第17話 神子
「おーい起きろ~」
首筋にひんやりとした何かの感触、それに何か声が響いてくる。
脳が揺れているような少し不快な感じに目が覚めた。
「お、目が覚めたか?」
「ん...ここ、は...最初の...?」
ぼやけた頭が少しづつ覚醒していき、目の前に長髪の女性がいた。
それと視界の奥には正座する男、その両隣にも着物姿の男性陣が正座していて...見覚えのあるその顔に咄嗟に後ろに後ずさる。
「お、落ち着きください美幸様!我々に貴方様を害するつもりは微塵もございません!」
なんて慌てて否定をされるがそんなこと信用できるわけ...というかそもそもどうしてここに?
逃げ出して、その先でいきなり殺されかけて...それで、なんでここに?若干記憶が混濁している気がする。
「安心していい、お姉さんが保証してあげよう彼らに敵意は無いよ、先ほどの彼らとは別さ」
「.....」
「ふむ、そもそも私も信用してもらえていないらしい」
信用できるわけがない、そもそも僕らを連れ去ったのはこいつらなのだから。
玲香も蓮斗も穂村も捕えておいて...信用も何もないだろう。
「書くもの...何かあるか」
「一応私が回収しておいた、君が部室に置いていったこれでいいかな?」
白衣の女が手渡してくるのは自分がいつも使っている文字入力用のパッド。
それに無言で頷き手に取るとさらさらと文字を打った。
『まずは蓮斗と玲香それに穂村を解放しろ、話はそれからだ』
「...蓮斗さんに玲香さん?穂村さん...ですか?...解放とはどういった意味でしょうか?...」
『とぼけるな、僕を誘拐したときに一緒に連れ去っただろう?』
「美幸様を誘拐!?...あの、その申し訳ありませんが、何か勘違いをなさっているのではないでしょうか?」
勘違い?...何が?
「我々は誘拐等誓ってしておりません!」
『ならどうして僕だけがここに居るんだ?』
「それは、私が君を助け出したからだね」
助け出した?...というかそもそもこの女の人はなんなんだろう。
目の前の着物の人たちとは明らかに違う異質な感じだ。
『助け出した?...僕を?何から?』
「そこまでは分からないが、部室で何者かに襲撃されていた時偶然私が近くにいてね、人類の味方としては見過ごせない、という事で後を付けて君を盗んだのさ」
『助けられたのは僕だけ?』
「残念ながら助けられたのは一番助けやすかった君だけだよ」
そういう事、だったのか?...だったらまあ確かに納得できることは多々ある。
拉致された割には布団に寝かされて服も着替えさせられて、少し待遇が良すぎる気もするが...まあ神社ならそういった困っている人に対し厚遇するのは分からなくもない。
「その後君をどうしたモノかと悩んでいたら、彼ら幸節家が快く受け入れてくれたというわけさ」
『そうだったのか...すみません疑ってしまって』
さっきまで疑い100%で少しきつい物言いをしてしまった、それも自分を助けてくれた人たちに対して。
誠心誠意頭を下げると、前で正座していた人たちがいきなり慌て始めた。
「み、美幸様!頭をお上げください!もとはと言えば説明を何もしなかった我らが悪いのです!申し訳ありません!」
『いや、そんな...頭を下げないでください』
三人そろって完全に土下座、正直完全にこっちが悪いのに頭を下げられるのは胸が痛い。
「ありがとうございます美幸様」
「則義様、誤解も解けたところで自己紹介をなさった方がよろしいかと」
「そうであるな、私は幸節家が当主幸節則義と申します以後お見知りおきを美幸様」
『僕は伊那美幸と申します、この度はありがとうございました』
「いえいえ、神に仕える者として当然の行いでございます」
「ちなみにお姉さんの名前は...ネムだ、よろしく頼むよ」
「美幸様、一先ずお食事をご用意してあります、こちらへ」
『申し訳ありませんが、これ以上は大丈夫です』
そのありがたい提案を僕は断った。
最初は狙いが僕で、しかも安全に捕らえられているから安全だと思っていた、けれど違った。
じゃあもう無理だ、自分で決めた事を守り抜くことよりもあいつらの命の方が大事に決まっている。
あいつらに万が一があったら僕は僕を許せない。
死んでしまったり、大怪我を負ったりなんてことになれば...僕は世界を書き換えない自信がない。
そうならないように全て無かった事にする、マスクを外して息を吸いなんて言葉を口にしようかと立ち上がった瞬間、後ろからネムの手が伸びてきてそっと口元を覆われた。
「それを安易に使ってはいけない」
安易に?そんな簡単に決めたわけじゃない、自分自身を偽ってでも救いたいからこの呪いに縋りつくんだ。
「それの代償も知らない君が使ってはいけないよ」
代償?そんなもの今まで一度も請求されたことなんてないし、もしかしたら寿命が取られていたとか記憶が消えていたとか気づいていないうちに、なんてこともあるのかもしれないけれど、たとえそれでも僕は口にするだろう。
というかそもそもどうしてこの人は僕の力を知っているのだろうか?
