第12話 夏休み

「うわっ冷たい!」


川の中で楽しそうに水を蹴り上げ楽しそうにキャッキャッと笑っているのは、甘栗色の髪を振り乱す玲香、


「ガキかお前は、そんなことする前にこっち手伝え」


かなり重そうにしながら、引っ張り出してきたのはでかい鉄板の乗ったバーベキュー用の機械だ。

そう、今僕達は夏休みに連斗のおじいちゃんが所有する山にキャンプに来ていた。

連斗はあくまで実験のついでとの事だが、せっかくなので色々と楽しもうと思っている。

玲香もそのつもりだろう。


「高校1年生なんてみんなガキでしょ!」


「そこに俺を含めるなよクソガキ」


その言葉にイラッと来たのか、玲香が近くに置いてあった、万が一の消化用のバケツに水を組み始めた。


「美幸、クーラーボックス貸してくれ」


と言われたので、足元にあるクーラーボックスを持って手渡すと「サンキュー」とお礼を言った連斗の後ろには、バケツを掲げる不穏な影が...


「確かこの中に「バシャッ」...」


「あははは!!びしょ濡れ!」


「テンメェ何しやがるッ!!」


玲香は颯爽と川の方に逃げ、連斗もびしょ濡れでブチギレながら追いかける。

そんな2人をにこやかに見守りながら、燃やすようの木炭を手にバーベキューの準備を進め...


「こんのクソあまぁ死ねぇ!」


「あんたの攻撃なんか止まって見えるわ!」


「「あ」」


ようとした時、蓮斗がバケツに組んだ水が玲香がかわしたことによって顔面にクリーンヒットした。

服もびしょびしょである。

2人とも表情が固まっていたので、ニコッと小さく笑った。

その様子に2人ともホッとしたような感じになったので、ひとまず近場にいた玲香を突然抱き抱えた。


「え!?ど、どしたの?みゆ...うぎゃっ!!」


困惑している玲香をそのまま川に放り投げた。


「ちょっと待てみゆ...ブグブグブグッ!!」


そのあと連斗の肩を掴んで水中に沈めた。


「やったわね!」


「お前も沈め!」


当然やり返されて...

そこからは3人で子供みたいに川で遊び尽くした。



結局バーベキューの準備をし始めたのは一通り遊び終えた後だった。



川で遊び終えて、バーベキューを始める。


「焼肉に来て野菜頼む人ってなんなのかしら、肉食べに来たのよね?」


『わかる』


「お前は女としてそれでいいのか?...」


くだらない話をしながら、肉ばかりのバーベキューを腹いっぱいに、破裂しそうなほど食い尽くした。

一度山の中の木造りの家に戻り荷物をしまい、釣り道具一式を持って渓流に向かっていた。

これが中々苦しい山道で、食後というのもあるのだろうが何がとは言わないが逆流しそうだった。

玲香も同じようで、中々に苦しそうな顔をしていた。

ミンミンというセミの声に殺意すら湧いてきた、くらいの時...


「見えてきたぞ」


「「おぉー!!」」 


小さな滝状に透き通るような綺麗な川が流れている。

水中の苔の色から、泳いでいる魚まで透けて見えている。


「おぉ!!いっぱい」


「何の魚か分からねぇけど...ニジマスとかヤマメとかだろ、多分」


『多分なのか...』


「そもそもこの山は母親にゲーム取られそうになった時に家出する用だったからな、生態系とかはほとんど知らん」


『だから山小屋があったのか...』


「あんたの親御さんがどれだけ苦労したのか目に浮かぶわ」


連斗がどれだけどうしようもないのかよく理解できた。

そんなこんなで、釣りの準備をして竿を垂らす事数十分...


数時間...


