第6話 そんなこと言われるなんて


 流れで一緒に電車に乗り、吊革に掴まり、並んで立っている私達。そして今は話すことなく、少し顔も背けている


 それは、なんとなく顔が熱いから


「くっ…!」


 …なんで私がドキドキしてるのよ……

 むしろドキドキするのは如月の方でしょ?

 なんで私一人でこんなになってるのよ。

 こんなの納得出来ないってば!!


 なぜこうなっているのかと言うと、少し車内が混雑していて、時折、私達の肩や腕が当たるからだった


 チラッと隣を見ると、無表情で本を読んでいる如月にイラッとする


(なんなのよ、もう!)


「えっと…そういえば電車通学って知らなかったんだけど、朝も会ったことないよね?」

「たぶん…」

「何分の電車に乗ってるの?」

「15分着のやつ」

「私が乗ってる電車の一本後だね」

「そうなの…かな…」

「その時間だとギリギリじゃない?」

「どうなんだろ…」


 なんとか話しかける私だけど、たまにこっちに視線を向けるくらいで、ほぼずっと本に目を通している如月


(なんか疲れてきたな…)


 たぶん無理して笑顔で話しかけていたからなのか、そう思うのと同時に、


(私の相手してくれてもいいじゃない…)




 そうこうしてるうちに、最寄り駅に着きそうになったので、「私、ここで降りるから」とその場を離れようとすると、


「え?俺もなんだけど」

「はい?」

「うん。俺もここで降りるよ」

「そ、そう…」


 なんだと…?


 よ、予想外だ…こんなはずでは…


 なんとなく、また顔が熱くなってる気がして、私は俯こうとして、ふと車窓に映る自分の顔を見てギョッとする


(な、何…この顔…)


「降りないの?」

「へ?…あ、降りる…」

「ん…」


 それとなく私が通りやすいように、道を作ってくれる如月。もう…優しいって…


「ありがとう…」

「別に…」



 ホームに降り、並んで改札を抜けるけど、私は何を話したらいいか分からなくて、多分ぎこちなくなってる


 こんなの、私じゃない。

 私は…昔から私はみんなにチヤホヤされて、みんなから憧れの眼差しで見られる女だったじゃない。それが三条伊織だったはず


 それなにの…こんな冴えない男と一緒にいるだけで、どうして…どうして私が緊張してるのよ…



「俺こっちだから」

「あ、うん…」

「それじゃ…」

「うん…」


 駅を出た私達は、ここで別れて今日はここまでだと思った


「あと、これ…」

「え…」

「読み終わったから…」


 如月はちょっとだけ恥ずかしそうに、車内でもずっと読んでいたあの本を、私に差し出してきた


「え…もしかして…」


 もしかして、私に貸してくれるために、ずっと読んでたの?


 そう感じた私の思考を読み取ったように、


「ち、違うから…!」


 ぶっきらぼうにそう言って顔を背け、でも耳が赤くなってるのが私には見える




 トクン…




 なんで…なんでそんなに優しいのよ…


 私…読書とか、ほとんどしないんだよ

 この本だって、本当は興味ないんだよ

 ただそういう素振りしただけなんだよ

 それなのに…


「ありがと…」




 歩いて行く如月の背中を見つめるだけで、私はその場から暫く動けないでいた





 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



「ただいまー」

「あ、お姉ちゃん、おかえり」


 私を出迎えてくれたのは二つ下の妹の沙織さおりなのだけれど、


「どうしたの?」

「何が?」

「お姉ちゃんのそんな顔、初めて見た」

「え…」

「その大事そうに抱えてる本が原因?」

「え!?」


 妹にそんなこと言われるなんて…


「ど、どんな顔だっていうのよ…」

「うん。なんかね、恋する乙女みたいな」

「なっ…!」


 違う!違う違う!そんなわけない!!


「そ、そんなわけないでしょ!!」

「そう?」

「そうよ!」



 急いで階段を駆け上がり、自分の部屋に入るなり、ベッドにダイブする


 それでも、如月が貸してくれた本はそのまま抱えていて、本に視線をやると、顔が緩みそうになる自分に気付いてしまう



 違う…絶対違うんだから…

 色々優しいな、って思ったのはあるけど、でもそれ以上のことなんて、本当に…本当にないんだから…



 結局その夜、貸してもらった本をなんとなく読み始めたらハマってしまい、翌朝、少しだけ寝坊してしまうのだった




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