5-1 モモちゃんの食生活 1

 翌日金曜の朝登校すると、教室で笹生が戸野部さんにその出来事を話していた。

 他の同級生の話ではこの二人、幼なじみというやつということで、よく気楽に情報交換をしている。


「へえー、そりゃ」

 戸野部さんは顔をしかめて感想を口にした。

「同情していいものかどうか分からんな、その三人に」


「決めつけはできないけど」

 笹生がうなずいた。

「三人の方に原因がある可能性は高い気がするよな」


「太陽公園にいたホームレスだって?」

 戸野部さんが、ぼくを見て訊いた。


「昨日ははっきり顔が見えなかったけど、二三回見かけたあの人によく似ていたね、服装や背格好が」


「太陽公園のホームレスって、問題になってるみたいだよ」

 少し前に席に着いた真倉さんが口を入れてきた。

「治安がよくないって住民が騒ぎ出して、警察が巡回を強めるって話になってるみたい」


「それは、初耳だ」

 笹生がこれにもうなずいた。

「あの前の、犬猫が傷つけられた件もあるものな」


「最近もあったらしいよ」

 真倉さんが目を輝かして言った。

「何か遅く帰る人が犬の死骸見つけたっての」


「へえー、そうなんだ」

「何か噂だけでよく分かんないんだけどね。夜中に公園で犬が騒ぐ声がしたとか。大きな犬の死骸見つけたとか、それが消えちゃったとか」


「何だい、そりゃ」

 戸野部さんが首を傾げた。


「結局、ただの噂だけかもしんない」

「何だよ」


 とたんに興味が失せたみたいに、戸野部さんは苦笑いになっていた。



 放課後、ぼくは一人でまた太陽公園に寄ってみた。

 朝の話の様子だともうあの茶服の人がここに現れることはなさそうに思われたけれど、何となく気になったのだ。

 前に見た野球のベンチ付近であたりを見回してみた。

 少なくとも人が寝泊まりしているような痕跡は全く残っていないようだ。


 見るものもないと諦めて、歩き出す。

 と、バックネットの陰の方から出てくる人影があった。

 そちらにも出入り口があるのかも知れない。


「あれれ」


 中学の女子制服の二人連れ。

 それは、見覚えのある生徒会の二年生コンビだった。


「ニューフェイス先輩ではありませんか、珍しいところで」


 扇田副会長が、気さくに笑いかけてきた。

 その後ろで、小柄な一杉書記がひょこひょこと頭を下げている。


「おやおや、そちらこそこんなところで、生徒会の仕事かな」


「いえいえ」

 一杉さんがゆっくり首を振った。

「ただの私用、野暮用というものであります。人捜しというか、ちょっと――」


「ほんと、たいしたことじゃないのっすよ」

 扇田さんが言葉を奪うように言った。

「先輩は、お一人で散策ですか?」


「ああ、うん。街の様子に慣れたくて、いろいろ歩いているんだ」

「この公園は目立ちますからねえ」


 扇田さんはぐるりと公園の中を見回した。


 広い敷地の端になるこのバックネットの位置からは、向こうの端の遊具や木立のあるところはかなり小さく見える。

 ちょうど中央あたりに見える小山は、ぼくとしてはあまり思い出したくない記憶に残る場所だ。


「本当に広いねえ」

 強い陽射しを手のひさしでさえぎって、ぼくは感嘆した。

「でも、こんないい天気で、小学校も終わった時間なのに、子どもが遊んでる姿は少ないな」


 遊具のあたりにはちらほら走り回る小さな姿も見えるけれど、中央の小山やこちらの野球グラウンドには全く子どもの姿はない。


「たぶん小学校では、大人の目のないところで遊ばないように指導されているんだと思いますよ」

 扇田さんがすぐに応えた。

「あたしらが低学年の頃はその辺一帯走り回ったりボール遊びしたりしてたんすけど。高学年になる頃にちょっと物騒なことが起きて、それ以来ずっとですね」


「ああ、聞いた気がする。犬や猫が傷つけられたってやつかな」

「ああ、そうっす。弓矢を持った変質者が徘徊しているって噂になって」

「それは確かに、安心して子どもを走り回らせられないね」

「残念ながら、すねえ」

「そこの小山なんか、小さな子どもが喜んで集まりそうだけどねえ」


「まわりの住宅とかから見ても一番離れている感じでありますから」

