⑦-2 4月8日(水)・新たなる日常
◆
場所はそのままで時間は進み、昼休み。
「(長かった~……やっと昼か。朝食ってないから腹減ったなぁ)」
俺は腹を抑えた。胃袋が「早くなんかよこせ」と叫んでいる気がする。4時間目、授業中に腹が鳴った時などは隣の春咲に聴かれてはいないかと気を揉んだものだ。
「(とりあえず購買行こ)」
スッと席を立ち、無駄に洗練された無駄な動きで誰にも意識されないよう教室を出る。俺は存在感を消すのは得意なのだ。……え? そもそも誰もおまえに興味ないじゃんって? ははは泣くぞコノヤロウ。
「(今日は何買おうかなぁ……財布には1000円くらいだっけ。ここは俺流贅沢コース『焼きそばパン+てりやきサンド』で……いや残ってたら『数量限定エビカツバーガー+ツナマヨおにぎり』という手も……じゅるり)」
今日のメニューを考えながら購買への道を歩いていた時、具体的には一階の渡り廊下にて。
視界の端で金の髪が揺れた。
「お兄ちゃん」
……なんか幻聴が聴こえたなぁ。最近知り合った金髪で2歳年下の女の子の声に似てる。でもありえないよな、彼女は中学校に居るはずだし。
「おーい、お兄ちゃん」
また聴こえた。コレは多分寝て無いからだな、うん。視界の端がやけにキラキラしてるのはうん、コレも寝て無いからだ。幻覚幻覚。
寝不足が生み出す幻聴・幻覚を気にせず通り過ぎようとしたところで。
「お兄ちゃんってば」
ぐいっと腕を引かれた。思ったよりすごい力だった。
ここまでくると本物だと認めざるを得ない。俺はぎぎぎと油が切れたブリキのように振り向き、金糸の髪を持つ少女の姿を確認する。
「り、理沙ちゃん。何故
冬野理沙。隣に引っ越して来た、俺のことを「お兄ちゃん」と呼ぶ中学生の少女。もちろん俺の妹ではない。こう書くとなんだか若干のホラーを感じるな。まあ俺なんかをお兄ちゃんと呼ぶほど人懐っこい女の子ということだ。……そういうことにしておこう。
そんな理沙ちゃんは、手に持っていたふたつの包みを掲げて言った。
「おべんとうをもってきたよ。いっしょに食べようお兄ちゃん」
「えーっとぉ……」
流石に返事を言い淀む俺。なぜなら。
「(ツッコミ所が! ツッコミ所が多い!!)」
寝不足の頭がぐらりと揺れるが、くじけそうな心をなんとか奮い立たせる。ええい諦めるな四季巡、ひとつずつ順番に処理していけ!
「……まず理沙ちゃんはなぜここに? ここ高校だよ? しかも別に
「お兄ちゃんにおべんとうを届けるために」
「……オーケー。それは百歩譲っていいとしよう。ではなぜ俺用にお弁当を作ったの? そしてなぜ俺はそのことを微塵も教えられてないの?」
「きのうとおととい遊んでもらったお礼。教えなかったのは『さぷらいず』だよお兄ちゃん」
「そ、そっかぁ。嬉しいなぁ。……ちなみにどうやって入ってきたの?」
「正門からどうどうと。であった先生には『お兄ちゃんにおべんとうを届ける』って言ったらとおしてもらえた」
「うーん純粋ゆえの悪系不良少女ぉ!! 嘘はついてないのがよりタチ悪いなぁ!?」
ぜえはあとツッコミ疲れて肩で息をする俺、気づく。あれ、また俺乗せられて楽しく会話してしまってないか……?
