収穫祭 (1)

馬車を降りて、三人がまず向かったのは、城下の中心を通る大通りだ。

大型の馬車が四台は余裕で並ぶ程の幅がある。

収穫祭の今日は、この通りは歩行者だけの物だ。

普段なら馬車が行き交う中央に、様々な露天商が並び、両側の大型の店舗でも店先に出店がある。

色とりどりの布地が、出店の上に屋根のように渡されていて、風でハタハタと音をたてる。




大通りの人の多さと、その賑わいに、カウティスは圧倒された。

馬車で通るのとは全く違う。

土の季節の後期月だというのに、辺りの熱気がすごい。


「カウティス様、口が開いてますよ」

横から平民姿のエルドに言われて、慌てて閉じる。

左胸の辺りを見ると、薄っすらと輝く小さな水の精霊が、カウティスにぴったりとくっつくように寄り添っている。

よく見れば、彼女も驚きに目を見張っているようだった。


カウティスが小声で話しかける。

「すごい人だな」

「こんな風に、賑わうものなのだな」

水の精霊は目を瞬いた。

国中のあらゆる所をあらゆる時に見てきたが、俯瞰で見るのとは全く違った。

人々の生気が眩しい。



大通りを歩いてみれば、見たこともない物ばかりで、何処を向いても驚きや楽しさがあった。

全て見ていたら一日では、到底足りない。

それでも、心惹かれる物を見つけては足を止め、水の精霊と密かに笑い合って進んだ。


街中から美味しそうな料理の匂いがして、そのうち腹の虫が鳴った。

食堂の前の出店で、色々と見繕ってもらい、カウティスは生まれて初めて、路上に並べられた机と椅子で食事をした。

王城で食べたことの無いものばかりだったが、どれもが美味しかった。


魔術符で料理の毒感知だけをして、澄ました顔で、ただ水を飲んでいるクイードに料理を勧めると、知らない人間が作った料理は口にしないと言う。

エルドとカウティスは顔を見合わせて、クイードの口にパンを突っ込んだ。

喧騒に紛れて、カウティスは大声で笑う。

そんな彼を、水の精霊がずっと愛おしそうに見つめている。



畜産物が並ぶ一角は、水の精霊が、血の匂いがして嫌だと言うので迂回する。

精霊は血が苦手のようだ。


各所に、今年収穫された農産物が売られており、振る舞いだと言って果実酒や果汁が配られていた。

オレンジ色の果汁の入った木のカップを受け取って、カウティスは周囲を見回す。

多くの人が行き交っていて、その誰もが、今日の収穫祭を祝い、楽しんでいる。

「皆、楽しそうだ」

「そうですね」

エルドが笑って答える。


「そなたの父は、優れた王だな」

胸元から水の精霊の声がして、カウティスは顔を下に向ける。

彼女は穏やかな顔で、人々を眺めていた。

「そなたのおかげだ」

カウティスは小声で言った。

水の精霊が顔を上げると、俯いたカウティスの顔が側にある。

澄んだ空色の瞳が輝いている。

「そなたがこの国の命を慈しんで守っている。だから、父上が民を導ける」

カウティスが微笑む。

水の精霊は揺れる紫水晶の瞳で、暫く彼を見つめていた。


カウティス達が歩き出すと、彼女はそっとカウティスの胸に寄り添った。

「そなたは、私に与えてばかりだ」





城下の中央広場まで来た。

広場もたくさんの露天で賑わっていたが、それよりもまず、カウティスの目を引いたのが精霊の像だった。

広場の中央に一段高い台があり、四方に向かって四体の精霊像が立っていた。

カウティスは人混みの中を通り、近寄ってみる。



剛健な火の精霊の男像。

ふくよかな土の精霊の男像。

涼やかな風の精霊の女像。

そして、優しげな水の精霊の女像。

どの像の前にも収穫を祝う供物が供えられているが、土の精霊像の前は供えられた花や食べ物で小山ができていた。



カウティスは四体を見て回り、水の精霊像の前で鼻息を荒くした。

「全く違うぞ」

優しげな水の精霊像は、柔らかいウェーブの長い髪で、丸く愛らしい瞳で微笑んでいる。

身体は細いが、メリハリがあって女性らしい。

「そんなに違うのですか? カウティス様が見ている水の精霊様はどのような?」

エルドは興味津々だ。

クイードも、知らん顔だが聞き耳を立てている。


カウティスは唇を尖らせるようにして言う。

「髪は真っ直ぐでサラサラだし、目はあんなに丸くない。そもそも、もっと美人だ。胸だってあんなに大きくなくて……」

はっとして、左胸の辺りを見れば、水の精霊はじっとカウティスの方を見つめている。

「な、何でもない。とにかく、全く違うんだっ!」

赤くなった顔でぷるぷると首を振る。

エルドは横で吹いた。


「想像で造っているのですよ。人間は精霊の姿を見ることが出来ないのですから、仕方ありません」

クイードが水の精霊の像を見上げる。

「人によってイメージも全く違うのでしょうし。統一したイメージを見られる、我が国の王族は特殊ですよ」

確かにそうだ。

カウティス達王族は、水の精霊と言えば、今左胸に浮かんでいる、彼女の姿を思い浮かべる。

自分達以外は、水の精霊の姿を全く違うものとして思い浮かべているなんて、不思議な感じかした。




そんな話をしている間にも、花や果物などを供える人は絶えない。

皆、一様に精霊像に感謝を述べて供えていく。


その場を離れようとした時、水の精霊像に花を供え終わった子供が、手を繋いだ母親に言った。

「水の精霊様と王子様って、仲がいいんでしょう?」

「そう聞くわねぇ。王族の方と精霊様が仲睦まじいなんて、ありがたいことね」


カウティスはドキリとした。

民が噂するほど、自分と水の精霊のことは知られているのか。


「だが、黒髪の第二王子だ。忌々しいザクバラに、水の精霊様めぐみを持っていかれるかもしれん」

母子の後ろにいた父親が、棘のある声で言う。

「水の精霊様も、どうせならエルノート王子と懇意になってくだされば良いものを」

話しながら三人の親子は、カウティス達の横を通り過ぎて行く。


クイードが二人を促して、人混みを離れた。




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