第13話 動き出す物語


夏休みはいつの間にか終わりを迎えていた。

その間に何かあったかと聞かれると何もなかったとも言えない。

一般的な高校生的には何もなかった、日常的なものだろう。

いつも通り3人で馬鹿騒ぎしながら夏休みを消費して、最後の日にその分の皺寄せとでも言うような大量の宿題を皆で終わらせたと言うだけのこと。

何もない普段通りの日常、これがこれからの僕の日常だ。

そして今日が夏休みが終わり二学期始まりの登校日。

その日の朝はいつも通りとは少し違った、いやいつも通りに戻ったと言うべきだろうか。


「「「いただきます」」」


朝の食卓は最近のような慌ただしいものではなく、余裕のある時間帯で家族4人で囲んでいた。


「やっぱり母さんのご飯はうまいなぁ」


「そう?いつもと変わんないでしょうに」


「病院食は薄味だったからなぁ、やっぱ濃い目がいい」


5日前に父は退院して我が家へと帰ってきていた。

そのおかげか家族の若干ピリピリとした空気を和らぎ、父が入院する前の我が家に戻ってきていた。

母も硬い顔がどこか緩み、妹はやはり僕に対しては当たりがキツイけど、それもどこか少し柔らかくなったような気がする。


「美幸は今日から高校だったか?」


『そうだよ』


「美咲もか?」


「私は明後日、お母さんご馳走様」


「はーい、食器キッチンにおいといて」


「美咲今日休みならお父さんと...」


「ごめん、今日友達と約束あるから」


「そうかぁ...」


美咲はそれだけ言ってリビングを出て自分の部屋に戻っていった。

その時一瞬僕の方を見たような気がしたけど、多分気のせいだろう。

そう決めつけて僕は久方ぶりの和やかな父と母の姿を目に焼き付けながら目玉焼きとベーコンの乗ったパンにかぶりついた。

その後数ヶ月ぶりの制服に腕を通しネクタイを回し、丸一日かかった汗と涙の結晶こと夏休みの宿題、会話用のためのパッド、それと誕生日プレゼントにもらったピアスの入っている黒いケースを手提げ鞄に突っ込んだ。

今日の持ち物はこれくらいだ、なにせ始業式が始まって午前のうちに解散となって授業がない、生徒にとっての数少ないハッピーデイだ。

いつもと比べてかさばる教科書がない分軽い鞄を手に家を出る。


「あ、美幸くん!おはよう!」


「...よっ、なんか夏休み中一緒にいたせいで制服姿に違和感があるな」


家の外では少し眠そうな連斗といつも通り元気な玲香が待っていて...この光景は数ヶ月前の僕には考えもつかないだろう...

僕は不意に口元が緩んで、笑みが溢れた。


「おはよう2人とも!」


この日々がこれからは当たり前になっていくんだと、この時の僕は疑ってすらいなかった。






考えが甘かった


忘れていた


そんな生ぬるい言葉じゃ許されない


許しちゃいけない僕の過ち。





僕はどこまでも、



僕自身を過小評価していた。






※※※※※


遊佐高校の体育館にて、校長先生のありがたい長話という名の始業式が始まる。


「最近ゴルフに行ったんだけどね、フルスイングしたら腰をね、やっちゃってね、学校再開しなければ良いなんて思っちゃったよ」


遊佐校長の長話に朝早くから一体何を聞かされているんだろう?という若干の虚無感に包まれながら話を聞き流す。

30分くらい経ってからやっと解放された生徒達は少しゲンナリした様子で教室に戻った。

その後、これからの授業日程や文化祭に向けての準備などの話を担任からされて11時20分には帰宅という運びとなった。


「美幸君!部室行こ!」


『了解、ちなみに後ろの人は?』


声をかけてきた玲香の後ろには忍び寄る紅い影。


「え?」


僕の指摘に振り向いた玲香、それに合わせるように赤い影は玲香に飛び掛かった。


「私も混ぜてよッ!」


「わあっ!」


お互いもつれ込むように床に倒れ込む。

幸いなことに頭は打っていないようだがかなりの勢いだったから少し心配だ。

そんな杞憂など意味が無かったかのように、玲香に馬乗りになった紅い髪の彼女は僕の顔を見つめていた。


「はじめまして美幸君、私は明井穂村このバカの親友やってます!」


『こちらこそどうも穂村さん』


「硬いなぁ、呼び捨て...呼び書き?でいいのに」


『呼び書きは慣れていないので』


「ほみゅちゃんでいいと思う、ひらがなだし」


穂村の下から顔だけおきあ上がらせそんな事をほざく玲香、その頭に穂村は問答無用でチョップを叩き込んだ。


「あうっ!」


「ふぅ、実はお願いがあってね美幸君」


『なんでしょうか?』


正直なところお願いという言葉にあまりいい思い出のない僕は若干身構える。

けれど彼女が少しもじもじとしながら口にしたのは、とても毒気を抜かれるような事だった。


「玲香と仲良くしてくれてるみたいなんだけどさ...その、あたしとも仲良くしてくれないかなぁって」


『はい?』


「いやだって、あたしも本当に仲いいのって玲香だけだし...なのに夏休みほとんど遊んでくれなくて、ずっと美幸君と、あとその...くそゲーマー?って人と一緒で...あたしに構ってくれなくて...」


要するにつまりこの人は...


