第14話 銀世界


(ここ...どこだ?...)


意識が覚醒し目に入るのは木製の格子状の天井。

起き上がると、自分が布団に包まれている事を理解する。自分が寝ていたのは畳に障子といった和室。

それにしても首が痛い、血とか出てるんじゃないだろうかと、後ろの首を左手で触ろうとして気づいた。


(なんだこれ...)


服が、変わっていた。

左手の袖が余裕を持ちすぎているほど広い。

よくよく自分の服装を見直してみれば浴衣姿、いや装束といった方が正しいだろうか、そんな服装を着せられていた。


(動きづらいな...)


慣れない服装に四苦八苦しながらも布団から抜け出し、部屋の出口だろう障子に手をかけようとして...


「お目覚めになりましたでしょうか?」


優しげのある女性の声が外から聞こえてきてビクッと手を離す。

障子の外に映る正座した人影に驚きながら僕は後ずさった。


(これ...僕にいってるのか?)


わからない、どうして拉致しておいてこんなに丁寧なんだ?

そういう性格の人なんだろうか?

え、分かんない...起きてたらまずいかな...

とりあえず忍足でそぉーっと布団に戻り、頭まで潜り込む事にした。


「返事がありませんので、無作法ではありますが失礼させていただきます」


障子の開けられる音がうっすらと聞こえてくる。

起こさないように気を遣っているかのように静かな足取りで僕に近づいてきているのが分かる。


(これどうしよう、咄嗟に寝たふりしたけど...大丈夫かな殺されたりはしない、気がするけど...)


とりあえずうっすらと目を開く、目に涙が溜まっていたのかぼやけるように見えたのは、こちらを覗き込んでいるブロンドヘアの女性だ。


「よく寝ていらっしゃいますね...」


(めっちゃ綺麗な人だな...この人が俺たちを拉致った犯人の仲間とは...世も末だな...)

悲しい世界の現実に想いを馳せ...そんな思考はすぐに離れる。

(って近い近い近い近い近い近い近い!!)

めっちゃ顔近づけてくるじゃん、綺麗な金髪が顔にかかってむず痒いんですが!?

そんな美幸の動揺なんて気にした様子もなくなおも近づいて...

唇と唇が重なる数センチ手前で、彼女はふっと笑った。


「...起きてない時にするのは...よくないですよね」


何かを小さくつぶやいて彼女はそっと体を戻し...

(キスされるかと思った...)

ほっとして目を瞑った美幸に...おでこに柔らかい感触が当たった。


「おでこくらいならいいよね...」


そう言いながら彼女は美幸の頭を撫でて...数瞬固まった彼女はすっと立ち上がると真っ赤になった顔で部屋を出ていった。


「.....」


一人残された御幸は布団からのそりと起き上がると、呆然と右手でおでこを触り...


「...なんなんだよ」


訳もわからずそう小さく呟いた。

(って、浸ってる場合じゃない!...)

惚けた頭を軽く叩き正気に戻す。

いくら綺麗な人におでこにキスされたからと言って、誰かにここに連れ込まれたという自分の現状がやばい事を自覚する。


(てか、本当にここはどこだ?... 蓮斗と玲香もここにいるのか?)


拉致されたのだとしたらわざわざ部屋を分けて捕らえておく必要あるだろうか?...捕らえておくというか寝かせておく感じがしたけど。

それになんであの人は...


(いや、今は考えるな...)


今気にしだしたら負けだ。

とりあえず今度こそ部屋を出ていこうと障子に手をかけゆっくりと他に人がいないのか確認するように開けて...その手は力なく下に垂れ下がった。


「...なんだこれ」


美幸の瞳に飛び込んできたのは全てが白く塗りつぶされていた銀世界。


縁側から手を伸ばし、下の地面に積もった雪に手を触れる。

手がじんじんと、冷めたさとぼやけた感覚に襲われる、霜焼けになりそうな冷たい痛みが幻ではないと伝えてくる。


「...嘘だろ...今8月だったよな...」


少なくとも自分が理解している限り雪なんて降ってるところ見た事はないし、最近は猛暑日になってきていたはずだ。


(...逃げよう)


