第15話 人間の定義


「はぁはぁはぁ!!...」


もともと運動をしていなかったから体力的にもきつい、体も冷えきって動きが鈍る、足に至っては血が滲み塀の上の雪を赤く染めている。


「お待ちください!」


それに後ろから追いかけてくる何人もの宗教団体。

精神的にもかなりキツくなって...


「あ!ッ!?」


「美幸様!?」


冷え切った足から急激に力が抜けた。

頭をゴンと塀にぶつけ転げ落ちるように塀の外側へと転がり落ちた。


「美幸様が落ちた!」


「今すぐ裏手に回るのだ!」


「はッ!」


頭から落ちたからか騒がしい声がぼやけて聞こえてくる。


「...いてて」


首を押さえながら起き上がると目の前に見えるのは、正門に長い石階段、降ったその先には赤い鳥居がうっすらと見える。

あそこから町に降りられるのだろうか...今まで住んでいた上下市、というかここは上下市内なんだろうか?

寒いし、雪は降っているし、こんな山もこんな建物も見た事はない。

(いや、考えるのはあとだ)

例えどこまで拉致されていようと日本内なら警察という市民の味方様がいる。

神社っぽい感じだし日本語を使っていたから海外はないと思いたい。

階段を跳ねるように駆け下りながら赤い鳥居を目指す。

(まだ結構あるな...足いてぇ...)

歩いてゆっくりと足に刺激がないように降りていきたいがそんな事をしていたら捕まるだろう。

けど階段の降り積もる雪が自分の血で赤く染まるのはなかなかくるものがある。

(ちくしょうマジで痛え...治しちゃおうかな...)

そんな事を思うほど足の裏が痛すぎて嫌な冷や汗が垂れてくる。


「おや、どこかにお出かけかな?少年」


「ッ!...」


階段を降りる途中、木々の中に黒髪ロングの白衣の女性右手に煙草、左手に赤い傘をさして立っていた。

なんと言えばいいのだろうか、この寒い中だというのにまるで夏場の服装に申し訳程度の白衣、どう見ても変人だ。

関わる事なく全力疾走が正解だろう。


「おや、無視はひどいな」


「.....」


「ふーむそれにしてもこの様子という事は、君は少年であっていたようだ」


いやぁ良かった良かったと、意外に豪快に笑いながらさらっと距離を詰めてくる、赤い傘の下に入ってしまうほどに。

それと近距離だから煙草が臭い。


「...誰だよ、あんた...」


「私は参拝客だよ、この土地の神に滞在する許可と挨拶をしに来たのさ」


「.....」


「つまり、には用はない訳だが...お姉さんは人間にはおせっかいで有名なのさ」


意味がわからない言葉を口にしながら左手で持っていた煙草をポイッと捨て...


瞬間ー


何かが複数弾ける音、雪の中で銀の弾丸が鈍く輝き、目の前の女性はニヤリと笑った。

煙草を捨てた左手で弾丸を振り払うような手振りをすると、明らかに変な方向に弾丸が飛び散っていく。


「なッ!...」


驚きから声が漏れ体が一歩下がり、瞬きする間に目の前に踵が降ってきた。

そこに割り込むように白衣の女が左手の甲で受ける。


「ちッ!」


「ふむ」


肉と肉が打ち合う音ではなかった。

まるで硬いもの、石のようなモノで殴り合っているかのような音が響く。

骨が折れたんじゃないかと思う音だ。

けれど、お互いケロッと平気なように視線を交わしている。

いきなり蹴りかかってきたのは、アシンメトリーというのだろうか?自分から見て右側だけを髪が顔を隠している。

そんな現代風な髪型に武道系の和服はどこか違和感を感じた。


「おい女、邪魔をするな...我らが神の意向として、そこのもどきは殺すことになっている」


指を差した先にいるのは俺だけ。

ちらっと後ろを見たが、後ろには階段と木々しかなく生命のせの字もない。

狙いは完全に俺らしいということは分かったが、ちょっと何言ってるのか分からない、特に神だとか殺すとかそこら辺が。


「最近の若者は血気盛んで実に良い、お姉さんもスイッチが入ってきたよ」


不敵に笑いながら赤い傘を「少し待っていてくれたまえ」なんて押し付けてくると、ストレッチのように拳を鳴らし始める。

相手の男は無表情に手を顎に当てて黙っているが、その後ろから何人もの人間が姿を表し始める。

(この人数が俺のこと狙ってんのか?...)