釣れない、全く釣れない。


『釣れた?』


「ううん、全く釣れてないよ...何でかなぁ、やっぱリアルなミミズとかの方がいいのかな」


とか言いながら「お!いた!」なんて素手でミミズを鷲掴みにする自称美少女。

結構近場で釣りをしていた玲香は置いておいて、少し離れた場所で釣りをしている連斗の方を見に行ってみると、バケツの中には大量の魚。


「お、美幸か?」


『凄い量だな』


「そうか?...そっちはどうだ?」


その質問にスッと視線を向けると、そこにはついにミミズすらも諦めて掴み取りに挑戦しようとしている自称女子高生。


「...聞いて悪かったな」


『いや大丈夫...それよりなんかコツとかあるのか?』


「コツってわけじゃないが昔爺さんに教えてもらってな、メインの水流から逆向きに流れができている場所には魚がいやすいんだと、俺はそこらへに竿を落としてるだけだ」


『そうなのか、他にもそういう場所ってないのか?』


「瀬尻とか石の周りとかもいるって言ってたな、まあ安心しろよお前の分くらいは全然あるぜ、あの原住民の分は知らんが」


『それはありがたいけど、僕も一匹くらい釣ってみたいな』


「じゃあここで釣るか?...と、その前にほれ」


突き出してきたのは魚がいっぱい詰まったバケツ、かなり窮屈そうだ。


「元々は人間以外の生物、魚に効くかどうか、の実験だろ、俺耳塞いでるからよ」


「なんか適当に喋れ」とバケツを渡すだけ渡して連斗はかなり力強く耳を塞ぐ。

けど、何を喋ればいいのやら...今後僕が手を叩いたら一回転しろ、なんて芸を仕込むのも一興かもしれない。

いや、待てよ...


「いいこと思いついた...」


万が一にも連斗に聞かれないように、魚達に向けてこそっと喋る。


「バケツの中の君達はー」




気がつけばいつの間にか夕暮れ時になっていた。

夕暮れ時とは言え、やっぱり山の中だからかびっくりするほど暗い。


「美幸!玲香!そろそろ小屋に戻るぞ!」


「はーい」


連斗が釣り道具を片付け始める。

それを見ながら、僕はそろそろかな、と川を見つめた。


「美幸〜魚の入ったバケツは?」


その答えに、僕はすっと川を指差した。

僕の指の先を辿るように連斗は川を眺め「何処だよ?」とぼやいた次の瞬間。


「わぁ!!」


「お、おぉ!!」


川が輝いた。

川の至る所に金色に輝く魚、その魚が放つ光が水中の至る所に反射して幻想的な光景を生み出している。


「美幸、これ...お前が?」


その言葉に肯定するように首を縦に振る。


「魚にも美幸の力が作用するのか...暗くてノート書きづらないな、後にするか」


「それにしても魚にも効くんだね」


「まあ一応魚にも耳があるからな内耳っていうやつ」


「ほへぇー...にしても綺麗だねぇ」


「ああ、カメラがないのが悔やまれるな」


「何言ってんの?スマホ使いなさいよ」


「....あー、スマホってゲーム機じゃなかったっけ?」


「あんたってほんと...」


呆れて言葉すら続かないとばかりにため息をこぼし、スマホで動画を撮影しはじめる玲香、それに対して連斗は特に文句も言うことはなく。


「美幸こっち来いよ、撮ろうぜ」


『うん』


近づいた瞬間、強引に肩を組まれると自撮りのような感じで写真を撮ろうとして、その瞬間「私も混ぜろ!」後ろから割り込んできた玲香。

鬱陶しそうにしながらも連斗が「撮るぞ〜」とぼやいた。


「いいねこういうの!もう一枚くらい取らない?」


「これ以上遅くなるのはまずい、そろそろ戻.....ん?待て美幸」


近くの釣り道具を肩に担いだ所で連斗から待ったがかかった。


「あの魚、全部放流したのか?」


『そうだけど』


「...俺らの夜ご飯は?」


「あ...」


実験の事しか頭になく完全に忘れていたがあの魚は今日の夜ご飯だった。

わざわざ昼間に焚き火のために周りの草を刈ったり燃える枝集めてきたり準備をしておいたのに、メインの魚が無いんじゃ意味がない。


「夜は飯抜きか...」


「何言ってるのよ、魚ならここにあるわよ?」


「は?...本当だ...まさかこれ、お前が?」


「釣り竿よりもやっぱ手の方が早かったのよね」


「.....」


僕たちの夜ご飯は自称女子高校生の蛮族によって守られたらしい。



夢のような毎日だった、今までの誰とも言葉を交わせずいつも一人、孤独な毎日と比べればどんなに最高な日々だろうか。



僕たちは夜ご飯に魚を焼いて、持ってきていたマシュマロも焼いて食べた。

それからしばらく焚火の周りに座りながらくだらない会話をした。

恋愛の話や、将来の話、進学や就職、ゲームとか今流行りの歌手やアイドルグループ、クラスメイトの話...話題は尽きることなく、夜は更けていった。

腕時計をしているわけでもないから時間はわからないが、夜空の星と半月が煌びやかに輝いている時分である。

そして隣では先ほどまでマシンガントークをしまくっていた玲香だったが流石に昼間の疲れが来たのだろう、こくりこくりと頭を揺らしてついには隣にいた僕にのしかかってきた。

