第19話 変わらない
僕は...これからどうすればいいのだろう?
腹部に鈍く響く、今にも泣き叫びそうな痛みを感じながら考えていた。
一体何をすれば許されるのだろうか?
耳からではなく頭に直接響く、硬いものに叩きつけられる音を聞きながら考えていた。
どうすればこの人達に、16年間代償を押し付けてきた恩を...
134人の命を奪った罪を償えるだろうか?
ぼんやりとした意識の中、暖かく柔らかい何かに抱かれている感触を感じながら考えていた。
どうすれば僕は...普通に.........
「もう、それはあきらめよう...」
どこかに運ばれている、どこかで見たような誰かに運ばれている時、僕はぼそりと自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「美幸様!お気づきになられたのですか...」
どこかに運ばれている最中だったのだろう、木製の廊下の途中で驚いたような龍星君の顔が至近距離にあった。
どうしてここにいるのか、そんなことは最早どうでも良かった。
すっと、龍星君の体を手で押しのけて自分の足で立ち上がる。
「美幸様...?」
意識が朦朧として視界がふわふわする中、なぜかここにいる龍星君は僕のことを心配そうに見ている。
もう、決断は下した...普通には生きられないのはわかっている、理解している。
「則義さん、話を...しよう...最初の部屋で...」
だから覚悟は決めた、134人も犠牲にしたのだもう後には引けない。
今後一切この家に管理されてもいい、監視されたっていい、なんだったら声を失っても万が一のためにも殺してくれたってかまわない。
全部は望まない。
これまで通りの楽しいだけの完璧な世界は望まない...そこに僕がいなくても、ただ笑って、あいつらが平和に生きていればそれでいい。
僕は笑えなくていい。
この現世か天国で、この先をただ見守ることができればそれだけで十分幸せだろう?
「わかりました美幸様、お食事も運ばせます」
僕の熱意が、覚悟が伝わったのか真剣そうな表情で僕に一礼をすると則義は速足でこの場から立ち去っていく。
その姿を見送った僕は...くらりと足元がおぼつかない感覚に襲われ倒れそうになり...すんでのところで龍星君に支えられた。
「美幸様、失礼ながら私がお連れ致します」
「龍星君...ありがとね」
臣下の礼をとるようにその場に膝まづくと、後ろを向き背中を向ける。
「お乗りください」
正直なところあまり手間をかけさせたくなかったのだが、現状視界がグワングワンの僕が無理して意地を張って余計な気遣いをさせるほうが余計手間がかかるだろうと判断して素直に頼ることにした。
「じゃあ、お言葉に甘えて...」
足をかけ背中にしがみつくと落とさないようにしっかりと腕を絡ませ「体勢はお辛くありませんでしょうか」なんて心配そうに尋ねてくる。
それに対して「大丈夫だよ」と僕が返すと、まるで重さを感じていないかのように簡単に僕を担ぎ上げた。
そのまま龍星君は歩き始める。
体に力が入らない僕は、目を閉じてから体を休めるようにしながらそれでも聞かなくてはいけないことがあると能力の発動しない絶妙な質問を投げかけた。
「龍星君は...この力のこと、神子のこと知ってたんだよね?」
「.....はい」
「それって、いつからなの?...」
「美幸様と知り合ってから半年後のことです」
出会ってから半年...龍星君と最初に出会ったのはまだ小学生の時だった。
正確に何年生のころというのは覚えていないが、小学生の時から今に至るまでの長年の付き合いになる。
とはいえ、中学3年のころから今現在までは一切言葉も交わしていなかった。
それは僕が意図的に避けていたというのもある、けれどそれ以上にあの時の僕には龍星君の言葉を受け止める覚悟が足りなかったというの一番の理由だろう。
【あなたは神様です、そして私はあなた様の忠実な僕、何なりとご命令を、あなた様のためとあらば私はどんな事でもいたす所存です】
その瞳が僕には本気で言っているのだと感じた、この人は僕が殺せと言えば誰だろうと殺し、死ねといえば笑って死ぬような、そんな気がした。
あくまで僕はそんな風に思ってしまった、どうしても冗談に思えなかった...だから僕は、向き合うことも追及することも知ることも理解することもせずに逃げたのだ。
今では思う、その行動は間違っていたんじゃないだろうか、と。
もしあの時僕がなぜそう思うのかと、彼自身に向き合っていれば、追及していれば、知ろうとしていれば、理解しようとしていれば、もっと早く自分自身の能力を理解できたんじゃないだろうか、僕が誰かを無自覚に犠牲にしていることを知れたんじゃないだろうか?と思わざる負えない。
いやわかってるんだ、こんなのただの、そうだったらいいな、という僕の希望的観測に過ぎないし、それに結局取り返しのつかない過去の出来事だ。
今目を向けるべき大事なのは過去でも未来でもない今だ。
「どうして知ってたの?...」
だからこそ今僕は彼のことを理解しなくちゃいけない。
