第22話 またあの部室で

その場を後にし元さんが向かったのは居住区と反対にある通路の先の階段、そこは地下にむけて階段続いている。

その階段の前には何かをスキャンしなくてはいけない扉がついていた。


「この先は一応認証用のカードがいるんだけど持ってるかな?」


白衣のポケットから一応盗んできたカードを手に取る、それを見て元はくすりと笑った。


「美幸さん、主任のカードと間違えちゃってるよ」


「え!?あ、す、すいません...」


「しょうがないから今日は主任のカードを使っちゃおうか」


元さんは慣れた手つきでカードを通し、私も少しおぼつきながらもカードを通し通過する。

地下に続く階段の先にはもともと何に使われていたのかわからない、けれどいくつかの鉄格子の付けられた部屋があってその奥には...いや私は目をそらした。

その奥にいる人たちと目を合わせることが私には出来なかった。

下を見ながら私は、後ろからついていくすると元はぴたっと足を止めた、一番奥のなぜか鉄格子じゃない重厚な扉の前で。


「リリア様、言われていたもの持ってきました!」


コンコンと数回ノックして呼びかけてみるが一切反応がない、不思議そうに元さんはドアノブに手をかけて中を開くと血なまぐさいような異臭がした。


「あれ、リリア様はいないのかな...ねえ君、どこに行ったのか知らないかい?」


「.....」


呼びかけた暗がりの先、椅子に量で両足雁字搦めにされて目隠しをされている黒髪の男。

その姿を見た瞬間一発でだれなのか分かった、いつもは憎まれ口をたたきあっていたけれど今この不安なときに会えたのは本当に嬉しくて、思わず小躍りしてしまいそうだった。


「こまったねぇ...リリア様もいないし」


部屋の隅や近くに何かないだろうか、と...あるのは何のためか分からない鉄製の器具。

とりあえず目に入ったいい感じのゴム製のハンマーを手に持って、無防備に私に後ろ姿をさらしている元の頭向けて、思いっきり振りかぶり...


