第11話 実験
こんな、僕の能力を調べながらの3人の日常が続いていた。
時には...
「何から歌う!?」
個室の部屋、天井には複数の色に変化するLEDライト、そこにはノリノリでマイクを手にする玲香。
グデッとした感じの楽な体制で蓮斗がタッチパネルを持っている。
そう、今僕たちは学校帰りにカラオケ店にきていた。
「楽しそうにしてんなよ、あくまで実験だぞ?」
「実験かもしれないけど!折角だし楽しみましょうよ!」
「いや、あのなぁ...そういう事じゃなくて...」
言い淀むようにしながら連斗はちらっと視線を向けてくる。
多分、連斗は歌うことのできない僕に気を遣っているのだろう、そしてそれに気づかない玲香に内心キレてる。
『気にしないでくれ、僕も歌えはしないけど楽しいから』
「そうか?」
気を遣っているとかではなく、本当に楽しんでいる。
自分では歌うことはできない、てか歌ったら一体世界をどれほど歪めることになるかわからない。
けれど友人の歌を聞くことができるわけだし、そもそも初めて来たカラオケ店に結構気持ちが昂っていた。
「さて、んじゃまぁ今回の実験だが、はたして美幸の言葉は何を現実にしているのか?って議題だ」
『確かにね、それはずっと気になってた』
「え?どういう事?...」
「要するに、この前俺らはハーピーになっただろ?はたしてあれは伝記や小説を基にしたものなのか、はたまた過去に存在した本物を基にしたものなのか。それとも美幸の想像、美幸がこうあるべきだと思った姿を元にしたものなのか?って事だ」
「それでカラオケなの?」
「美幸には、今からお前を誰よりも美しく完璧な歌声にしてもらう。けどあくまでそれは美幸の想像の域を出ないんじゃないのか?美幸にとっては完璧だが、俺にとっても完璧な歌声なのか?って疑問を今回は検証するわけだ」
「うん...よく分かんない、もっと分かりやすく説明しなさいよばーか」
長々とわざわざせつめいしてくれた連斗に対して、玲香は意味が分からないと首を傾げて、連斗はニコッと笑いながら「こいつ殴ろうかな」と内心思っている(口にしている)。
「とりあえずお前は音痴晒せ!その後に同じ曲をもう一回歌え!」
「音痴じゃないわよ!」
なんて言いながら差し出された歌選択用のパッドを手にして、乱暴な手つきで操作する。
すると、カラオケ用のテレビ画面からピコンと音がして画面が黒く染まり「真夜中の湖上」と題名が記された、全く知らない歌だ。
まあ最近の流行に詳しいわけじゃないし、普段から歌を聴いているわけじゃない、というか歌を聞くと羨ましくてムカつくから敬遠していたし知らなくて当然と言えば当然なんだけど。
「〜♪」
優しげな音楽がながれノリノリで玲香が歌う。
何て言えばいいのか、歌詞の内容や音楽は幻想的なのだが玲香がニコニコと楽しげに、子供向けアニメの主題歌みたいに歌うからなんかズレてるように感じる。
連斗はどう感じているのか、視線を向けるとなんかノートに熱心にメモっていた。
すっと近づいてノートを覗いてみると...
[音程がズレている]
[そもそも俺はこの曲が好きじゃない]
[一番の歌詞、中盤域の初めが少し早い]...
なんて色々な文句だけを書き記している。
というかよく見ると隣のページに、この前のハーピーになった時のことが書かれている。
筋肉のどの部位から羽が生えたか、通常の人間との肉体的な違い、思考能力の差異、感覚的な違いなど。
それが事細かく書き記されている。
まるで研究ノートのように纏めてあった。
(すごっ...)
ガチで研究してるみたいで連斗の頭の良さが垣間見える。
「ん?美幸も書くか?」
その言葉に横に首を振る。
多分僕はこんなふうに頭良さげに書くことはできない、ほとんどオノマトペで終わってしまうだろうし、余計に混乱させるだけだろう。
「そうか、このノート部室置いとくからよ、好きに使ってくれ」
なんて言葉を交わしてる間に歌は終盤に突入し、そこからは黙って歌を聴いた。
うん、声は綺麗で歌は上手いと思う。
歌い終わった玲香が満面の笑みで「どうだった!?」と聞いてくる。
「うん、予想通りだった」
連斗はどちらとも言えない感想。
『僕は上手いと思ったよ』
と書いておいた。
「えへへ、良かった!」
満足げに頷いてくれたが、部室で連斗のノートを見たら怒り狂って連斗のゲーム機壊すんだろうなぁ...