「その力は人という存在が使うにはあまりにも重すぎるよ美幸君、君は無自覚に他人を傷つけていることを自覚すべきだ」
『傷つけている?僕が?』
「ああ、君は二つの理由で人を傷つけている...それは私より貴方達の方が詳しいんじゃないかな?」
「.....それは、美幸様には...つらいお話になります...正直な事を申し上げますと、これを機に話さなくてはいけないと思っておりました」
これを機に?まるで前から知っていたみたいな言い方に違和感を感じる。
則義はその事を知ってか知らずか立ち上がり、ふすまを開け「着いてきてくだされ」そういって歩き始めた。
その後ろから僕とネムが着いていき、さらに後ろを則義の隣に座っていた二人がついてくる。
木製の廊下を歩きながら、外の雪の降る世界を眺める。
よくよく考えるとここは何処なんだろう、どうして雪が降ってるのか...僕は知らない事ばかりだ。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか前を歩く則義さんは話を始めた。
「我々幸節家は美幸様の存在を幼少のころから知っておりました、というのも美幸様だけではなくここら一帯、
神通力...多分僕の能力の事を言っているのだろう。
そんなたいそうなものじゃない、ただの呪いだと僕は思っているが。
「そもそも神通力とは、正確な年代は分かっておりませんが遥か昔神による殺し合い、聖戦が起きたとされています。その争いは壮絶なまでに発展し神から流れた血は地上に流れ落ち、雨となって降り注いだ。それから神の力を持つ御子が稀に生まれるようになったそうです」
その話は正直なところ、信じるには値しない話だ。
何処かの宗教が作り上げた話というのが一番しっくり来てしまう。
流石に則義さんもそれは分かっているのか少し苦笑いを浮かべている。
「あくまでこれは昔から伝わる話というだけでして、真実かどうかは分かりませぬ。ただ、これだけは真実と言えるものがございます、今現在神は存在していないという事です」
「それはまた興味深い話だね、観測できないモノを観測したと?」
「ええ遥か昔神通力によって観測した事例が存在しています...すいません少し話がそれました、その話は別の機会にいたしましょう」
その話にネムが小さく首をかしげぼそりとつぶやく「未知の現象なら未知の事象を観測することが出来るのか?」何を言っているのか分からないので特に気にはしなかった。
「神通力を持つ者はいうなれば神の代弁者、ある者は天候を操り、ある者は海を割り、またある者は山を砕いた、同じ人間とは思えないまさに神の所業...それが良くなかったのです」
「.....」
「神の作りたもうた世界にエラーはありえません、人には人の役割が存在し出来ることには上限が定められています。だというのに人が神の力を行使する、その人間という役割をあまりに逸脱する力の使用を世界は認めなかったのです」
人という器が神の力を使うという想定が元々なかった、それゆえに世界が認めなかった?...世界が認めないとどうなるというんだろうか?不思議そうに首を傾げると、何か勘違いをしたネムが現代っ子に理解できるように訳し始めた。
「美幸君には少し難しいかな、簡単に現代風に言えばFPSで一般兵の役割しか与えられていないのにチートを使用してゲームマスターにしか使えない力を一般兵が使ってしまっているという事さ」
...いや、その例え全然分かんない。
多分何かしらのゲームに例えているんだろうけれど、そういったゲームはよく分からない。
連斗なら一発で分かるかもしれないけど。
「その例えはよくわかりませんが...当然のように世界の規律を守るため世界の免疫機能が発生しました、人の体で言う白血球とでも言いましょうか。ただその免疫機能は原因となった神子以外にも無差別に人に襲い掛かるのです」
免疫機能...つまり僕がこの呪いを使えば使うほど、世界が僕を排除するための白血球が現れて、僕に辿り着くまで無差別に人を襲っているという事。
でも、もしそんな事になっているというのならもっと世間一般で認知されていてもおかしくないんじゃないだろうか?