「くたばれッ!!」


「ぐへッ!?」


本気で振り下ろした。

鈍い音が響き元は連斗の足元に倒れた、床に倒れた時びちゃっと若干血が飛び散った様な気がするが知ったことではない。


「蓮斗!大丈夫!!」


「ん...この声、お前冷香か?」


「よかった!!」


この時私は本当に嬉しかった、普段あんな風だけれど大切な友人だとは思っているから、嬉しくて嬉しくて私は思わず蓮斗に抱き着いた。

色々な残酷なものを見てきて、蓮斗も美幸君も見つからなくて本当に怖かった。


「お前、どうやって...ここまで」


「サスペンスの後にスパイ映画だよ!」


「.....意味わかんねぇよ」


そういって口元に微笑を浮かべる連斗、気を抜いたらまた涙が落ちてきそうだ。

とりあえず、目元の目隠しを外すと...蓮斗は凄い老けたというか疲れた表情をしていた。

その調子で椅子と腕に巻かれている紐もどうにか切り捨てようとする、けれど連斗から待ったがかかった。


「待て冷香、俺のことはいいから...穂村を連れて今すぐ逃げろ」


「はぁ!?何言ってんの逃げるならあんたも一緒に逃げるのよ!!」


「聞いてくれ冷香...ここは想像以上にヤバい場所だ」


「そんなことわかってるわよ!!だからあんたも一緒に...」


「聞け冷香...俺は逃げられない、もう俺には


「は!?何言って!!...え」


意味の分からないことを言う連斗にキレそうになりながらビンタくらいしてやろうかと一歩近づいたとき、気づいた。

ぴしゃりという水たまりを踏んだみたいな音、けどその色は赤くて部屋を染め上げているそれは...蓮斗の足元から流れてきていた。


「は、え、れ、蓮斗...足...」


「言っただろ逃げる手段がないって...」


その連斗の足元にかかっていた布を捲る事が出来なかった。

その下にあるものが無いことを考えてしまうと怖くて手が止まる。


「それにな、お前が俺をどうにかして逃そうとしてもあの銀髪女は俺を意地でも追ってくる」


「.....え?」


「そもそも今回のことは...全て俺に責任があった」


「...責任?...」


「...あの女は、顔も見た事がない俺の親父を恨んでいるらしい...詳しくは、分からんがな...」


「だから?...」


「だから、まぁ...俺が死ぬのは仕方ないだろ」


「だから?...」


「だから、あの女は俺をクソ親父の代わりのサンドバック、もしくは手掛かりにしようとしてるんだろ」


「だから...死んでいいって言うの!?」


「仕方ねぇだろ...クソ親父の血引いてるんだ...」


自嘲気味に笑う蓮斗に私は、怒りがブワッと湧き上がるのを感じた。


「...血を引いてるからってだけで責任を取って死ぬ気!?」


「借金みたいなもんだ...」


「ふざけないでッ!...待ってなさいよクソゲーマー...美幸君を探してくるから!そうすればあんたの足も...!」


元に戻してもらえる!その言葉を言い切る前に連斗は小さく力なく横に首を振った。


「美幸は...ここにいない...」


「...はぁッ!?」


「...俺たちが連れ去られた時—」



※※※



揺られて鉄のような固い感触に頭をぶつけ俺は目を覚ました。

少し意識を朦朧とさせながらも自分の状況を思い出す、両手両足口元をガムテープか何かに雁字搦めにされながらあたりを確認した。

多数の積み荷の隅の辺りに俺は居てすぐ隣には同じ状況の意識のない美幸、反対の壁には冷香と穂村が双子のように肩を寄せ合って仲良く気絶していて、俺らを見張るように座り込んでいた軍人が三人。

(...トラックかなんかに偽装して運ばれてんのか...クッソ...)

逃げ出そうにもどうしようもない、両手両足が拘束されている状況で勝てる相手にも見えないし...

(いや、両手両足が自由でも俺じゃどっちみち勝てねぇな)

最悪相打ち覚悟で美幸をこの場所から脱出させられれば...いやいやいや、普通に美幸をトラックから突き落としたら死にかねん。

どうしようもない、今は事の成り行きを見守るしか...そう思った瞬間、トラックの扉が開いた。

(なんだッ?)

そこにいたのは風で白衣と長い黒髪をなびかせ口元に煙草をくわえている女、その時見えた後ろの景色的にここは高速道路のようだ。

いやちょっと待て、ここは高速道路で...どうやってあの女はここまで来たんだ、ていうか何なんだこの女は...


「いやぁ、流石に車は早いね、追いつくのに少しかかってしまった」


「なんだお前!!」


「ん?...まあ、柄ではないが一応正義の味方だよッ!」


「グホッ!?」


いきなり現れたその女は、軍人たちに一斉に向けられた拳銃をものともせず、ただ拳による暴力で一瞬にして無力化して見せた。


「さてと、誘拐された子たちは...ふーむさすがに四人全員ここから連れ出すのは骨が折れるな...とりあえず二人、レディーファーストということで」


そう呟きながら両腕に冷香と穂村を抱きかかえようとした目の前に女に、俺は慌てて体をトラックの壁に打ち付けて音を鳴らした。


「ん、君は...待て待てそう慌てるな、悪いが順番があるのでね、安全な所に移したらすぐにまた助けに来るから少し待っていてくれ」


「んんんッ!!!」


この馬鹿女!とりあえず優先的に美幸を連れていけ!と指摘するように肩で隣の美幸を女の方に突き出した。


「この子を先に連れてってほしいのかい?」


「ん!!」


「ああ...君は彼が神子だと知っているのか...まあどんな神通力にしろ万が一に備えて優先するべきではあるかな」


少し意味の分からない言葉を零した目の前の女は、考えを改めたのか脇に挟んでいた冷香を一度手放すと、美幸を片手でひょいッと持ち上げる。

そのまま迷うことなくトラックの入ってきた場所に向かって「それじゃあ少し待っていてくれ」と一度俺らの方を振り向き...


