02


「ありがとう……大分楽になったわ」


突然かかった声に驚いたのか、瞠った紫灰の眸と目が合う。言葉はなく、ただもの珍しそうにしげしげと観察した後に、大きな掌が伸びてきてくしゃりと頭を撫でた。


「…どこか、痛む所はあるかい? 昨夜の嵐は格別に酷かったな…君も、昨夜の嵐で流されてきたんだろう?」


彼の口振りから、前日に嵐があったことを理解する。


「たぶん…違うわ。私は、ある人の計らいで遠い所から旅をしてきて、彼処で力尽きてしまっていたのよ」 


嘘は言っていない。短絡に『旅をしてきた』だなんて口走ってしまったけれど…バレるかしら。

内心で呟きながら、様子を窺うこと少し。けれど彼は、気付くどころか悼むような表情をする。

そして再び大きな手を頭に乗せると共に、口元を緩ませて笑った。


「珍しい衣を着ているね? それは、前に暮らしていた場所の衣かい?」


衣という言い回しは随分と古いが、彼に気にした様子がない所から見做して、それが普通なのだろう。

そういえば…自称神とかいう金髪野郎いわく、現代よりも文明の劣る世界らしい。

一見では量れないが、どれほど時間が離れているのだろうとジクリとした不安が生まれた。


目の前の彼の着衣も、どちらかといえばガラベーヤやカフィーヤ…中東の暑い地域に見られるものによく似ている。紆余曲折経て、未来から来た自分の服装は相当珍しい部類なのだろう。


「そう、ね…持ってきたのは今着ている服だけだから…」


寝転びながら会話するのはやっぱり失礼だろうと思い、鈍く痛む身体を起こそうとしたけれど、大きな手に肩を掴まれて阻止された。


「無理しなくてもいい…」


「あ…」


そして、そのまま首筋を辿って頬に触れる。冷え切った身体に彼の大きな手は熱い程だったけれど、寧ろそれが心地よかった。

ぼうっと温もりに脱力していると、自然に目蓋が重くなり始める。

少し違和感を感じて身動ぎをしたけれど、寝床に沈んだ身体は糸が切れたかのようにいうことを利かず、指先すら動かせなかった。

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