第28話 見つけた

朝7時頃。


「おはようございます、慈音様」


「ん、ああおはよう巳波」


五重塔最上階で寝巻きに身を包みながら、机に向き合いながら慈音は筆を走らせていた。

その様子と、近くに敷かれた敷布団に使われた形跡がないことに巳波は顔をムッと顰める。


「恐れながら慈音様、昨夜はお眠りになられましたでしょうか」


「ん?あーまあ、ちょっと早起きしたくらいだよ」


「...そうですか...」


(嘘ですね...一睡もしてない...)


この方はいつもそうだ、何かが起こる直前ほど体を休めない。少しの情報も漏らさないように一晩中、記憶の海に潜り続ける。

その事実を裏付けるように神の力の残滓がうっすらと部屋に漂っている。


「巳波、美幸君たちはもう起きてる?」


「いえ、まだ就寝中です...とてもよく寝ていらっしゃったので起こすのが憚られまして...」


朝6時30頃、部屋に行けば温め合うように寄り添い合う2人の姿を見て、巳波は無言で舌打ちをして扉を閉めた。


「そうかい、ならもう少し寝させてあげなさい、少しでも疲れがとれるようにね...」


「はい」


「今日は必ず荒れる、何せ他の神の領土に踏み込むからね」


こういう時のこの方の勘はとても当たる、それはやはり人に近い神故の感覚なのかもしれない。


「それに.....まあ気張っていこうか」


※※※※※


昨日の夜、布団に入って最初のうちは本当に眠れなかった。


こんな事をしていていいのだろうか


玲香達は今どうしているのか


明日には助けられるかな...


そんな漠然とした不安に襲われて、頭の中はぐっちゃぐちゃ。

布団の中でゴロゴロと、明日に備えて寝なくてはいけないのに...

なんて思考を巡らせて余計眠れなくなる、この調子じゃ眠るなんて無理だ。


(こんな風に時間を無駄にするくらいなら...いっそのこと探しに行ったほうが...)


慈恩さんには止められたけど、それでも...大丈夫誰にも心配も迷惑もかけないさ、なんて。

布団からモゾモゾと体を起こし、そっと立ちあがろうとして...


「どこに行くんですか?」


「あ...」


寝室に優しい声が聞こえた。

立ちあがろうと床についた手をすぐ隣の布団で眠る悠奈が掴んでいた。


「えっと...」


マスクをつけていないせいで何か言い訳することも何もできず、顔を逸らす事しかできなかった。

そんな僕を見て悠奈はふっと小さく笑う。


「眠れないんですか?」


「.....」


「一緒に寝ましょう、明日も早いんですから」


「え、ちがッ...」


否定する間もなく悠奈の布団の中に引き摺り込まれた。

中はとても暖かくて、とても落ち着く優しい香りがする。


「大丈夫、きっと全部うまくいきますから...」


それに悠奈の心臓の音が聞こえてきて.....気づけばもう意識がなかった。


 


目が覚めて翌朝。

ゴロリと軽く寝返りを打ち、涙でぼやけた視界で起き上がり、そんな昨日の夜の事を思い出してしまった。

顔が熱い、今鏡で自分の顔を見たら真っ赤に染まっているんだろう...こんな顔絶対に悠奈には見せられない。


(悠奈は...先に起きたっぽいな...良かった)


布団から上半身だけ起こして、布団の中に残る暖かさに少し名残惜しくなりつつも立ち上がる。

隣に本来僕が寝ていた布団はとても丁寧に畳まれていて、その近くにとても見慣れた学生服と、マスクが畳んで置いてあった。

着替えとして悠奈が用意してくれたのだろう、昨日洗ったばかりだから早起きして服を乾かしてくれたのだろうか?とてもありがたい。

寝巻きを脱ぎ、学生服を着ていくと普段家で使っている洗剤とは違う柑橘系の甘い香りがした。


(そう言えば.....良かった、)


