第24話 妻
黒塗りの高級車で駅まで送られたあと、新幹線で2時間弱、その後品川駅で乗り換えて上野に向かっている、らしい。
僕は普段からほとんど外出せず、東京など訪れた事など一度もなく、電車や新幹線等に乗る事もほとんどないため交通網には疎い。
ほとんど悠奈と龍星、ネムさんに着いていくだけ、といった感じだった。
途中「小腹などはすいていませんでしょうか?」「飲み物飲みますか?」「少し肌寒くはないですか?」「疲れてはいませんでしょうか?よろしければ私が背負わせていただきます」などなど、とんでもなく2人が僕に気を使いある意味居心地が少し悪かった。
その様子をネムが「君たちは本当に美幸君が好きだねぇ」なんて苦笑い気味に眺めている。
さて、なぜ僕たちが東京に向かっているのかというと、僕は生涯をかけた契約を行い、玲香達を助けるため、ネムが追っていたトラックが向かった先、東京にひとまず足を運ぶことにした。
「龍星様、ネム殿どうかよろしくお願いいたします」
「言われるまでもない、この命に換えても守ります」
「私も力の届く範囲は頑張らせてもらうさ」
「悠奈よ」
「はい、お父様」
「夢が叶ったとはいえ、あまり浮かれるでないぞ?...しっかりと美幸様に幸せにしてもらいなさい」
「はいッ!本当にお世話になりましたお父様!」
そんな父と娘の優しい光景を見ながら、自分と悠奈の左手の薬指に付けられた指輪を眺めた。
僕は契約を交わした、義則が...いや幸節家の者たちが出した条件、それは...
生涯をかけて、幸節家の宝、悠奈を幸せにすること。
つまり、婚姻を結ぶと言う事。
その条件を聞かされた時は、彼女の意思はどうなのかとか、色々言いたい事はあったのだが...
『僕なんかで本当にいいの?』
「美幸様がいいんです」
そう言って幸節家が用意した指輪をお互いの薬指に嵌めて契約を交わした。
僕に拒否権などあるわけもないしする気もない、悠奈はその時嬉しそうに涙を溢していた。
「本当に...夢みたい」
これでよかったのだろうか、なんて僕は一生この選択を後悔し続けるのだろう、そんなこの胸の内のモヤモヤすらも僕が今後背負っていくべき業なのだ。
そんな事があり、今電車の中、僕の隣で今も愛おしそうに指輪を眺めていた。
「少し、今後の行動について話を整理しようか」
そう言って何かのパンフレットを手渡される。
「まず私たちが最初に目指すべきは、浅草寺だ」
渡されたパンフレットに書いてあるのは観光名所浅草寺の観光ガイドと全体マップ。
『なんでそこに?』
「はっきり言って、東京からお目当てのトラック一台見つけ出すのは至難の技。ならどうするか、この東京を知り尽くしている神を頼る」
「美幸様、東京には天神第7席の神がいます」
天に所属する神のトップ、実質的に日本を牛耳っている神の中の神、その中の第7席。
「神にはそれぞれ担当する地区がある、市や地域一帯を支配する神、そしてそれらの神を纏め県を支配する神、まああれだ、上司と部下の関係みたいなものさ」
えーと、地神が地域を支配する神で、それらをまとめる 県神と、それらを纏める主神、その上に天神...神の世界にもしっかりと仕事みたいな上下関係があるらしい。
「基本的には龍星君に従えば問題ないだろう、そこには3人で向かい協力を取り付けてくれ」
「ネムさんはどうするのですか?」
「私は私で別の所を当たってみるよ、大人のお姉さんには友達が多いものでね」
その言葉に龍星君は少しだけ目を細めるが、特に文句は無さそう。
「着いたみたいだね、それじゃ頑張って」
「行きましょう美幸様」
こちらに軽く手を振るネムを残して停止した電車から降りて、階段を下り改札を出る。
たったそれだけなのに、人混みと通路の多さに迷いそうだった。
龍星君と悠奈さんは慣れたものだったけれど、東京にはよく来るのだろうか。
なんて思っていると、突然駅前の広場で龍星くんが立ち止まる。
「美幸様、天神との予定時刻は1時からとなっています」
『そうなんだ』
現在の時刻は12時になったばかり、というか天神に予定を取り付けていたんだ。
それってなかなかすごい事なんじゃないのだろうか、めっちゃ有名企業の社長に予定取り付けてるのと同じようなものなんじゃないか?
そう考えると龍星くんってめちゃくちゃ凄い人だったりするのでは?なんか義則さんも敬意を払っていたし、これは何処が問い詰めた方が良さそうだ。
「まだ時間がありますので、ここは一度奥様と昼食も兼ねて辺りを見回ってはいかがでしょうか」
「お、おくさまッ!!うふ、うふふ...」
悠奈が少し不気味に笑みを漏らしている、確かに1時間もない時間ではあまり探す時間はないだろうし、出来て浅草寺周りを見て回るくらいだろう。
「私は上野の方まで見回ってきますので、浅草付近はお二人にお願いします」
それだけ告げると龍星君は一瞬悠奈に視線を向けると、姿が消えた。
いや本当に比喩表現とかじゃなくて、目の前にいたはずなのにいきなり消えた。
「行ってしまいましたね、美幸様」
『え、消えた?』
「彼は動きが速いですから、いま向こうの建物を飛び回っていますよ」
そんな超人的な事が人間にできるものなのか...