俺は長い息を吐いて冷静になると、迷いながらも絡まった腕をできるだけ優しく振りほどいた。
「……あー、ごめんね理沙ちゃん。俺今日の昼飯は購買で買うって決めてるんだ。お弁当はお友達と一緒に食べてくれないかな」
え、と聴こえた気がする小さな声に心臓がきゅっとなる。こちらを見上げているだろう顔は見れない。けれどこれでいいのだと、必死に自分に言い聞かせた。
「(これでいい、これでいいんだ。いつかは崩れる関係なら、お互いにダメージが少ないうちに解消するべきだ。だって、俺はこんな優しく純粋な理沙ちゃんに何もあげられない……何かが一方通行な関係は、きっと良くないものだから)」
ガシャガシャ。ウィーン。
「ん?」
なんか変な音が聞こえて思考の世界から戻ってくると、理沙ちゃんがこちらを見つめていた。
その表情には悲しみの色は無く、とりあえず安心していると……彼女は不思議なことを言い出した。
「お兄ちゃん、ほんとにお金たりる? もしかしたらたりないかもしれないよ」
そう言って俺のポケットを指さす理沙ちゃん。偶然だろうが、まるで俺の財布がどこにあるかを知っているような動きだ。
彼女は強引気味に言う。
「かくにんして? たりなかったらいっしょにおべんとう食べよう」
「え、まあいいけど……」
そんな理沙ちゃんに押され、俺はポケットから財布を取り出す。
……アレ、なんか温かい? ポケットの中に入れてたからか? それにしては熱を持ってるような気が……まあいいか。
財布を開き、中を見る。記憶では1000円札が1枚入っているハズだが……。
「——あ、あれ」
しかし予想に反して、お札を入れるスペースには一円にもならない埃のようなゴミしか入っていなかった。
ひっくり返しても振ってみても、当然金が増えたりはしない。チャリンチャリンという1円玉と10円玉がぶつかるむなしい音が響くだけ。
「まだ1000円くらい残ってたと思ったんだけどなぁ……?」
さて、ここで不思議がる俺——四季巡の財布を襲った出来事を説明しよう。
ほんの少し前……ガシャガシャウィーンという謎の音が聴こえるまで、確かに巡の財布の中には1000円札が入っていた。
つまり巡が見たときに1000円札が無かったのは、理沙の工作である。
理沙がやったことは簡単だ。巡の意識がそれた隙を突き、冬野グループ特研課が開発した特殊兵器――その名も「指向性超特殊音波分解砲」を巡のポケット目掛けて照射したのである。
指向性超特殊音波分解砲。それは超音波により障害物を無視・貫通して対象とした物体のみを分解・消滅させる特殊化学兵器――例えば服・財布を無視して中の紙幣だけを分解することも出来る。ちなみに財布の位置が分かったのは強化コンタクトレンズとソナー性透視装置と金属探知機の合わせ技である。という訳で解説終わり。
たった今とんでもない科学力で1000円札を「埃のようなゴミ」に分解されていた四季巡は、当然そんな事実に気付く様子もなく。
そんな巡に理沙は、
「まったくしょうがないなあお兄ちゃんは」
というスタンスで弁当を差し出した。無表情ゆえか、存外面の皮が厚かった。
「いや、でも」
それでも遠慮が抜けない巡——俺の腹がぐうと鳴る。
「(そうだった、俺腹減ってるんだったぁ……)」
このまま購買に行ってもなにも食えないと思うと、途端に腹が減ってくる。そんな俺の目の前にはいい匂いを放つお弁当。ごくり、と喉が鳴る。
「ほら、いらないならすてちゃうよ」
また腹が鳴った。胃袋が騒ぎ立てる。目の前の弁当から目が離せない。
そして、数秒の苦悩の後。
「……頂いてもよろしいでしょうか」
空腹には抗えず、あえなくそう言ってしまったのだった。
「うん。そのかわりいっしょにたべようね」
年下の中学生に恵んでもらう死ぬほど情けない男がそこには居た。ていうか俺だった。
なんだか自分が情けなくなってきた俺の手を引いて、理沙ちゃんは何故か勝手下tる様子で移動を開始する。
半ば来た道を戻ることで辿り着いたのは……中庭。西棟と東棟の間にある、校内のちょっとした癒し空間だ。まあ手入れされた草以外に何かある訳じゃないんだが、小奇麗でベンチとかも置いてあるので昼休みを過ごすにはそこそこ向いているだろう。
今日はずいぶん空いているな、という印象を受けるがらんとした中庭に辿り着くと、理沙ちゃんは近くにあったベンチに俺を座らせた。彼女も俺の隣に座り、弁当の包みを片方俺に手渡してくれる。
「どうぞ、お兄ちゃん」
「マコトニアリガトウゴザイマス……恐悦至極感謝感激有頂天外、冬野理沙大明神バンザイ」
「?」
情けなさと感謝でもはや意味分からない言葉を吐きながら包みを解き弁当箱の蓋に手をかける俺。
さーあどんなメニューかな、とすっかり気分を切り替え蓋を開くと――そこには。
「……こ、これは」
