あの子と私

華玥

あの子と私


 ──言葉はどうしても本音を紡いでくれない。


 謝りたい。いつもごめんねって。

 お礼を言いたい。こんな私と一緒にいてくれてありがとうって。


 でも、それすらも言わせてくれない。言葉っていうものは残酷だ。素直に伝えさせてくれない。

 私はあの子を傷つけてしまう言葉を紡ぐくらいならばと、口を閉じた。

 あの子の瞳が揺れている。だけど、私はそれすら見えなかった。いや、見なかったのだ。




 その時、歩道の真ん中に私はいた。あの子の視線から逃れようと前も見ずに足を進めた。その方向が歩道ではない事に気が付かず。


「危ないッ‼︎」


 ドン、と大きな衝撃と共にそんな声が頭の中に響いた。私は突き飛ばされ、反対側の歩道に座り込む。いたた…と頭をおさえながら後ろを向く。なにするんだと、やはり本心とは逆の事を言おうとした。でもその言葉は出なかった。


「え……」


 そんな、言葉でもなんでもない音だけが私の口から出た。そこには赤という単色とあの子が“あった”。全ての情報の受け入れを頭が拒否する。なんで、どうして、と沢山の疑問が浮かんでは消える。


 人々の声が消えるもそれは遠く、私の頭には入ってこない。ぺたん、と座り込んで呆然にしている私が、その場所にいる。見知らぬ人が私にも声をかけてきたが、私は気が付かない。あの子のバックから物が飛び出している。その中に、あの子と私の名前の頭文字が描かれたキーホルダーがあった。それは、“まだ”私が素直に話せていた時にあげたもの。


 まだ、付けてくれてたんだぁ…


 なんてどうでもいい事しか考えられないほどに、私は目の前の光景が信じられなかった。


 次第に、遠くから救急車の音が聞こえてくる。救急隊の人があの子を運ぼうとしたところで、私はようやく立てた。


「あの…その子、は」


 上手く言葉を紡げない。救急隊の人は困ったような表情をする。


「ご友人の方ですか?

 それならばご同行していただきたいのですが」


 私はひとまず頷く。大丈夫、大丈夫と心の中でいいわけをした。

 救急車に揺られている時にも私は心ここに在らず、みたいな状態だったらしい。


 まだ、まだ、まだ…そんな焦った感情だけ感じた。


 それから、しばらく時間が経った気がする。

 あの子は私の目の前で眠っている。一時は危うかったようだけど今は落ち着いているらしい。すぅ、すぅ、小さな寝息だけが静まった部屋の中で聞こえた。

 私は、あの子に助けられたのだ。車に轢かれそうだった私を、あの子は自分を犠牲にして助けた。


 暗い病室で私は一人、あの子の手をそっと握った。

 目をぎゅっ、と瞑るとあの時から意味を持たなくなった言葉を紡ぐ。


「…ねえ、なんで私なんかを助けたのよ。

 私よりもあんたの方が生きる価値あるでしょうに…」


 言葉は次第に、本当の色を宿していく。


「なんで、私に優しくしてくれるのよ。

 なんで、庇ったりなんかしたのよ。

 どうして、“嫌いにならなかった”のよ…っ」


 私は目尻に一つ、水溜まりを浮かべる。


 なんで、どうして、なんて疑問を投げかけても返答が返ってくる事はなかった。


 あゝ、また私は言い訳をしなくてはならない。

 自分に、人に、あの子に。

 でも、でも一回だけ。この一回だけは言い訳なしで言いたかった。


「いつも、ごめんね。巻き込んで、ごめんね。

 駄目な“友達”でごめんね…」


 あの子は私の事をいつも友達と呼んでいた。それを否定していたのは私なのに。


 また、君の目が覚めてしまえば私は酷い事を言ってしまう。だから、この一時だけでも本音を言葉にしたかった。


 ここで言った言葉はすぐに消えてしまう。知っているのは私だけ。それでよかった。


 また、話そ。

 今度はちゃんと君の意識があるところでさ、“ありがとう”って言うから。


 だから今は言わない。ありがとうとは。


 いつもありがとう。助けてくれてありがとう。


 その二つの言葉は私の心の中に留めておく。

 君が目覚めた時にすぐ言えるように───


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あの子と私 華玥 @ruteina

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