第23話 名前で


「あ、相変わらず混むわね…」


 ピーク時間の車内の混雑は前回と同じで、またこの前と同じように、私を守るように立ってくれている如月


「俺は慣れてるからいいけど、三条さんはいつもの時間のに乗った方がいいかもね」


 苦笑いしてそう言う如月に、少し申し訳なくなってしまう


「ごめんなさい…私のせいで…」


 一人で乗る分には、この男はおそらく何の問題もなかったはず。私を庇ってるがために、使わなくていい体力を使って、少し汗もかいている


「気にしないで。女の子なんだから」

「え…?」

「あ…えっと…父親にね、男は女の子を守るものなんだ、って散々言われてきたから」

「そ、そうなんだ…」

「俺が勝手にやってるだけだから、本当に気にしないでね」

「ありがとう…」


 くっ…紳士かよ…

 私の中の如月ポイントがグングン上がってるんだけど、そもそも如月ポイントって何なのよ


 そんなことより、こんなの無理だよ


 たまに社内が揺れて、如月がこっちに倒れて来そうになる時があって、顔が私の顔のすぐ隣にあったりして、そしたらふわっと男の子の…如月の匂いがして…

 もちろんそれは嫌なんじゃなくて、むしろクラクラしそうで…


 こんなの…こんなの…!


 これで好きにならない女の子なんていないでしょう!


「三条さん?」

「え…」

「もう着くよ」

「あ、うん…」


 電車を降り、改札を抜け学校に向かう


 満員電車は辛いけど、こうして如月に守られて、すぐ近くにいられるのは嬉しい。

 でもやっぱり迷惑になるから、次からはいつもの時間に乗ることにしよう。

 そう思っていると、


「ごめんね」

「え?何が?」

「その…けっこう近かったと思うから…」

「そんなこと気にしなくても…」


 うん。むしろ私はその方がよき


「あはは…なんかドキドキしちゃって…」

「っ…!」


 少し恥ずかしそうに、頭を掻きながら言う如月は反則級だ。キュン死しちゃう


(無自覚って怖いわね…)


「あれ…ごめん、変なこと言っちゃって…」

「ううん、本当にいいから…」

「うん…」

「それにね…私…」


 あ…駄目だ…これは言っちゃ駄目…

 でも、もう…


「…嫌じゃないよ…」

「え…」

「あ!その!なんていうか、壁になってくれて嬉しかったっていうか、私もドキドキしたっていうか、いい匂いがしたなっていうか、あ…な、何言ってるんだろ…私…」


 はい終わったー

 テンパって余計なことまで言っちゃったー


 もう私には「あはは…」と自嘲気味な笑いしか出て来ない


「…三条さん……」

「は、はい…」


 き、気まずい…!


「ありがとう」

「え…」

「そんなふうに言ってもらえたの初めてで、なんていうか…嬉しかった」



 キュン…



 如月は耳まで赤くして、私に目を合わせないで、斜め上を見ながらそう言ってくれた


 もう…この人は本当に…

 如月…如月…颯馬くん…


 ああ…もう無理…我慢出来ないよ…


「あのね…」

「う、うん…」

「妹のこと、沙織のこと…名前で呼んでたよね…?」

「あ、うん、そうだね」

「如月くん…あの…私も…」

「うん」

「私も…名前でとか…駄目かな…」

「え…あの、それは…」

「ご、ごめん!もう…忘れて…下さい…」


 さすがにこれはマズい。我ながら欲張り過ぎたと思う


「あの…三条さんが嫌じゃないなら…」

「え…」

「えっと…い、伊織…さん…?」


はぁ…何これ…凄い…凄いよ…


「颯馬…くん…」

「は、はい…」

「うふふ…」

「あはは…」

「じゃあ、改めてよろしくね、颯馬くん」

「うん、こちらこそ、伊織さん」




私はその日一日、脳内お花畑だったのは言うまでもない





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