2-4 モモちゃん生徒の味方 4

 小さな姿がぼくの横を、すり抜けて前に出る。

 安心しかけた瞬間、ぼくの半袖の袖口が掴まれそのまま引っぱられていた。

 え?


 引っぱられたまま書店を出て、隣の店先へ。


「東江中学の桜井です」

 隣の店員の前へ出て、我が担任は堂々と名乗りを上げた。

「うちの生徒が、何か?」


「ああ、先生ですか」


 あっけにとられたみたいな制服の店員の視線が、小柄な女教師の頭から足までゆっくり眺め下ろした。

 ぼくから見ても、何か失礼な態度という気がする。

 まあ向こうの立場としては無理ないのかも知れないけど。


「あの、このお客さんが通ったところでセンサーが反応したもので、念のためお荷物を拝見させていただきたいと」


「なるほど」

 先生はゆったりとうなずいた。

「念のためですね。センサーの誤動作ということもありますものね」


「はい、まあ、そうです」

「荷物を調べて問題なければ納得いただけるのですね」

「それは、もちろんです」


 自信たっぷりに見える教師の態度に、店員の方が押され気味になってきた。


「うちの中学では、理由のない限り七時前の帰宅を奨励しています」

 先生につられて壁の時計を見ると、六時半を回っていた。

「理由なくそれ以上留め置かれることはありませんね?」


「も、もちろんです」

「じゃあ、仲尾」


 先生は、太めの生徒の顔を見た。近くで見直すと、学級章は隣の三年D組だ。


「店員さんに、鞄の中をお見せしなさい」

「は、はい」


 最初よりはかなり生気の戻った男子生徒の顔が、うなずいた。


「あ、じゃあ、こちらへ」


 その背後に立っていた背広の人が、奥の方を掌でさした。

 ビル会社の人なのだろう。


 階段横の事務室のようなところへ、一同は招き入れられた。

 何故ぼくまで一緒なのか理解できないが、桜井先生が横目でにらみつけて離脱を許さない様子なのだ。

 しかたなく、大きな荷物を提げて後に続く。


 作業は、すぐ終わった。

 机の上に仲尾という生徒が鞄の中身を広げたところ、商品は一切見つからなかったのだ。


「身体検査の必要は、ありませんね」


 先生が、店員の顔を見た。

 夏服で薄着なので、明らかにゲームのパッケージを入れるポケットなどはないのだ。


「はい」

 店員は困惑顔で、生徒と先生に頭を下げた。

「たいへん失礼しました」


「結構です」

 桜井先生は微笑でうなずいた。

「店員さんもお仕事で、しかたありませんね。仲尾、お前も納得できるな?」


「あ、は、はい」


「ご理解いただけて幸いです」

 店員は、汗を拭くしぐさでもう一度頭を下げた。

「しかし、どうしたかな、あの機械は」


「機械には、故障はつきものです」

「はあ」


 先生の言葉に、店員は口の中で何かごもごも言っていた。


「しかし」

 気を取り直したように、顔を上げる。

「こんな生徒を信頼される先生がいらして、中学生は幸せですね、まったく」


 仲尾とぼくの顔を見回して、おべっか笑いのように言った。


「生徒を信頼するのは、教師として当然です」

 涼しい顔で、先生は応えた。


「では、申し訳ありません、お帰りいただいて」

 背広の人が、事務室の扉を開いた。


 揃って出た、ところで。


 また、耳をつんざく音が響いてきた。

 同じ、ゲーム店のセンサーだ。


「何? また?」

 後ろにいた店員があわてて一歩踏み出した。

「まったく、あのいかれ機械――」


 さっきの仲尾と同様、学生服の高校生らしい男子が呆然と立ちつくしている。

 店内から別の店員が出てきて、そばへ寄っていくのが見えた。


「すみません、失礼」

 こちらへ断って、店員が駆け出しかける。


 それを、思わずぼくは呼び止めていた。


「あの高校生、さっき仲尾君と入れちがいに店に入った人ですね」


「あ、え――?」

 思いがけないぼくの声に、きょとんと店員は振り返った。

「あ、ああ、そうですね。私が出てくる時、入口近くにいた」


「あのセンサーって、商品についているタグに反応するんですよね?」

「ああ――そうだけど?」


 何当たり前のことを訊くんだと、あきれた顔で見返してくる。