なんかペーストのような液体のようなものが仕切りで色分けされた、宇宙食みたいな謎のランチがそこにはあった。見た目は絵の具のパレットみたいな、100年後の人類が食ってそうな弁当……具体的に言うとエヴァ●ゲリオンで見たことあるやつ。
一応匂いだけは旨そうなのだが、視覚と嗅覚のアンバランスがすごい。カレーからスイーツの匂いがするみたいな、そんな何かが噛み合わない感じだ。
「えぇーっとぉ……?」
流石に困惑する俺に、理沙ちゃんの善意100%な声が降る。
「これは
「そ、ソウダネ」
貰っておいておいそれと文句は言えない俺であった。
さて、それと同時刻。四季巡が困惑しているのと同時、遠い冬野グループ本社で司令部も大混乱していた。
理沙のインカムに司令の声が飛ぶ。
『R、いや理沙!? どうしてそんなゲテモノを入れた!? フツーの、おいしい、可愛らしい手料理を入れろと言っただろう!? 言ったよな私!?』
『は、はい司令! 記録も此処に!』
『理沙、これじゃ好感度プラスどころかマイナス一直線だぞ! ターゲットが凄く困ってるのがカメラ越しに伝わってくるぞ!』
「!?(私、指示通りにしましたが)」
司令部からの阿鼻叫喚に、本気で意味が分からないとアピールする理沙。
するとその理由はあちらから流れて来た。
『し、司令! 彼女のデータを改めて確認したところ、食べた事のある食事の種類が非常に少ないことが分かりました! 多分ですが、彼女ちょっと味音痴です!』
『なっ……いや、そうか。そもそも彼女は強化人造人間、食事の経験も感性も常人と違う……特殊な出自なら「あれ」を美味いと思う人間も生まれ得るんだろう。そこを読み違えた我々のミスか……!』
酷い言われように、流石の理沙もちょっと拗ねる。
「(これ、おいしいのに……私がアームで調理したのに)」
学生寮の部屋での初めての調理――はたから見れば科学実験だったが――を思い出しながら唇を尖らせる理沙。
そんな彼女の様子にこれ以上の問答は無駄と判断した司令部は、作戦中という事もあり目標への対応に戻ることを指示した。
『ま、まあ過ぎたことは仕方ない、とにかく「作戦コード:
「(……了解)」
そして視点は再び中庭の四季巡へ。
「(うーん、どうやって食えばいいんだコレ……)」
俺の手は当然ながら止まっていた。
ぬちゃあ、とスプーンで掬った白っぽいナニカを見つめる。
「(なんだろう、コレが液体っぽい固体なのか、固体っぽい液体なのかもわからん。てかこれマジでなんなんだ? なんで米みたいな色なのに肉の匂いがするんだ???)」
なんかこう、口に入れたときに「おいしい」ってなるビジョンが沸かないのだった。どっちかって言うと口に入れた瞬間俺の口が物理的に溶けそうな感じがする。うああ、食いたくねえ……!
そんな感じで俺が派手にビビっていると、理沙ちゃんにスプーンを持ってない方の袖をくいと引っ張られた。
彼女の方を振り向くと、目の前には赤い「弁当の中身」が乗せられたスプーンが。
つまり「はい、あーん」というヤツである。
「どうぞ、お兄ちゃん」
スプーンの向こうには可愛らしく期待するような表情の理沙ちゃん。
だが、この状況で「わぁ、あーんだ! 照れるなぁ」と思えるほど俺のメンタルは強くはなかった。いやむしろそんな奴いたらビビるわ。俺は「わぁ、ヤバそう! 理沙ちゃんは俺を殺す気かな?」って思うのがが限界だわ。
「えーっと、そのぉ……」
じりじりと近づいて来るスプーンと、謎のペーストごはん。それが発する圧力に思わず身を引いてしまう……それを見た理沙ちゃんの眉尻が下がったのに気付いた瞬間、俺は自らの過ちを悟った。
「食べたく、ないの……?」
理沙ちゃんの、僅かながら震えた声。その理由は悲しそうに歪んだ表情を見れば明らかで。
――俺は馬鹿か。自分の
男なら覚悟決めろ四季巡。ここで退いたら「兄」じゃないぞ。
「ええいままよ!」
いただきます!!——あ、声と思考が逆だ。かっこつかねぇー。
後悔する間もなく、俺は目の前に差し出されたスプーンをぱくんと咥えた。
恐る恐る、口に入ったものを味わう。思わずカッと瞳孔が開いた。
「(……こ、これは!)」
「ど、どう?」
不安気に尋ねる理沙ちゃんの横で、俺は驚愕する。
「(これは……味が無い! いやあるんだけどめっちゃ薄い! 何だコレ!?)」
そう。味が薄いのである。美味いとも不味いとも言えないのである。そのくせ妙な苦みは少し感じるし、そもそも触感がぬちゃぬちゃだし、なんか喉が渇くし……総評で言うと、今まで食べた物の中で上位に入るとは口が裂けても言えないご飯だ。
「おいしい? お兄ちゃん」
「……これ、理沙ちゃんが作ったの?」
「(こくり)」
相変わらず口の中の料理は味がしない。だけど、
「おいしいよ、ありがとう」
