第16話 幸せの対価


私は、こう言ってはなんだが幸せな人間だ。

今まで大きな怪我も事故もなく、家族に恵まれて、友人に恵まれて、笑顔で過ごしてきた。

最近なんかは、まるでアニメのような力を持った男の子と仲良くなれた。


その時から、私の幸せのキャンバスの枠組みが外れた。


今まで幸せだと感じていた人生の枠がさらに大きく広大になっていくのを感じた。


もっと知りたい

もっと見ていたい

もっと感じたい


新しく、自分の想像だにしない未知!抑えられない探究心に心臓がどくどくと脈打っていた。


そう、それはきっと望みすぎていた、恵まれすぎていたんだろう。


だからー


(だから学校に乗り込んできたテロリストに監禁されるなんていう、超絶的な不幸で帳消しにされたんだよね)


そう現状を無理矢理呑み込んで消化することにした。

(それにしてもここは何処だろう?...)

所々崩れかかっている天井や壁、一つ大きなベットが置いてあることから多分何かしらの部屋だったのだとは思う。

けれどあちこちに一貫性の無いモノが散らばっていていかにも人が住んでいない廃墟といった感じだ。

あくまで予想だけどここは元はホテルか病院だったんじゃないのだろうか。

(まあそれが分かったところで...部屋から出ることもできない私に何ができるのかって感じだけど)

その部屋の隅で両手を手錠で封じられ、その上縄で壁のポールに縛り付けられている。

一度無理矢理縄だけでも引きちぎれないかと引っ張ってみたモノの、引っ張りすぎて手首が手錠の痕上に内出血してしまった。

(無理、か...それにしてもやっぱり狙いは...美幸君なのかな)

と言うかそれ以外に思い当たる節がない。 

わざわざ高校を狙いしかも運悪くあの部室を一発で引き当てる、三階の隅部屋の一般生徒も知らないようなマイナーな部活動を?そんなことあり得ないとまではいかないが中々に天文学的な数値だ。

となるとわざわざこの部活を狙て私達を目標として誘拐したということになる、そうなるとやっぱりわざわざ高校生を誘拐した理由として挙げられるのは美幸君の存在だろう。

(それにしても美幸君が助けに来ないってことは...まだ眠らされてる、もしくは喋れないのかな...)

私たちがここから生きて帰る方法は美幸君が喋れる状況にする事、はっきり言ってテロリストだろうが軍隊だろうが美幸君が喋れば全て赤子の手をひねるかのように無かった事にできる。

(それにしても...どうにか抜け出せないかなぁ...)

状況的にどうしようもないのは分かってる、けれど私はじっとしているのが苦手だ。

とくにこんな命がかかっているかもしれない場面では。

(どうしようもないし...とりあえず寝ておこうかな)

今私が出来るのはいざという時すぐ動けるように休んでおくことくらいだ。

正直体勢的に寝ずらくて瞼を閉じてもぞもぞやっていると、何か手首に温かみのような違和感を感じた。

「あれ?.....痛く、ない...」

目を開けてみると、手首の周りにできていた内出血の跡がきれいさっぱり消えていてうっすらと黄緑色に発光している。

さっきまであんなにくっきりと出来ていたのに...?と不思議そうに首をかしげる。


「なんで、だろ.....というか確か前も、こんな事があったような?...」


確か...いつだっただろうか?私が美幸君の能力でハーピーに改造された時だ。

あの時確か飛べると勘違いした私は窓から跳んで...それで...足を怪我して美幸君が治してくれた...


【大丈夫、これくらいの怪我目を閉じればすぐ治るよ】


思い出すのはその優しげな声と、怪我をした場所が暖かい何かに包まれていた感触。


「まさか、これ...あの時からずっと...」


その瞬間、私の頭に普通の常人ならやらないアニメや漫画の世界だけの脱出方法がピンと頭に浮かんだ、浮かんでしまった。


「...ふ、ふふふ、やってやろうじゃない」


今まであの2人は私のこと散々イカレテルとか言って冗談半分に聞いていたけど、これは確かに否定はできないかもしれない。

決意のこもった瞳でベットにかけられたシーツを引っ張る。


「覚悟を決めろ、私!」


私は引っ張ってきたシーツを口に咥えると、思いっきり声を出さないように噛み締めて...



(あぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!)



絶対に口にしないように心の中で絶叫しながら、額から嫌な汗をこぼし、耐えるようにシーツを力強く、涎が垂れて歯がへし折れるくらい噛み締める。

そして、自分の手を引きちぎるように手を真っ赤にに染めながら無理やり引き抜いた。

(うぐぅぅう!!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!)

ベロンと捲れた皮膚に剥がれた爪、真っ赤に染まっていくのその腕に玲香は涙が止まらない。

「ひゅー...ひゅー...ひゅー...!!」


(ああクソッ!痛い!!...死ぬ!本当に死ぬ!)

冗談抜きで死んでしまいそうなくらい痛い。

壁に背中を預けて変な呼吸に玉のような汗を垂らしながら体を落ち着かせるように目を閉じさせる。

(痛みを忘れろ私...大丈夫...大丈夫...)