もはやそこまで読めてきた。
「んじゃ美幸、頼んだ」
さてここからが本題だ。
小さく頷きマスクを下ろすとスゥッと息を吸い込む。
「胡桃玲香は、人知を超えた最高の歌声の持ち主だ」
「人知を超えた、ね...その方が実験的にはわかりやすいな」
もしこの口にした事を現実にするの力が、口にした内容を僕の想像を元に現実にする、という能力ならどうあっても
「とりあえずもう一回歌え音痴」
「はーい...今なんか言った?」
「バカのくせに余計な事気にするな音痴」
「...あんた後で覚えておきなさいよ」
視線でお互いがお互いに怒りを向けながらも、連斗がさっきと同じ曲「真夜中の湖上」を入れ、玲香はマイクを手に取る。
画面の上の大きいスピーカーから優しげな音楽が流れ始めて、玲香が息を吸いマイクに向かって.....
気がつけば古城の中、居館の一室に僕はいた。
時間帯としては真夜中、自分の部屋で小さな椅子と机に座りながらメイドに入れされた紅茶を片手に本を読み耽っていた。
そんな時、うっすらと耳に届いた優しい音色。
本からは一瞬で興味が失せ、何故かこの声に惹かれるように部屋を出る。
音が大きくなる方へと歩を進める。
螺旋階段を後にして、音に導かれるまま気がつけば城壁の頂上まで上り詰めていた。
石造の城壁に片手を起き、ふと左手側を覗くと近くには大きな湖、空から降り注ぐ月光を水面がキラキラと反射している。
その中心に、誰かがいた。
木造りのボートの上に立つ彼女は、自分の方が美しいと言うように水面に映る月に覆いかぶさる。
そんな傲慢な彼女はー
玲香は美しいドレスを身に纏ってー
誰もが納得せざるおえないほど美しく歌っていた。
「あ...」
気がつけば涙が溢れていた。
いつの間にあの世界から戻ってきたのかはわからない、それにほとんど歌の内容なんて覚えていないのに...ただあの光景だけが頭の中にこびりついて離れない。
(連斗は...)
隣にちらっと視線を向けると、ノートに向けたシャーペンをポトリと落とした体制で固まっていた。
連斗の視線に映るのはいないはずの玲香の姿だけで、まるでガラス玉のような蒼い瞳から雫がこぼれ落ちる。
「れ、連斗!...」
言葉を書くことすら忘れ、咄嗟に連斗に手を伸ばし肩を揺らした。
「はッ!?...こ、ここは...俺は湖で...」
「よかった...戻ってこれた...」
「美幸...お前も見たのか?」
その言葉にこくりと頷く。
「そうか、とりあえずわかったのは...これはお前の想像を現実にしてるわけじゃない、ってことだな」
『そうだね』
お互い涙が止まらない事を気にもせず、嗚咽混じりに言葉を交わしていると、カラオケの入り口が開かれた。
そこにはハンカチを手に玲香が立っていて。
「ど、どうして2人共泣いてるの!?...」
「う、うるせぇ、てかお前どこ行ってたんだよ」
「え、なんか歌い終わったら2人とも寝てるから、その間にお手洗いに行ってたの...ほんとデリカシーないわね」
文句を言いながらも玲香がまたマイクを手に取る。
それを見た瞬間、本能的に体がビクッと震えた。
連斗も同じようで、顔を見ると赤く恍惚とした表情を浮かべていた。
(これ、なんかやばい...)
