第8話 邪魔にならないから


 その後何事も無かったかのように教室に向かう私だけど、何かモヤモヤする。


「三条さん、おはよう」

「おはよ…」

「え…どうしたの?機嫌悪そう…」

「そ、そんなことないよ!」

「ならいいんだけど…」


 席に着くと、隣ではいつもの様子で俯いて本を読んでる如月。

 それを見てまた少しイラついてしまう


 なんで…どうして四方堂先輩のこと、みず姉ちゃんとか言ってるのよ。

 前から知ってた、ってこと?

 それならさっきのやり取りも納得出来るけど、でも、それにしても距離が近くない?


 あんなふうにこいつの髪触るとか…なんなのよ、そんなのずるくない?

 いや…別にずるくはないか…



 午前中はそんなふうに、何故か悶々と過ごす私だった




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 四時限目の授業も終わり、昼休みになる


 自然といつものメンバーが私の周りには集まり、お弁当を広げようとしている


(そういえば如月は…?)


 そう。いつもこの男は何処かに行っていないので、だいたい神楽坂くんが如月の席に座るのだけど、私が視線を隣に向けるとすでに如月はいなくて、教室の入口の方を見ると、ちょうど出て行こうとしている姿が


 私はお弁当を持つと席から立ち上がり、


「ごめんなさい。今日はちょっと他のクラスに行ってくるわね」

「ええ、そうなの?」

「まあ、仕方ないか」

「たまにはそういうのもいいかもね」

「本当にごめんなさい」

「うんうん。気にしないで」


 嘘をついてしまったけど、私が急いで如月の後を追って教室を出ると、廊下の向こうにあいつの後ろ姿を見つける



 追いかけたくせに、気付かれないよう、こっそり後をつける私


(尾行してるみたいじゃん…)


 如月は昇降口で靴を履き替えると、駐輪場の方へ歩いて行き、日陰の、あまり人が寄り付かなさそうな階段に腰を降ろす。

 そしてたぶんスーパーかコンビニで買ってきたっぽいパンを取り出すと、相変わらずぼーっとした感じで食べ始めた


(は?こいつ、こんな所で食べてるの?)


「如月くん…」

「え!?」


 私が後ろから話しかけると、これまで見たことがないくらい焦ってる感じで振り向いた


「…なんだ…三条さんか…」


 え?なんだとは何よ、失礼過ぎない?

 でも、普段見たことがない如月を見れて、少し満足する私


「そうよ。その三条だけど、いつもこんな場所でお昼ご飯食べてるの?」

「そうだけど…」


 いかにも「文句ある?」と言いたげな如月


「どうしてこんな所で食べてるの?」

「いいだろ、別に…」

「一人で寂しくないの?」


 そう問いかけた私に、「慣れてるから」と答える如月だったけど、その目にはどこか悲しそうな、諦めてるような、でも本当に寂しくなんかないという、そんな目をしていて


 そんな目をされたら、逆にこっちが悲しくなっちゃいそうだよ…


「…それより、なんでここに?」

「え?」

「いつもクラスのみんなと一緒なんじゃないの?こんなとこに来てていいの?」

「それは…」

「三条さんはこんな場所に来るような人じゃないから、早く戻った方がいいよ」

「じゃ、じゃあ、どうしてあなたはここにいるのよ」


 少し動揺しながら私が聞くと、


「ここだと、みんなの邪魔にならないから」


 少しだけ微笑んでそういう如月に、私は何も…何も言えなかった


 そんな悲しいことを言われて、しかも言った本人は全然悲しそうじゃなくて、むしろ私に気を使ってるのも分かって…



 胸が苦しい…


 この痛みが何なのかは分からないけど、とにかく、こいつをこのまま一人にさせたらいけないと、私の中の誰かが言った




 別に如月はいじめられてるとか、そういうのじゃなくて、ただ友達がほとんどいなくて、話す相手がいない、ってだけだと思う


 進級して新しいクラスになり、私の席の隣になっちゃって、学園で四天王とか呼ばれる私の周りにはいつも人がたくさんいて。

 如月は私や周りのみんなに気を使って、席を空けて、いつもここで一人だったんだ


 ねえ、本当にそれでいいの?

 本当に寂しくないの?


 それを私が口にしたら、こいつは絶対に「それでいいし寂しくないよ」って答える




 私は少し押し退けるようにして、如月の隣に座った


「ちょ、ちょっと、三条さん…?」

「いいから…」

「いや、でも…」

「なに?駄目なの?」

「そういうわけじゃないけど…」

「じゃあ、いいわよね?」


 私が笑ってそう訊ねると、照れくさそうに「うん…」と答えてくれた。


「でも、もし迷惑なら…私、帰るよ…」

「あの…本当に嫌とか迷惑だとか、そういうのはないんだ。ただ、三条さんやみんなに悪いなって思って、それで…」


 本当に…どうしてそんなに周りに気を使って、優しいんだか、馬鹿なんだか…


「もう…私がいいんだから、いいの」

「うん…ありがとう」


 ニコッ、っと微笑む如月が、なんだか凄くキラキラして見えて、なぜかドキドキした。

 でも、ふとその少しだけ跳ねた髪を見て、私は思い出す



「…ところで、みず姉ちゃんって何?」





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