第2話 ど田舎に生まれて
13歳の武蔵は必死に考えた。
戦国の世でのし上がるために、立身出世するために、どうすればよいのかということである。
幸い、武蔵は体躯には恵まれていた。子供ながら、身長は6尺(約180センチ)に届こうとしていた。しかも、兵法自慢のキチガイ親父に鍛えられて膂力も人一倍ある。何しろ喧嘩では負けたことがないのだ。このずば抜けた腕力を生かさぬ手はない。
そこで武蔵は考えついた。
「俺は強い。否、もっと強くなれる。ならば兵法で世に出られるやもしれぬ」
有名な兵法者になれば、大名から声がかかり、立身出世も夢ではない。
そんな武蔵が母親の里、播州佐用村にいた頃、偶然、兵法者同士が試合をしているのを見かけた。竹矢来の中で、互いに真剣をふりかざして渡り合っている。武蔵は食い入るように二人の太刀筋を見つめた。
やがて一人の首筋から血飛沫が噴き上がった。
勝ったのは有馬喜兵衛という三十路男であった。新当流の達人という。
しかし、生まれつき獣のように敏捷な武蔵には、勝ちをおさめた喜兵衛の太刀筋は、ひどく緩慢に見えた。
「あれなら勝てる。俺のほうが強い」
咄嗟に武蔵は長大な樫の棒を持って、竹矢来の中に入り、名乗りを上げた。
「俺は弁之助という。一手、所望したい」
髭面の喜兵衛がせせら嗤う。
「小僧、死に急ぐか。わっぱとて容赦はせぬぞ」
転瞬、武蔵は奇声をあげ、樫の棒をメチャクチャに振りまわした。剣術も何もあったものではない。
ところが、その樫の棒が唸りをあげるや、喜兵衛の刀をへし折り、次の瞬間には頭蓋を打ち砕いていた。脳漿が白い飛沫となって飛び散った。
この試合後、村人は武蔵を異常なほど怖れた。兵法勝負とはいえ、少年の身で人を殺したのである。誰一人、武蔵に近づかず、口もきいてくれない。
武蔵は悟った。
「そうか。こんな片田舎では、兵法者なんぞ怖ろしいだけの存在なのだ。親父の無二斎が嫌われるのも道理であったのだ。こんなど田舎では、何をしてもダメやもしれぬ」
このとき、武蔵は故郷を憎悪した。
人の天分を認めぬ、人に優れる者を認めぬ、田舎者の狭量を心底恨んだ。
ど田舎に生まれた自分を呪った。
独りぼっちの武蔵は、心の中で絶叫した。
「俺はお前らとは違うんだ!」
「俺はこんなところで朽ち果てる人間じゃないんだ!」
「今に見てろ!」
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