第27話 EGT


東京に来て1日目。

ネムと別行動をして、浅草寺の神、慈音さんに力を貸してもらい玲香達の捜索を始めた、わけだが...


ー結局見つける事は出来なかった。


慈音さんと一緒に、東京の街中で怪しいとされている場所を巡ってはみたのだが、そこはただの廃墟でしかなかった。

立ち入り禁止の看板を無視して中に入ってもみたけれど、本当に何もないただの廃墟でしかなかった。


そんな風に怪しいとされていた12ヶ所中回ることのできる6箇所を周りきり、それでも一切の形跡もつかめない。

他の慈音さん以外の神が所有する地区、近づけない6箇所付近や都市部の至る所で人々から情報収集はしてみたものの、本当におかしいほど一切の情報がなく、そうこうするうちに日付が変わっていた。


一度浅草寺に戻ると言う話に焦りから「もう少しだけ、僕だけでいいので探させてくれませんか」とごねていたのだけれど「それはダメ」と慈音さんにバッサリと切られてしまった。


「君は龍星くんの崇める神だ、もし万が一の事があったら僕殺されちゃうからね、それにー今回の件、まぁ思う所もある」


だとしても、それでも僕は...動いていないと不安で頭がどうにかなってしまいそうだ。


「もし美幸くんが残るなら、私も頑張りますよ?」


「それは...」


この夜中に悠奈を連れ歩くと言うのは流石にまずい、行くなら僕だけ、協力してもらっていてこれ以上の我儘を聞いてもらうわけには...


「とりあえず、これ以上時間を無駄にしないためにも一度浅草寺で休みながら対策を考えよう」


なんて宥められて結局浅草寺に一度戻ってきていた、その後は...覚えていない、ずっと玲香達の事が頭から離れず、なんだか流されるままご飯を食べて悠奈と風呂に入って、気付けば和服で和室の敷布団の上に座っていた。

なぜか敷布団には枕が二つ、けれど今はそんな事気にする余裕すらなかった。


「美幸君ちょっといいかな?」


「.....!大丈夫です」


扉の外から聞こえてくる声は慈音さんだと分かると、直ぐに外していたマスクをつけて返事を返す。


「邪魔するね...あれ悠奈さんは?」


「何か準備があるとかで、出て行きました」


「あーなるほどね...」


何か意味深な表情でうんうんと頷きながら「じゃあ早めに終わらせるね」とおもむろに僕の顔に向けて手を伸ばしてきた。

一瞬身構えそうになるがその手は僕のマスクに向けられている。


「やっぱり...もう壊れかけてる」


「え...」


「君の力、あまりにも強すぎるみたいだね、そのマスク持って後1日って所かな」


「そ、そんな...やっと止められたのにッ...」


「一応天神の同類に作ってもらった特注品なんだけどなぁ...君の力ってさ、多分僕達と同じくらい、いや超えてすらいるのかもしれないね」


僕が天神よりも、慈音さんよりも上?この力はそこまでの代物だったのか?...いやだけど...流石にそれは...

けど、ふと考えてみれば...僕にできない事ってなんなんだろう、とも思ってしまう。


「これに関しては今はその一枚しかないから大切に使ってね、って事が一つ、もう一つは〜」


マスクを僕の口元に付け直しながら慈音さんは目を見開いた。

その瞳には蓮の花のような模様が浮かんでいる。


「僕の力についてだよ」


「慈音さんの力...」


「僕の力は、簡単に言えば、対象の過去を盗み見る事ができる」


過去を盗み見る、人がこれまでどんな人生を歩んできたのかみる事ができるって事だろうか。


「そして今回、街中で目に入る全ての人を対象に力を行使し続けてきた」


「見つける事ができたってこと、ですか?」


「その逆さ、おかしいほど何もなかったんだよ」


確かにそれはあまりにおかしい、今日1日を使って僕達は数百ではない、数千人の人と会っている。

そしてそれらの人全ての過去を見たのなら、その中で誰1人として目的のトラックの姿を見ていない、なんてことあるわけがない。


「能力で隠蔽されている可能性が高い、そしてそんな都合のいい神を従えている、僕と同レベルくらい高名な神が裏で糸を引いている可能性が高い」


「それに...」


未だに龍星君が帰ってきていない。

龍星君は今日中に帰ると約束をしていた、それは僕との約束だ。

彼が盲信する僕との約束、それを破るなんて...


