第26話 動き始める者達
「どうゆう事だ!?」
時節寺の本堂で、韋駄天は怒りに声を荒げていた。
「悠奈様含め幸節家の者達は、やはりどこにもおりません!!」
時節寺ではある事件が起きていた。
時節寺は、時透家と幸節家、この2つの家が管理している由緒正しき寺である。
時分率を管理し世界に節を刻む寺、略して時節寺。
今日は、そんな時節寺の本家決めの日、神試しの日。
お互いが選んだ神の優劣を決める日である。
だというのに、幸節寺は一向に顔を出す事がない...だけではなく、この寺から幸節寺の者全ての姿が消えていた。
つまり、幸節家は使命を放棄した。
幸節家現当主、幸節義則は寺の事よりも自分の娘を選び、寺を捨て逃げたのだ。
「クソが!!逃げやがったなあいつらッ!...まだそんな遠くには行ってねぇはずだ意地でも見つけ出せ!!」
結果時透家は大混乱で幸節寺を捜索し続け、まさか本当に逃げ出すと考えていなかった韋駄天は苛立ちを隠しきれないでいる。
(義則...貴様は変わらんな...)
その様子を韋駄天の横で眺めていた義継は、悩ましげに思考に耽っていた。
(やはり貴様とは相容れぬようだな...弟よ)
まだ昔、子供時代の時、時節家に生まれた兄弟、義継と義則、父から寺のしきたりとして家名を二つに分けられ、お互いが優劣をつけるため、真の時節家に相応しい存在となるべく競い合ってきた。
学業、運動、人柄、恋愛面に至るまで...こんなにも長い時睨み合ったが、やはり分かり合えない。
義継は、寺を何よりも大事とし、家訓に沿って生きてきた。
義則は、寺よりも別のナニカを大事に生きてきた。
(お前にとってこの家は、簡単に捨てられる程度のものでしか無かったのか?義則...)
宿敵のあっさりとした態度に思い耽ってしまうがすぐに思考を今に戻す。
(こうも韋駄天様がお怒りになるのも無理はない...見物に来る来客が来客だ...)
神試しの日は、基本的に序列の上の神が証人として見物に来る。
普段ならば、良くて県神だというのになんという幸運か...天神第十席が視察に来るという。
時透家としては、幸節家の神をこの場で圧倒的に跪かせ韋駄天の有能さを証明したい、というのに、相手が逃げたとなるとわざわざ御足労頂いた意味がなくなる、それはあまりにも不敬だ。
それに少しでも気分を害せばどのような罰が下るか分からない。
(ただ韋駄天様が本当に苛立っているのは、やはり悠奈か...)
顔のいい女などいくらでもいるだろうに、そこまでして悠奈に拘る理由が義継には理解ができない。
「義継ッ!!どうにかしろ!!」
(はてさて、どうしたものか...)
荒ぶる神に内心ため息をこぼしながら思考を巡らせる。
代役を立てる?この町には一切神子が存在しないのに、今から神子を連れてくるのは不可能だ、流石にただの人ではバレてしまう。
探して見つけ出すのが、可能性としては高そうだが...車で移動されていれば見つけるのはかなり難しい。
(というかそもそも、我々は常に幸節家を監視していたはず...もしこの寺から出るような事があればすぐに報告が...まさか、監視役を引き込んだ?...)
今の所監視役についてはなんの報告もない、なら襲って口封じした可能性は低い...となると引き込んだ、けれどそんな簡単に即座に引き込めるわけがない、前々から言葉巧みに準備をしなくては...
(前々から逃げ出す事を画策していた?...)
この状況も義則の狙い通り?
天神がまさかこの場に現れる事すらも?...だからこそこのタイミングで姿をくらました、神の対決では勝ち目がないと、天神による罰に賭けた。
(なるほど、考えられておる...)
だがそれはあまりにも諸刃の剣、天神を手のひらで転がそうと言う傲慢たる浅はかな奸計。
ならば私が今取るべき行動は...
「お待ち下さい!!まだ開式の時間ではッ!!」
「うるっさぇなぁ、どうせなんか問題起こってんだろ?とりあえず話させろっての」
「ですが、我々としましても天神様のお手を煩わせる訳には...」
「うっせぇなぁ、滅されてぇのか...おい入んぞ!」
そんな声が響いて、本堂の扉が開かれた。
そこに現れたのは2柱の神。
銀色の髪をオールバックにし少し奇抜なコートを羽織る男、その少し後ろには控えるようにぴっちりとした七三分けをしたスーツ姿の男。
「ほぉー、お前が韋駄天か?」
「あぁ?なんだお前」
そんな小さな会話だった、瞬間七三分けの男から威圧感が増した。
「おい、クソガキこの方が誰かわかってその言葉を口にしているのか?ブチ殺すぞ」
「うっせぇぞ名取」
「ですがッ...」
「俺は気にしてねぇ、それ以外に何か理由がいるか?」
「いえ...出過ぎた真似を」
オールバックの男がそういえば直ぐに七三分けの男は腰を低く態度を改める。
「いい、お前のそんな忠臣な所を気に入ってんだ」
(名取...まさか主神名取様!?となると、隣におわす方は...!)