自分自身に催眠をかけるように必死に治る時が来るのを待って...それから数秒後いきなり暖かさが両手を包み込んで、気がつけば痛みが消えていた。


「...な、治った...良かった...」


目を開けてみればそこには傷一つない綺麗な手のひらがあった。

さっきまでのグロ画像とは比べるべくもない綺麗な女の子の手。

かなり賭けだった、美幸君が言うの怪我、果たしてどの範囲なのか分からなかった、もしかしたら治らないかもしれない、このまま失血死するんじゃないかとすら思った。


「本当に...よかった...」


安堵から零れる涙、けれどいつまでも泣いてはいられないと涙をぬぐう。

あれだけの痛みを味わってこのまま何もせず終わりは流石に割に合っていない。

(最優先は美幸君、助けられればその時点で勝利確定!)

もし似たような感じで蓮斗や穂村が捕らえられているなら、まず手錠の鍵から探さなくちゃいけないし手間がかかって見つかる可能性も高くなる、けれど美幸君を見つけた瞬間、手錠の鍵探しとかそれ以前にこの現状を無かった事にできる。

カードゲームで言うjoker、テレビゲームでいうチートのようなものだ。

(まあその分、相手もガッチリ守ってるんだろうけど...ってか服が)

立ち上がって閉じられた扉の前に言った時ふと理解した、自分の学生服が自分の血で染められていた。

ちなみに遊佐高校の学生服は他校と比べ妙に高いのだ、特に女子服。

(うぅぅぅ、絶対美幸君に直してもらうんだから!...)

一層美幸君を見つける意志を固くして、部屋の扉のドアノブに手をかける。

ゆっくりと優しく完全に下まで下げきり、優しく隙間を開ける程度の気持ちで奥に押した。

(良かった、開きはするのね)

扉までガッチガチに封じられていたら窓からワンちゃんダイブするしかなかったところだった。

見た感じここの窓の景色的に5階から6階といったところ、ぎりぎり死なないかもしれないと言った感じだ。

怪我はしてしまうだろうけれど...そっちの方が逃げれる可能性が高いかもしれない。

なんだったら私1人逃げて警察を呼ぶのだっていいのだろう、けど万が一、万が一その結果、連斗を美幸君をほみゅちゃんを助けられなかったら?

その光景万が一が頭から離れない。


「逃げるのは無し!...って事はここから出なきゃだけど...ッ!」


ドアの隙間からそっと顔を出して、反射的に体を引っ込めた。

(あっぶな!...見つかるところだった...)

曲がり角から一瞬緑色の軍服と、種類は分からないが背中に担ぐ銃の先端が見えた。

多分こちらは見えていないはず、と思いながらも私の様子を見にきたのだとしたらどうしようと言う焦りが生まれる。

(窓から飛び降り...でも...うーん)


「あのガキが...らしい」


「本当かよ!?...どうな...」


外から聞こえてくる男の声にそっと息を潜めるように扉に耳を押し当てた。


「そうかぁ...それじゃあリリア様の目的に王手をかけたってわけか」


「そうなんだがなぁ...うちの上層部が不穏な動きをしているらしい」


「不穏な動き?...ま、まさか隠蔽する気か!?」


(リリア様、その人が私たちをさらった...それをこの人たちの上司は隠蔽しようとしてる?)


「ばっ!!声がデカい!」


「デカくもなるわ!!そんな事しようものなら...リリア様の勢力と軍で真っ二つだぞ!!下手したらローマが紛争地帯になるんだぞ!?」


(ローマ?...確かイタリアの首都だったっけ、じゃあこの人たちはイタリア軍?)


「そんな事上層部も分かってるだろ!自殺に見せかける、もしくは...捕らえていたやつに殺させるか...ようはこっちが殺したとバレなきゃいいわけだ」


「なんだよそれ...お前が急に日本語で喋ろうなんて言うから何事かと思ったら...本当にヤベェ話じゃねぇか」


(いや本当に、日本語で助かります)


「そのうち俺らにも上層部から声がかかるだろ...お前どうする?」


「俺は...決められねぇ、少し考える...」


「そうか、まあ悔いが残らないようにな...それにしたってあの黒髪のガキも災難だな」


(黒髪?...美幸君?..)


「まあかなりやばい奴らしいがな、スマホを取り上げようとしたら俺のゲームを返せっ!だとよ」


(ゲーム..,)


「実に日本人らしいじゃないか」


「まあな、にしてもあんな東洋の子供がリリス様の宿敵と知人とは...リリス様を手放したくない軍からすれば最大の障害か...知ってるだけで命を狙われるとはね」


「世の中知らねぇ方がいいこともあるって事だろ」


「違いねぇ、てかそろそろ戻してもいいか?」


「Certo...」


そこからは私の理解できない言葉を話しながら少しづつ声が遠ざかっていた。

もしかしたら何語か分からない外国語で凄い機密情報を話しているのかもしれないけれど、私はそんな事よりもさっきの話が衝撃的だった。

(まさかとは思うけど...狙いは美幸君じゃなくて...)

頭に浮かぶの咥え煙草みたいに飴を口にいれていつもゲームばかりしている憎らしい私の天敵と言えるような黒髪の男。


「蓮斗...なの?...」

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