「天神のどいつか、もしくは複数人が主犯かもしれない」


それは最悪な話だった。

僕と同じように力を持つ神たちが複数、しかも慈音さんと同じ力を持つ神達...そんなの勝ち目があるのか?


「そうなれば全面戦争確定だね〜、だから聞いておきたいんだ」


これまでどこか柔らかい雰囲気があったのに、真剣な顔つきで、部屋の空気が何度か下がったかのように感じた。


「美幸君、君はその時全力を尽くせるかい?」


「そんなの、当然...」


「僕が言っている全力は、全身全霊君の全てを尽くすことだよ」


慈音さんは、僕の神の力について指摘しているのだろう。


「その結果に、助けた先の未来に君がいなかったとしても、それでも君は力をふるえるかい?」


慈音さんは2つの意味で言っているのだろう

もしかしたらその結果にたどり着く前に命を失ってしまう可能性ーそれと、もう人ではない可能性、この2つ。


「僕はー」


「力には責任が伴う、なんて当たり前で、成功しようと失敗しようとその結果からいいとこ取りなんてできないんだよ」


結果に誰もが100%満足する結果なんて存在しない、必ず誰かが割りを食う。

ただその%がそれぞれの立場にそって割り振りされているだけに過ぎなくて、そこには当然納得のいかない%も含まれる。


けれど、誰もがそれを飲み込むしかない。


なにせその納得のいかない%があるのは、単に自分の実力不足でしかないのだから。


「たとえそうだとしても僕は、理想を諦める気はない」


自分だけなら直ぐに安牌を選んだかもしれない、けれど自分の理想を応援してくれる人たちがいて、それを優先させてくれている。

それなのに自分だけ理想を諦める、なんて事はできない。


「そうか、上手くいく事を願っているよ」


その言葉だけ残して慈音さんはこの部屋から出ていった。






理想を追う覚悟、ね。

気づいているのかな美幸君は...


「慈音さん?」


「ん、やぁ悠奈さん、少し美幸君に話があってね。今帰る所」


自分の部屋に帰る最中、悠奈さんとすれ違い、なんでこの部屋から出てきたのだろう?と疑問の混じった視線をぶつけらた。


「そうでしたか、お引き止めして申し訳ありません」


「いいよ、気にしないで」


それにしても、と視線をチラッと向ける。

長いブロンドヘアは少し濡れていてそれに和服というのがまたグッとくる、それになんだろう?絶妙に美しい。

何かしてるのは分かるんだけど、化粧とかはあまり詳しくないから分かない、けど一つわかるのは、美幸君に手を出させる気満々って事。

これは僕でも無理かも...


「君は美幸君が本当に好きなんだね」


「そうですよ?」


「言われるまでもないと思うけどさ、美幸君のこと、お願いね」


そう伝えれば、何を当たり前のこと、みたいな表情で...流石に少しふっと笑ってしまった。


悠奈さんにおやすみと伝え、少し冷える廊下を歩き、いつでも浮かんでいる夜空の新月を眺める。

妥協をせず理想を追う覚悟。

それはまさにギャンブルに近い、All or Nothing。

けれどそれは同時に、全てを失う、その覚悟もしなくてはいけないだ。

もしそうなってしまった時、美幸君は...