嫌な汗が背中をつたい、即座に膝を着き頭を下げた。
「お出迎えもできず大変申し訳ございません、天神第十席ジギル様、並びに主神名取様」
まさかこんなに早くおいでになるとは考えもしていなかった。
それは韋駄天も同じなようで驚いたように目を見開き、即座に席から立ち上がりジギルの目の前に膝をついた。
「申し訳ございません、まさか偉大なる天神様だとはいざ知らず」
「気にしてねぇつってんだろうるせえなぁ」
心底面倒くさそうにしながら、韋駄天が降りた席にどかっと腰を下ろす。
「ちなみにですが、ジギル様、名取様、付き人はどこにいらっしゃるのでしょうか」
「あ?めんどくせぇから全員置いてきた」
「ジギル様の付き人は私ですよ」
「あー...そうだな、名取だけだ」
そう言いながらジギルが認めてくれたことに名取はニコッと笑みをこぼす。
「めんどくせぇから率直に聞くぜ、いっぱい食わされたな?相手の神によぉ」
「それは違います!あいつらは俺を恐れて逃げただけだ!!」
「それをいっぱい食わされた、つってんだよ」
その言葉に返す言葉は出てこなかった。
本当に出来る神とその従者であるならば、逃げられる、などと無様を晒すわけがない。
「テメェは今後俺の下につくわけだが、まぁ、ダセェ神はいらねぇ」
「ッ...」
その言葉に何も返すこともできず韋駄天は拳を血が吹き出しそうなほど握りしめ、怒りを燃やす。
(あいつが逃げたせいで...あの野郎ッ!!)
「しかもお前人間の女にも逃げられたらしいなぁ、おい!!神が人間1人言うこと聞かせられねぇのかよ!!傑作だな!!」
「ギリッ...」
「なんだ?悔しいか?」
「...はいッ」
今まで下を向いていた韋駄天が顔を上げる、その形相はまるで阿形像のように憎々しい怒りに染まっていた。
「ならお前に恥かかせた神、見つけて仕留めてこい、女にはテメェの言うことを聞かせろ、それが神だ!!できるよなぁッ!!韋駄天!!!」
「はいッ!!必ずや我が力、貴方様の役に立つと証明して見せます!!」
その言葉に、その表情にニヤッと笑みを深めたジギルに慌てて義継は言葉をこぼす。
「お言葉ですがジギル様...情けない事に幸節がどこに逃げたか...把握できておらず」
「名取ッ!!どこにいる!!」
「東京、それも浅草かと」
その迷う事なく口にした言葉に義継は少しだけ眉を顰める。
まるでどこに逃げたのか見張っていて、今も居場所を把握しているような口ぶりだ。
「だとよッ!!テメェらの手で蹴り付けてこいやッ!!」
「分かりました、おい義継...後から追ってこい、俺は先に行くッ!!」
その言葉を残して、一瞬にして韋駄天の姿がその場からかき消えた。
その様子に名取は驚いたように目を見開いた。
「これは...出し抜かれた神はどの程度かと思っていたら、力はなかなかのようですね」
「韋駄天の名を名乗るに足る力はあるようだな」
そう感心している間に、義継は一礼をしてこの場をさり、この寺から人の気配が全て消えた。
唯一いるのは二柱の神だけ。
「さて、行くぞ名取」
「はいジギル様」
向かった先は直ぐ後ろにある仏像、その裏側。
ジギルはゆっくりとした動きで仏像に触れ、その手は仏像を貫通した。
「なるほどな、やはり封印だったらしい」
「時節寺内に、本家の血を引くものがいる間干渉不可とは、なんとも厳重ですね」
「忍び込んだ時は触れる事すらできずに弾かれたからな...お、これか」
何か見つけたように仏像の体から抜き取った、その手には金色の時計が握られていた。
「大当たりだ」
「これでようやく、ですね」
「ああ、とりあえずこいつはイタリアの奴らに解析させるさ」
「なるほど、その為に東京にあのような研究所を...」
「まあその為だけじゃねぇがな」
そう言って笑みをこぼしながらジギルは時計を眺めながら目を細める。
「俺らも東京に向かうぞ」
「はッすぐに車を用意させます」
それぞれの目的が、陰謀が渦巻いている。
1柱の神は、自分の過去、復讐のために。
1人の人間は、祖国のために。
1柱の神は、野望のために。
1柱の神は、自分の信念のために。
1柱の神は、証明するために。
1人の人間は、信義が故に。
そしてー
神でも人でもないナニカは、友のために進み続ける。
その道が、たとえどんなに残酷で過酷な道だとしても...
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