「えーと、ゲームの運営がそのチートを使ったプレイヤーを消し去るためだけに、無差別にBANしまくっているという事だよ」
いや、その例えは余計分からない。
BANってなんだろう?...確かかなり前部室で連斗がブチギレていた時「はぁ!?くそ!マジでくそ!!運営対策しろやァ!!もしくは一刻も早くBANしろ!!しかもなんで俺がマイナスなんだよぉ!!」なんて叫んでいた、マジで何いってんだこいつは、と当時は思っていたけどこれの事だろうか?
「唯一の救いは免疫機能は出現する場所が決まっているという事、それと殺せば消えるという事です」
最初の部屋を出てから数分縁側沿いを進み、奥の廊下を進んでいくとふすまの前で止まった。
「我々の使命はその免疫機能を殺す役割を担う事」
そう呟いて則義さんがふすまを開けた...その先は想像以上のものだった。
「ッ!?...」
まるで木製の体育館のような場所には、至る所に何十人と人が横たわっていてその人たちの体には紅く滲む無数の包帯が巻かれていた。
それを甲斐甲斐しく世話をしてくれている女の人達、この場所だけまるで教科書に載っていた戦争時代の救護所のようになっていた。
「これを...僕が...やったのか?」
その質問に苦々しく顔を歪め、言いたくなさそうに則義は静かに頷いた。
「...我らの力不足故です」
その言葉が、こんな状況になっているのに僕を気遣っているその言葉がより一層僕の胸を締め上げた。
「一つ聞かせてくれないか?ここの担当地区に美幸君以外の神子はいるのかい?」
「それは...隠しても詮無き事、今から6年ほど前この区域の全ての神子が美幸様を残し消失いたしました」
「消失?...まあそれはいいとしても分かったかい美幸君、つまりこれは全て君一人がやったわけだよ」
「ネム殿!あまり美幸様を責めるような真似はッ!!」
「彼には知る権利が...いや義務がある、私の言っていることは間違っているかい?」
「それは...ですが結局我々のミスですから...」
力不足?我々のミス?そんなわけないだろう、何をまるで自分達が悪いみたいに口にしているんだ?...こんなのどう考えても僕が悪いに決まっている。
結局どうなっても、どうあっても僕という存在が誰かを苦しめ続ける。
なんだこれは...なんなんだよこれは...
「ほかの区域でも...これが日常なのか...」
「それは違うね、こんな事になっているのはここだけだろう」
それはじゃあ、あの人が言っていたのは比喩でも僕を庇ってくれているわけでもなくて...本当にこの人たちの力不足で...
「美幸君、君の力はほかの神子と比べてあまりに強大に過ぎる、その美幸君を駆除しようとする世界の力もそれ相応の強大な強さを持っているのさ」
どんなに逃げ道を探しても、結局見えてくるのは現実だけ、この人たちを傷つけているのは僕で、身勝手なのも僕。
好き勝手能力を使用して他人に代償だけを擦り付けている、それがこの
まるで子供のころ嫌っていた自分勝手な主人公にそっくりだ。
「...誰か...死んだのか?...」
「...今のところは、大丈夫です」
「そっか...」
それだけは、その最後の一線だけは越えていなかったそれだけが僕の心の安寧を保っていた。
『一言謝らせてください』
「え、美幸様!?」
則義の静止も聞かず僕は怪我をしている人達全員に頭を下げて回った。
寝ている人もいたけれど、それでも謝罪をして回った。
「あなたは...まさか美幸様ですか?」
誰か一人がそう呟いた、すると...「美幸様?」「...本...物?」「まさか本当に?...」「何故ここにいらして?」寝ていた人も起き上がってきた。
「ああ、美幸様...このような無様な格好をお見せしてしまい...誠に申し訳なく...」
「いや、そんな事!...」
何故か謝罪をされてしまい慌ててこっちが謝罪を述べようとしたところを...
