第20話 選択肢


「ほみゅちゃん見つけちゃった」


「見つけちゃったじゃないわよあんた」


呆れたようなほみゅちゃんに私はニヤリと笑みを深めた。


軍人らしき人から驚くべき話を盗み聞きした後私は、しばらく部屋の扉の前に座って軍人の足音を頼りに巡回時間を体内時計で測ってみた。

時間的には大体15分に一回くらい目の前を通る。

けれどたまにタイミングも何もなくいきなり足音が聞こえる事がある、少しドアを開けて確認してみた所運悪くすぐ近くにトイレがあったようで意図しないタイミングで軍人に鉢合わせてしまう可能性が倍増した。

仕方ないので、タイミングを伺ってドアから出ることは諦めて、私は割れた窓から窓枠に飛び乗った。

この部屋の右隣にはトイレがあるが左隣にはここと変わらない部屋が続いている。

というわけで、私は窓枠から外のエアコンケーブルや何かしらの突起物に捕まりながら隣の部屋へと移動して行くことにした。

(ひゃ〜この高さは死ねる〜)

かなり高さがあったが、学校の3階からダイブした私には怖いものなどないのだ。

そんな感じで四つほど部屋を横に移動した時だった、窓ガラス越しにびっくりするほどほみゅちゃんと視線が交わった。

とりあえずまあ、本当は目当てじゃないんだけど...

仕方なく部屋に入るとほみゅちゃんは呆れていた。


「あんたは本当におとなしく出来ないのね」


「酷いよほみゅちゃん、助けに来たのに」


とはいえ、私と同じように手錠をされていたらどうしようもないんだけれど...と思い手首の辺りを見てみると何故かロープでぐるぐる巻にしてあるだけ、解けはしないだろうけど明らかに私とは違う。

私ってもう側から見てもやばい奴、絶対封印しときたいナニカみたいな感じなの?おかしいだろ。

こんな特別待遇望んでないんだけど。


「なんで手錠じゃないのかな、けどこれなら...ガラスの破片とかで切れる?」


「あんた手錠だったんだ、というかその血...まさか、ついに殺った?」


なんて若干うわぁという顔をして...てかついにって何?

私そんなにやばいやつだと思われてる?確かにやることなす事無茶苦茶だとか言われることあるけどさ、麗しの乙女にそりゃないよ。


「このまま置いてってあげようか?」


「うそうそうそ!玲香マジ神愛してる!」


「...調子いいんだからなぁもう」


窓際で鋭く割れているガラスの中から手のひら大くらいの大きさのものを気をつけながら手に握りしめてロープに押し当て鋸のように前後に動かす。

けれど頑丈な縄なのか全く切れる気配がない、けどまあもう数十分もやれば切れる気がする。


「切れそう?」


「時間をかければいけると思う」


「そう、ちなみにあんたはどうやって抜けてきたのよ」


「サスペンスみたいな方法で抜けてきたよ」


「どうゆう事よそれ...」


何かを悟ったような瞳をした私にほみゅちゃんは触れてはいけない何かを感じ取ったのか特に何も言わない。

ただ一つ気になることを確認してきた。


「ちなみにこの拉致って、何が目的なんだろうね」


「.....」


その最もなほみゅちゃんの疑問に私は答えるべきなのか少し躊躇った。

けれどこんな状況だ、本来なら美幸君が信用して話してくれるのを待つべきなんだろうけど...いや、こんな状況だからこそ言わない方がいいのではないだろうか?