学生服の右ポケットに手を突っこめば、そこにはしっかりとお目当てのモノが確かにあって、その事にほっと息を吐いた。


「おはようございます、美幸くん」


「あ、おはよう、悠奈」


近くの扉が開くと、そこには同じく学生服姿の悠奈がひょこっと顔を出して、お盆を二つ手に持って部屋に入ってきた。


「お食事をお持ちしました、一緒に食べましょう」


「ありがとう悠奈」


「はいっ!」


持ってきてくれたのはお皿に盛られたお米に目玉焼きとベーコン、ドレッシングのかかった野菜。

とても栄養バランスが考えられた健康的な献立だ。


「お寺の人が作ってくれたの?」


「いえ、厨房をお借りして私が作りました」


「あ、そうなんだ、料理もできるのかぁ...」


見た目もよく性格も良くて料理もできて優しい、完璧で非の打ち所がない悠奈に嬉しいような、どうして僕なんかを...そんな複雑な感情でベーコンを口に持っていく。


「美味しいッ」


「ありがとうございます、この件が全部終わって上下市かみおしに帰ったら毎日作ってあげますから」


「うん...そうだね、じゃあ必ず終わらせないと」


訳も分からずに始まったこの物語を終わらせなくてはいけない、必ず誰もが幸せなハッピーエンドを掴み取る、いや掴み取らなくちゃいけない。


「美幸くーん?起きてるかーい」


「慈恩さん、おはようございます」


決意を新たに強く誓っていると、部屋の扉を開けて慈恩さんがひょこっと顔を出した。服はいつもの着物じゃなくて、現代の若者のような服装、まるで友人と遊びに行くような服を着ていた。

その後ろに付き添うように双子の巫女さんの片割れがそこにいた。


「ご飯中だった?...ん、それ...僕たちが用意したやつじゃないよね?悠奈さんの手作りかな?」


「朝食まで用意していただくのは気が引けましたので、こちらで用意させていただきました」


そんな当たり障りのない言葉に、慈恩さんはスッと目を細め、悠奈は至って普通な様子で朝食を食べ続けている。


「そんな気使わなくてもいいのにねぇ、巳波?」


「はい、もし私達が卑怯な手を使うつもりはありません」


「ええ、私は信用していますよ...ですが万が一、と言うこともありますので、念には念を入れさせていただきました」


「...侮辱しているのですか?...」


「貴方達も慈恩さんの為なら同じ事をするでしょう?」


「...いいでしょう今回は引いてあげます、ですが次は許しません」


「でしたら私も次は腕によりをかけて作らせていただきます」


「構いませんよ」


そんなよく分からないセリフの応酬に僕は無言で慈恩さんを見つめた。


「.....えっと」


「愛されてるって事だよ」


「...そうなんですか?」


これが愛、とても圧を感じる言葉の応酬って感じだと思ったけど...そもそもなにか含んだ会話で、上っ面の言葉だけの応酬という感じだった。

その意図は自分にはよく分からなかったけれど、何か大切なやり取りだったみたいだ。


「それは置いといて、美幸くん悠奈ちゃん今から20分後には表の浅草の昨日と同じ場所に車を準備させておくから、早めに来てね」


「はい」


「とてももあるから、それじゃ待ってるよ」


とても良い知らせ、それだけ伝えて手を振りながら部屋を出ていく慈恩さん達に、僕も軽く手を挙げて見送る。

改めて悠奈に視線を向けると、いつも通り可愛らしく笑みを浮かべた。


「さっきの巳波さんとのあれは?」


「さあ、なんでしょうか」


よく分からないけれど、悠奈はとても満足そうな表情をしているのから、結果オーライなんだろう。

よく分からなくてちょっと疎外感は感じたけど...


