第21話 狂気
血の跡を探しながら偶にする足音に心臓バクバクで物陰に隠れ、ほみゅちゃんの後を追う事幾星霜。
なんか異常な空間に辿り着いていた。
ホテルをくり抜いて作りました、みたいな機械でできた秘密部屋。
いやまあ一切秘密要素なんて何処にもないけど、むしろフルオープンだ。
ただ一つ問題があるのは目の前の網状の鉄の道を歩いて行ったのは分かるんだけど...
鉄の道が網状のせいで血の跡が残っていない。
果たしてほみゅちゃんは鉄の道を渡り切ったのか、それとも近くの左右に別れる階段から下に降りて行ったのか...考える事は多い。
まあ、ぶっちゃけほみゅちゃんを助ける事が目的じゃない、大事なのは美幸君を探す事。
だったら下の方が可能性は高そうだ、あの謎な機械で美幸君を研究素材にしている可能性は高い気がする。
階段を降りながらよくよく下の方を見てみると白衣を纏った人達が何人も歩き回っている。
とりあえず1番下に降りた後、慌てて機械の物陰に隠れはしたけれど、この学生服で歩き回るのは流石に不自然だ。
(どこかの部屋にあったりしないだろうか?)
色々と闇が深そうな機械、人間がふよふよと浮かんでいる大きな液体瓶などからそっと視線を外し近場の人気のない通路を通ると、いくつものドアがある場所に出た。
果たしてどれが正解なのか...全部開ければいいか、という考えで一番右隅の部屋の扉を開けて中に転がり込んだ。
中には色々な事が殴り書きされた紙といろいろな薬品が多数散らばっている、とりあえず奥に人影が見えたのでそっと扉に鍵をかけた。
「ああくそ!!どこに置いたかなぁ!!めんどくせぇ!」
奥ではこの部屋を使っている人なのか、荷物に塗れながら文句を垂れて部屋に散らばる紙ひたすらめくっては投げ、めくっては投げ捨てているおっさん。
文句言ってるけどどう考えても整理整頓の整の字もないお前の私生活が悪いだろうに。
とりあえず近場の木製の椅子を手に持ってアサシンのごとく後ろからゆっくりと近づき...
「ごめんね」
「あん?」
とりあえず近場にあった椅子の背もたれの部分の角の所で後頭部をぶん殴った。
なかなかに気持ちのいい音がして「うぉえっ」と吐きそうな声をあげながら男は顔から地面に倒れこむ。もしかしたら二日酔いだったのかもしれない。
「さて、脱がすか」
決意も何もなく平然と男の服を引きちぎるようにむしり取り、男のシャツと白衣をはぎ取った。
それとなんだろうこれは?...男の写真のついた車の免許証みたいな何かしらのカードを拾いポケットに突っ込む。
さて血の付いた制服とおっさんの服どっちがましだろう?と少し思いながらもおっさんのシャツを着て上から白衣を羽織る。
あ、安心してほしい一応これでも乙女なのでおっさんが万が一起きて乙女の柔肌を人目にさらすことを避けるため、クローゼットに突っ込んで近場の重そうな机で封をしておいた。
部屋にあった大きな鏡で姿を確認、白シャツにだぼだぼな白衣...遊んでる子供にしか見えない。
私にはあのいかにも、あやしい研究者ですよ、という雰囲気が作れない、この学校指定のスカートのせいもあるけれど...なんていうか全体の雰囲気が違う。
なんかそれっぽい恰好をしてみるけれど、ぜんぜん様にならない。
そこで気づいた、机の上に黄緑色のレンズのついたサングラスが置いてあることに、つけてみるとさっきよりもだいぶ怪しさが増した。
よっしゃこれならいけるだろう、と謎の自信を持って部屋の鍵を開け堂々と部屋を出ていく。
その瞬間、隣の部屋から出てきた見知らぬ白衣のお兄さんとバッティングした。
「あれ、君...なんで主任の部屋から...?」
「え、あ、や!その私は!...」
困惑気味なお兄さんが見つめてくる瞳に私はてんぱりまくっていた。
流石にいきなりすぎるでしょ、天才科学者冷香の第一歩目でこれとか...いい感じの誤魔化しも浮かばないしここままバレるくらいならいっそ逃走して...なんて考えていた私の肩を目の前のお兄さんは両手でがっちり掴んで興奮気味にこういった。
「もしかして君!...」
「ち、ちが...私は...」
「主任の隠し子ちゃんだね!!」
「...え」
完全にバレたとぐるぐる目を回していたら、思っていたのよりも斜め上な答えが返ってきて驚きのあまり素の声が漏れた。
「そ、そうです」
ああよかった、助かった、ほっと胸をなでおろしながら首を縦に振ると興味津々に顔を見てくるお兄さん、似てるわけがないからあんまり見ないでほしい。
「あ、自己紹介忘れてたね僕は第二研の
「え、あ、はい...」
「そっかそっか、今度からお父さんの部屋に入るときはほかの人に見つからないようにね」
「はい」
「もちろん他言はしないから心配しないで」
そういって口元に人差し指を立ててニコッと笑うお兄さんは案外悪い人には見えなかった、ほみゅちゃんと似た香りがしたのだ。
だからだろう、咄嗟に声をかけていた。
「待ってください!」
「ん?...」
ほみゅちゃんと似たような感じ...そう、ちょろい奴の香りがした。
「あ、あの私...入って来たばかりで何も分からなくて...できれば元さんに案内していただけると...」
グラサンを取り、去ろうとするお兄さんの裾をつかみ不安そうに上目遣いで見つめる。
「案内かぁ...君の立場上主任に頼むわけにもいかないしね、よしわかった!僕に任せて!」
(よしっ!)