おかしいな、今までの人生清廉潔白というほどではないがそれなりに善行を積んできているはず、なのにどうしてこうなった?流石にちょっと目眩を感じざる負えない。

そもそもこの2人はなんなんだ?意味が分からなすぎる。

一切説明が無く命を狙われるなんて、蓮斗のいうクソゲーというやつだ。

もういっそのこと、今すぐ階段の下まで駆け降りて逃げ出そうかと思うが「私は君の味方だよ、必ず守ってあげよう」そんな思考を遮るように目の前の白衣の女は僕にだけ聞こえるように口にする。

もう訳が分からない、けどとりあえず目の前の女はあのアシンメトリーから守ってくれたこともあるし味方だと思っていいのだろうか。

お互いの視線が憎々しそうに睨み合い一触即発、今にも爆発しそうなその時ー


「まて、お前とは争いたくない」


止めたのは意外にも蹴りかかってきたアシンメトリー君だった。


「確かお前は神への面会希望者だったな?どうだ?そこのそいつをこちらに渡せば神にお前の要望を答えてくださるよう進言しよう」


「うーむ...まあ、元々はそのつもりで来ていたんだが...人を守るのは私の使命だからなぁ」


「ならば良いだろう?そこのそいつは人間もどきの神もどき、どちらにもなりきれない半端者に過ぎん」


半端者、その言葉は確かに否定できなかった。

いつもそれは確かに感じていたから。

同じ学校の教室で、同じ授業を受けていても、同じ物を食べて、同じ空気を吸って吐いても、明らかに違う異物感。

人種が違うという感覚に近いだろうか?いや、そんな生易しい感じじゃなかったような気もする。

例えるなら、草食動物の群れに一匹だけ自分を動物だと思い込んでいる、肉食の化け物がいる感じだ。

少し化け物が牙を露にすれば一瞬にしてその群れを崩壊させられるという現実。

どんなに草食動物のフリをして周りに合わせて草を食っても、偽物は所詮偽物だ。

どんなになりたいと思っても、見た目を取り繕っても本物にはなり得ない。

化け物がいくら人の皮を被っても、いくら見た目が似ていようとも本質は違うのだ。


「そうかな?私はそう思わないが」


「なに?...」


「自分が何者であるのか、それを決めるのは結局他人でも環境でもない...大事なのは自分の気持ちだよ、人が人であろうとする意思があるのならそれは人だ、例え全身を機械に侵されていても人の身にはありえない力を持つ神であろうとね」


「.....」


「そこで質問だ。美幸君、君は一人でなんでもできてしまう神様かな?それとも助け合う惨めで弱っちい人間かい?」


その質問に、口にしたい答えはすぐに出てこなかった。

その答えを口にしていいのか...


「.....」


「そう難しく考えるモノじゃない、この先君がどうありたいのか、それを聞いているだけさ。街角アンケートのような気軽さで答えればいい」


この先どうありたいのか...


考えたこともなかった、そんな怖いこと...

この能力の先にあるのは、口を閉ざした孤独な死か、口を開いた自分に都合がいいだけの世界、その2択だ。


孤独な死...本当にそうか?


あいつらは例え喋れなくて、一生この異能が消えなくても、人とは違ったとしてもそれだけで離れていくような奴らなのか?

あいつらは、僕が例え体を半人半鳥に改造しようが笑っていられるようなネジの外れた奴らだ。

僕のことを神だなんて思わない、化け物だなんて口にしない、むしろ嫌がらせのように引っ付かれて興味津々に笑いかけてくる。


(ああ...)


僕はただ、戻りたいだけなんだ。

異能が無くなるとかそういうの関係なしに、これからもあの二人と一緒に笑っていられる生活をしていたいだけ。

そこに神も人も関係ない。

僕がを選ぶのは、そうしないとあいつらと肩を並べて笑えないからだ。


「俺は...人間だ」


「.....」


「このクソみたいな異能のせいで神だとか言われるのなら、もう声もいらない、喉を潰せばいい...ただあいつらと対等な関係でいられるなら、もう何もいらない」


「おやおや、君は弱っちい人間か、それじゃあ私の庇護対象というわけだ」


「よかったねぇ」とか言いながら頭をわしゃわしゃと撫で回してくるこの女。


「というわけで、君を絶対に守るのでとりあえずー」


瞬間、自分の後ろから鋭い打撃音が響き、視界の端が黒く染まっていく。

眩暈のように足取りもおぼつかなくなって、意識が遠のいていく。


「ー気絶し寝ててくれたまえ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る