第19話 一歩前進


 お昼休み


 今日私は委員会の当番だったから、放送室で過ごすことになったんだけど、


「ねえねえ、三条さん」

「何かしら」

「次の曲、何がいい?」

「一之瀬さんが好きなのかければいいんじゃない?みんなも喜ぶと思うし」


 そう。ペアの相手が一之瀬優花なのだ


 この子、「どれにしようかな~♪」とご機嫌なのはいいんだけど、私は少しモヤモヤしたものを抱えていた


 だって、いくら勉強会っていう理由があっても、わざわざ連休中に会いに行く?

 少なからず如月に好意がないと、普通では考えられないことだと思う


 私は少し探りを入れてみることにした


「ねえ、一之瀬さん?」

「うん?」

「如月くんと勉強会するんだってね」

「うん!如月くん、頭いいんだよね」

「そうみたいね」

「一年の時も、たまに教えてもらったんだ」


「えへへ」とニヤけ顔なのが微妙に腹が立つけど、可愛いのは間違いない


「そ、それで?一之瀬さんって、如月くんのこと…」


 いきなり「好きなの?」とか聞けるわけないし、でもここでうやむやにするのもどうかと思うし…いったい何ていうのが正解…?


 私が「う~ん…」と悩んでいると、


「好きだよ」


 え…?


「うん。如月くんって大人しいかもしれないけど、優しいし、好きだよ?」

「な…」


 そんなストレートに言われるとか…軽くこっちの想像の上を行くわね…


「あと、三条さんのことも好きだよ」

「え?」

「委員会のことも色々教えてくれるし、本当に助かる。いつもありがとう」


 そんな屈託のない笑顔を向けられると、私も返事に困ってしまう


 でもこれって…つまりそういうこと?


「うん…私の方こそ…」

「三条さんともどこか一緒に出かけたいな」

「あの…一之瀬さん…」

「なあに?」

「その…如月くんも私も…友達として好きってことかな…」

「うん!」


 なんだ…そういうことか…

 もう。どっと疲れちゃったわよ


 でも、よかった

 二宮だけじゃなくて、この子までライバルとか、どんだけ頑張らないといけないのかって心配だったんだから


「ふふ。ありがとう」

「三条さん、これからもよろしくね!」

「うん」


 これで心置き無くお弁当食べれるな、って思った矢先、


「でもね?」

「うん?」

「男の子のお友達の中では、やっぱり如月くんが一番好きかも。えへ♪」


 な…なんだとぉ…


「あれ?お箸震えてるよ?」

「だ、大丈夫!」

「ん?肩も震えてるよ?寒い?」

「寒くないヨ?」


 これは…まだ油断出来ないわね。

 二人っきりで勉強会なんて、大丈夫?

 隣で寄り添って、あいつの腕におっぱいくっつけたりするんじゃないの?


 くっ…そんなの…私だって、この子よりは小さいかもしれないけど、そこそこ自信あるんだから…


 …って!そんなの出来ないわよ!!




 こうして私は悶々としつつ、長いようで短かった、一之瀬さんと二人きりの時間は終わりを迎えた





 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 放送室を出て教室に戻る途中、なんとなく気になって、如月がいつもいる外の階段の所に足を向ける


 急いで靴を履き替え、あの場所に向かうと声が聞こえてきた


「…先輩…」

「うん」

「私…こんなに…」

「こんなに濡れて、大丈夫?」

「…大丈夫じゃありません……」



 え?


 如月と二宮の声だけど、何やってるの?


「じゃ、じゃあ…脱いだ方がいいんじゃ…」

「でも、恥ずかしい…」


 は?


「でもそのままだと…」

「こんなに濡れちゃうなんて…」



 ちょ、ちょっと!学校で何やってるのよ!

 というか二宮やらしい!!


 とにかくこのまま放っておけるわけない!


「ちょっとあなた達!!」

「え!…あ…三条さん…」

「三条先輩…」

「何やってるのよ!!」

「この子が水溜まりにはまっちゃって…」

「え?」

「はい。それで靴と靴下が…」


 見ると二宮の左足はビシャビシャになってて、少し泥も跳ねてる



 …なる…そういうことね…



「替えの靴下はないの?」

「教室に戻れば…」

「それじゃあ、早く行きなさい?」

「仕方ありませんね…。それじゃあ如月先輩、また」

「うん…」


 二宮は如月に軽く頭を下げたあと、こちらに向かって歩いてくる。

 そしてすれ違いざまに、小声で言う


「三条先輩?何と勘違いしたんです?」

「え…それは…」

「まさか…」

「そ、そんなわけないでしょ…」

「あら?まだ私、何も言ってませんよ?」

「くっ…」

「三条先輩って、思ってたよりエッチなんですね」

「そんなことないわよ!!」

「ほら、そんな大きな声出すと、如月先輩がビックリしますよ?」

「うぅ…」



「それでは…」と、ニヤリと笑い去って行く二宮に、私は行き場のない怒りを覚え、どうにもムシャクシャしそうになる


(もう…もう!なんなのよ!!)


 でも、実際あの子の言い分は間違ってないと思うし、そう感じたら「私、何してるんだろ…」って悲しくなった


 放送室では一之瀬さんに、そして今ここで後輩の二宮に…



「はは…」


 力無く笑い、私はもう早く教室に戻ろうと思い、踵を返そうとしたら、


「三条さん…」

「え…如月…くん?」

「あの…俺、あの子に変なこととかはしてないから…」

「あ、うん、それは分かってるから」

「だから…」

「だから…?」

「えっと…」


 私が変な誤解しただけで、如月が無実なのは分かってる。でも、赤くなって恥ずかしそうで、なかなか言葉が出て来ないみたい


「どうしたの?」


 私はそう言って少し顔を覗き込むと、


「…その…今朝のこと…」

「え?」

「三条さんと出かけるの、楽しみにしてたんだ。だから…」

「あ…」

「あの…さっきので、誘ってくれたのがなしになったら…嫌だな…って思って…」


 顔真っ赤にして、耳まで赤くなって、ちょっとおろおろして。

 でも、恥ずかしがっても、ちゃんと伝えてくれたのが凄く嬉しくて、私は少し泣きそうになってしまった


「ごめん!俺一人で舞い上がって、恥ずかしいよね!もう忘れて!!」


 顔を手で覆って、なんなら頭の上から湯気が出そうな勢いで、こんなの…


(もう…可愛すぎるんだけど…)



 今すぐにでも抱き締めてよしよししたい。

 でもそれはさすがに無理だわ…


「ふふ。如月くん、私も楽しみだよ」

「え…」

「また、今度予定立てようね」

「うん…ありがとう…」

「ほら、早く教室戻ろ?」



 私は如月の服の袖を軽く摘んで、引っ張ってこの場を後にする


 色々あってモヤモヤしてたけど、もうそんなのどっか行っちゃったかも


 だって、如月も私とお出かけするの、楽しみにしてくれてるって分かったら、そうなっちゃうよね



 よし!一歩前進!





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