第10話 なんとなく分かるよ


 この春から進級して新しいクラスになったけど、すでに四月も残り僅か。ある程度はみんな慣れてきたと思う


 うん。こいつ以外は


 今も隣でぼーっと授業を受けている如月。

 休み時間はだいたい本読んでるし、こいつ、勉強出来るの?

 自慢じゃないけど、私はそこそこ出来る。

 見た目だけだと思われたくなくて、日々努力は怠らない。


 ふふ…こんなに可愛くてしかも勉強も出来るだなんて

 天は二物を与えたわけね


「じゃあ、この問題分かる人は?」

「はい!」

「それじゃあ三条、答えは?」

「x=3√7 です」

「正解」


「「「おおぉ…」」」


 ふん、当たり前よ。

 私は出来る女なんだから


「どう?」と言わんばかりにチラリと隣に視線を送ると、如月は特に変わりなく前を向いていた


 くっ…

 ちょ、ちょっとくらい感心してもいいんじゃないの?

 あ!それとも、難しすぎてリアクション出来なかった?

 うんうん。それなら仕方ない



 一人得意になっていたけど、それは私が無知なだけだったと知ることになるのは、もうすぐ後の話…





 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 お昼休み


 如月はいつものように、四時限目が終わるとすぐ席を立ち、教室を後にする


 私は適当なタイミングを見計らって、その後を追うんだけど、べ、別に一緒にお昼ごはん食べたいとかじゃなくて、この前たまになら一緒に食べようって話をしたからで。

 約束は守らないとね、うん



 歩いていると、少し先で如月の姿を見つけたけど、隣には見覚えのある女子が


(また一之瀬さん?なんなのよ)


 なぜかイラつく私だったけど、話してる内容が気になり、こそこそ物陰から会話を聞いてみると、


「如月く~ん。また教えてよぉ」

「…う、うん、いいけど…」

「やった♪」


 何を教えるのかは置いといて、この女、あざとすぎない?天然って怖い。私が男子だったら勘違いするよ?


 え!?まさか…あいつ…この女のこと…


 そんなの…やだ…


 ち、違う!

 まず私にデレてくれないと嫌だ、ってだけで、そんなんじゃない…はず…



「それじゃあ、いつやろっか」

「中間の前がいいんでしょ?ゴールデンウィーク明けたら、適当な時に図書館ででも」

「分かった。ありがと♪」


 え…?

 …まさか…勉強…教えるってこと?

 え!?こいつ頭いいの?!

 そんなの聞いてない!

 い、いや、たぶん一之瀬さんより出来るってだけで、そこまでじゃないはず…


 それより…一之瀬さんと二人っきりで勉強するとか…そんなの…



(そんなのずるい…)





 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 この前と同じ場所に座って、本を読みながらパンをかじる如月を見つけた


「如月くん?」

「え?あ…三条さん」

「隣いい?」

「うん」


 そういえばいつもパンとか、買って来た物ばっかり食べてる気がする


「いつもパンだね。好きなの?」

「ん~…そういうわけじゃないけど、普通」

「お弁当作ってもらわないんだ」

「うん…父親も忙しいから…」


 え?お母さんじゃなくてお父さん?

 それって…


「ご、ごめんなさい…」

「え?ああ、気にしないで。今時、珍しい話でもないと思うし」

「そうかもしれないけど…」


 中学に入る前、如月の両親は離婚したそうで、その後、父親に引き取られて今住んでいるマンションに越して来て、それ以来ずっと二人暮らしらしい


「大変だね…」

「もう慣れてるからね」


 如月は「本当に慣れてるし平気」といった顔してるけど、うちのように両親がいて妹がいて、なんだかんだ賑やかな光景が当たり前だと思ってた私には、何かが心に刺さる


「そうだ。これ…」

「ん?ああ、読んだんだ」


 今日は借りていた本を返すのを口実にここに来たんだけど、今聞いた話のせいで、このお話もなんだか心象が変わってしまう


 物語は不慮の事故で亡くなった主人公が30年前のそのまま同じ場所の、全く血の繋がらない男子高校生に転生するところから始まる。

 その転生した自分に好意を寄せる学園の高嶺の花。でも実はその子は転生前の主人公の母親で、もしこのまま付き合って、更に結婚まですると、未来の自分は生まれて来ないんじゃないか、今の自分はどうなるんだ、という流れ。

 結局は、彼女の人となりに惹かれ付き合うことにする主人公。彼女は主人公に尽くし、いつも支えてあげるような優しい女の子で、主人公はどんどん彼女のことが好きになり、また彼女もそれに応えてあげる


 何故だか私はそのヒロインに感情移入してしまい、二人を応援していた


 最終的に二人は結ばれ、晴れて結婚することになるのだが、結末は読んでのお楽しみ…



「どうだった?」

「うん…私は面白かったよ…」

「そう。それなら良かった」

「…でも、如月くんに聞いた時はそういうリアクションじゃなかったよね…?」

「ああ、なんとなく、自分の母親に好きになられて自分もその子を好きになる、っていうのがどうもね」


 分からなくはない。

 如月の立場なら、そう思っても無理はないと思うけど、じゃあなんでこの本買ったの?タイトルから中身は想像出来たでしょうに


 そう問いかけた私に、如月は笑って


「あはは。なんでだろうね」




 …私、なんとなく分かるよ


 あんた、自分でも知らないうちに、我慢して抱え込んでるものがあるんだよ


 少しくらいなら…私でも話くらいは聞いてあげられるのに…





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