第25話 慈愛の神

予定時刻1時10分前になった時、突如として後ろから「お食事はお済みになりましたでしょうか」聞き覚えのある声が聞こえてきた。

そこには龍星くんが膝をついて頭を下げていた。


『そんな事しなくていいよ』


この人混みの中頭を下げられると、あまりに目立ちすぎてしまう。


「申し訳ありません、次からは時と場合を選びます」


なんというか、とっても硬い、昔と同じかっちかちな返答は龍星君らしいとも言えるのだろう。


「こちらへ、神界に入りましょう」


商店街から抜けた先、威風堂々とした2体の金剛力士像と三張の大きな提灯が飾られた門。

多くの人が写真を撮り、興味深そうに力士像を眺め、門を潜り抜けていく。

その多数の人間達の1人として門を潜り...


「え...」


その瞬間、明るかった空は黒く染まり満点の星空映し出す、そして気温が少し下がったように感じた。

そして、あんなに人が溢れかえっていた喧騒が、嘘のように消えていた、辺りを見渡してみると人の姿はなく、なぜか満開の桜の木が咲いている。


(この感じ...時節寺の時と同じ)


上下市にある時節寺に意識なく運ばれて最初に目を覚ました時、襖を開けたその先は一面真っ白な、まるで別世界になっていた。

この場所はそこと同じ感じがする。


「神界とは神が創り出した異空間です、入るためにも条件、鍵が必要です、今回は私が個人的に天から取ってきました」


「取って...きた?え、ちょっと待って龍星くん」


「なんでしょうか」


「私には敬語じゃなくて良いよ、それより...天神の御所に入る鍵を天から盗ってきたのね?」


「はい、取ってきました」


その言葉に、悠奈は少し頭が痛そうに額に手を当てる。


「龍星くん...分かってる?それって、とんでもない裏切り行為じゃないの?」


「ははは、裏切り?もともと美幸様以外に信など置いていませんよ」


「本当にあなたは...全く」


何やら龍星くんはかなり危険な事をしたらしい。

どれくらいの事か分からないけれど、偉い人の家に入る為の鍵を勝手に持ち出した的な感じに近いのだろうか。


「お待ちしておりました、調停者様。慈音しおん様も首を長くしてお待ちです」


人混みのなくなった、桜が舞い散る道を進んでいくと、浅草寺前の門にスーツ姿の老人が立っていた。


「そちらのお二人は?」


「我が神とその妻だ」


「我が神...ほぉ、それはそれは...」


値踏みするように老人は視線を鋭くさせ、僕を真っ直ぐと見つめ...そこに割り込むように悠奈がくっついてきた。

その様子に執事さんは失礼しました、と言わんばかりに一礼をして「こちらへ」と言葉を残して踵を返した。

向かった先は浅草寺の本堂、左側には五重塔がこちらを見下ろしている。

本堂の近く境内に入ると、スーツ姿の人達が本堂までズラーッと列をなしていた。

さすが東京の寺の人間、着物なんて古風なものは着ていないらしい。

その真ん中を歩いていくわけなんだけど、僕を先頭に後ろ2人が付き添うように歩くのは勘弁してほしい。

スーツ姿の周りの人達からの「誰だあいつ?」って視線がとても痛い。

本堂に上がると、そこには似ている顔をした少し幼そうな巫女さんが2人正座していた。


「慈音様がお会いになるのは、弱きものだけ」


「助けが必要なものだけ」


「お二方はお通り下さい」


「けれど」


「「あなたは違う」」


そして2人の巫女が指を差したのは僕。


「どうか」「お帰りください」


と、頭を下げられてしまった。

困惑気味に龍星くんに視線を向けると、いつも通りの仏頂面で、悠奈の方もいつも通りのニコニコ笑顔だ。


「えっと...つまり...」


何も助けてもらえないって事?...いや違うか、僕に会う気はないけど、龍星くんと悠奈さんには会ってくれるって事か...


