8-2 モモちゃん伝説再び 2
残されて、ぼくはしばらくそのままベンチで考えていた。
その後、裏庭へ回って、例の焼け焦げの地点へ行ってみた。今日は屋上へ上がることはできないだろうなと思いながら、見上げてみる。
一階が保健室、二階が三-A教室、その上が二-A、美術教室、そして屋上。落下地点と思われる柵はおとついも見た通り、頑丈そうだ。屋上の端から、三~四メートルというところ。
下に目を戻すと、保健室の窓の中には誰も見えない。宮緒先生は今日は休みなのか、職員室で打ち合わせでもしているのだろうか。
家に帰って昼食をとってから、ぼくは改めて太陽公園に向かった。
今日も強い陽射しの下、公園の小山やグラウンドの方にはやっぱり人影はない。グラウンドの周りの草むらに沿って、ゆっくりぼくは一周してみた。
ボウガンの矢も、犬の死骸も、爆竹の燃えがらも、見つけることはできなかった。ただ二カ所ほど、草の燃えたあとのようなのが見てとれた。これが爆竹のあとなのかも知れない。
「ああいたいた、岾城くーん」
少しして、真倉さんの声がした。見ると、中学の方向の入口に、制服姿の戸野部さんと笹生も一緒だ。
「笹生も来たんだ」
近寄りながら、声をかけた。
「みんな、塾で一緒なんだよ」
真倉さんが応えた。
「で、何?」笹生が笑顔で訊いてきた。「ここで探偵してるの?」
「そんな大げさなものじゃないけど。学校での変事と、ここにいた茶服の人と、犬猫が虐待されていたというのと、何か関係あるのかと」
「そのホームレスの人って」戸野部さんがあたりを見回した。「ここのところ誰も見ていないんだろうね」
「うん、そうらしい」真倉さんがうなずく。
「とりあえず手の届きそうな疑問からいくとね」ぼくは三人の顔を見た。「犬の死骸が目撃された後で消えているっていうんだけど、そんな死骸を隠す場所、この近くにあるだろうか」
「うーん」戸野部さんは腕を組んで首をひねった。「ゴミ集積場くらいかなあ。でも半透明の袋に入れても、目立つよねえ、それ」
「結構大きい犬もいたという話じゃなかったっけ」
笹生が訊くと、これにも真倉さんがうなずいた。
「うん、噂じゃね」
「あっちの木が生えているところなら」笹生が、遊具のそばのベンチが置かれたあたりを指さした。「地面は土が露出して掘れるかも知れないけど」
「掘り返した跡があったら、目立つだろうね」ぼくは首を傾げた。「土を掘ってってのは、有力な気もするけど。目立つところはダメだろうね」
「目立たない土の場所」戸野部さんが呟いた。「どこかにあった気がするな」
「本当?」
「あ、ほら」戸野部さんは、二人の顔を見回した。「小学校の頃よく遊びに行ったけど、後になって危ないって禁止された」
「河原だ」笹生が大きくうなずいた。
「この近く?」
ぼくが訊くと、笹生がうなずき返した。
「うん、子どもの足で十分くらい、だな」
「行ってみようよ」
もう、真倉さんが歩き出していた。
少し歩いて、住宅地が切れたところに、川が見えてきた。堤防を下りると川沿いに遊歩道、小さな公園のような更地もあって、遊ぶ親子連れの姿が見える。しかしその辺はさっきの公園と同じで、掘り返すとすぐ人目につきそうだ。笹生の導きで橋とは逆の方にもう少し進む。やや明るい雰囲気が減り、不法投棄らしいゴミが目立つようになってきた。
少し手分けする形で周囲を探していて、
「あ」
戸野部さんが声を上げた。
「ここ、掘り返した跡がある」
ゴミが積まれたかたわら、草むらが途切れたあたりだった。三メートルくらいに渡って土が露出して、確かに掘り返された感じがする。見回すと、投棄された大型テレビに立てかけられた、スコップ。その先端に新しい土が見える。そして。
その横に半分土に埋まった赤っぽいものを、ぼくは拾い上げた。
「首輪だ。犬か猫か、分からないけど」
「あれ、あそこ」
顔をしかめて、真倉さんが指さしている。掘り返されたらしい土地の向こう端に、ハエが群がっていた。
「誰か、携帯持ってないかな」
ぼくが訊くと、真倉さんが持っていたバッグを探った。
「はい、どうぞ使って」
「ありがとう」
財布を探ると、先日もらった鷹野という刑事の名刺があった。携帯らしい番号をプッシュすると、すぐに相手は出た。状況を告げると、急いで向かうと返事があった。
警察の人が数人到着して、掘り返すとすぐに半分白骨化した犬の死骸らしいものが出てきた。他にも多数ありそうだ。
「どうも君は、妙なものを見つけるのが好きだねえ」
こないだも公園で会った半白髪の鷹野刑事が、あきれ顔でぼくに言った。
「すみません」
「まああとは我々に任せて、君たちは帰りなさい。危ないものに近づかないようにね」
