緑丘市の話・後
二日後。バスに乗ってグリーンムーン39と桜崎は緑丘市へと向かった。
メンバーの、緑丘市ふるさと大使着任を祝うためだ。なんと、偶然にもメンバーの一人が緑丘市出身だったということも好要因だっただろう。
「ほ、本当にやってくれたんじゃな……っ?!」
キラキラした目でまた市長は迫ってくる。
「あ、はい……。ひとまず、あの、着任式を……」
着任式は手短に行われた。挨拶に緑丘市出身のメンバーが立ったが、マスコミはあまりいなかった。目立った予告もしていない。たまたまかぎつけた地元記者などがいるだけだ。
『緑丘市ふるさと大使にグリムンが電撃就任!』
翌日、地元紙の一面にこの巨大な見出しが躍った時には、事務所では電話がかかりっぱなしだった。
一か月後。早速コラボライブを開いた。
グリーンムーン39では、来場時に緑丘市のもやしをプレゼント、紙吹雪に使ったり、メンバーによる美味しいもやし料理の作り方講座や実際の試食などもあった。
調子のいいファンはもやしを何本か束ね、ペンライト代わりにして声援を送っていた人もいる。その人たちも最後はもやしを美味しく頂いてくれていた。
――結果。
グッズショップに置いていた、緑丘市関連グッズは八割が売れた。
『グリムンともやしってギャップが……』
『緑丘市のもやし、どれも一緒だと思ったら想像以上に美味い件』
『緑丘の郷土料理、緑丘産もやしで作ったらそれはもう絶品だった』
『もやしをペンライトっていいよね、なんかそういうのあったけど、面白い』
SNS上では、反響が大爆発した。
チャララララララララララララララララン♪
「はい、もしもし」
『おぉ、桜崎さん。いやぁ、やってくれたねぇあんた』
「は、はぁ……」
『もうね、電話なりっぱなしだったんじゃわ』
「それは良かったですね」
『いやぁ、しかもじゃな。緑丘市のネットショップで様々な規格のもやしが毎日のように完売なんじゃ。特に、十本で千円のパックって言うのがバカ売れでな……』
そういえば、最近ツイッターで十本で千円のパックというのを応援のペンライト代わりに使い、決まった時間ごとに一本食べてはまた別のもやしを持って応援するというスタイルが生み出され、グリーンムーン39のファンの間では流行っているという。歌番組に出たときは、他の出演アーティストもステージの時には緑丘産のもやしを持って応援してくれたという。何はともあれ、自分が発掘した人が売れてくれたらそれは何よりだ。
『しかも、観光客もかなり増えておるから収入も増えて、もやしの売れ筋はこれまで七位とかそんなもんじゃったのが一気に三位に浮上したのじゃ! ほんに、桜崎さんには感謝しかない。わしも、次のライブにはぜひ足を運ぼうと思う。じゃあな』
次のライブに、予告通り市長は来てくれた。もちろん、桜崎も一緒だ。
「おぉ、始まるぞ……」
「みなさん、今回はよくぞライブにやってきてくださいました!」
市長が叫ぶ。
「最近、緑丘市のネットショップや現地の直売所などでは完売続き。様々な高級料亭などからも注文を頂いております。そのおかげで、田舎の人手では、とても追いつかないくらいになっています。ぜひ、職をお探しの方はもやし農家を考えてみてください」
ドッと笑いが起こる。
「今回は、緑丘市役所の人間で、もやし鍋を作っております。こちらも、ぜひご賞味ください。それでは、今日も緑丘産のもやしで、グリーンムーン39を心行くまで応援しようではありませんか!」
大歓声が起こり、その瞬間座布団ではなく、もやしが市長の元へ降り注いできた。
「いや、私にはもったいない。この、桜崎さんにこそもやしを!!」
桜崎と言って誰か分からないだろうと思ったが、なぜかこちらにもやしが降ってくる。
市長に手を引かれステージに上がると、ワァーという声と、もやしを熱心に振る客席のファンが視界に飛び込んできた。
◆◇◆
――おしまい、と。
この本を執筆した桜崎さんのあとがきを読み終えると、次のページに何かが挟まれている。
「おい、和花」
朝方、早く起きて途中から読んでいたため、和花はまだ寝ていた。
「おい、これ見ろ。グリーンムーン39のライブに行けるらしいぞ。緑丘産もやしも一緒だ」
むにゃむにゃと和花は言っている。
「ぐりーんむーん……」
夢の中でも、和花はグリーンムーン39のことを考えているのか。
苦笑しながら、僕は自分が観客席から見る緑丘市の山のふもとで行われる、もやしに包まれたライブを想像していた。
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