第29話 天体観測
「好き…」
「え…?」
「…好きなの……」
もう、私には止められなかった
本当は、彼に私のことを好きになってもらって、颯馬くんから告白してもらいたかった
でも、我慢出来なくて言っちゃった…
ああぁあぁーー!!
うぅ…やっちゃったよぉ…
「う、うん、本当…似合ってるよ…」
「え?」
「え?」
「え?」
「服だよね?」
「服だよ?」
違うわよ!!あんたのことよ!
くっ…!に、鈍い…鈍過ぎるでしょ…!
「ま、まあ、今日のところはそれでいいわ」
「何が?」
「いいったらいいの!!」
「は、はい…」
(全く…なんなのよ、この人…)
若干引き気味の彼は、引き攣った笑みを浮かべている。そんな表情でも私をキュンとさせるには十分で、自分でもいい加減「それってどうなの?」と思ってしまう
「じゃあ行きましょうか…」
「うん、分かった」
私の少しだけ後ろを付いて歩く颯馬くん。
うん。気を取り直して、デートよ、デート
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
約束していたように、私達はカラオケ屋さんにやって来た。いきなり長時間もなんなので、とりあえず1時間だけにする
彼に選曲の仕方や、ドリンクはセルフで取りに行くシステムであることなど、最低限のことだけ教えてあげた。
実際に曲を選ぶことになるんだけど、ここにきて私は今更ながら思い出した
実は、私は人前で歌うのが苦手だった
これまで何回か皆で来たことはあるけど、その度に上手くやり過ごしてきた。
それもある程度の人数がいるから出来たわけで、二人きりの今、その手は使えない
私から言い出しておいて、しかも二人しかいないのに、まさか私が歌わないという選択肢はありえない
どうする?どうするのが正解?
「颯馬くんは、どんな歌が好きなの…?」
「自分ではあまり聴かないんだ。聴く時はだいたい父親が若い頃に聞いてたジェイポップとか、そういうの」
「最近の曲は聴かないの?」
「うん。あんまりね」
「じゃあ、どんなの聴いてるの?」
「ん~…好きなのはB’zとかバンプとか…」
「バンプ…」
「うん」
バンプ…それは私も好きなんだけど…
「た、例えば?」
「天体観測とか好きだよ」
な、これは…き、聴きたい…!!
「あの、歌えたりする?」
「知ってるから歌えると言えば歌えるかもしれないけど、口ずさむ程度で、ちゃんと歌ったことなんてないよ」
確かに知ってるのと歌えるのは別だ。それはよく分かってる。でも、
「私…聴きたいな…」
彼に無理を言ってるのは分かってるんだけど、やっぱりどうしても聴きたい
「うん。あまり上手くないけど…」
入力して送信し、程なくしてイントロが流れ始める。
隣の颯馬くんは、マイクを持つ手が少しプルプル震えてて、緊張してるのが分かる
私は、前のモニターに視線を送る彼の横顔を見ながら、歌声に耳を傾ける
そして…
…颯馬くんの歌はよかった
上手く言えないけど、歌うのが上手とかそういうのよりも、この曲が本当に好きなのが私にもちゃんと伝わってきて。
最初緊張してたのも、サビが始まる前には収まって、楽しそうに歌う彼の横顔から、私はもう目が離せなくなる。
そして私の耳には、メロディと共に彼の声で歌詞が入ってくる
今ここには、もちろん私達二人しかいない
颯馬くんはそんなつもりはないかもしれないけど、私のためだけに歌ってくれている。
こんなに幸せな時間が、今までにあった?
好きな人が私の好きな曲を歌ってくれるなんて…そんなのどうしたって、曲を自分達に重ね合わせちゃうじゃないの…
キュン…
(…夢みたい)
本当に、いつか彼と一緒に、星を見に行きたいと思ってしまう。
そして、私は改めて、彼に恋してる自分に気付かされる
「大好き…」
そうポツリと呟く私に、曲に集中している彼はもちろん、気付かないと思った
それからお互い2曲ずつくらい歌って、飲み物を取りに行き、時間になるまでの間は話すことにした
「初めてだったけど、楽しかったよ」
「うん。それならよかった」
「伊織さんは…?」
「え?う、うん。私も楽しかったよ」
「ならよかった…」
安心したように微笑む颯馬くんが愛おしく、もう心臓がバクバク言いそうになる
「うん…」
「この後どうしようか」
「うん…」
「ごはん食べて、その後…何処か行きたい所ってある?」
「え…」
「あ、ごめん…勝手に話してて。そうだよね、ごはん食べたら帰ろうか」
「ち、違うの!そうじゃなくて…」
もっといっぱい一緒にいたい…
もっとお話もしたいよ…
でも、なんだか胸が一杯で…
「そうじゃないよ…一日中平気だよ…」
「う、うん…」
彼は「そうだなぁ…」と思案してくれて、思い付いたのか、
「せっかくなんだし、色々話さない?」
「話す…?」
「うん…あまりお互いのこと知らないと思うし、こういう機会でもないと学校だと、その…緊張するし…」
確かに言われてみれば、詳しく彼のことを知ってるわけじゃない。
例えば誕生日や好み、普段一人の時はどうしているのか、知らないことが殆どだ
「そうね。それもいいかもね」
それから二人でお昼ごはんを食べ、場所を移してお話した。
ゆっくりした時間の中で、今まで知らなかったことを一つずつ知っていけることに、ある種の快感のようなものも感じ、テンションが上がり気味になる私
でもそんな時間はあっという間に過ぎてしまい、そろそろ日が暮れそうになったので、名残しかったけど、今日は帰ることに
「あの…送るから…」
「え?」
「女の子を一人で帰らせるのも、どうかと思うし、心配だから…」
「え…」
少し頬を染めて、恥ずかしそうにしてるけど、それでもちゃんと私の目を見てそう言ってくれる颯馬くん
「あ、あの!よかったら…だけど…」
可愛い…そしてずるい…
今日彼のことを知れて、それだけでもまた更に好きになってたっていうのに、最後の最後まで私をキュンキュンさせるなんて…
家の前まで来て、
「それじゃあまた明後日ね」
「うん。今日はありがとう」
「…こっちこそ、送ってくれてありがと…」
今度こそ、ここでお別れだな、って思い、見送ろうとしていると、
「あの…」
「え?どうしたの?」
「あの…」
「うん…」
「俺も…」
「………」
「うん…楽しかった。またね」
「え…うん、気をつけてね…」
今、颯馬くんは何を言おうとしたんだろう
本当に「楽しかった」ってだけなの?
その割には、顔真っ赤になってなかった?
そんなふうに感じたけど、今の私には、ただ歩いて行く彼の背中を見つめることしか出来なかった
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