「それでは、2人でお昼を食べながら見て周りましょう」
そう言って可愛く笑った悠奈は、僕の右手を掴んで浅草の街並み商店街に向かった。
特段そこで何かあったかと言われると、特に何もなかった。
1時間弱悠奈と街並みを巡りながら、商店街で食べ歩きとネムから聞いたトラックの)情報収集。
悠奈がとても美人で周りの視線がとても痛かったのが印象的で、あまり目立ちたくなかったので手を離そうとするけど、悠奈は手を意地でも離そうとしない。
メンチカツを食べた時口元にソースがついて、拭くために手を離そうとすると、悠奈が反対の手で阻止するように拭いてくる。
もはや何かしらの執念のようなモノ感じた。
「ここには来ていないみたいですね」
(そもそも東京の中からトラック一台見つけるなんて不可能に近いのかも...)
東京都民からすれば、毎日何台も通るトラックは、もはや景色の一部でしかなくて、記憶に残っているかも疑わしい。
そんなこんなではっきり言ってほとんど進展はなく、悠奈とお喋りをしながら食べ物を食べていただけ。
(僕は...何をしているんだろう...)
商店街で悠奈に引っ張られながら思う、考えてしまう。
今、蓮斗や玲香、穂村は何処でどうしているのか...酷い目にあっているかもしれない、何せ高校生を拉致するような過激な奴らだ。
そんな事になっているのに僕は今何してんだ?悠奈と楽しく食事?
...分かってるよ、今自分に出来ることなんて何もない、こんな風に不満を胸に抱いていても何も出来ない。
そんな少し暗い思考が表情に出てしまっていたようで、悠奈が不安そうに振り向く。
「美幸様?」
「.....」
「やはり、お嫌でしたか?」
嫌?何がだろうか、無力な自分が?...それならもうずっと前から痛いほど痛感してるよ。
「私と...その、婚姻は...」
悲しげに真っ直ぐと視線をぶつけてくる彼女に...
(ああ、忘れていた...)
今は自分の事だけを考えていてはいけないんだった。
『僕はそんな事思ってないよ』
「ですが...その、何か悩んでいらしたようなので...やっぱり嫌だったのかな、なんて...」
『悩んでたのは別のこと、むしろ、悠奈さんは僕でいいの?』
「私は...ずっと夢でしたから...」
夢、ずっと僕と結構するのが、だろうか?...こんなに可愛らしい子が?...
(無理してるんじゃ...ないのだろうか...)
接点があった事なんてないのに、僕が好かれるなんてありえない。
って事は、話を合わせて無理してくれているのかもしれない。
『君の好きにしていいんだよ?』
夢だと言うのが本当ならそれで良いし、嘘ならそれで好きに生きれば良い。
僕に選択肢なんて無い、あったとしても選べない、それが僕が背負うべき罪の象徴なんだから。
『僕は...君の願いならなんだって叶えてあげるから、あの力は使えないけどね?』
悠奈が死ねと言うなら、死のう。
お金が欲しいなら頑張って稼いでくる...他に好きな人がいるなら全力で応援する、本当にどんな事だってしてみせる、それが命を奪った償いになるのなら。
「え、い、良いんですか?」
『その丁寧な言葉遣いも辞めよう』
僕らはそんな立場じゃ無い、むしろ君が上で僕が下なんだ。
「じゃあ、その...美幸、くん...えへへ」
「.......」
名前を呼び捨てにしようとして、君付けで呼び可愛らしくて笑みを深める悠奈。
「えっと、その...玲香さん達を助けたら、同じ家に住みたい、な、なんて」
「うん」
「学校には、毎日一緒に、手を繋いで行こ?帰りも一緒に」
「うん」
「将来的にはこ、ここ、子供も欲しい、かな」
「...うん」
「浮気は絶対に許さないからね」
「...うん」
「他の女の子とも、できるだけ関わってほしくない、かな」
「.....うん」
「あ、高校卒業後は同じ大学に行きましょう」
「うん...」
「それとー」
なんて悠奈のお願いを聞きながら、2人の時間は過ぎていった。
(...結構重い子なんだろうか)
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あとがき
初めまして作者のゆづです。
いつも読んでくれる読者の皆様、愛してます。
これまでは毎日投稿をしていたのですが、大学が始まり書く時間が減ってしまい毎日投稿が厳しくなってしまいました。
ごめんなさい!
それでも、大学の長ったらしい課題に負ける事なく、この作品を描き続けていきますので、どうか長い目で「口無し」を見守っていただけますと幸いです。
この作品を読んでくださった読者様に幸あれ。
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