こんな可愛い子が作ってくれたんだぞ、不味いワケあるか。その時点で100点満点、多少のマイナスなんか誤差でしかない。
そんなことを思いながら空きっ腹に謎飯をかっこんでいると、ふと横から、
「よかった」
という声が聴こえた気がした。それは数日で培った理沙ちゃんのイメージとは全然違う、小さいながらも感情の籠っている気がする声で。
「(……複雑だ)」
ここで素直に「嬉しい」と思えないの自分が少し嫌だった。けれど仕方ない、それが俺の臆病さで、弱さで、つまらなさで……それこそが決して目を逸らしてはいけない、理沙ちゃんへの悪影響と成りえる醜さなのだから。
「(理沙ちゃん、中学校で友達沢山作って俺のこと忘れてくれないかな……できればそのとき俺が悲しくなっちゃわないよう今のうちに)」
出会ったばかりなのに別れの辛さを想像し怯えて、それなら仲良くならないよう遠ざけようとしている。そんな俺の心境を知れば、理沙ちゃんはどう思うだろうか。
いや、そんなのは決まってる。ダサいお兄ちゃんは妹に嫌われる、それがきっとこの世の摂理だ。そうなったらとても悲しいけど……きっと今のうちなら、一週間引きずるくらいで済むと思うから。
「(……てかよく『これ』を美味しそうに食べるな理沙ちゃん。いやたしかにマズくはないけどさあ……味音痴なのかな?)」
横の理沙ちゃんは、小動物を思わせる仕草で俺のと同じ弁当をパクパクと食べていた。その顔には無表情ながら「おいしい」と書いてあるような気がする。
「(もぐもぐ)」
「っはは」
「?」
一心不乱にスプーンを動かす理沙ちゃんの姿に自然と笑顔になってしまいながら、俺は最後の一口を飲み込んだ。
春、昼休みの中庭は温かい日差しに包まれ、学校の中とは思えないほど優しい空気の中で、俺と理沙ちゃんは「ごちそうさまでした」と手を合わせた。
しかし、こんなに温かいと眠くなってくる気がするな。昨日寝て無いし、正直寝ちまってもいいかな。起きれないかもしれないけど、ちょっとサボるくらいで留年・退学はないだろう。
そう思って俺は目を閉じ、心地よい春眠の中へ……。
「……なんか全然眠くないんだけど」
落ちては行かなかった。
全然眠くないし、何ならむしろ動き回りたいくらいだった。いや、動き回りたい……!
「な、なんだこれは……体の中からエネルギーが溢れる! これが俺の真の力……!? かつてない力の高まりに動かずにはいられないぜ! うおぉ、ひゃっほう!」
衝動的にベンチから立ち上がり中庭を走り回り始める俺。心臓が力強く鼓動し、酸素をたっぷりと含んだ血液がぎゅわーっと全身に回っていく。筋肉が枷が外れたように躍動、強くなった俺たちを活躍させろと叫ぶので体を動かすのを止められない。
中庭で3回転半宙返りとかし出した俺――四季巡を、理沙ちゃんは冷や汗と共に眺めていた。
「(……そういえば
幸運にも四季巡の体が爆発四散したりすることは無かったが、彼の体内に取り込まれた沢山の化学物質は脳内でドーパミンやアドレナリンを大量生産。更に一時的にドーピングされた身体能力を振るう高揚感が合わさった結果……巡は昼休みが終わるまで中庭で1人走り回り、それを目撃した人たちから「動きのうるさい奇人」という至極まっとうな評価を得ることとなった。
◆
そんなことがあった日の放課後。
「(まだ体が無駄に元気だな……おかげでめっちゃ授業に集中できたけども)」
俺は眠気のひとつも無い超健康体で西棟4階廊下を歩いていた。
理沙ちゃんの弁当には何が入っていたのだろう。それか俺が勝手に嬉しくなって目が冴えちまったのか。……それだとだいぶ恥ずいなあ。
ただ何もないってことは無いだろう。徹夜したのに午後の授業で居眠りしないなんて、俺からしたら奇跡みたいなもんだからな。
そんなこんなで元気な足は、1年で染みついた習慣で俺の体を文学部へと運んでいた。だが今日に限っては扉を開ける手が止まる。
「(さて。なんも考えずに来ちまったけど……どうするべきか。夏目先輩は今日も来るって言ってたしなぁ)」
俺は長い付き合いですっかり慣れた、建付けの悪い扉の前で立ち止まる。
文学部として1年間活動――本を読むだけだが――してきたプライドは無駄にある。けれどこの扉を開けるということは、あの美人な先輩に会うということで。
それは彼女との関係の糸、まだまだ細いそれをより固く結ぶということだ。切れたとき、切られたときに痛くなるくらいに。
そんな感じの思考が、俺の手を扉から遠ざけていた。
「(ゲームなら選択肢が出てそうな場面だな……)」
俺に提示された選択肢は3つ。
1。今日限りで文学部であることを捨て、扉を開かず帰宅する。
2。扉を開き部活に参加するが、夏目先輩と慣れ合うことはしない。
3。全てを忘れて黒髪眼鏡文学少女美人先輩とイチャイチャする。俺は(将来的にフラれて)死ぬ。ドンマイ。