「一人で寂しかったんだねほみゅちゃん!」


「はっきり言うなッ!」


恥ずかしそうにしながらも否定はしない目の前の彼女に、正直僕は返答が出来ないでいた。


「だからまぁ、私もその輪の中に入れてほしいなぁって」


そう、彼女の言いたいことは分かる。

要するにカラオケとかキャンプとかに誘ってほしいということだろう、もしかしたら部活に入れてくれって意味でもあるのかもしれない。


けれどそれはある意味地獄への片道切符なのでは?と僕は考えてしまう。


今だからこそ思うけれど、友人がいつ破裂するか分からない爆弾だと知って仲良くできるのはひとえにこの部活に所属している二人が中々にイカレテイル二人だからこそだと思う。


一般人からすれば僕という存在を黙認して、なおかつどんなモノなのか見極めるために実験していく、なんて御免こうむりたい話なんじゃないだろうか?


それに何よりも僕の能力のせいでこの二人の仲が拗れでもしたら...正直それが心配だ。


「あと美幸君ピアス開けたいって聞いたから、開けてない玲香じゃわかんないだろうし、経験者の私に任せてほしいなぁって!」


『分かりました、とりあえず部室まで案内しますね』


部室に来た後、とりあえず蓮斗に相談してみることにした。

蓮斗ならきっといい答えを教えてくれるだろう...と思っていたのだけれど。


「美幸がいいならいいんじゃね」


部室まで連れてくると、いつも通り椅子に背中で座り机に脚をのけて携帯ゲーム機をいじっていた蓮斗が、何の問題があるの?って感じで軽く返してきた。


「まあ美幸が気にするのも分かるが、穂村だっけか?あのイカレ馬鹿の友達なんだろ?なら問題ないだろ」


『どうして?むしろだからこそじゃないの?』


「よく考えろ美幸あの玲香の友達だぞ?普通なわけあるか、どうせ類友だろ」


どうしよう失礼なのは分かってるんだけど...どこか納得している僕がいる。


どうしてこんなに説得力があるように感じるのか。


部室内に飾ってあるクレーンゲームの景品や多種多様なゲーム機、ゲームソフトを面白そうに見て回っている穂村にちらりと視線を向けてみるが「何このゲーム機はじめて見た...」なんて今のところ普通の女子っぽく見えると言えば見える。

けれどそこに玲香の親友って言葉が入るだけで常識人なのか一気に怪しくなる。


(...ん?まてまてズレてきている、僕としては常識人じゃない方が都合がいいんだった)


つまり特に問題なしって事?


「まあ、能力の事に関して...伝えるのはおいおいでいいんじゃねえか」


『そうだね』


「仲を深めて友情という泥沼に引きずり込んでからの方が万が一が無くていいだろ」


『...そうだね』


蓮斗はどんな時でもやっぱり蓮斗だった。


「おい、とりあえず名前は?」


「え、あ私か!」


「お前以外に誰がいるんだ?」


「私は明井穂村です!よろしくお願いします部長!」


「ん、了解...とりあえず入部届、入るつもりなら書いてくれ」


受け取るが早いかすぐさま机の上にプリントを広げポケットからボールペンを取り出しさらさらさらっと、この間15秒くらい。


「......書きました!」


「速いな、しかも雑だな、まあいいだろ」


渡された入部届を適当にポケットに突っ込むと、蓮斗は視線を真っすぐと穂村に向けた。

紅い瞳を少し睨むように見つめて、はぁっと一息。


「まあ、大丈夫だろ...穂村とりあえず美幸にピアスの穴開けてやってくれないか?」


「了解しました部長!ささっ美幸君座って座って!」


無理矢理手を引っ張られ椅子に座らされる。


「ちなみにどのピアスを付けたいの?スタッド?フック?それともフープ?」


『これなんですけど』


ピアスに詳しいわけでもないので、これがどんな種類に当てはまるのか分からないので、バックから現物を取り出して見せる。


「へぇ、奇麗なピアスね...高そう」


万が一壊したらイケナイ、という事ですぐに返される。

本当は黒いケースにしまいたいけれど、とりあえず席から動いたらいけない感じなので自分の手でピアスを持っていることにした。

もしかしたら開けた後すぐに試しに付けるかもしれないし。


「耳たぶでいいのよね」


『はい』


穂村さんはバックから銀色に鈍く光るピアッサーを取り出すとゆっくりと僕の耳元に近づけてくる。

その様子を近くで興味深そうに見守る連斗と自分がやりたそうにしている玲香。


「それじゃあいくよ~」


(ッ!ちょっそんな簡単な感じで!...)