知ってしまえばほみゅちゃんが万が一捕まり尋問された場合、ほみゅちゃんの性格上言うわけがない、だからこそ酷い目に遭わされる可能性を捨てきれない。


「ねぇ、どうしたのいきなり黙って」


「え、あー、いや考えてみたんだけどよく分かんないなぁってね」


「そうなの...ん、ねぇ足音聞こえない?」


「え?」


この廃病院ならぬ廃ホテルは長年の放置されていたせいか通気性抜群で音もかなりよく響いてくる。

それのおかげか足音と何か硬いものが擦り合わせたようなガチャガチャとした音が次第に大きく聞こえてくる。


「玲香!逃げて!」


「ッ!ごめん!」


ここで逃げ出した事がバレたら本当にやばい、ワンチャン殺されるまである。

さすがにそれだけはまずい、この場で助けるべき最優先はあくまで美幸君だ。

わざわざあんなに苦しんでまで抜け出したのに捕まって殺されたら笑えない。

手に持っていたガラスの欠片をその場に置いて、勢いよく窓の枠に乗り、右隣の部屋のドア枠に移動した。

その体制のまま息をひそめ聴覚に真剣を集中させる。


「ん、何か声がしたような気がしたが、お前の独り言か?」


「.....」


「まあいい来い、お前を連れて来いと仰せだ」


そんな男の声が聞こえてきて、しばらくすると扉が閉まった音がした。

なるほど、どうしてほみゅちゃんだけ拘束が緩いのかと思ったら何かしら連れて行く用事があったからだったのか。

その事に内心ホッとして部屋の中に入り扉に耳を押し付ける。

足音は聞こえないしあのガチャガチャとした音も聞こえない。

そっと扉を開けると、やっぱりほみゅちゃんの姿はなくもう移動した後のように思える。


さてここで分岐路だ。


第一はこのまま美幸君を探す事、そしてもう一つはほみゅちゃんを追ってみること。

美幸君を探すというのは要するにこの辺りを一通り美幸君を目当てに探し回る、けれど正直な所そう簡単に見つかるとは思えない。

なにせあの美幸君だ、相手も逃げられる事、反撃される事を警戒して厳重な部屋、もしくは常に監視出来る部屋に置いておく。

相手が手に入れた瞬間一発逆転のスイッチをそこら辺の部屋にポイッと置いておくなんて雑な事をするとはとても思えないのだ。


だったら賭けに出て何処かに連れて行かれたほみゅちゃんの後を追う。


もしかしたらその過程で美幸君への手掛かりを得られるかもしれないし、それに純粋にどうしてほみゅちゃんが連れていかれたのか不思議だし心配でもある。

とはいえ、どうやってほみゅちゃんの後を追ったものか...ここら辺の廊下を目的もなく歩き回れば見張りの軍人に捕まるだろうし...うーんと首を傾げる私は、そこでふと赤いものが目についた。

廊下にかなりまばらな間隔ではあるが赤い絵の具みたいな血がぽつりぽつりと落ちている、多分ほみゅちゃんだろう。

私が近場に捨てたガラスの破片でわざと手を切って血を落としてくれたに違いない。

「さすがだよマイフレンド」なんて誰に言うでもなく呟いて血痕の跡を追った。




そんな風に玲香が歓喜していることなど知りもしないほみゅちゃんこと穂村は、隣で手首に繋がっていてる縄を持っている男に、こっそり血を落としている事がバレないかハラハラドキドキしていた。

(大丈夫かな...バレてないといいけど)

手のひらから指先に垂らすようにぽとぽとと落としてきたけれど果たしてこれに玲香が気づいてくれるのか、確率はなかなかに低そうだ。

(あの子変なところ抜けてるからなぁ...)

それに穂村としては自分を助けに来てもらうよりもさっさと逃げて警察などに助けを求めてもらいたいのが本音だ。


「はぁ...」


けれどあの狂犬玲香がそんな器用な真似できるわけないよなぁ、と思わずため息がこぼれてしまう。

その様子に少し前を歩く男が訝しむように睨んできた。

そんなに睨まなくても逃げる気なんてない...いや、今のところ逃げる方法なんてないのに。

長い廊下を歩きながらこの廃ホテルの階段を登りさらに上の階へと上がって廊下を歩こうとして私は一瞬固まった。

廊下が途中から鉄製の細い足場に変わっている。

そこから足場の下に広がっているのは廃ホテルとは名ばかりの謎な機械ばかりの施設だった。


「なに...これ...」


明らかに1階から5階までのホテルをくり抜いて作り上げられた部屋。

色々な容器に、緑色の液体の中に人間が入れられていてその周りには白衣を纏った人間達。

明らかに怪しい実験施設、悪の秘密結社みたいだ。

どうやら私達を攫ったのは相当やばい組織なんだと改めて実感させられた。


「早く来い」


「うっ」


立ち止まって呆然としてしまった私に、目の前の兵士は腕の縄を引っ張って無理矢理歩かせてくる。

そのまま網状の鉄製の道を言われるがまま歩いていく。

鉄の道を渡り切るとそこにはさっきと同じような部屋がたくさん用意されたホテルの内装へと戻っている。

その部屋の一つに男がコンコンコンと礼儀正しくノックをした。


「誰かな?」


「識別番号2008です、ご希望の人間をお連れしました」


「入っていいですよ」


「失礼します」


声の感じからして中に居るのは男だろう、目の前の軍人が扉を開けると縄を引っ張られ強制的に中に入れられた。

その部屋は私が捕らえられていた部屋とは明らかに違う、綺麗な壁紙に新品のようなマットレス、綺麗な装飾が施された部屋だ。

ボロボロで今にも崩れそうな私の部屋とは大違いだ。

その部屋に上がらされリビングまで連れて行かれる。

その部屋の中心には白無地のテーブルクロスのかけられた丸い机、席が二つ用意されていて自分から見て奥側、窓側の席には白いスーツ姿金髪ロングヘアーの20代くらいの外国人の男が座っていた。


「縄を解いてあげなさい」


「はッ!」


優しげに微笑むその人の指示で、軍人が私の手首の縄を腰に刺していたナイフで意図も容易く切り捨てる。

手首に赤く縄の跡がついてしまってちょっと痛い。


「穂村さんですね、お席にどうぞ、お食事もご用意しています」


「えっと...」


机の上に広がる高級レストランのコースメニューのような料理に若干固まっていると。


「ん、私の日本語が通じていませんかね?」


「え、いや、そう言うわけじゃなくて...」


「それは良かった、私も日本語を学んでそこまで日数が経っていませんので通じるか自信がなかったのですよ」


なんて苦笑い気味にはにかんでみせる目の前の世間一般ではキャーキャー言われるイケメンに、私は何処となく胸の内がスッと冷めた。

私にそう言ったイケメンスキルは効かない、何故なら私にはお前なんかよりももっとイケメンの弟達2D世界がいるからね!

