7話 スタートライン

「ぅ……うぅ、ん」


自由に使っていいと、案内された部屋で夜を越したものの…肌寒さは半端なく、身体が慣れていないリサは早々に目を醒ましていた。

朝方の寒さに、暖を求めて九の字だった身体を小さく丸める。少しでも乾燥した冷気から身を庇おうと膝を抱えると、まるで胎児のような体勢になった。


(……ベッドが固い。そして冷たい!冬になったら…もっと冷たくなるのかも。ヤダそんなの、死んじゃう!)


暖房器具に慣れ親しんできた身に、これは正直キツい。精神的にも肉体的にも優しくないなんて、どんな拷問だというのだろう。


(日が昇ったら、セナンに針と糸を借りよう!色々見繕って…作れるものは作らなくちゃ)


「うわ、なに?!」


そんなことを考えていた折、突然ぎしり、と寝台が軋む。そして、そのまま干し草クッションを敷いただけの寝床に、なにかがモソモソと入ってきた。


「ええーっ…なに、まさか痴漢?! 変態?! もしかして、この世界にもいるの?!」


絶賛パニック中のリサなど気にした風もなく、入り込んできた『それ』は当然と言わんばかりの仕種でリサの全身を抱き込んだ。


「なに、なんなの、一体、何事?!」


「リサ、寒いんだ…動かないで」


なんと…当然のようにベッドに入ってきたのは、セナンだった。


「はああああ!? セナン、貴方なに考えてるの?!」


セナンの暴挙に、リサは暴れ出したくて堪らなくなった。出逢って一晩の女の寝床に潜り込んでくるだなんて、随分と礼儀のないことをするものだ。

何を考えたのだろうかと身動いだ時、セナンの美形な横顔が見えて、リサは激しく動揺した。


(イケメンなのは知ってるけど、とりあえず狭い!潰されるっ! )


「せ…セナン? ちょ、ちょっと近いってば…」


せめてもう少し離れてくれないと、このままではいずれ巨体に潰されそうだ。

窒息死とか、切実にヤバい!

ぐいぐいと押しやって距離を生もうとするけれど、頑丈なセナンはなかなかズレなかった。


「…逃げないで…」


身動いで抵抗したのが悪かったのか、セナンの逞しい両腕が更にリサを胸許に引き寄せた。

案外に動作が素早くて、悔しさに思わず奥歯が軋む。


「んぐっ! せ、セナン…?!」


これが、起きている時のことならアッパーカットの1つでも食らわせようが…今は状況が状況だ。


「どうしよう、何これ…」


なんで、こんな風に抱き締められているんだろう? リサは強い頭痛を覚えて、溜息を吐いた。

そもそも、セナンとは昨夜しっかりと就寝の挨拶を交わした筈である。

おまけに、彼の寝床は隣でここよりも広い。

何故、わざわざ狭い場所に潜り込む必要があるのだろうか。

イケメンに抱き締められるのは嬉しいけれど…モラル的な何かがアウトだ。

いけない、これはいけないだろう。

リサは本能的に危険な香りを察知して、セナンを凝視する。


「…離れた方がいいよね。いいよね!? でも、体勢が悪くて動けないんだよなぁ。ホントなんなの…この格好とか…」


意外に大胆な一面を見て驚くと共に、セナンの本心を垣間見たリサは羞恥に頬を染めた。


「~~~~~~~~~~っ!!」


「リサ……寒く、ないか…?」


「えっ!」


微かに名を呼ばれた瞬間、甘い感覚がドッと押し寄せて胸の辺りがギュッとなる。

でも、ダメなものはダメだ。順序も、動機も不純だし…しかも、現代あっちの常識が通じなさそうだ。


「…っ、やっぱりダメかー…」


内心で一人二役の茶番をしても、セナンが離してくれる訳もなく、身動げばそれだけ腕が締まる悪循環は相変わらずだった。


「もうやだ……なんなの? 訳わかんない」


セナンの頑丈な腕の中、リサはぐったりと肯垂うなだれた。

せめてもの常識を持っていて欲しい処だが、様子から察するに彼は人としての嗜みを持っていない可能性が非常に高い。

常識的なものに関しては、もしかしたらセナン独自のポリシーがあるかも知れないし、世界が違うのならもしかしたら常識も違っているのかもしれないと、リサは短く息を呑んだ。


「…でも、初っ端から疑ってかかるのもなあ…」


どちらにしろ、押し付けはよくない。

なので、どうにかしてまずは彼がどういう考えを持っているのかを確める必要がある。

─────でも、それをどうやって確かめる?

眠い口調のセナンは、放っておいたらこのまま寝てしまいそうだ。


うとうとしているセナンはやっぱりイケメンだが、確かめる以前に、彼が寝てしまっては意味がない。ならば、ここで惑っている時間はない。

そう思い至った、リサの行動は早かった。


「セナン、セナン起きて! 離してちょうだいったら、女性のベッドに入っちゃダメでしょ!」


渾身の力で揺さぶりをかけて、セナンに起床を促す。

起きぬけの結構な重労働に一瞬だけ目眩を感じたが、ここで音を上げている暇はない。

なんとしても、セナンを起こさなければ!


「…だ……」


「セナン…?」


目を醒ましたかと思いきや、ムズがる様子をみせたセナンは眉間にギュッと深い皺を寄せると、より強くリサを抱え込んだ。


「……いやだっ」


「んぎゃッ…!」


乙女らしからぬ声が漏れた瞬間、リサは泣きそうになった。

失敗、それも……惨敗である。

しかもそれっきり黙ってしまったセナンは、完全に寝てしまったようだ。


「セナンーー……なんでこんな事になっちゃうわけ?まあ、いま言ってもしょうがないか。若干苦しいけど、仕方ない……起きたら、ちゃんとお説教しよう」


抱き締められたまま動けないリサは、状況を不条理に思いながらも陽が昇るまでセナンの屈強な腕の中で草臥くたびれる羽目になった。

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