あまりこういう言い方はよくないが若干重いのでどかそうと思ったけど、すぴーとあまりに気持ちよさそうに寝息を立てて眠りこけているからどかす気にはならなかった。


「こいつは本当に...普通男二人の前で真っ先に寝るか?」


『僕たちのこと信用してるんだと思うよ』


「信用ね...腰抜けって思われてるだけだと思うが...なんだったら美幸、そいつをそこの小屋で襲ってもいいぞ?俺はゲームしてるからよ」


『冗談でも言っちゃ駄目だよそんなの』


「そうか?この馬鹿にはいい薬だろ、それに―」


僕の肩に乗る玲香の頭にデコピンを入れた後連斗は小さくぼやいた。


「ちょうどいい誕生日プレゼントだ」


誕生日プレゼント...今日は8月の15日...ああそういうことか。


『僕の誕生日知ってたんだ』


誰にも教えたこともないのにどうやって知ったのか、まあ学校には色々とプロフィールが乗っているからそこら辺からだろう。


「まあな...ほい誕プレ」


いつから持っていたのか、蓮斗は自分のポケットから黒いケースを取り出すと僕の手にポンっと置いた。


『ありが...』


パッドに文字を入力しようとして、辞めた。

こういうのはやっぱり自分の口で伝えるべきだろう、自分のマスクをずらし...


「ありがとう、蓮斗」


「おう、明日の朝にでもそこの馬鹿にも言っとけよ、一応俺らからの誕プレだからな」


「そうなの?...」


「休日返上して買いに行ったんだ、感謝しろよ?」


家から出たくない連斗を無理やり引きずり出す玲香の姿が目に浮かぶ。


「本当はこの後二人で渡すつもりだったんだが、この馬鹿が寝落ちするから...はぁ...」


「疲れてたんだからしょうがないよ」


「しょうがなくないだろ...にしても美幸喋れるなら普段から喋れよ」


「まあその、万が一があるかしれないからさ...それよりこれ開けてもいい?」


「好きにしてくれ」


連斗からの許可を得て黒いケースを開けると、中にあったのは雪の結晶をモチーフにしたピアスだった。

少し短めのチェーンの先端にとても細やかな装飾が施された雪の結晶がついている、もう明らかに見た目からして高そうなものだ。


「ピアス、すごい綺麗だね」


「試しにつけてみろよ」


「え、でも...これって穴開けなくていいタイプ?」


「は?...ちょっと待て、お前耳に穴開けてないのか?」


「え、開けてないけど...」


そこで蓮斗が固まる、まるで僕が耳にピアス用の穴をあけていると思っていたみたいだ。

僕はそんなに遊んでるように見えるのだろうか?むしろそういう人たちと対極にいると思うんだけど。


「...マジか、まあ普通に考えてお前はそういうタイプじゃないもんな...この前校門にいたのは...見間違いだったのか?」


「え、何が?」


「いや少し前にお前を帰りに見かけたんだが、その時ピアスをしてたように見えたんだけどな.....多分俺の見間違いだな」


口ではそう言ってはいたがどこか納得のいかない顔をして僕の耳を触り始める連斗、しばらくしてやっぱり穴がないことに首をかしげる。


「悪いな、勘違いで...使わないなら最悪捨てて...」


「いや付けるよ、別に校則で禁止されてるわけじゃないから」


「別に無理してつける必要はないんだぞ?」


「違うよ、僕が付けたいんだ」


蓮斗達をガッカリさせたくないという思いがないと言えば嘘になるけど、それでも本当に嬉しかったし見た目的にも本心からつけてみたいと思った事に嘘偽りはない。


「けど、穴を開けるのは怖いからそこは玲香に手伝ってもらうよ」


「そうか、まあこのビッチに任せとけば大丈夫だろ...見たところ開けてないみたいだが...」


「そろそろ僕らも寝ようか?」


「そうだな」


焚き火の近くに用意していた水入りバケツを手に蓮斗が焚き火にぶっかける。

その後火が完全に消えたのを確認した後僕の肩に乗る玲香の脇に手を通し、一瞬持ち上げようとして...諦めた。


「俺には無理だ、頼んだ」


「少しは体力つけたほうがいいと思うよ?」


「俺は頭脳派なんだよ」


そんな風に飄々とした態度で小屋に入って行ってしまう連斗、僕は火が消えた焚き火からのぼる黒煙を見上げながらそっと玲香の脚に手を回して背中に担ぎ上げた。


「おっと...」


身長的に玲香とそこまで差がないせいで少しバランスが難しい。

なんとか体制を立て直してうまく肩に玲香の顔を寄せる。


「ッ...」


顔が近い。

絶対本人には言わないが実際に美少女なので色々ときつい。


「ほんと...お前は...」


これまでも色々と引っ掻き回して傍若無人で横暴でそんな彼女に文句の一つでも言ってみようかなんて思ったけれど...