「どうするのかな」


その答えを、慈音はきっと知っていた。



※※※※※



国民の生命、身体、財産の保護、犯罪の捜査、被疑者の逮捕、公安の維持など、社会秩序を保つため、この国には警察という組織が存在する。

通常の警察は基本的に犯罪捜査などの「刑事」、防犯指導や非行防止などの「生活安全」、交番業務やパトロールなどの「地域」、交通違反取り締まりや安全運転指導などの「交通」などが挙げられるが、そんな警察には特殊部隊が存在する。


世間一般によく知られているのは、特殊急襲部隊SAT、対テロを担当する特殊部隊だ。


だが実は、世間一般には知られていない、所属する警察官もほとんど知らないもう一つの特殊部隊が存在している。


「どういうつもりだ六眠原!」


東京都中央区築城警視庁、その地下深く。

普通の警察官はほとんど知らない、広大に広がる地下空間、そこに続く廊下で1人の白衣を纏う女性が黒をメインとしたスーツを纏うガタイのいい男に詰め寄られていた。


「そうカリカリしないでおくれ奄美警部、独断専行なんていつものことだろう?今更怒らないでおくれよ」


「それで怒られるのは上司の俺なんだよ!もうちょい俺に気を使え!お前のせいで胃薬代が馬鹿にならねぇんだよ!!」


「上に建て替えさせればいいじゃないか、お前ら古狸の相手には欠かせない歴戦の相棒だと紹介するといい」


「お、お前なぁ...」


言えるわけねぇだろ、とぼやく奄美警部に、小さく口元に微笑を浮かべると六眠原はおもむろにポケットからタバコを取り出し一本口に加える。


「奄美警部、火」


「ったくお前は、上司にやらせるか?普通」


「結果残してるんだ、少しは接待しておくれ」


「問題行動も多いがな」


憎まれ口のようなものを溢しながらもライターを取り出し、なんだかんだタバコに火を灯す。


(ったく、綺麗な顔しやがって...こっちの気もしらねぇで...)


高校時代から先輩後輩の付き合いであり、昔から奄美警部は六眠原に完全に惚れていた。


「この時間帯は人がいねぇからいいが、今後は喫煙所使えよ」


「はいはい、奄美警部は吸わないのかい?」


「禁煙中だアホ」


「はぁー時代だねぇ」


歳をとった自分が嫌になるよ、とばかりに口から煙を吐き出す。


「それで?六眠原、お前何しに戻ってきた、大規模な神害を確認しにいったんじゃなかったのか?」


神害、神が起こした災害の別称。

人的災害や土地の災害、数々の神害があるが今回六眠原が確認に行った所は人的災害だったはずだ。

EGTに協力的な探知系の神がそう口にしたから間違いはないだろう。


「まあ、そうだったんだけど...色々あってね、東京で何か起きてるんじゃないかと思って一度帰宅したのさ」


「どういう嗅覚してるんだお前は...」


「お、やっぱり何かある感じ?」


「ふぅ.....一本よこせ」


「禁煙は?」


「辞めた」


「はっ、仕方ないなぁ」


快活に笑みを深めると、六眠原は自分が咥えていたタバコを手に取りそのまま奄美警部の口に入れた。


「んっ...まあいい」


(間接キス?これ間接キスってやつだよな!?)