「何をしているの?」


「ッ!!」


いつからそこにいたのか、平然とその場に立っている銀髪の女。俺らをさらった主犯格のような奴だ。

その手には拳銃が収められていて、一切躊躇することなくその女は拳銃を打ち放った。

弾丸は鉄にこすれる音を響かせてトラックの中を乱反射する、そして正確無比に白衣の女の腕を打ち抜いた。

白衣の女は初めて焦ったような表情を浮かべ、反対に銀髪の女は冷静に冷酷に首を傾げ。


「ああ、最初から頭を打ち抜けばよかったわ」


その無機質な金色に瞳が淡く光り紫色に染まっていく、よくよく見るとその瞳は紫色に変色しているわけじゃない、紫色の紋様が瞳に浮かんでいた。


まるで船の舵のような文様だ。


「まさか...なるほどね、か...」


「どうでもいいでしょうそんな事」


「くッ...すまない!」


力の入らない両腕では二人を連れだすことは不可能だと判断したのだろう、穂村を置き去りにして美幸を抱きしめるようにしてトラックから飛び降りた。

その女がいなくなった方向に拳銃を向ける目の前の女は、何を思ったのか俺を一瞥してその拳銃をしまった。


「...まあいいでしょう、一人くらい」


力を抜くようにして銀髪の女は小さくため息をこぼした、その時の瞳の色は黄色に戻っていた。



※※※※※



「え、じゃあ美幸君は...」


「分からない...もし美幸が無事なら、俺達はこんな所にいないだろ...あの時の女を、信用するべきじゃなかったのかもな...」


あの時の選択は間違いだったかもしれない、そう悔いる連斗に...私ははっきりと言った。


「...美幸君は生きてるよ」


「何を根拠に...」


訝しむような連斗の声に私は尚も上を向いた。


「きっと私達を助けに来てくれてる」


「...ならなんでこんな所に俺らはまだいるんだ」


「それは、何か喋れない理由があるんだと思う」


「.....だといいがな...」


「きっとそうだよ!私はその可能性に賭ける!」


そんな言葉の応酬は、きっと何の意味もない。


そんなのいくら馬鹿な私でも理解してる、目の前の苦笑い気味な連斗が若干諦めているのも分かってる。

それでも私は美幸君に賭けるしかない、いや本当なら私がすべき最善的行動はこのままここから逃げ出して美幸君を探すなり、助けを求めるべきだったんだろう。


だけど...


だけど私は...


「私は、美幸君が助けてくれる方に賭けて...今から暴れてきます!」


「......は?...」


私にはこれ以上見て見ぬふりはできない。

今まで美幸君さえ見つかれば助けられるからと、散々見捨ててきた見て見ぬふりをしてきた。

もうこれ以上は耐えられない、今の所私は研究者として潜入できている、だったらこのままできる限り捕まっている人たちを開放する。


それに、コイツを置いて逃げれるわけがない。


「この場所からは、ほみゅちゃんを逃がして助けを求めてもらえばいいでしょ?わざわざ二人で逃げる意味なんてないし、だったら私はここで囮として自分にできる限りのことをして...あんたと一緒に死ぬわ」


「...何、言ってやがる...お前...これはいつもの遊びとは違う、現実なんだぞ?...」


「分かってるわよ...けど、さっきから自分は助からないこと前提みたいだったし、一人で死ぬのは寂しいでしょ?」


「.....ふ、ふふ、はははははははッ!!」


何を思ったのかさっきまで呆然としていた蓮斗はふっきれったように大声で笑いだした。

思う存分笑った後、笑いすぎてお腹を痛そうにしながらコイツは私に言ったのだ。


いつもみたいに、部室の中で偉そうな笑みを浮かべてる時みたいに。


「本当にお前は...イカレテルよ」


最早それは、褒め言葉にすら聞こえて来た。

私はニコッと微笑み連斗を見据えながら満面の笑みで希望を語った。


「次は、あの部室で会いましょ」


その希望に縋るように連斗もまた語った。


「ああ、またな」


それはただの希望と馴れ合い、そうあってほしいと言う願いでしかない。


これを見た人は言うだろうか、もっと現実を見据えろと、自分だけが助かる道を選べと。


けどさ、美幸君っていう希望も願いも現実にしてしまう人が身近にいたらさ。

絶望を目の当たりにしたら縋っちゃうのは当たり前だと思うよ。


今ならあの狂人生徒会長が言ってた事が少しだけわかるような気がする。

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