3話 メビウス・リング


「げほっげほっ、はぁ……っ」


急激に水の中から強い力で持ち上げられて、思いきり噎せる。次いでドンドンと結構強い力で背中を叩かれて更に水を吐くと、ようやく息が楽にできるようになった。


「…っ」


暗闇に慣れていた目に、明るい陽射しが無性に沁みる。反射反応で、光にやられた目からは止めどなく涙が溢れた。


「……だ………れ?」


開けた目蓋は糊が付いたように重たかったけれど、何も見えない状態で他人に身体を触れられる恐怖が勝って、自分を濁流から引き揚げた人物をまだ力の入らない首を駆使して見上げる。

すると、横抱きにされている現在の体勢から丁度よくその人物の顔立ちが見えた。

抱えている腕の力強さからも薄々分かっていたが…青年は非常に身長が高く、全体的に筋肉率が多いけれど、ほりの深い綺麗な顔立ちをしていた。


「!」


格好よさに見惚れることしばし…一瞬だけ目が合った気がして、リサは慌てて目を閉じた。


(イケメンだわ……ていうか、この人誰?! また面倒事とか、めちゃくちゃ嫌なんだけど…)

 

赤銅色の髪に、適度に焼けた肌…文句なしのイケメンに、リサは感嘆の溜息を吐いた。

リサを担いだまま、青年は悠々と迷いなく森を歩いて行く。どこに向かうのか期待しながら黙っていると、彼はやがて森の奥に一軒だけポツンと建つ住居に入って行った。


その住居は漆喰で塗り固めた白壁に、堅牢な造りの窓には厚めの硝子が填まっている。


意外にも現代の建築様式に似ていたので、腹に重苦しくわだかまっていた不安が嘘のように和らいでいくのが解った。


広葉樹と照葉樹の混在する森は暑い地域特有なのだろう、不快感はなくて…むしろ渇き気味な爽やかな風が心地よい。


「しまった…」


「…?」


青年の惑ったような声音に、リサはゆっくりと小首を傾げる。


(うっ…!!)


次いで、激痛。

指先を少し動かすだけでも、身体が鈍く軋みをあげた。


「どう…したの?」


「すまない…予備の寝床はあるにはあるんだが、板張りなんだ。やはり…寝床は柔らかい方がいいか?」


「…できれば…」


「解った。少し待っていろ。いま、寝床を作る」


低く穏やかな声が、耳に甘い。

正直、身体は鉛を流し込まれたみたいに重苦しくて絶不調だけど、彼の心遣いが嬉しくて幾分か不調が和らいだ。

彼は柔らかな干し草を掻き集めて積み上げると、その上に布を掛けて角をきつく結ぶ。


それがベッドのクッション部分のつもりらしいと知ったのは、優しい扱いで寝かされた時だった。

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