もうこれ以上取りこぼしがあってはいけない、そのために彼に向き合って追及して知ってそして理解しなくちゃいけないんだ。
「私は...≪天≫という神の組織に所属しています、そこでは私のように神に仕える人間や将来的に有望であろう選ばれた数々の神子が所属しています」
「その天ていうのは、なんの組織なの?」
「...表向き、一般の人間にはただの宗教団体のようなものです、が本来の役目は神達の統制、そして規則を正すための機関です」
それはつまり警察のようなもの、という解釈でいいのだろうか。
やはりどんなに世界が神子という力に汚染されてもそういった正すための法のようなものを考える奴はいるのだなぁと少し関心する。
その様子を知ってか知らずか龍星君はそんな考えをバッサリと切り捨てた。
「なんて言えば聞こえはいいでしょうが、実際は違います」
「.....違うの?」
「はい、実際には強い神が弱い神を支配し、強者達の考えを押し通しているだけの自己中心的な勢力に過ぎません」
「...そうなんだ」
「天は日本という国自体と密接な関係にあり、お互いが黙認している関係なのです」
「.....黙認?」
「天は神を束ねる立場として、日本という国が神という存在を軍事使用など政治家や権力者が神を囲う事等を黙認しています、日本は天の最高神、12天神の全ての行いを黙認しているのです」
お互いがお互いを利用し合う相互関係。
お互いが争うのは避け、お互い甘い蜜だけ吸いましょう、という話なのだろう。
あまりに腐りきった現状、テレビで流れていた犯罪や未解決事件はもしかしたらその神が行っていたのかもしれないという事だ。
気分の悪い話だ。
「その、12天神というのは何?」
「天は神にランク付けをしています、下から順に神子、野神、人神、地神、県神、主神、天神の計七つに分けられています、もしこの規則に則るのであれば美幸様は神子に分類されます」
神子、何気に聞いていた神通力を持つ子供達のこと。
まあ、僕もその子供に分類されるのはわかるけれど、そこから上に行くにはどうしたらいいのだろう?...聞いたところで僕がその組織に関わることはないのだろうけれど、念のため聞いてみることにした。
「それは、どういう分け方をされてるの?」
「神子は神通力を持つもの、野神はそう対して変わりません、人神から神の力を持つものという括りではなく正真正銘の神と定義された存在になります」
「僕も...なれるの?」
そんな神様なんていう大袈裟な存在に、こんな僕がなれるだろうか、という自分自身に向けての皮肉。
別になりたいわけでもなかった、なったところで僕には意味の無い肩書きでしかない。
けれど、返された言葉に僕は耳を疑った。
「神の席、神社を持てばその時点で神子は神となります、その時点で神子は人を辞め能力の制限が一切なくなるのです」
「能力の制限が...なくなる?...」
それはつまり、僕が神にさえなりさえすれば玲香達を助けるために神通力を行使することに何の問題もないということ?
そうか、確かに則義は人が神の力を使う事がいけなかったとそういう話をしていた。
けれどそれはあくまでも人という定められた力の内を逸脱していたから。
なら人を辞めてしまえばどうだろうか?
例えば人を辞め何処かの神社で祀られるような神として君臨すれば、神通力を使う問題は何も無い。
だって神が神の力を行使して一体なんのエラーが起きるというのだろうか。
「どうすれば神になれるの、龍星君」
いきなり何を言ってるんだ、と思われるかもと思ったけれど顔の見えない彼は平然と口にした。
「美幸様が神の座を望むのならば私が如何様にでも致しましょう、天にの頂に座る神すらも引き摺り下ろして見せましょう」
彼は変わっていなかった。
天という組織に所属しているのなら、あの時のような気持ちはもうないんじゃないのかとも思った。
僕以外の神に仕える事ができて満足しているんじゃないかとすら思った。
今僕は龍星君の目を見ることはできないけれど、多分真面目なあの時と同じような嘘偽りない瞳をしているんだろう。
僕の何が彼をここまでさせるのか分からないけれど、龍星君の言葉遣い的に天よりも僕の方が優先順位が上らしい。
そんな会話をしているうちに「着きました」という龍星君の声、龍星君の背中から降りた僕は部屋の扉に手をかけて、ちらりと顔だけ振り返ると少し意地の悪い質問を投げかけた。
「話をする前に...龍星君は、まだ僕に仕えたいと思ってる?」
「はい」
「もし、僕が人を殺すような悪神だとしても?」
冗談混じりに、本当の事を嘘のように茶化してぼやいた僕に、龍星君は一切戸惑う事もなくその場で膝をつき臣下の礼をとってみせた。
「世界が美幸様を悪神だとするのなら、間違っているのは美幸様ではなく世界の方でしょう」
その言葉に、その僕を見る瞳にふふっと小さく笑みをこぼすと、半ば呆れたようにつぶやいた。
「君は変わらないんだね」
良くも悪くも、という言葉は胸の内に留めておく事にした。
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