朝食を食べ終え、即座に支度を整えて悠奈と寺を出る。

寺の外は今にも沈みそうな綺麗な夕焼け空だった、この神界に初めてきた時、お昼に入った時は深夜だった。

それで今早朝に出れば夕焼け空って、一体どう言う時間軸をしているんだろうか...この神界はまだまだ謎が多い。

まあ人に理解できない世界だから神回なんだろうけど。


「美幸くん、はぐれたらいけません、手を繋ぎましょう」


「うん、そうだね」


寺の外に出た後、2体の金剛力士像が飾られた門の前で悠奈と手を繋ぐ、昨日は神界から人の世界に戻った瞬間あまりの人混みにはぐれてしまった。

同じ轍は踏まない、手を繋いで一緒に門を潜り抜け、目の中に一気に朝日が、耳の中に喧騒が飛び込んでくる。

今の時間が朝の9時くらいだとしても、ちょっと人がいすぎなくらいいる。

人混みにうんざりとした気持ちになりながらも、人混みからどうにか抜けて大通りに出て浅草駅前まで向かう。

そこから浅草地下街店を超えた馬道通りラーメン屋の近くにドラマの世界で見るような黒く長い高級車、所謂リムジンが停まっている。

昨日と同じく近くには、浅草寺に初めてきた時門前に立っていたスーツ姿の老人が待っていて「お待ちしておりました、美幸様、悠奈様」なんて声をかけながら車のドアを開けてくれる。


「ありがとうございます」


「あ〜...来たね美幸くん、悠奈ちゃんも」


リムジンの中はバーカウンターがあってそこの1番奥に慈恩さんが座っていた。

座っている慈恩さんは、何故か髪の毛がぴょこんと変な方向に跳ねていて、目を何度もパチクリさせている。


(慈恩様...先程まであんなによく寝ていらっしゃったのに...即座に対面を整えるとは、爺は感服いたします)


「とりあえず座って座って、爺は運転お願いね」


「はッ、お任せください」


言われるがまま車に乗り込み、慈恩さんの近くに座り、隣に悠奈が腰を下ろす。


「今日は昨日行けなかった所に乗り込む予定なんだけど、まあぶっちゃけ他の天神に喧嘩を売ります」


「...はい」


「正直僕は戦闘型の神じゃなくてね、真正面からやりあえば負ける可能性が高かった、けど大きな味方ができてそこまで戦力に差がなくなったんだ」


少しため息をつき、言いにくそうにしながら慈恩さんはその者の名を口にした。


「天神第九席葉月が味方についた」


「えっ...第九席ですか?あの?」


「まあ悠奈ちゃんは知ってるよね、葉織商会はおりしょうかいの代表取締役の葉月ちゃん、美幸君のあのマスクを作ってくれたのも彼女だよ」


この神の力を封じるマスク、こんな凄いモノを作り上げた神...

そんな神が僕の味方?...正直信じられない、メリットなんて何もないだろうに。

これが終わったら葉織商会でタダ働きしろとかそんな感じだろうか?助けられるなら全然構わないけど。


「葉織商会が一体どうして...もしや慈恩様、美幸くんの力をダシに...」


「さぁどうかな?どうやったのかは企業秘密だけど、もしそうだったとして何か問題があるのかな?」


慈恩さんは真っ直ぐ僕を見ながら力強く語る。


「君が助けたいと思う人達は、ナニカを出し惜しみする程度の存在、と言うわけじゃないでしょ?」


「そうですね、僕をダシにしてあいつらが助かる可能性が少しでも上がるなら問題ありません」


「美幸様ッ...そうですね、それがお望みとあらばお従いいたします」


悠奈はかなり何か言いたそうな顔をしていたが、僕の言葉に諦めるようなちょっと拗ねたような顔をする。

きっとこの件が終わった後、僕の今後の人生をとても考えてくれているからこそ不満なんだろう、本当に優しい子だ。


「それと、はいこれ」


慈恩さんが足元から取り出しのは黒いケース、慣れた手つきで封を外して開けてみればそこにあったのは黒光する筒、一般的に言えばそう、拳銃。

そして黒いパイナップルこと、手榴弾が入っていた。


「一応護身用ね、もしやばくなったら迷いなく撃ってこれ投げつけるんだよ」


「え...本気ですか?」


「まあ100%効かないと思うけど、ないよりはマシだからさ」


ないよりはマシ?え、神って拳銃と爆弾効かないの?僕撃たれたり投げつけられたら即死する気がするんだけど、神ってこんなに力に差があるものなのか...やばいな。


「本当はあんまり天神に助けは求めたくなかったんだけどね〜.......神は嫌いだけどまあ仕方ないよね」


少し虚な目をした慈恩さんの独り言が聞こえて「さぁて、目的地に着くまでに僕オススメのカクテルをご賞味あれ!」そんな顔も声も全て幻覚だったみたいに、いつもの笑顔を浮かべた慈恩さんはウキウキとしながらバーカウンターに手を伸ばし