正直なところ耳に穴をあけることにビビっている僕は、耳に一瞬触れた冷たい金属の触感にビクッと身体を揺らし席を立った。


「あ、ちょどこ行くの!」


正直なところ注射も苦手な僕としては、耳に穴をあけるなんて考えるだけで体が震えてしまう。

少しは心の準備期間が欲しかった、ほんと高校生が何注射前の子供みたいなこと言ってんだって感じではあるのだけれど。


「二人とも!美幸君を押さえつけて!」


「動いちゃだめだよ美幸君?」


「安心しろ、この後も俺も開けてもらうからよ」


なんて言いながら蓮斗は僕の肩を両手で抑え込み椅子に着席させ、玲香は真正面から顔を板挟みにして全く動けないように固定してくる。


「え、あんたも開けるの!?」


「美幸が開ける原因は元はと言えば俺の見間違いだからな」


「そっか、どうしよあたしも開けてもらおうかな」


そんな風に僕を挟んで会話をするが一切力を抜かない二人。

それを見ながら楽しそうにスマホで自撮りのようにしながらパシャリと一枚写真を撮る穂村。


「記念写真だよ~にしても本当に仲いいんだねぇ」


「あ、その写真後で送ってよ」


「はいはい、さてそろそろ覚悟はできたかな美幸君」


その言葉に僕は返す言葉を持っていなかった、肯定も拒否も玲香にガッチリと挟まれているせいで出来ないし、かといって喋れないし。

それを分かっている確信犯はニヤッと笑った。

(ああ、こいつ絶対普通じゃない)

流石の僕も蓮斗の言ってる意味がよく分かったし、本当の意味で玲香の友達なんだなって感じがした。


「それじゃ、いっくよ~3.2.1....」


流石の僕も観念して、目をつぶりなら耳に鉄の針が突き刺されるのを待ち...その時、



部室の扉が勢いよく開けられた。



さっきまでのカウントダウンに意識が言っていた皆も全員が部室の扉に視線を向ける。


そこに一人の女性が入ってきた。


無理矢理視線が吸い寄せられるような豪奢な銀髪に、見たモノを全て吸い込んでしまいそうな紫色の瞳に美しい顔立ち。


「えっと、どちら様で?...」


玲香のその呟きに彼女は一切聞こえていないようにその紫の瞳で僕達を見て、溜息交じりに呟いた。


「仕方ないわよね、これが運命だったんだもの」


意味の分からない言葉を彼女は呆然と呟き続ける。


「あんたたちの運が悪かったそれだけの事よ、だから呪うなら自分たちにしておきなさい」


理解できない彼女のつぶやきに呆然とする僕ら。

彼女は懐から小型の何をいきなり僕らの近くに放り投げて、次の瞬間—



「神を呪うなんてお門違いも甚だしいんだから」



―その言葉と共に視界が焼けた。



「なッ!?」


光という圧倒的な白が視界を塗りつぶす。


「一体なんだ!?...」


「ひゃぁッ!?誰!?」


「玲香ッ!」


その後に響く発砲音、部室の扉が開く音に無数の足音。


(これっ..銃声ッ!?...何が起きて?..)


視界が消えて何も見えない、ただ音だけが聞こえてきて状況を理解しようと耳に意識を集中させる。


「こちら№301生徒の...一人確保...」


「残りもただちに.....せよ」


断片的に聞こえる会話や声、それらが確実な犯行性を持っている団体だという事に血の気が引いていき、それと同時に玲香や連斗 穂村が何処かに連れ去られようとしているという事実に僕はお構いなくマスクをむしり取って...


「この場にいるすべては....ガハッ!?」


その時、首を思いっきり誰かに殴りつけられた。

いきなりの衝撃に、床に倒れ込むもどうにか意識を保つ。

といっても、視界がぐわぐわとして全く動けない...そんな僕の首に何かが突き刺さって...

カシュッという音と共に、視界も意識も暗転していった。


あぁ.....−










「おいおーい、流石に命知らずにも程があるだろうに...まったく最近の若い奴は...神に対する礼儀がなっていないね」


その様子を屋上から眺めていた女は白衣を靡かせて笑っていた。

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