理解できない現実、現象に僕の頭は完全にバーストしていた。

その頭で考えついたのは深く考えない事、考えずこの場から逃げる事、逃げて警察を呼ぶ事。

縁側から裸足で雪の上に飛び降りる、少し足がジンジンと刺すような痛みに襲われるけど気にしていられるほど正気ではなかった。

目の前の築地塀を見据える、ジャンプしても届かないだろうし灯籠の上からもギリギリ届かない気がする。


(松の木をよじ登ればいけそうだな)


灯籠の上に登り、その上から近くの松の木の枝に向かって飛びつく。


「あぶ!ッね...」


一瞬右手が滑りかけたが左手が近くの枝を掴むことに成功していた。

そのまま腕力で松の枝に足をかけて体を引っ張り上げる。 

高さ的にはギリギリ届かないがもう一つ上の枝に登れば築地塀を越えられそうだ。

(よしここからなら...)


一つ上の枝に右手をかけて...


「ガシャンッ!!」


と言う音が耳に響いた。


音のした方向に首を傾けると、和食と食器が縁側にぶちまけられていてその中央に着物姿の若い女性、女中さんのような人がこっちを見て固まっていた。


「.....」


「.....」


お互いがお互いに顔を見合わせながら固まっていると...

先に女性が我に戻り口を震わせながら声を上げた。


「い、いったい何をしていらっしゃるのですか!?」


慌てたように足が雪で冷たくなることも気にせず、縁側から飛び出してくる女中さん。

近づいてくる彼女に美幸は顔を強張らせる。

(見つかってしまった...人を呼ばれる前に逃げないとッ!)

下の枝から跳ね飛ぶと一気に上の枝に飛び乗る。


「怪我でもされては大変ですよ!?今すぐ降りてくだッ!...な、何をなさる気ですか!?」


美幸は一切話を聞く事なくクラウチングスタートの体制を取り。


(GO!)


心の中で掛け声を叫ぶと木の幹を右足で蹴り一気に加速、3歩目で松の枝を強く揺らしながら美幸は飛んだ。


「うぉっ!?と!」


勢いをつけすぎたのか、それとも積もった雪のせいか築地塀を通り過ぎて落ちそうになっている所をギリギリ踏みとどまる。


(この高さは無理だな...)


下を覗いてみると崖のような作りになっており、かなり下に雪が降り積もっている。

ここから落ちれば骨折で済めば運がいいほどの怪我を負うだろう。

崖近くの木にしがみついて降りるのも手だが...この山から無事に脱出できる自信はない。


「誰か!誰か来てください!!美幸様がご乱心です!!」


(拉致されてご乱心にならない訳ないだろ!)


後ろから聞こえてくる声、仲間を呼ばれている事実に美幸は内心ツッコミしつつも仲間を呼ばれている事実に冷や汗を垂らす。


(降りるのは不可能、なら降りれそうな場所までこのまま走り抜ける!)


築地塀の上をなんとなく右手側に走り出す。


「一体どうしたというのだ?...」


縁側から歩いてきたひげが立派なワイルド系な男は後ろに何人も人を引き連れて、騒ぎの渦中に現れた。

最初は女中さんに目が行っていたがすぐに塀を走り抜ける僕に気が付き。


「...む?み、美幸様ッ!?何をしておられるのですか!?」


「美幸様がご乱心のご様子でして!...いきなり塀を登り始めて!...」


そんな会話も、人が増えていることなどそっちのけで美幸は塀を走り抜ける。

ただうっすらと聞こえてくる声と、今までの人たちの反応言葉遣いから何となく予想を立て始める。


(こいつらさては...何かしらの宗教団体だな。大方俺の異能をどこかで嗅ぎつけて来たってところか...絶対に逃げないと)


捕まったら監禁とかされかねない。

それどころか人質としてあの二人を捕まえられているのだろうし。

捕らえられているあの二人を出しに使われればさすがに口を開かざるおえない。


「皆の者美幸様を追え!!」


「「「「はッ!!」」」」


後ろにいた人達が慌てて美幸を追いかけていく中、残された男は自分のひげを触りながらぽつりとつぶやく。


「...一体なぜあれほど取り乱されて...」


その様子に内心呆れるが口に出す事は憚られた女性は言いにくそうに口にする。


「それは、その...説明もなくいきなりここに連れてこられたら誰だって驚かれると思うのですが...」


「...ふむ、そういうものか...それにしてもちと困ったのう」


「どうかされましたか?...」


「いや、美幸様とあのクソガキが出くわさなければ良いが...とな」

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