「いやあの、僕達未成年です...」


呆然とその手は止まった。


※※※※※


車で移動を始めて約2時間、八王子や上野、代々木等いくつかの場所を回った。

前回は、慈恩さん達はそこまで警戒していなかったのだろう、ついて来ても20人ちょっとの数だった。


けれど、今回は違う。


驚いたのは慈恩さんの部下達がかなりの重装備で小学校の廃墟に乗り込んだ事だ、黒いスーツにマシンガンやロケットランチャーを肩に担ぎ、その廃墟を取り囲むようにスナイパーの部隊。

めっちゃイカつい、どこぞのマフィアにしか見えない。

それに100人いないくらいの白い胴衣を纏った人達が僕達の前と後ろをガッツリと囲み、周囲を警戒しながら一つづつしらみ潰しに廃墟を探索していった。


「ポイントA以上なし、彦成ひこなりのサーチは?」


「も、問題ありませんッ!こ、ここには人っ子1人いないです!」


「了解、ありがとね、一応見落としはないか見回りだけよろしく、報告も忘れずにね」


「「「はッ!!」」」


その言葉に即座に白装束の人達は蜘蛛の子を散らすかの如くこの場から消えていった。


「慈恩さんこの人達は?」


「僕の眷属だよ」


「眷属、ですか?」


眷属というと、フィクションの世界なら勝手なイメージながら吸血鬼が真っ先に浮かぶ。

蓮斗が昔対戦格闘ゲームでひたすら眷属の蝙蝠を召喚してきて、物量で殺されたのを思い出す。


「美幸くん、慈恩さんのいう眷属は同じ力を持つ下位の者を指すんです」


「そうつまり、この人達じゃなくて、この神達が正しい」


「ここに居るの、全員神なんですか!?」


この人達全員が神、この世界にはこんなにも神が存在していたのかと言葉を失ってしまう。

もしかしたら僕の力はそんなに珍しいものではなかったのかもしれない、上下市内にも、いやなんだったら遊佐高校の中にだっていたのかもしれない。


「といっても今回のメンツは戦闘、索敵に特化した地神以上の神達だよ」


戦闘に索敵、神によっても持っている力に振り幅があるのか、僕の力は何に属するんだろう?...まあ索敵とかかな、戦闘向きではないのは良くわかる。


「眷属なんて偉そうな名前で呼ぶけど、1番近いのは部下、もしくは弟子だけどね」


神が嫌いな慈恩さんの神の部下。

ここの神達はきっととてもできた神なんだろう、僕の為に集まってくれた、優しい神達なんだろう。

それは慈恩さんの部下達に向ける優しげな視線を見れば一目瞭然で、

 