 一杉さんが応えた。

「遊具の方ならともかく、今はあそこの山に近づく子どもはまずいないです」

「それも残念というかもったいないというか」


 何となく三人並んで、そちらの方向を眺める格好になっていた。


「久しぶりに行ってみようか」


 扇田さんが言い出して、反対はなくそちらへ近づいていった。


「懐かしいなあ」

 扇田さんは斜面の滑り台の部分に手を触れて笑った。

「小さい頃はよく滑って遊んだもんだ」


「確かに」

 一杉さんもスニーカーの足を乗せてみている。

「小学校低学年の時はよく来たです」


「今は子どももいなくて淋しそうに見えるね」

 ぼくは見回して言った。

「中学生も来ないかな、ここには」


「中学生が遊んで喜ぶところじゃないし、みんな小学校でミミタコになるまで言い聞かされてるから」

 扇田さんが友人を見て言った。


「まず来ない、ですね」

 一杉さんも完全同意の顔でうなずいた。


 着色された斜面をぺたぺた叩いて、すぐに飽きたように下級生たちは身を起こした。

 何の気なしの様子で扇田さんは大きく周囲を見回して、


「あ、やべ」


 あわてて山陰に身を隠すように飛び退った。


「どうしたの?」


 首を伸ばして見ると、遠く学生服の三人連れが見えた。

 こちらへ近づいてくるようだ。


「ありゃ」

 目を細めて見やって、一杉さんも顔をしかめた。


「顔を合わせるとまずいの? 彼らと」


 うーん、と微妙な顔で二人は顔を見合わせている。


「何か因縁がある?」


「はあ……」

 口ごもる感じに、一杉さんが言った。

「あの真ん中の大海って先輩、懸想してるです、扇田に」


「懸想?」


 何とも時代錯誤風な言い回しだが。


「何度も断ってるんすけどねえ」

 山陰にしゃがみ込んで、扇田さんは溜息をついた。

「まあ、生徒会役員としてはああいう先輩ともめて問題起こしたくないんで。なるべく近づかないのが吉かと」


「なるほど」


「でも、あの輩たち、この公園目指してくるみたいです」

 ますます顔をしかめて、一杉さんが声をひそめた。

「入ってこられたら、顔を合わさず済ますのは難しいです」


 改めて、あたりを見回す。

 小山は公園のほぼ中央で、他にさえぎるものはない。

 ここに隠れているままならともかく、離れて公園を出ようとしたらどの方向へ向かっても人目を避けられないだろう。


 そうしている間にも、三人連れは公園の敷地内に入ってきた。

 目指しているのは、さっきぼくらがいたベンチやバックネットの方角だ。


「もう少し離れたら、向こうへ走っていこうか」


 扇田さんが、逆方向の遊具の一角を指さした。


「走って逃げるのを見つかったら、つかまらないにしても角が立つです」

 一杉さんが難しい顔でうなった。

「むしろ、のんびり歩いてみせた方が」


「それなら」

 ぼくは考えながら言った。

「ぼくが彼らに話しかけて気を引くよ。その間に向こうを目指せばいい」


「そんな、いい、ですか?」

 一杉さんが目を丸くした。


「彼らとは直接まだ面識なくて、利害関係もないからね。あいさつくらいなら何事もないと思うよ」


「まあ確かに、関係のない人に構わずかみつくほどのキャラじゃないす、彼ら」

 うなずいて、扇田さんは両手を合わせた。

「助かります、先輩」


「うん。じゃあ、気をつけて」


 軽く手を挙げて、ぼくはすぐに山の陰から歩き出した。


 着崩した学ランの三人は、さっきぼくがしていたようにベンチの付近を覗き回っている様子だった。

 あの茶服の人がよくいる場所と見当をつけて探しに来ているのだろう、とぼくは思った。


 近づいていくぼくに気がついて、何だお前は、と言いたげな目が一斉に上げられた。


「やあ、どうもこんにちは」

 にこやかに、ぼくは声をかけた。

「同じ学校の人ですよね」

「何だ?」

「あ、ぼく転校してきた岾城。この辺いろいろ見て回ってるんだけど」


 ああ、と三人はうなずき合っていた。転校生の存在くらいはもちろん聞いているのだろう。


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