7-2 モモちゃんと幽霊の墜落 2
あわてて、ぼくらもあとを追った。しかしそれにしても、まだぼくはつき合わなきゃいけないのだろうか。担任から放免宣言が出るまでは、許されないんだろうなあ。
校舎第一棟の一番奥の階段下に、一行はすぐに到着した。
「とりあえず、校内から順に行くぞ。まず火曜の朝、ここの窓の鍵が開いているのが職員に確認された。窓自体は閉じていてクレセント錠の取っ手は回っていたが、フックにかからず空振りの状態だったということだ」
「こんな感じですかね」
ぼくが手を伸ばして、窓を少し開けてから錠の取っ手を回してみた。それから目一杯窓を閉じてみる。
「見た目、普通に閉まって見えますねえ」
扇田さんがうなずいて言った。
「前日にはこの状態で点検の目を逃れたのかも知れませんけど」ぼくは首を傾げた。「それにしたって内部の人、職員か生徒の故意か過失か、ですよね。外部の人が意図的にできそうにはない」
「だろうなあ」
モモちゃんが口を尖らせて、腕組みでにらみ上げていた。
「警備上、情けないことこの上ないが」
小さく首を振って、すぐに後ろに向き直った。
「まあ、続き行くぞ。あとは、ここの階段に灯油かガソリンのような匂いと、土足の足跡がいくつか残っていた」
もう綺麗になってしまっている、二階への階段を指さす。
「さすがに匂いも汚れも上へ行くほど薄くなっていたようだが、ずっと四階まで続いていたそうだ。それから屋上への入口の鍵が開いていて、わずかだがそこに土足の跡が残っていた」
ゆっくり階段を昇り出す先生に、ぼくらも続いた。
「どの階も、廊下の方へは足跡などはなかったんですね」
昇りながら訊くと、うむ、と先生はうなずいた。
「だから、侵入者は真っ直ぐ屋上を目指したと考えるのが自然なようだな」
屋上へ続く扉には、ノブに鍵穴がついていた。モモちゃんは、ポケットからキーを取り出してそれに差し込んだ。さっきはこれを、職員室に取りに行っていたのだろう。
扉の向こうに開けた屋上は、ぼくも入るのは初めてだった。
第一棟全面分の広さがあるらしく、校舎の敷地の上でもこちらが一番奥側になる。校門に近い逆端の方にもこちらと同じ出入り口が見える。あちらも一階から階段が続いているはずだ。そして、扉を出てすぐ正面、五メートルほど先に一メートルくらいの高さの鉄柵がはりめぐらされて、その下は裏庭になっているはずだった。
「そして、あのすぐ下が裏庭の焼け焦げが残っていた場所になる」
ぼくが思っていた通りのことを口にして、先生はつかつかと柵に寄っていった。女の子二人は、ちょっと怯えた様子で顔を見合わせていた。けれど、ぼくが続いて歩き出すと、すぐにあとについてくる。
先生が手で触れていた鉄柵はかなり頑丈そうで、人が乗ってもびくともしないように見える。先生に並んで、ぼくもそれを握って前後に揺すってみた。
よじ登って乗り越えるのは、難しくなさそうだ。五階にあたるこの高さから飛び降りる勇気は、そう出ないけど。まあもし飛び降りたら、よほどの幸運がない限り命は助からないだろう。
下は、簡単に覗き込める。はるか真下に、校舎と塀にはさまれた狭い裏庭の通路が見えた。もう跡も見えないけど、確かにこの真下があの焼け焦げ場所だったはずだ。
ぼくのまねをして覗き下ろした後輩たちは、一瞬下を見ただけですぐに顔をそらしてしまった。さすがに恐ろしさが先に立つようだ。
「ふうん」
ゆっくりと、下から右左と、ぼくは見回した。左側の校舎の端から、三~四メートルというところ。そちらの端の外には、鉄製らしい野ざらしの非常階段が見えている。一階の外から回りながら昇って四階までで終わっていて、屋上へはつながっていないようだ。
「あの階段に出るところは非常扉でしょうか、当日も鍵がかかっていたんでしょうね」
先生に訊くと、うむ、とうなずきが返ってきた。
「当然ながらな。その点は確かに確認されている」
「助走をつけて飛び出しても、ここからならあの階段に届かない。けど、屋上の向こう端あたりなら、階段の一番上に飛び降りることはできるかも知れませんね」
「そうだな」
モモちゃんは柵から上体を乗り出す格好で、うなずいた。
「この屋上まで来た侵入者が、あの非常階段に飛び降りて出ていったという可能性はあるわけだな」
「です」
ひょこひょこと、モモちゃんはそちらの端へ寄っていった。
「いや、ダメだな」
ぼくも追っていくと、覗き下ろしていた姿勢から振り返って言った。
「あの一番上の四階の部分、ここから見てもかなりの砂埃が積もっている。飛び降りたら足跡が残るぞ、あれは」
「ですねえ」