……まあ3は却下だな。うん。そんなことになれば一生引きずるぞ俺は。
残すは1か2だが……悩むなあ。
正直理性は1を選んでいる。君子危うきに近寄らず、信念が揺らぎかねない行動は慎むべきだ。
しかし煩悩は2を選んでいる。なんせ文系年上黒髪美人は俺のどタイプだからだ。……そこ、そんな目で見るな。俺だって人間なんだ、好みもあれば欲望の1つや2つや108つくらいあるわ。
だが、今回に限っては、まあ。
「(……ま、結局1、だよな)」
理性と煩悩の最終戦争は辛くも理性側が勝利し、俺は目の前の扉を開かないことを選択した。
「(どうせあんな美人なら彼氏の1人や2人居るだろうし、居なかったとしても俺には高嶺の花だしな。それなら好きになっちまう前に離れる方が賢いってもんだろ)」
俺は扉に伸ばしかけていた手を下ろし、踵を返そうとして――。
ガラリ。
扉が開いた。
「は?」
俺はまだ指一本触れてもいないのに、目の前の建付けの悪い木の扉は、まるで自動ドアかのようにひとりでに開いていた。
「(え、俺今触ってな――)」
どんな思考ももはや遅く。
中にいる人物が、ゆるりとこちらを振り向いた。涼風の如き声が語る。
「——やあ、こんにちは四季くん。入らないのかな?」
綺麗な黒髪の眼鏡美人、夏目優乃先輩と目が合った。
そして俺は気付く。この状況、どう考えても「俺が扉を開けた」ように見えることに。
「(……入るしか、ないよなぁ)」
ここで帰ったらただのヤバいやつだ。俺は仕方なく、なんだか以前より空気が良くなったような部室の中に脚を踏み入れる。
「こ、こんちわっす」
「うん、こんにちは。そんなに畏まってないで、もっと気楽にしていいんだよ?」
「う、うす……」
室内に漂う本と埃の匂い。普段は落ち着くハズのそれが、同じ部屋に夏目先輩が居ると妙に落ち着かない。
そのままいつも座っているパイプ椅子の上という定位置に納まっても、そわそわとおさまりの悪い感覚を味わう破目になっていた。
「(やっぱこの人とは緊張してうまく話せねー! 芸能人かなんかと相対してる気分だ! くっそ、マジでなんで開いたんだ扉!?)」
そう頭を抱える俺――四季巡は気付くハズもない。扉を開けた存在、つまり部屋の端で、
そんな彼を机を挟んで流し見ながら、優乃はその
夜の闇を梳かしたような黒い髪を艶やかに揺らしながら、思う。
「(……なんでしばらく入ってこなかったんだろう。『帰られても困る』っていう賢者様の言う通りゴーレムで扉を開けたけど……もしかして避けられてる!? 昨日は私にしては珍しく結構打ち解けられたと思ったのに……どうして!?)」
残念美人が極まっていた。
優乃がネガティブな妄想に呑まれ動けないでいると、それを咎めるように手帳に新たな文字が滲み出る。
[Ms.優乃, リストを確認なさい. すべきことはそこにありますよ]
透明なインクで「止まってないではやく動け」と書かれてる気がするページを見て、慌てて優乃は付箋の張られたページを開く。
するとそこには「異性を篭絡する方法」と銘打たれた、賢者様の文字でびっしりと埋まった見開きがあった。
[
・同じ本を取ろうとして手が触れると相手を意識するようです
・相手が見ている本を見ようと覗き込むなどして顔が近付くと、魅了に似た効果があるようです
・対面ではなく隣に座る方が……
・吊り橋効果というのがあって……
(そんな感じのことが見開きいっぱいに書かれている)
]
参考文献が分からないのが若干不安ではあるが、これだけの情報はありがたい。ありがたい、のだが……。
「(お忙しいはずなのに、なんでこんなノリノリなの賢者様……もしかして娯楽に飢えて――いや、不敬だ。賢者様に限ってそんなことある訳ない)」
どうにも文字が躍っているような気がするのは優乃の考えすぎだろうか。
そんな思考を頭を振って追い出し、優乃は見開きの最初の行に指を這わせた。
「(とにかく、この比較的ハードルが低い『同じ本を取ろうとして手が触れる』のをやってみよう)」
優乃は巡と本棚を交互に確認する。巡はまだその手に本を持っていない。部室に備え付けられた隙間の多い本棚には、埃を被った名作小説たち。巡があの本棚の本を取る隙を狙って作戦を実行するべきだろう。
「(ふぅ。いくら男の子相手でも、流石に手が触れるくらいなら大丈夫なハズ。よし、行ける!)」
覚悟完了した優乃はいつでも立ち上がれる姿勢を取り、巡の一挙手一投足を見逃さぬよう手帳の横から注視する。
そんなことされてるとは思っても居ない巡は、漸く観念して椅子に深く腰を下ろし、
「(……ここまで来たらしょうがない。俺も本読むかぁ)」
そして優乃が覗き見る前で――鞄から本を取り出した。
優乃はずっこけた。
思わず咎めるような声が出る。
「し、四季くん」