『じゃあ、僕はここで待ってるね?』


そう口にしてみると悠奈さんは「では私もここに残りますね」と口にする。それに対して龍星くんは否定するように首を振り。


「いえ、その必要はありません」


さっきまで何も持っていなかったはずなのに龍星くんのその手にはいつの間に薙刀が握られていて、一歩僕の前に踏み出す。

何をするのか分からないけれど、嫌な予感がひしひしと感じられた。


「全て説き伏せます」


説き伏せる?...説き伏せるって肉体言語だったっけ?その薙刀必要?

その完全戦闘体制の様子に、周りのスーツ姿の皆さんがいつの間にか僕らを取り囲み、険しそうな顔付きで睨みつけてくる。

いや流石にまずい、この人数差は勝てない...いや違う!そういう話じゃなくて、頼みに来てる立場なのにボコボコにして言うこと聞かせるのは違くないか?なんか不良漫画の世界観じゃないか。


「ちょ、龍星く...」


流石にそんな外道な真似はさせられない、止めないと、と龍星くんの方を掴んだ、その時、遠くから声が響いた。


「はい、喧嘩はそこまで」


響いたのは少し高めで、無邪気な声、その声を聞いた瞬間、スーツの人達ぴくっと反応し、即座に人波が割れた。


「いやぁ〜ごめんね?五重塔でうたた寝していたら、出迎えが遅れてしまった」


本堂とは正反対、僕たちが来た道から、スーツ姿の人並みを割りながら、中央を歩いてくるのは真っ白い髪に対照的に黒い羽織と着物を纏っている少年。

身長はほぼ僕と同じ、年代は幼なげな顔付き的に僕より少し下くらいだろうか?


「慈音様、お休みはもう宜しいのですか?」


「ん、まあこれくらい大丈夫さ、それよりお客様を案内してあげて」


「ですが...慈音さま、あの男は...」


「ん?.....あー、なるほど、ね」


目の前に慈音さんが近づいてくると、少しだけ目の前で固まり...


「よろしくね、僕は慈音」


握手するように手を伸ばしてくる、その出された手に反射的に手を伸ばし握る。


「僕は...美幸です」


「可愛い名前だね」


うんうん、と慈音はにこやかに頷き、握った手を離す。


「彼は...美幸くんはきっと大丈夫だよ、さぁ案内してあげて」


「.....わかりました、お客人どうぞこちらへ」


悠然とした姿、ほとんど背格好も変わらないはずなのに、慈音さんには僕にはない頼もしさのような包容力的な暖かさを感じる。

巫女姿の少女達も、慈音さんの言葉に安心したのか折れたのか、本殿から先に案内してくれた。

案内された先は、ちょっとした和装の一室、流石に寺の中はしっかりと和室で安心した。

これで寺の中がスーツ姿の人達のように現代風なおしゃれな部屋だったら流石に驚きを隠せない。


「一先ず安心ですね、話は聞いてもらえそうです」


一瞬、今にも争いが始まりそうな緊張感からなんと話し合いまで漕ぎ着けてホッとしたように悠奈は息を吐く。


『ところで、慈音さんってどういう人なの?』


なんだか少し自分の中に想像していた神とはあまりにかけ離れていた。

神というにしては、あまりに人間臭かった。

あの時、僕を蹴り飛ばした神とは違う。


「天神第7席慈音は、弱きを助ける神嫌いの神です」


神嫌いの神、あまりにも異質な存在だ。


「一般的な神は、はっきり申し上げますと、傲岸不遜を自で行きます、まあ当然人より優れた力を持っているのですから当たり前でしょう」


「.....」


「神は全てが正しい、理由は神として生まれたから、神にとって人はモノでしかありません。けれど慈音は、そんな神を嫌悪する」


つまり力を持ち自分が特別な存在だと思い上がる奴らが嫌い。

だからこそ、あの巫女やスーツ姿の人達は僕を敵視していた。

僕は、どうあっても神である事に変わりはないから。


(思い上がり...思い上がり、か...僕は、どうだった?)