覗き確認して、ぼくもうなずいた。
後輩二人は元の場所に立ちつくして、黙ってぼくらの動きを見ていた。風も少なく屋上はまだ暑いくらいだけど、何だか肩を縮こめている。
「あとは、お前らは知りたいことはないか?」
先生が声をかけると、とりどりに首が振られた。
「じゃあ、戻るぞ」
教師の号令で、ぼくたちは校舎の中に戻った。忘れず扉を施錠して、階段を下りる。
「次は外だ。靴を履き替えてこい」
一階に下りて、先生が言った。
二年生と三年生は同じ玄関で、靴を替えた二人がスチールの靴箱の陰から出てくるのと、すぐに合流した。モモちゃんも、少し遅れて職員玄関から出てきた。
校舎の角を曲がって、給食の搬入口を過ぎて、物置らしい小さなプレハブの陰をモモちゃんは指さした。
「その前の日、そこの雑草のところに踏んだ跡があって、浮浪者が宿代わりにしたのかも知れないと言われている」
塀際、三~四メートルにわたって草むらが続いていて、確かに人が寝転ぶくらいはできそうだ。
「それから、そこが焼け焦げがあった跡」
その草むらから五メートルほど進んだ、校舎に近い土が露出した場所だ。もう今は痕跡もなく、ならされている。
「土が焦げたようになっていて、あと繊維の燃えかすのようなものが少し見つかったそうだ」
強ばった顔で、扇田さんがうなずいて聞いていた。
さらに奥の方を見ると、建物沿いに数メートルにわたって、レンガのようなもので囲まれた花壇。
「その花壇も、前日に踏み荒らされた跡が見つかったというやつだな。園芸部員がそれを見つけて報告してきたので、職員で見回りをしたが、その日見つかったのはさっきの草むらの踏んだ跡だけだった」
そこからまた二メートルほど進んだ先に、問題の窓がある。つまり、二日間で見つけられた異常な痕跡が、ほとんどこの辺に一つながりになっていることになる。
そのまた奥に、さっき屋上からも見た非常階段の入口。少しさびの浮いた階段の始まりが見えている。
「それからその焼け焦げ跡が見つかった朝な、その非常階段の下を回って」モモちゃんは、手だけでそちらを示した。「中庭を抜けて第二棟の端を抜けて、グラウンドまで出ることができるが、その出たところにある陸上部用の備品倉庫から、ブルーシートが一枚紛失していた」
扇田さんは一杉さんと顔を見合わせて、それから黙ってうなずいた。
「そのブルーシートが昨日になって、太陽公園で発見された。中には、茶色い上着の燃えかすらしいのがくるまれていた」
「そうなんですか?」
これは聞いていなかったらしく、扇田さんが声を上げた。
「今日の情報ではどうも、ここの焼けあとで見つかった繊維とその上着が、一致したらしい」
これは、ぼくも初耳だった。
「分かっていることは、以上だな」
「はあ……」
地面に目を戻した扇田さんの顔は、ますます強ばっていた。
「その発見された茶色い上着って、先輩が会った人が着ていたのと同じなんですか?」
「断言できないが、似ているということだ」
先生は、ぼくをちらりと見て応えた。
「しかし、あとは何も確かなことは分かっていない」
黙って、扇田さんはうなずいた。
「扇田も、焦って結論を急ごうと思うなよ。まだ分かっていることは少ないし、警察が捜査を進めている。とりあえずは、その進展を待つことだ」
「あ、はい」
あわてたように、扇田さんはうなずいた。
みんなで、改めてもう一度周囲を見回していた、時。
「何してるんだ、お前ら」
妙にのんびりした、声がかけられた。建物の方から。
見ると、すぐそばの窓が開いて、養護教諭が顔を出していた。考えてみると、この焼けあとは保健室のすぐ外なのだ。
おう、とこちら唯一の教員が声を出した。
「いや、単なる何というか、遺跡を巡るツアーというか、そんなものだ」
「お前ら」我が担任の発言は無視して、呼びかけは生徒たちに向けられた。「こんな教師の口車に乗って、危ないまねをするなよ。怪我人を持ち込まれるのは、面倒だ」
この学校の先生たち、みんなまず自分の都合から考えるのが伝統なんだろうか。一部特殊な人だけと、思いたい。
「危ないまねなどさせん。よけいな心配はするな」
言って 、モモちゃんは二人の女子をにらみ回した。
「これで納得したか。教えられることは、以上だ」
は、と扇田さんは敬礼のようなポーズをとった。
「承知いたしました。ありがとうございます」
これでぼくも解放、でいいのだろう。窓越しに話を続けている教師に、失礼します、と声をかけて、ぼくは女子二人に続いて歩き出した。
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