 すぐ前にいた先生と仲尾も、わけ分からない顔でぼくを振り返っていた。


「そのタグがあれば、店を出るところでも入るところでも、反応するんでしょうね」

「そうだね」


「あの高校生」

 ぼくは、二人の職員の顔を見回した。

「もしかして、身体のどこかにそのタグだけくっつけてるんじゃないでしょうか。ポケットの中とか、服の裏にくっついているとか」


 眉をひそめて首を傾げて、店員は無言でそちらに駆けていった。


「どうして単純に、あの高校生が商品を持ち出したと考えない?」

 横に並んで、桜井先生がぼくをにらみ上げてきた。


「さっきの騒ぎのすぐ後で、そんなまねをするバカはいないでしょう。あの騒ぎでセンサーが切られたと確認したというのならともかく。記憶が正しければあの高校生、さっきは間近に見ていたんですよ、あのいきさつを」


「そうだね」

 仲尾が遠慮がちにうなずいた。

「あの人、さっきあそこにいた」


「じゃあやっぱり、機械の故障だ」

 憮然と、先生が言った。


「その可能性はもちろんありますけど」

 ぼくは慎重に応えた。

「明らかに言えるのは、センサーが鳴ったのは二回とも、あの人が通過した時だということです。さっきはあの人、入店するところだったから誰も気にしなかったわけですけど」


 ふん、と先生が鼻を鳴らした。


 ゲーム店内と通路を仕切っているぼくの腹くらいの高さの棚に沿って、問題の入口に近づく。

 さっきの仲尾の時以上に丁重な口調で、店員二人が高校生に話しかけていた。

 今までぼくたちと一緒にいた店員が、しきりに頭を下げながら学生服の脇ポケットに触れるのが見えた。

 すぐに目が丸くなって、何かやりとり。

 そして取り出されたのは、小さな白いプラスチック製品だった。


 タグだ。


「何で、これが?」


 怪訝な顔の店員に、高校生が手を振っている。


「知りませんよ、俺。いつの間にこんなの、ポケットに入ったのか」


 どう考えても、タグだけを万引きする人も、それを承知でセンサーを通ろうとする人も、いるわけがない。


 近づいていったぼくたちを、顔なじみになった店員が振り返った。


「いったい、どういうことでしょう」


「誰かがこっそりこの人のポケットに入れたんでしょうね、店に入る前に」

 ぼくが応えた。

「この店は一番奥ですから、こちらへ歩いてくる人はまず客だと見当がつきます」


「しかし、何のために」


「たとえば、センサーが鳴ってみんなが注目している隙に、店内から外へ棚越しにこっそり商品を手渡すなんてこと、できないでしょうか」


 店員の目が丸くなった。


「むやみに疑っては悪いですけど、さっきの騒ぎの時、あっちの隅の棚の内と外に、青い制服の女子高生が向かい合っていました」

 ぼくは、奥側の角の方を指さした。

「タグだけなら前もってどこかから外して、こっそり外の人へ受け渡すこともできますよね。内側から棚の上に置いておいて、時間差で外から受けとるとか」


 店員は、もう一人の店員の顔を見た。


「あの角なら、防犯カメラに入るよな」

「確かめてみます」


 もう一人の店員は、店の奥へ駆け込んでいった。


 残された一同が、無言になっていると。


「とりあえず、私たちは引きとっていいんでしょうね」

 突然、桜井先生が言い出した。


「あ、はい、そうですね」

 顔なじみの店員が、意表を突かれたみたいに声を上げた。


「じゃあお前たち、帰るぞ」

 ぼくと仲尾に、きっぱりと先生は命じた。

「もう七時になってしまう」


「あ、はい」

「はい」


 口々に、ぼくらは応えた。その後の成り行きも気になるけど、先生にこう言われては逆らえない。


 外に出て、


「どうもありがとうございます。助かりました」


 しきりに頭を下げて、仲尾は別れていった。


 それを見送って、先生は腕時計を見た。


「わ、必○――」


 え? 


 目を戻すと、謎の言葉を残して我が担任はいっさんに駆け出してしまっていた。

 暗くなってきた歩道に、水色のスーツ姿の背中が見る見る小さくなっていった。


 何だ、いったい。


 首を傾げて、一人残されたぼくはゆっくり家路についた。


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