これまでの人生、わきまえて生きてきたはずだ。

自分の力に溺れる事なく、自分を殺して生きてきた...訳がない。

思い返せば思い返すほど、嫌な真実が溢れてくる。


(見透かされてた、のか...だから拒否された)


あの巫女2人はさながら門番みたいなもので、傲慢な神を入れる事を拒否していた?

 

「このような話があります」


[第7の席に座る者]


[神の身でありながら、人に身を窶す]


[その内に心を宿し、神を裁き人を救う]


[最も優しく残酷な慈愛の神である]


「もし美幸様に会う事ができていなければ、私はきっと彼を選んだでしょう」


その言葉に僕はつい目を見開いてしまった。

あの龍星くんがそんな言葉を口にするなんて思いもよらなかったんだ。

執着というにはあまりに生ぬるい、命すら問わない信義。

それがほんの僅かといえど揺れる相手がいた、という事に。


「おや、龍星くんは僕にそんな事思っていてくれたのかい?」


「ちッ」


タイミングよく扉から入ってきたのは慈音さん。

手にはお盆を持っていて「いやーいいこと聞いたなぁ」と屈託のない笑顔を浮かべている。


「甘茶で良かった?」


紫陽花を模したコップ、中には麦茶に似た色の甘茶というものが注がれていた。

遠慮せずに一口いただく。


(え、これ砂糖入ってる?...)


麦茶に砂糖を入れたみたいな味がした。


「あー、やっぱこの時期は甘茶に限るなぁ」


なんて気の抜けた事を口にしながら、目の前で同じように甘茶を啜る慈音さん。

ふぅ、と一息つくと、とても真剣な眼差しでこちらを見つめてきた。


「じゃあ用件を聞こうか」


こういう時、普通ならお願いする立場である僕が説明するべきなんだけど、下手に長く喋ると注意はしているが万が一なにか起きる可能性がある。

悠奈の方に視線を向けるけど、ニコッと微笑み返してくれるだけ、意図は伝わっていないらしい。


(出来るだけ美幸くん以外の男性とは喋らないようにしなきゃ)