「え!? は、はい」
急に声をかけられ驚いたのか上擦った声を出す巡に、優乃は白い指で本棚を示す。
「君はあの本棚の本を読んだりしないのかな?」
答えは早かった。
「えあっはい……あそこにあるのはもう読んだことあるやつなんで。な、なんかまずいっすかね!?」
「い、いや良いんだ。別になんでもないから」
優乃はそう誤魔化すと、元の姿勢に戻って息を吐いた。
……作戦は破綻した。
「(ど、どうしよう。『そこの本取って』って言う? でもそれで触りに言ったら完全に変な人だよ! よ、よし。この作戦はやめ、次に行こう)」
優乃は再び手帳の付箋が張ってあるページをめくり、何か使えるものはないかと目を凝らす。
「(えーと、『相手が見ている本を見ようと覗き込むなどして顔が近付くと……』――これなら!)」
そして新たな作戦に目をつけた彼女は行動を開始。
こほん、わざとらしく咳払いし、巡が持つ先ほど鞄から取り出した本を指さした。
「巡くん、その本は?」
「え、まあこういうやつですけど」
そう答えながらブックカバーを外して表紙を見せてくる巡。少し表紙の装丁が掠れて見づらいが、どうやら昔の文豪の小説らしい。
魔導書でもない本の内容に特段興味は無いが、顔を近づけるために有効的な返事はひとつ。
「私にも少し見せてよ」
すると少し悩んだ様子の巡は頭を掻いて、そして数秒の思考の後答えた。
「え、あー……まぁいいっすよ」
その言葉に内心で小さくガッツポーズをした優乃は、机に広げられるであろう本を見るために優乃が身を乗り出し……。
「はい、どうぞ」
「え?」
優乃の目の前に本が差し出された。思わずそれを受け取ってしまう。
彼女がうまく事態を飲み込めずに、今自分に本を渡して来た巡の方を見ると……彼は既に新しい本を鞄から取り出していた。
彼は言う。
「まあその、読み終わったら返してくれると嬉しいです、はい。あ、でもめんどくさかったら全然、はい。中古屋で100円で買ったやつなんで」
それが意味することはつまり。
[言葉が足りなかったせいで『一緒に読む』という意思が伝わらず, 貴女が1人で読むものと思われてしまったようですね]
「(そ、そんなぁ……!)」
予想外の結末に、優乃は受け取った本を持ったまま固まった。
そのまま彼女の胸中を、失敗の連続により焦りが支配する。容姿端麗頭脳明晰かつ優秀な魔導書・魔術研究者とはいえ、「こういうこと」の経験など無い彼女は冷静な思考を失いつつあった。
「(ど、どうしよう……どうしようどうしようどうしよう……! 次のを試してみる? 『隣に座る』……今急にやっても引かれる気しかしない! 『吊り橋効果』……火事でも起こす? いやどうやって距離縮めるのそれ!? 次も次も上手くできる気がしない、ああああどうしよう、もう分らなくなってきた……どうやれば人に好かれて何をしたら嫌われるの!???)」
目を回して混乱の極みに陥る優乃。幸運ながら本に集中しだした巡がそれを見ることは無かったが、それでも状況が好転したわけではない。
迷走の果てに、優乃は見開きの最後に書かれた言葉を目の端で捉える。
そこにはこう書かれていた。
[膝枕. される者にする者への安心感を与え信頼を持たせる. 高難度だが成功すれば(塗りつぶした跡)まだ早い]
そして優乃はこう思った。
「(『成功すれば』……? この書き方、もしこれが成功すれば、今日の失敗を取り返せる成果を挙げられるのでは……?)」
明晰な頭脳が秘された部分を推測により補完してしまう。結果、彼女の思考は弾けた。
「(よし! 今更あと1回2回失敗したって何も変わらないだろうし、これはチャレンジするべきだよ
「失敗続きなのに一足飛ばしで損失を取り返そうとする」、「成功・失敗という結果だけに目が行って行動自体に伴うリスクを計算できていない」、「追い詰められると普段の思慮深さや慎重さがどこかに消え、思考停止で目の前の選択肢に飛びついてしまう」という『失敗する人間の特徴3選』みたいな要素を詰め込んだ人間・夏目優乃は、
「(決めた、この『膝枕』に賭けよう!)」
と急転直下の思考で決意してしまった。
更に悪いことに、彼女は決断に時間がかかるが一度決めると行動は早いタイプであるため、その暴走を止められる者はこの場に居なかった。
そして夏目優乃は――あらゆる手段を講じて「膝枕」を目指す暴走特急と化した。
「(私の全魔術的知識を以て、この命題を解決する――!)」
なんかカッコイイ感じの啖呵を静かに切った魔術師は、己の手札とそれによって辿り着きたい着地点を冷静にすり合わせる。
「(膝枕――文字通り膝を枕にする行為。この場合信頼を得たいのは私だから、枕になるのは私の膝。それを成功させるにはまず相手に眠ってもらう必要がある……よし、アレなら!)」