というかそもそも、そんなイケメンスキルで好感度上げる前に、拉致されたっていうマリアナ海溝レベルのマイナスポイントがあるの忘れんなよこの野郎。

敵意剥き出し、だけれどこの場でそんな事すれば後ろで見守っている軍人に何されるか分からないのであくまで内心に抑えて外向きはあくまで戸惑っている少女を演じる。

とりあえず「どうぞ」と言われているので戸惑いながらも席に座る。


「少しお話がありましてね、食べながらで結構ですよ」


「え、いや...」


つい目の前のパスタに目を奪われている事がわかったのか苦笑い気味に勧められた食事。

ぶっちゃけめっちゃ美味しそう、というかそもそも結構長い間食事をしていなかったような気がするからそのせいかもしれないけど。

けれど、果たして拉致監禁してきた相手が出してきた食事を口に入れていいものなのか...


「毒などは入れていませんが、食べるかどうかは任せるとしましょう、さてー」


なんて言いながら目の前の男は椅子の近くに置いていたアタッシュケースを机の上に置く。


「君には家族はいるかな?他にも学校大事な友達とか」


「いますけど...」


手元に置いてあるフォークにスプーン、日本人向けにお箸が置かれていて誘惑に負け手を伸ばしかけていた時、なんか凄い当たり前のことを聞かれた。


ていうかどうしよう、これ食べようかなぁ...


「そうか、けれど困った事に、君はこのままだと殺されてしまうね」


「.....」


その言葉で覚悟が決まった、どうせ死ぬなら最後に何か食っとこう。

フォークとスプーに手を伸ばして丸々海老が乗せられたパスタにフォークを突き刺した。


「君も見ただろう?ここはいわゆる研究機関でね、神子...と言っても分からないかな、簡単に言うと特殊な能力の研究をしているんだ」


「んぐっ...特殊な能力、ですか」


「そう、生まれながらに持ってしまった異能力、その譲渡、受け渡しについてね」


生まれながに持ってしまった能力?足が速いとか?知能が高いとか?そう言うのだろうか?それを受け渡すってなかなかにデンジャラスだ。


「君はこのままじゃ実験体行きだ、それは嫌だろう?」


「はむ...まあ嫌ですけど」


「そこでだ、一つ条件を飲むのなら君を生かして家族の所に返してあげようと思う」


「条件?...」


パスタを食べ終えてスープ系のものに手を出し始めた私は首を傾げ、目の前の男は柔和な笑みを浮かべてはっきりと言った。


「滝連斗を殺してほしい」


「...はぁ?」


ちょっと言ってる意味が分からなくて食べている途中のスプーンをポトリと落としてしまった。


「君にとって滝連斗がどういう存在かは知らないが、考えても見てほしい。たった1人の人間と自分の命、どちらが大事なのか」


それはまあ、考えるまでもない事ではある。

あまりこんな酷いこと言うのはどうかとは思うけどこの前あったばかりの連斗、それと自分じゃあどっちが大切なのかは自明の理だ。

けれどどうしても腑に落ちない。


なぜ連斗なのか?


てかそもそもそれ、私がやる必要があるの?だってあんたらが今捕えてるんでしょ?生殺与奪はあんたらの自由でしょうに。


「...ねぇ、どうして連斗なの?」


「それは受ける気があると言うことかな?」


「理由による、かな」


「そうですねぇ...話せば生きて返せなくなりますので、あまり話せる事はないのですが...要するに僕らにとって彼の存在は邪魔なんですよ」


違う、そんなのは分かっている。

私が聞きたいのはだったらどうしてわざわざ私にこの話が来るのかって事だ。

邪魔ならそっちで殺せばいいのに、わざわざ私に殺させようとしている理由。


「このアタッシュケースに殺すのに必要な物も揃えてある、その中にある服を着れば軍人は君の事を見て見ぬふりをする手はずとなっています」


「.....」


「さぁどうする?」


「...ちなみに断ったら?...」


「もう1人の捕らえていた女の子に話が行きますね」


なるほど、そうなると玲香が逃げたのがバレてしまうわけね...

目の前に置かれたアタッシュケース、私はそれを...


「一つだけ条件」


この時の私に選択肢なんてそもそも最初からなかったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る