「本当に、さ...」


これまでの事を振り返ってみた時、眠りこける彼女に対して自然と口から溢れたのはー


「...色々ありがとう」



ー感謝の言葉だった。



※※※※※



「今頃美幸様は楽しんでおられるのでしょうか...」


時刻は深夜12時過ぎ、普段であれば遊佐高校には職員室も含め一切明かりが灯っていないはず、だが3階の端の部屋にだけ灯りが灯っていた。

その部屋の中は高校としては少し豪華な作りとなっていてまるで応接室のようなソファや装飾が飾られている。

そんなソファに寝転がるのは遊佐高校の女子制服に身を包むブロンドヘアの蒼い瞳の少女。

スマホを片手に持ちながら何かを見つめてニヤッと笑みを浮かべていた。


「楽しんでいるだろう、長い間対等な友人などおられなかっただろうからな」


「.....幸節家にはなんと伝えたのですか?」


その言葉に、生徒会長の席に座りながらパソコンを打つ北代龍星は一瞬手を止め、視線を悠奈に向けて言葉を漏らした。


「一切問題なし、神能の使用は一度もなく、中学生の頃と何ら変わりない生活である、と今送った」


「ふふっ全部嘘じゃない、よくそれを幸節家の長女にそのまま口にするわね」


北代龍星と幸節悠奈は胡桃玲香が部活に参加した時点から常に動向を確認していた。

部室に盗聴器や隠しカメラを仕掛けるというのは美幸の安全を守るために元からしていた事だが、帰りに何処の何というお店に立ち寄ったか、時間や時期、美幸の能力の使用回数を全て...それだけに飽き足らず美幸の起床時間や睡眠時間、夜中に起きた回数、休日の過ごし方まで調べるに至っていた。

それ故に当然の如く夏休みの動向全てを北代龍星と幸節悠奈は理解していた。


「お前は幸節家の者だが、家などよりも美幸様が優先だろう?」


「その通りだけど...なんか然釈としないの」


「俺もお前も美幸様の笑顔の為とあらば平然と嘘も付ける、家も捨てられる...そして美幸様の幸せを真に願っている、だから話したのだ」


「その通りだけど...」


少し歯切れが悪そうにしながら近くのクッションに顔をうずめると、悠奈は小さくぽつりとつぶやいた。


「やっぱり...隣には私がいたかった...」


「...そうか」


「私の...何がダメだったのかな...」


埋めた頭を横に向けると、スマホに映る写真を見つめる。

そこには小さいまだ小学生くらいの少年と、ブロンドヘアの少女が手をつないで笑っている写真。


「美幸君...」


私もそんな風に呼べるような親密な間柄になれたら...そんな世界を夢想する悠奈を現実に引き留めるようにゴホンと小さな咳払いが一つ聞こえた。


「性格云々の前にとりあえず、スカート姿で寝転がるのをやめてくれ、下着が見えそうだ」


「見ないでくださいよ、私の全ては美幸様の物なので」


「分かっている、というより目にしたらお詫びに目を抉らなければならなくなるから辞めろと言っているんだ」


この人は美幸様への忠誠心から本当に抉るのだろう、さすがに目の前でそんなグロい事されるのは嫌だったから素直にソファーから起き上がると、窓の外を見つめて小さくぼやいた。


「私だけを...見ててほしいのに...」


それが私のエゴだというのは分かってるし、美幸様が自由を望んでいるのに私に縛り付ける権利はない。

けど、それでも他の女の人と、いや男であろうとも私以上に親しくしているのが許せない、とても嫌だと感じている。

本当は、美幸様をどこかに閉じ込めて私以外一切目に入らないようにしてしまいたいけど...それと同じくらい美幸様を縛り付けたくないという思いもある。

その両方を満たすには...結局のところ正攻法しかないのだ。


「絶対に振り向かせますから...」


悠奈は一人、もっと女を磨き美幸を振り向かせて見せることを強く誓った。

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