これで合法的にこの場所を歩き回れる。
「それじゃあ、案内の前に少しだけ僕の仕事についてきてもらってもいいかな」
「は、はい」
「仕事を済ませながら案内をしていくからさ、一応知っては入ると思うけどここは居住区ね」
へぇーここは居住区、つまり研究者が住んでる場所なのか。
そこで一発で隠し子を怪しまれている主任の部屋を引き当てるとか運が良すぎるな、後でひどい目にあいそうで少し怖い。
「じゃあ行こうか、最初はリリア様に頼まれていたこれを届けに行くんだ」
「リリア様...」
どこかで耳にしたようなしていないような...少しの情報でも思い出せと、頭を捻り...思い出した。
あの日、部活中に現れて最高に幸せだった日々を一瞬にして奪っていった元凶だ。
あの銀髪の金色の瞳の女、美幸君を救う上で絶対に避けては通れない敵の名前。
お兄さんはずっと手に持っていた薬便を見せびらかすようにして、居住区から別の場所に向かって歩き始める、私も置いて行かれないようにそのあとについていく。
「ここは理論的に可能かどうか要は試してみる実験場だね、君はまだモルモットももらってないのかな?」
「...たしかまだだったと思います」
「そうかい、よければ後で僕の分を少し分けてあげるよ」
さわやかにやさしげにそう言ってくれる元さんに、私はそれっぽく返しながら深くは考えないようにしておく。
そのモルモットが一体何を指すのか...分かってるよ、分かってはいるけれど考え出したら怖くて動けなくなってしまうような気がするのだ。
大丈夫、美幸君さえ助け出せれば...この場所のことだって全部美幸君がどうにかしてくれるはずだ。
美幸君さえ帰ってくれば今まで通りの幸せな毎日が戻ってくるはずだ、だから今は考えちゃダメ。
「お、三船さん!神子の細胞移植は上手くいった?」
「今やってるとこですよぉ、まぁ成功例は30分の1ってとこですかねぇ」
「これは...なるほど実に興味深い、少し見ていこうか?...そういえば名前聞いてなかったね」
「す、すいません...えっと...美幸です!」
咄嗟にそう聞かれても名前なんて思いつくわけもなく、頭に一番印象に残っている名前を口にしていた。
ごめん思いつかないから名前借りるね!!
「美幸ちゃんかいい名前だね、お、実験の山場かな」
巨大なガラスの筒の中、液体の中でぷかぷかと浮いている少年がいきなり藻掻きだした。
さっきまで大丈夫だったのに今更空気を求めるかのように苦しそうにもがいてその手でガラスの筒をどんどんと叩く、何かを叫んでいるのか口から泡が漏れ出ていてその少年の瞳が私を捉えていた。
助けて
見捨てないで
声無き声が私に向かって叫んでいる、ように私には見えた。
見て見ぬふりのできない、苛立ちの募る残酷な現実を歯の奥歯で噛み殺し手を強く握りしめる。
とっさに近くの椅子なり物でこのガラスをたたき割ってしまおうかという思いが浮かぶが...今ここで動けば下手すればすべてが終わる。
「お!!すごい!!」
瞬間、目に見えて明らかに少年の様子が豹変した。
少しづつ風船のように膨れ上がって.....そこから先はよく覚えていない。
ただ茫然と真っ赤に染まったガラスの筒を眺めていて耳に響いたパンッという音だけは覚えていた。
「やっぱ神通力の複製は不可能に近いのかな、ちなみに一応成功例はいたんだよね?」
「一人だけ、成功例と言っても意識があるだけですよぉ、今の所神通力自体は何も発動しませんでしたぁ要観察ですねぇ」
「ちなみに成功例の性別と年齢は?」
何を言ってるんだろうこいつらは...
「男性の幼体、歳は9歳の一般的な血統の少年ですよ」
「移植した細胞は?リリア様のかな?」
「そうですねぇ、一応後で失敗作の解剖も行ってみますが...ほとんど爆ぜてしまうんですよねぇ、これにも何かしら繋がりがあるのですかねぇ」
なぜそんな平然としていられる?
「後は移植する場所も変えて何度か繰り返さないとだね、統計データができたら僕にも見えておくれよ」
「かまいませんよぉ、代わりにこちらもそれなりのデータを要求しますがね」
「おっと、これは僕の実験データ全て持っていかれてしまいそうだね」
何を笑っているんだろうこいつらは...気味が悪い。
吐き気が止まらない...けれどここで吐いてしまえば、いささか怪しまれるかもしれない。
耐えなくちゃ、私はあの子を見捨てたんだから、見捨ててまでこの道を選んだんだから...笑え、笑って見せろ冷香!
「さて、興味深いものも見れたし行きましょうか美幸さん、美幸さん?」
「はい、そうですね」
ごく自然に微笑んで見せる、内心に燃えるような殺意の火を灯しながら。
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