優乃は素早く魔道具「底なし鞄」を開くと、中から一本の試験管を取り出した。
コルクで固く締められたガラス製の試験管の中に入っているのは……キラキラと光を反射して輝く青色の粉。それは非情に軽いらしく、試験管の中で気体のようにフワフワと浮いたり沈んだりを繰り返している。
「(
微睡草……それは魔術によって品種改良された植物である「魔法植物」の一種。協会の植物学部が定めた危険度は下から3番目の「準マンドラゴラ級」で、入手難易度の割には高価なのはその花粉が持つ特性にある。
優乃が試験管の蓋を開けると、部室内に花粉が舞った。微かに香る甘い匂いが部屋全体に広がっていく。
「(微睡草の花粉は、耐性がない人が吸うと10秒で昏倒して10時間は起きない毒性を持つ……希釈してるし部室もそこまで狭くないから昏倒まではいかないだろうけど、耐え難い眠気くらいなら与えられるはず……!)」
微睡草とは、近づいてきた生物を睡眠誘発作用のある花粉によって昏倒させる魔法植物。そんなことをする理由は身を護るためとも生物を衰弱死させて周囲の土壌を豊かにするためとも言われているが、とにかくその花粉は安眠のお供から諜報・戦闘の隠し玉まで様々な用途で使用できる魔術師御用達のアイテムである。
当然この花粉の毒への耐性を持つ優乃は、空になった試験管を仕舞いながら考える。
「(この部室は結界内だから、後遺症の残らない小規模な魔術的干渉は認識阻害で誤魔化せるハズ……ごめんね巡くん、私の膝で眠ってもらうよ!)」
冷静な自分が見たら卒倒しそうな台詞を頭の中で叫びながら、優乃は巡の方をじっと見た。そのまま巡の様子を観察しながら、「彼が眠そうな様子を見せたら膝への『誘導』を開始しよう」と注意深く見つめる事5秒、10秒、30秒……1分。
……しかしなにもおこらなかった。
「(……何の反応も見せない!? 何で!?)」
困惑する優乃の視線の先、黙々と読書を続ける巡——彼の体内では、昼休みに摂取したエネルギーを増幅させる化学物質が暴れ回っていた。
「(理沙ちゃんの弁当のおかげか、まだ目が冴えまくってるなぁ。めっちゃ読書に集中できるし眠くもならねえ。内容がスラスラ頭に入ってくる。普段ならこういう小難しい文体の本読むと結構眠くなったりすんだけど……ま、この集中が家で課題する時までもつのを期待しとくか)」
弁当に含まれていた科学物質が巡の脳機能を強化し、その結果彼は微睡草の花粉に耐えうる体力・気力を一時的に得ていたのだ。
当然そんなこと優乃はおろか巡本人を含めた世界中の誰もが知り得ないこと。
「(微睡草の効かない非異能者なんて居るハズが無い! そんなデータは過去500年の文献を漁っても出てこなかった! だから絶対四季君も眠る、そのハズなのに……!)」
半ば祈るような気持ちで2分3分と待ち続け、それでも何も起こらず……"なぜか"巡には微睡草が効かないことを優乃が諦めと共に認めたとき、
「(そ、そんな、ありえない……)」
一つの目的に突き進む優乃の思考回路が、「失敗」を突き付けられて崩れ去った。
最早思考が纏まらないほどに弱った心は魔術への耐性を薄れさせ、吸い込んだ花粉が優乃の意識を一瞬遠のかせる。
結果、彼女の全身から力が抜け。
「(あ)」
ガシャン! と音を立てて優乃は椅子から転げ落ちた。長い髪が床の上に広がり、持っていた手帳が遠くへと落ちる。
「!? な、夏目先輩!?」
それを見た――同室に居た先輩が急に倒れたのを見た巡は、当然何事かと彼女のそばに駆け寄る。
しかしそこからどうすればいいか分からない彼の動きはそこで止まった。よっぽどのことがない限り異性に触れて抱き起こしたりするのはしない男、すなわち四季巡は、せめてもの気持ちで声をかける。
「だ、大丈夫っすか!?」
すると優乃は確かに身じろぎした。巡はとりあえず彼女に意識があることに安堵する。
「(こういう時ってどうすりゃいいんだ!?)え、えっと……救急車とか呼びます?」
「あー……あたま、痛い」
「! やっぱ呼んだ方がいいっすよねッ」
「ああ、いや、いいよ……大したことない」
「え? いや、でも……」
「ほんとに大丈夫だから」
意識がハッキリしてきたのか返答に力が入りだした優乃を見て、ほっと安心する巡。しかし余裕ができるとまた次の問題が彼の頭を悩ませた。
それは「自分が触れて助け起こすことは出来るが、そうすると嫌がられないだろうか」ということである。
巡は未だ床に倒れたままの優乃に恐る恐る尋ねる。
「……その、1人で起きれます? 手貸した方がいいっすか?」
「いや、その必要は……」
優乃はあくまで1人で起き上がろうとして――ふと彼女の脳裏に、10分ほど前に見た一節がよぎった。
――『手が触れると相手を意識する』。
優乃は直感に従い、未だ本調子でないままの思考で巡の方に手を伸ばした。