あぁきっと僕は、慈恩さんにまだ認められていない、そんな気がした。


「どうしたの?」


「なんでもありません、探しましょう」


「そうだね」


振り返る慈恩さんに、お願いしている分際で何もしないなんて不甲斐ない、役に立たなくては、と足を早める。


その時廃墟にありふれた朽ちて古ぼけた扉が、開いていた事なんて誰も気にしていなかった。




そんなこんなでこの場所からも何も見つける事ができずに終わり、5つめの怪しい場所に向かう途中だった。


「後一つだね、うーん引き運が悪い」


「後一つですか?確か怪しい場所は全部で12ヶ所あって、昨日6ヶ所周って残り6ヶ所じゃないんですか?」


「最後の1つは今日は回れない..ん、だ?...ん、爺車停めてッ!」


話してる途中、窓の外を淡く光る瞳で眺めた慈恩さんは顔を真っ青にした男を見つめ大きな声で叫んだ。

慈恩さんの言葉に車が急遽停められる。


天凱てんがい着いてきて!」


「はッ!」


運転手の隣にずっと座っていた白装束の1人が慈恩さんに呼ばれて同じく車から飛び出していく。


「美幸くん私達も」


「うん行こう」


その後を追うように車から飛び出して、慈恩さんの後ろ姿を追いかける。

路地裏を抜けて、いくつかの細道を超えた先、古びてもう使われなくなった倉庫のような場所に出た。

その倉庫の入り口の地面にははっきりと目に見える紅い跡、血痕がちらほら散らばっていて、それが倉庫に続いていた。


「ここだ、開けるよ」


慈恩さんが倉庫の入り口に手を伸ばした、瞬間ー


「ッ!?」


慈恩さんの首を狙うように扉ごと刃がスッパリと切り裂いた。


「お怪我ありませんか、慈恩様」


「ありがとう助かったよ天凱」


錆びてるとは言え明らかに鉄を含んだ扉だったはずなのに、こんなに綺麗に切り裂くって...

とても滑らかに切り裂かれた下半分の扉が地面に倒れ込み、なかなかの重量がある音が鈍く響く。

慈恩さんを狙われた怒りなのかブチギレた表情で天凱さんが扉に近づき、右手を向けた。


「ふぅ、はッ!!」


「待て!...!ッ!!」


何が起きたの全く分からなかった、慈恩さんの静止が届く前に天凱さんが気合いを入れるみたいな掛け声を上げた。

瞬間、風穴を開けるみたいに倉庫の扉と壁ががぶっ飛んだ。


(これが神の力かよ...)


風圧が凄くてこっちまで飛ばされてしまいそうだ。


「あぁ...やっぱり君だったか」


風圧が止み、慈恩さんが倉庫に踏み入って安心したようにホッと息を吐く。

後を追うように悠奈と慈恩さんの後についていき、言葉を失った。


「........なんだこれ」


倉庫の中にあったのは何十人もの死体、積み重なって血に塗れて、ちょっとした水溜りのようになっていて...吐き気がした。

むせ返りそうな鉄と生臭い匂い、その中心に座り込むように薙刀を握る者が1人。



「..もし、かして...龍星くん?」



暗闇でよく見えない、けどそんな気がした。

なんでこんな所にいるのか、大丈夫なのかと、返事がないから余計不安で駆け寄ろうとして、何かを蹴った。


「え、は...え、これ」


右足が蹴ったのは血まみれの左腕。


気が動転しかけた時倉庫の天窓から、雲から覗いた太陽が光を当ててようやく分かった。

体は血だらけでボロボロで、今にも倒れてしまいそうで...


「美幸様」


けどその声と眼光はいつも通り、何も変わらなかった。

怪我なんてしていないみたいに、いつもみたいに僕に心酔した瞳で告げる。


「申し訳ございません、貴方様の僕としてこのような無様を晒すとは不甲斐ない限りです」


「そんな事よりッ!!慈恩さん!悠奈救急車!!」


「いえ、私はこう見えて返り血が多く、大怪我は左腕だけです、止血をしておりますのでお気になさらず」


「いや、それでも...じゃあ僕がッ」


マスクを外そうとして、その腕を龍星くんに掴まれた。


力を使ったら全て終わる。


分かってるけど、それでも腕が...今だって血が垂れてる、苦しいはずなのに...僕ならきっと全て無かったことに出来るのに、そんな真っ直ぐな目で僕を見ないでくれよ。


「私などよりも優先すべき者がいます、今すぐ連れ帰り治療を」


そう言って膝をついていた龍星くんは立ち上がると、スタスタと倉庫の隅に置いてある木箱を引っ張ってきて...その中には...


「穂村ッ!?」


あの日、いなくなってしまった玲香の親友。

苦悶の表情を浮かべる明井穂村が体育座りでしまわれていた。


 

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