何か別の事を考えている気がする。

龍星くんに視線を向けてみると、すぐに理解したようにコクリと頷き。


「光栄に思え、美幸様を手伝わせてやる」


また爆弾を投下しやがった。


「ちょっ!?」


完全にやらかした。


「くくく、ぶははははははははッ!!」


と、思ったけれど、なんとかなったみたい。

いや、両隣の巫女さん達が目だけで、殺すぞ、とめっちゃ睨みつけてくるから、やらかしてるといえばやらかしてる。


「はぁー、一応僕偉い人なんだけどなぁ」


「いや、その...」


「んー、ああそうだったね美幸くん、巳波、あれ持ってきて」


「はい慈音様、すでにご用意してあります」


右隣に座っていた巫女さんが机の下から取り出したのは、黒い箱。


「美幸くん、君のために作らせた特注品だ」


目の前の机に置かれた黒い箱、慈音さんに一度視線を向けて、恐る恐る黒い箱に手を伸ばす。


「ッ!...」


開けてみると中に入っていたのは、立体型の黒いマスク。

今自分がつけているものと、ほとんど同じものだ。


「これは...」


「実はね、もともと龍星くんから君の神通力の事は聞いていたんだ」


手に取ってみるとそのマスクはとても柔らかくてさわり心地が良く、それでいて羽のように軽い。


「そのマスクは、君の力を封印する、その為に作らせたものだよ」


その言葉に今つけているマスクを外し、恐る恐る新しいマスクを付けた。

別に何かが変わったような感じはしない、マスクから少し甘い花の香りがするくらいだろうか。


「試しに喋ってごらん」


「え、と...」


「美幸様、何なりとご命令を...」


お試し下さい、とばかりにこちらを向き頭を下げる龍星くんに、僕はごくりと生唾を飲み込みながら、意を決して口を開いた。


「龍星、君は、たった今から...犬だ」


その瞬間、何かが割れるような音が頭の中に響いた。

痛みは特にないけれど、確かに目の前の龍星くんの姿に変わりはない。


「まさか本当に...」


「いやぁ、うまくいって良かったよ」


どこかホッとしたように慈音さんに、龍星くんだけはじっとこちらを見つめていた。

まさか犬になっているわけわないと思うけど、流石にそんなに見られると怖い。


「それなら普通に喋れるよね?」


「はい...そうですね、けどこれ貰って大丈夫なんですか?」


「大丈夫大丈夫!龍星君からちゃんと貰ってるからさ」


貰ってるとは、この場合金銭的なものだと思うけど、それはそれで龍星君に申し訳ない。

この一連のゴタゴタが終わったらしっかりと返さないと。


「じゃあ、そろそろ本題に入ろうか?」


「はい、実は...僕の、友人を助けるのを手伝ってもらえませんか?」


「ほほう?それが僕と何の関係があるのかな?」


「えっと、ですねー.....」


あまり長文を話すのは慣れていないけれど、頑張って言葉を絞り出した。

この力のこと、学校でのこと、幸節家のこと、東京に連れ去られたこと。

そしてそんなみんなを助けたい、力を貸して欲しいこと。

何の遠慮もなく言葉を口にできる、その心地よさを感じながら、長々と説明をした。

慈音さんは黙ってこちらの話を聞いて、一言。


「おっけーいいよ、助けたげる」


「え、いいんですか?」


「そのために来たんでしょ?そもそも、人助けなら僕に断る理由はないよ」


「なら早速動いてもらおうか」


返事を貰い龍星くんが即座に机に地図を広げた。

見た感じ東京全域の地図だ、スカイツリーと東京タワーが見てとれる。


「何処にいる?」


「うーん、まあそうだね...潜伏するなら12箇所はあるかな、しかも厄介な事にその内半分は僕の管轄外」


「管轄外?」


「まあ一応日本の首都って東京だから、メインは僕だけど、天神の上位メンバーが少しづつ土地を持ってるんだよね」


「ということは?」


「勝手に踏み込めば、戦争まったなし」


天神の上位陣と敵対する。

それはかなりやばい事なんじゃないだろうか。

僕は、神なんてほとんど知らないし、自分の力以外の力を見た事がない。

だからどれくらいの危機感なのか分からないけれど...聞いた話によれば、この国を牛耳ってるんだよね?

そんな奴らに喧嘩売るってやばい?


「お前から口利きはできないのか?」


「無理に決まってるだろ、そもそも僕はあいつら嫌いなんだって」


「...考えてる時間はない、ひとまず、大丈夫な半分は頼む、それ以外は踏み込まない程度に今から俺が見回ってくる」


「じゃあ美幸君とそちらのお嬢さんは僕と周ろうか」


「...分かりました」


少しだけ龍星君1人で大丈夫かな、とか考えたけど、あの化け物みたいな動きを思い出すと寧ろ足手纏いなんだろう。

即座に「いってまいります」なんて口にして部屋を出ていってしまった。


「巳波、すぐにみんなに伝えて」


「はい」


「名波は車の手配」


「はい」


テキパキと話を進める慈音さんは立ち上がり、部屋を出ていく、その後についていった。


「東京全域ってなると...僕も本気で行くかな」


軽く伸びをするように慈音さんは一度瞼を閉じ、見開く。

 

そこには美しい蓮の花が咲いていた。

 


頭が痛い、それにぼーっとする。

どれくらい走ったか分かんない、走り過ぎて何度か吐いたのは覚えてる。

足も血まみれだ。

ああ嫌になる、乙女たるものどうしてこんなサバゲーみたいな事してるのか...


「assicurati di trovare!!」


ああ、またあいつらの声が聞こえてきた。

このくっさい迷路みたいな下水道の中、よくもまあ追ってくるよね。

しかもあいつら、容赦なく銃乱射してきやがって...乙女の柔肌が血まみれ。


「はぁ...早く出口...見つけなきゃ」


そうしないと紅い髪同様、体まで紅く染まり切ってしまう。


(お願いだから...私が助けを呼ぶまで、耐えなさいよ玲香ッ!!)


血の滴る体を引きずりながら、私は意地で走り始めた。

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