。


 武蔵は考えた。

 勝負はおそらく一瞬で決まるであろう。

 どちらかの剣が相手を一瞬でも早く打てば、それで決まるのだ。

 しかしながら燕返しは、初太刀を躱しても、返す刀で斬撃されるという必殺剣であった。

 二の太刀が繰り出される前に、相手を打つ。勝つには、それしかない。


 となると、真剣より軽い木刀のほうが、相手の太刀ゆきを上回れることになる。木太刀のほうが、重い真剣より速く太刀を繰り出せるのだ。

 武蔵は舟を漕ぐ櫂で木刀をつくった。長さは、四尺一寸八分。小次郎の物干竿より長い。臆病で慎重な武蔵ならではの工夫であった。


 武蔵は決闘の地として指定された船島(のちの巌流島)へと、漁師の舟で向かった渡った。

 すでに二時間以上、遅刻していた。

 小次郎は、それが武蔵のいつもの作戦とは知らず、苛立っていた。武蔵のことを二刀を遣う武芸者としか知らなかったし、それ以上、知る気もなかった。

 性格も傲慢であったという。


 武蔵の舟が船島のみぎわに着いた。

 波打ち際を歩いて。武蔵は小次郎へと進んだ。

 小次郎の怒声が聞こえた。

「武蔵、臆したか」

 そして、同時に長剣を抜き放ち、鞘を海中に捨てた。

 それを見て武蔵は、すかさず言った。

「汝の負けである。勝つつもりなら、鞘を捨てまいに」


 小次郎は武蔵の挑発にのり、憤怒とともに太刀をふりかざした。

 武蔵はその太刀筋を見切り、小次郎が初太刀をふりおろすと同時に跳んだ。

 小次郎の太刀が地面に達した刹那、武蔵の長い木太刀が小次郎の脳天に炸裂した。

 すべては一瞬のことであった。


 武蔵は小次郎を破ったあと、すぐその地を離れた。

 小次郎の門人から襲撃されることを避けるためである。相変わらず用心深い。

 江戸に戻った武蔵は、吉原遊郭の遊女雲井のもとへいつものように通った。

 雲井が言う。

「主さま。ほんにようございました。わっちは、兵法などさっぱりなれど、勝つには勝つ理由というものがありましょうや?」

「強敵との勝負は紙一重。ゆえに、臆病な者、考える者が勝つ」

 武蔵は盥の中で、雲井に躰を洗ってもらった。

 数か月の間、風呂に入らなかった武蔵の躰は強烈に匂った。


 雲井のおかげで躰はさっぱりしたが、武蔵は憂鬱であった。

 仕官するなら俸禄は3千石以上という条件を公言しているためか、武蔵の望みは一向にかなえられないのである。

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