玲香の歌が聴きたくて心臓がドックンドックン耳から飛び出てきそうなほど大きく響き渡り呼吸が荒くなっていくのがわかる。
「ま、待て...歌うな」
『ちょっと待って』
流石に連斗も危険を感じたのか待ったをかける。
「何よ、もう実験は終わりなの?」
「そ、そうだ、音痴過ぎて耳が壊れる」
「はぁ?その割によく寝てたじゃない」
「聞くに耐えなかったんだよ...」
「ふーん、まあ終わってもいいんだけどさ、実験的に一回でいいの?それで絶対に正確ならいいけど...他の曲も試してないし」
「.....」
「.....」
「...聞くか?」
『そうだね』
その日の夜、僕と連斗は頭の中で踊り狂ういくつもの景色に一睡もすることができなかった。
また別の日。
部室での一幕、なぜか椅子に座る僕と床に正座する連斗。
「もう一回だけでいいんだ!頼む美幸!!俺にはお前がいないと駄目なんだ!!!」
なんでこうなったのか?
最初は簡単な実験だった。
果たして僕の能力に上限というものが存在しているのかどうか、という内容。
ということで試しに連斗に、世界で最高に運がいい、と言うことにしてみた。
するとやばいことになった。
商店街のガチャガチャは全てシークレット
玲香にぶん投げられたゲーム機は無傷
ゲーセンでは永久的にジャックポットでメダルが止まらない
宝くじは...流石に自重した。
そして最後に、ソシャゲの10連ガチャ、全て最高レアリティ、それも欲しいキャラという結果だった。
つまり運気に上限というものはなく、起こる出来事に対してそれぞれ上限が決まっている、という結果が出た。
ただ、それで終わりではなく...連斗がソシャゲに沼り出した。
「頼む!限定ガチャが来てるんだ!」
なんて、毎回頭を下げてくるから、僕もまあ別に嫌というわけじゃないし。
『今回だけだよ?』とか言いながら何回も同じことを繰り返している。
玲香からも甘やかすな、と言われてはいたけれど...なんか断れない。
そんな風にズルズルやっていたら最近あまりに酷くなってきた為、玲香がついにブチギレた。
「消してやる!!」
「やめろぉぉぉぉお!!」
最初は口での言い合いだった。
「いい加減にしなさいよ!」
「別に美幸がいいって言ってんだからいいだろ」
だが徐々に言い合いは苛烈になっていき連斗が暴言吐きまくったら玲香がついに手を出した。
口では勝てない玲香だが、流石に体育をほぼサボりまくっている連斗に対して体力では圧倒的に優位だった。
即座に連斗を組み伏せると、スマホを奪い取る。
連斗を足蹴にしながら勝ち誇ったようにスマホを掲げた。
「やめろぉぉぉぉお!!バックアップ取ってないんだぞぉぉお!!」
「Complete deletion!!」
「ああああああああああッ!!!!」
後に部室には真っ白に燃え尽きた連斗とどこかスッキリした様子の玲香。
こんな風に毎日馬鹿なことを繰り返しながら、実験をした。
体育の授業中、連斗がいやいや出てきて実験をしたこともあった。
「能力をかけるときの選別方法を実験する」
体力測定の50m走中、みんながウォーミングアップをしている中、木陰でそんな事を口にする。
『つまりどうすればいいの?』
「頭の中でこれから走る佐藤を意識しながら俺に向かって、転べ、と口にしろ」
『...それで?』
「その後、誰でもいいから...走るやつを名指しで俺に向かって、佐藤転べ、と口にするだけだ」
『それで何かわかるの?』
「お前の能力がどうやって相手を選別しているのかわかるだろ?」
『よくわかんないけどわかった』
なんて言いながら数回だけ体育で走る人を転ばせた、怪我とかはしないようにしてるから大丈夫だけど、ごめんね。
途中で連斗が恨みのあるやつを転ばせようとし始めたりしたけど、流石にそれは...1回だけで辞めておいた。
とりあえずところ構わず彼女とイチャイチャしながら、非リアを下に見る日野と性格が悪い浅野は人生も転べばいいと思う。
この実験の結果、連斗がノートに記載した内容によると僕の能力は、これから起こる事象、例えば転べ、という言葉において誰にその事象を起こすのか名前を口にしない場合その言葉を聞いたものにその事象が起こるらしい。
逆に言えば、〇〇君転べ、と対照を限定すれば誰が僕の言葉を聞いても一緒らしい。
では果たして、それは人間以外でも効果を示すのだろうか?
いくつもの実験を繰り返しているうちに、季節は夏真っ只中。
暑さはさらに増し、猛暑日へ。
学校は夏休みへと突入した。
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