「やっぱり、手を貸してもらおうかな」
「は、はい」
巡も優乃へ手を差し出す……だが自分から降れようとはしないその手を、優乃は微笑みながらぎゅっと握った。
「まるで昨日の再現だなぁ」
「……立ち位置は逆っすけどね」
「そうだね」
巡に支えられて立ち上がりながら、優乃は花粉の効果がまだ残った頭により、思ったことをそのまま口から出してしまう。
「……きみの手はあったかいな」
「ぅえ……?!」
それが齎した相手の反応にはまるで気付かず、立ち上がった優乃は改めて巡に感謝した。
「ありがとう、心配してくれて。(そこまで嫌われてないと分かって)嬉しかったよ」
優乃の中には安心感があった。それは「心配される程度の好感度はある」という、余りにも志の低いものではあったが、自己肯定感の低い優乃にとっては「まだチャンスはある」と同義であった。
それでも成功とは言えないだろう今日の醜態に、優乃は溜息を吐く。
「(今日は上手くいかなかったな。異性として意識させるどころか、距離を縮める事さえ出来てない。挙句の果てに心配されて……はぁ、やっぱり私にこういうことは……)」
そんな彼女の視界の外で、件の四季巡は。
「(くっそ、めっちゃドキドキする! 手握っただけなのに好きになっちゃーう! 落ち着け俺、不謹慎だぞ最低だぞ、ていうか心弱すぎるぞっ!?)」
しっかりがっつり意識していた。苦し紛れで無意識の一撃がクリティカルヒットしていた。
距離を置くどころかどんどん情が移っていくのを感じながら、巡は心の叫びを放つ。
「(今日はなーんも上手くいかねー! 俺のバーカ! 仲良くなったって、最終的に苦しむのは
結局春咲とも理沙ちゃんとも夏目先輩とも関係値を深めてしまった男は、己の移り気な心を恨んで頭を抱えた。
◆
――魔剣。
それは遥か昔、伝説と謳われた魔術結社が創り出した魔道具である。
全部で九つあるそれらは持つ者に「人の領域を逸脱した力」を与えると言われ、また現代のどんな魔術を用いても再現が不可能なことから
そんな魔剣はしかし、今やその九銘の全てが行方不明となっていた。異能者たちがどれだけ捜索しようと影も形も無いことから「伝説上の存在なのでは」と実在すら疑われている魔剣だが、それを取り巻く噂だけは今なお数多囁かれている。
曰く。掴めば最後、死ぬまで離せぬ。
曰く。魅入られたなら、人ではなくなる。
曰く。それは勝利を約束する剣であり、全てを失う悪魔の契約である。
そんな、今や伝説の中だけの存在であるハズの魔剣の一振り――失われたはずのソレが、木世津高校のあるここ小代実市に存在していた。
茜に染まる空。
喚くような鴉の鳴き声が空を汚す。街の喧騒は届かない。此処は遥か高所、人が立ち入ることなど想定されていない電波塔の上だから。
そんな遥か高みにて、その声は吹き荒ぶ強風に流されること無く独り響いた。
「へー、結構映えなカンジじゃんココ。この景色撮ってミンスタにアップしたらバズるかなぁ。それとも炎上するかな、『立ち入り禁止の所から撮った写真だ!』って……うっわ想像したら萎えた、やめよ」
スマホ片手の軽い言葉。
地上から100mの地点、幅20cmもない隙間だらけの鉄板の上に座って足をぶらぶらさせながら、「彼女」は独り眼下に広がる街を見下ろしていた。露出の多い服装の上からレインコートに似た黒い服を纏い、深く被ったフードで顔を隠したその人物がつついていたスマホが小さく振動する。
「お、合図だ。それじゃあウチも『魔剣士』として、しっかりお仕事しないとなぁ」
そんな彼女には、場所以外にも明らかに異常な点がひとつあった。
——それは、自身の身の丈ほどもある巨大な剣を片手で持っていること。
少女の細腕が握るのは、光を吸い込むような漆黒の刀身に、時々苦悶の声を上げ身を捩らせる「蠢く装飾」の施された、悍ましくも美しい両手剣。
其は破軍の魔術兵器、伝説から現世へと舞い戻った災禍の具現。
地獄をそのまま殺人道具として鍛ち直したかのようなその剣の名こそ——魔剣・ダーンスレイヴと言った。
その所有者たる少女は、遥か眼下の街を見下だしてけたけたと嗤う。
「あー楽しみだなぁ。日本の3大陣営にも数えられてない弱小
ばさり、と強風にあおられフードが外れ、隠されていた素顔が露わになる。するとそこには……狼を思わせる刺々しい藍色の髪と、頭頂部に生えた一対の獣の耳。
猛獣を――凶暴な狼を思わせる牙を覗かせた凄絶な笑顔で、少女は言った。
「『四季巡』を狙ってるのは大手の異能者だけじゃないってコト、ウチがその"断面に"教えてあげっから☆」
彼女の縦に裂けた瞳孔が見据える視線の先は……木世津高校。
殺意が、動き出そうとしていた。
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