子供の頃から勤勉で真面目な人間で、社会人になってもただひたすら仕事一筋の奄美にとって間接キスでさえフィクションのようなものだった。

けれど、それを一歳表情に出さないのは、やはり真面目の年季の入りが違うのだろう。


「イタリアの国神リリアと天神第十席ジギルが手を組んだ」


「は?...おいおいマジ?」


あまりに異常事態な言葉が簡単に出てきて、驚きを通り過ぎて感情が出てこなかった。


「天神によりイタリアの屑どもは日本においての自由権が認められてる、しかも最悪なのは佐治さじ警視総監含む上位層がこの件に関してダンマリ決め込んでるって事だ」


「あんの糞狸...」


「挙げ句の果てに第十席ジギルは正式にEGTの対象外って事になった」


「.....なるほど、腐ってるねぇ」


「そもそもの話だ、日本が天神からの脱却を目指しEGTが作られたってのに...結局自分たちより上の立場にいるのが気に入らねぇってのが上の本音だろ」


「結局建前でしかないってコトかね...」


日本は天神という機関ができてからとてつもないダメージを受けていた。

大震災、ありとあらゆる犯罪、災害どれもが天神ができてから激増している、日本の死亡率、行方不明者は報道されていないだけで洒落にならない数値に達していた。


そのために作られた、天神を壊すための機関こそがEGT(Eradication God Teem)だった。

特にこの機関を後押ししたのは、天神第ニ席と第四席による個人戦争による爪痕。


それは大地を揺らし津波を起こし、北海道の歯舞群島から根室にかけてかなりの土地に甚大な被害を出した結果になった。


それに対して、今まであまりに人智を超えた力に恐れ対立を避けてきた日本政府も重い腰をあげ、専門の機関が創られるまでに至った、という経緯のはずだった。


だかそれは、実際には違ったらしい、そのあまりにも危険で、人々を魅力する神の力を日本は支配下に加えるため動いた、というのが本音のようだ。


この国の上位富裕層の人間は何人か神を囲っていた、その競争を激化させたのはやはり、第二席と第四席の戦争。

今まで低レベルの神しか知らなかった上位の人間達は、その力に魅せられ求めた、幾万を超える人間の被害など見えてすらいないかのように...下に恐ろしきは止まる事を知らぬ人間の欲望だろう。


「金なんかじゃ手に入らねぇ力、まあ欲望まみれの奴らからすれば喉から手が出るほど欲しいって事かね」


「...イタリアの奴らは今どこに?」


「さあな」


なんて口にしながら胸ポケットから一枚の折り畳まれた紙切れを渡される。

そこには予想される東京都内、数十ヶ所の予想地が書かれていた。

そしてそこで何をしているか、悍ましい研究内容、神の力を一般の人間に移植する研究。

それに対する日本政府の協力、そしてこれまでの想定被害。


「力...私にはよく分からないね」


「お前は...まあそうだろうな」


そう口にすると六眠原は紙をしまって、振り返りどこかに歩き出してしまう。


「おい、どこ行く気だ?...まさか」


「奄美警部、もしの話なんだが...自分を人間だと思い込み、神だと自覚がないナニカがいたとする」


「.....」


「その子はとても人間的に良い子だが、本人の気づかないうちに力を使い被害を出していた、奄美警部ならその子をどうする?」


その質問に、一度大きくタバコを吸い、ため息のように煙を吐き出し真面目な顔つきで答えを述べた。


「力の強弱、被害の大きさにもよるが、自覚がなく力を撒き散らす奴は人でも神でもねぇ、ただのと同じだ、駆除、良くても保護という名の監禁、その後研究材料行き、それがEGTの答えだよ」


無常で理知的な答えに、六眠原は振り返る事すらなく納得したように歩みを進める。


「...そうか」


「その子がどんなに良い奴だろうが、俺達はこの国の人々の味方だ、神の味方じゃあない」


「私は...心が人ならどんな存在であろうと人だと思う」


六眠原の気持ちも願いも痛いほどわかる、けれど...この世はそんなに甘く無い。

理想通りなんていくわけがない、大人なら誰だって知っている現実だ。

けど...


(そんな六眠原の事が...俺は...)


「.....まあこれまで通り好きにしろ、どうなろうが責任は取ってやる」


綺麗事だけで守れるほど安くはない、それを貫いた結果、本来優先で守るべき人を疎かにすれば本末転倒。

そんな事六眠原にだって理解できている、けれどそれでも神だから、人だからで分別したくはなかった。


ただ生まれた時に、力が有るか無いか、それに一体どれほどの差がある?


その力を恐れ、神なんて大層な名をつけるから大きな溝ができてしまったんだ。


(私は...どうするべきか...)


きっとどちらを選んでも後悔する、それだけは間違いないんだろう。

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