05

「私がいたのはね、現代日本の東京という場所で、国の首都だったの」


「ゲンダイ……ニホン…?」


「そう。文明が栄えていて、金を支払えば、命以外であれば簡単に手に入ったわ。私は、毎日をあくせく働きながら…どこかで、そんな世界に疲れていた」


隣に座るリサの肩を、セナンは力づけるように、宥めるように軽く叩いた。


「支えてくれる人は、傍にいなかったのかい?」


「ううん、誰も。私…生きるだけで、精一杯だったのよ」


「そこは、リサにとって幸せな世界だったのか?」


「……どうかしら。とても退屈だったかな。地道に生きてきたのにね、なんにも前に進んでいなかった」


バカみたいよね、と笑うリサの表情は、笑っているのにまるで泣いているかのようだった。


「こんなこと云ったら、本当に脳味噌疑うかも知れないけど…」


「なんだい?」


「私ね、その世界の片隅で…一度死んでるのよ。不慮の事故だった」


リサは、ちらりとセナンの様子を窺う。

真剣な表情からは、詳細な感情は読み取れなかった。


「……知ってる」


「え…?」


「走り込んできた女に突き飛ばされ階段から転落した君は、大怪我を負って、そのまま命を落とした……そうだろ?」


「セナン…どうしてそれを…」


ハッとした表情で口許を押さえるリサの顔色は、蝋燭の明かりの許でもなお蒼白だった。


「…君を介抱していた時、頭痛と一緒に情景が流れ込んできたんだ」


「そ、そう…」


(そんな事をするのは、あの金髪しかいない……なによ、気を遣っているつもり?)


「普通では体験できないことができたというのも践まえて考えれば、何てことはない…リサ、君は来るべくして…ここに辿り着いたんだよ」


云いながら、セナンは昏倒するリサの額に触れた瞬間を思い出していた。

まるで感電のように、馴染むように流れ込んできたどこか殺伐として、幽鬼のような顔をした人間で犇めく箱庭のような世界の情景。

幻影でしか見ることはできなかったけれど、リサの故郷のことはでき得る限りで覚えておこうと、セナンは一人思った。


「逢うべくして繋がった糸だと、セナンはそう思うのね?」


「ああ。世界も縁も、必ずどこかで繋がっているんだ。だから、ムダなものなんて1つもないんだよ」


一番欲しかった言葉が、どうして彼には解るのだろう。

溢れる涙を湛えたリサの紫陽花色の瞳が、真直ぐにセナンを見つめる。


「今だけ……今少しだけ、このままでいて…」


そっと肩を抱かれたリサは、縋るように、甘えるようにセナンの逞しい胸板に頬を寄せた。


「悪夢はもう終わり。明日からは、俺が傍でリサの手を牽く。だから、もう大丈夫だ」


「……うん…」


幼い子供のように泣きじゃくるリサを受け留め、セナンはこの授かりものを自身の命がある限りで大事にしようと強く誓った。

遠い岸から流れ着いた果実は、遠い遠い地で優しい手に拾われた。


友愛を与えられた果実はやがて、己の足で立ち、在り方を見つけるだろう。

それがいつ訪れるのかは解らないが、そう遠い日ではないのは確かである。

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