当然ながら、あとはすぐに追い払われる。
「誰かが公園からここへ、死骸を運んだということになるのかな」
一緒に歩きながら、笹生が疑問を口にした。
校長の口止めはあったけどここの部分はいいだろうと思って、ぼくは昨夜もモモちゃんに言った推測を話した。
「うん、たぶんあの茶色い服の人だと思うんだ」
自分のねぐらを守るために危ない噂が広がらないようにしたかったんだろうということを話すと、並んで歩く三人はうなずいていた。
「なるほどお」真倉さんが声を上げた。「やっぱり犬を殺す虐待みたいのはあったんだね。死骸を見つけたっていう人の言うことも、勘違いじゃなかったんだ」
「たぶん夜中過ぎ、朝までの間に移動したんだろうから、その前に見つかることはあったんだろうね」
「それにしても、虐待した方の奴らは何者なんだろうな」
戸野部さんが苦い顔で言う。こちらには、ぼくは応えなかった。
三人と別れて、ぼくは河原沿いに橋のあたりまで歩いてみた。ここから家へ帰ると、中学の前を通ることになる。
校門の前を過ぎながら覗くと、何やら校舎の中が騒がしい気がした。何かあったんだろうか。中に入ろうかこのまま帰ろうか迷っていると。
向かいから走ってくる小さな姿があった。モモちゃんだ。どうも一度家に帰ったのを、また急ぎ呼び戻されたという感じだ。
「どうしたんですか、先生」
「おお、おぬし何でここへ」
「ぼくは向こうを歩いてきて、通りがかっただけですけど。何か学校であったんですか」
「おう。あの三人が何かやらかしたらしい」
「え?」
わあ、とどこかで悲鳴のような声が聞こえた。何か騒ぎが進行中なのか。
「とにかく、急ぐ」
「はい」
何となく、ぼくも教師のあとについて走っていった。
校舎に入って、騒ぎは奥の方らしい。例の奥の階段を昇ると、上に行くほど群がる生徒の姿が増え、騒ぐ声が大きくなってくる。
そして四階。さらに上の屋上の方へ向けて群がる十名くらいの生徒と教師の集団があった。
「何があったんだ?」
モモちゃんの声に、教師の一人が振り返って下りてきた。三-D担任の三善先生だった。
「いや、大海たち三人なんだけどね」
「三人が屋上に?」
「うん。女生徒二人を人質にして立てこもった形なんだ」
「え――何でそんな」
「さっき、人目を避けるみたいに校舎に入ってきた。生徒指導の大谷先生が見つけて声をかけたらね、いきなり持っていたバッグを振り回して先生を殴り飛ばして、こっちの階段の方へ駆け込んだ。それで通りかかった生徒会の二人をつかまえて、ここまで駆け上がってきた。その屋上の入口のところに固まって、ボウガンとかサバイバルナイフみたいなのを振り回して、そばに寄るな、寄ったらこいつらを刺すぞ、と」
「生徒会の二人?」
「うん、副会長扇田と、書記の一杉」
聞いていたモモちゃんの目が、ますます大きく見開かれた。
ぼくも、唖然とするしかなかった。なんて間の悪いところに出くわしたものだ、あの二人。
「しかし、屋上のところは鍵がかかっていたんじゃ――」
モモちゃんの問いに、三善先生はうなずいた。
「そうなんだけどね、鍵をもってこいという要求に、とりあえず大谷先生が従った。今のところ三人とも興奮状態なんで、これ以上刺激しない方がいいと。あと今、教頭が警察と、家に帰った校長に連絡している」
「で、屋上にこもっているのを黙って見ている状態、と」
「人質を引っ張って、柵のそばに座り込んでいる。人質を刺すぞ、とか、ここから飛び降りるぞ、とか、さかんにわめいて」
「何か要求するわけじゃないのか」
「今のところ、それはないな」
「人質に怪我はないんだな」
「たぶん、今のところは」
「ああ、まどろこしい!」
いきなり叫ぶと、モモちゃんはぼくの肘を掴んだ。
え?
「行くぞ」
群がる人混みをかき分けて、屋上への階段を昇り出した。鉄扉を半開きにして、数人の教師が覗き込んでいる。それをいきなり押しのけて、中に入っていったものだ。
それにしても、何でぼくまで?
「こら、来るな!」
いきなり、男子生徒の裏返った声が浴びせられた。
まだ明るい屋上。三善先生の話通り、柵際に五人の男女が固まってしゃがみこんでいた。中央が銃のような形のボウガンを構えたあの大海。あとの二人がナイフを片手に持って、扇田さんと一杉さんの腕を掴んでいる。みんなそろって、思いがけないモモちゃんの登場に目を丸くしていた。
「どこから先は禁止だ? どこまでならいい?」
落ち着いた声で、モモちゃんが呼びかけた。
「な――バカ、どこからもどこまでもねえ。来るな!」
叫んでいるのはやはり、中央の大海だ。
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