「美幸様はお前たちを労いに来てくださったのだ」
則義がそんなまるで上から目線のようなことを言い出した。
それじゃあまるで僕が凄い嫌な奴みたいになると思っていたけれど。
「なんと、本当にありがたい限りです」
本当にうれしそうに彼らは笑うのだ。
「美幸様、彼らは謝罪などよりもこちらの方が喜ばれると思いますよ」
自分には分からなかった。
こんな目にあってもその元凶である僕に対してどうしてそんな邪気が一切ないような表情が出来る?
訳が分からない、どうしても僕には理解できなかった。
そんな風に全員に一度頭を下げ、何故かありがたがられたり拝まれたりしながら謝罪を仕切った。
「それでは美幸様、お食事の準備が出来ておりますのでこちらへ、お前達も十分に体を休めるのだぞ」
「はッ!」
「いや、その前に僕は...」
「わかっております、お話は食事をしながらなさりましょう」
「.....」
「おい、美幸様とネム殿をお連れしろ」
「はッ!美幸様こちらへ」
則義はここに何か用があるらしく残り、さっきほどまで後ろについていた男の人達に言われるがままついて行く、けれど果たしてこの話し合いに意味はあるのだろうか。
僕が願うのは玲香や連斗、穂村を助け出す事、けれどそれは今この場にいる人達にさらなる怪我を痛みを、死の可能性に怯えろという事。
僕は今日出会ったばかりで僕の不条理を長年押し付けられ続けてきた人間達か、友人を助けるかという2択を突きつけられている。
どちらを選ぶのが正しいのか...正しい選択は理解している。
けれどその選択を無感情に機会的に決める事が僕にはできない。
(どうすれば...それ以前にあいつらは...)
悩み事が多すぎて頭がおかしくなりそうだ。
「美幸君少しいいかな、渡しておきたいものがあるんだ」
悩み続ける僕に、ネムは渡したいものがあると耳元で呟くと、いきなり僕の口元を手で覆いそのまま誘拐犯のような手口で前を歩いていた2人に一切気づかれる事なく脇道へと逸れた。
「あれ!?美幸様!?」
「ネム殿もいらっしゃらないぞ!!」
廊下からそんな声が響いてくるが、既に僕とネムは縁側にまで出ていた。
いきなり拉致された僕は不思議そうにネムを見て、ネムは周りに人がいないことを注意深く確認しだす、まるで誰かに見られると困るかのように...
「い、いきなり一体何を...え」
そのネムの変な行動に若干訝しむような視線を向けると、目の前に差し出されたのは一冊の本。
「これは...」
「君の事が書いてある本だ」
その題名は【伊那美幸】と筆で記されていた。
冊子は少しボロボロになっていて何度も読み返された、開かれた形跡があった。
「少し前、君の事を知るために幸節家を探っていたら発見したものだ、君にはこれを読む義務がある」
「...これは、どうして...」
「おかしいとは思わないか?」
「え?」
「いくら神子とはいえ彼等は君に対してあまりに礼儀が過ぎる、それに君を拉致から助けた瞬間彼らが現れた、流石にタイミングが良すぎるとは思わないか」
それは...確かに怪しむのも当然だと思うけれど、それで僕達が不利益を被るのなら問題だろうけど、あの人達がそんな事をするような人達にはどうしても思えない。
「まるで私と同じように君を助けようとしていた、私はあくまで偶然だが...彼らがあのタイミングで助けに来るという事は君は前から監視されていたという事になる」
「けど、それは...」
神子だからという理由で別に問題ないんじゃないだろうか。
「分かっているよ、君の思う通りかも知れない、けれど私は疑問に思ってしまった。一度思い立ったら行動しないと気が済まないタチでね、そしたらつい見つけてしまったんだ、これを」
「中は...見ましたか」
「...見たよ、だからこそ私は彼らの優しさに心底腹を立てている」
言ってる意味が理解できなかった、いや理解しようとしていなかった。
パラパラとめくったそのページ、わざとらしく栞が挟まっている場所に書いてある文章に僕は...
「...なんだよこれ」
保たれていた心の安寧が決壊していく音が響いた。
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